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私を見ないで(2)


「どうして嘘つくの?」

「嘘など…ついておりませんわ。急いでいたのは事実で」

「本当なのは“急いでいたこと”だけでしょ。リリーナが僕に嘘をつこうなんて無理なのわかってるのに足掻くなんて、いつもの君らしくないよ」

「!」


 らしくない。

 確かに“らしくない”だろう、今の自分は。

 ここにきてから多くの“らしくない自分”に出会ってきた。それは彼が望んだことで、自分が受け入れてきた結果でもある。

 だとしても、今の自分は一番それらしくないだろう。

 相手がどういう人間なのかわかっていて冷静に対処できないなど、自分じゃない。


「…っ」


 悔しくて、思わず俯いた。

 こういう時のために積み重ねてきたはずなのだと思わずにいられない。

 誰にも見抜かれない愛想笑いで、必要な嘘を自分に塗りその場を誰よりも優雅に立ち回る。それが自分にあるべきと積み重ねてきたもの。


 それなのに、今まさに必要なこの瞬間に使えないなど意味がない。

 なぜ自分は今、俯いている?


「僕はどんな君でも愛してるけど、逃げ回るような嘘はつかれたくないな。理由を聞くまで逃さないから」


 冷たい声だ。彼がこんなに怒っているのは初めてかもしれない。

 だが恐ろしくはない、申し訳ないとは思うが。


 それでも言えない、言いたくない。

 貴方を否定したのは私だもの。


「黙っても逃げられるとは思ってないよね。僕がこういう時我慢強いの知ってるから」

「…」

「僕の部屋に行くのとどっちがいい? 行ったら出られないのも…わかってるよね?」


 自分が返答をしなければそれだけ、相手の言葉も熱を上げていく。

 だが今の状況に“どうしよう”などとは言っていられない。そもそも、今日彼と出会ってしまった瞬間に全ては瓦解しているのだから。


「「…」」


 訪れる沈黙。

 俯いたままの視点では、彼が今どんな顔をしているのかはわからない。

 でもそれでいいと思った。今、彼を見ることは何より恐ろしい。

 何よりこんな時に自分のことを考えている浅ましい自分が鏡写しのように見えてしまう。それが何より恐ろしい。


(私を、見ないで)


 強く拳を握り込む。爪が食い込むほど握り込んで、なんとか気持ちを保った。


「…リリーナ」

「!」


 それなのに、突然低い声が聴こえる。

 低く、甘い、貴方の声が。

 体に力が入らなくなる。握り込んでいたはずの拳はあっさりと解けて、頬を滑る大きな掌に抵抗できない。


「もしかして、僕から離れていくの? リリーナ」

「…」


 語りかけるような甘い声に、心臓が激しく脈を打ち始める。

 耳が震える、目が大きく開く。

 呼吸が、できない。


「隠し事なんてしないで。最近眠れてないこととか、ぼーっとする時があるのとか…そういうのと関係してるのはちゃんとわかってるから安心して」


 どうしてそうまともに話を聞かないまま決め付けられるのか、そう思いながらも反論することも耳を閉ざすこともできない自分を呪う。


 この声がいけないのに、この語りかけるような甘く、優しく、低い声が。普段の貴方の何倍も私の心を溺れさせようとするこの声は私の脳を痺れさせる。

 そしてきっとあの目が、あの目が私を見ているんだろう。見なくてもわかってしまう、それが私をおかしくする。

 貴方のいう通りだ。眠れないのは、この感情のせい。


「リリーナの怖いものは僕がなんとでもするよ。何があってもリリーナを逃したりなんかしない、リリーナが僕がいいって言ってくれたの信じてるから」


 信じているのに逃さないとは、なんという矛盾だろうか。そんなことに気をやっている自分は案外余裕があるのか、いや、現実逃避をしたいだけだ。

 でも現実逃避では現実は覆せない。

 その声で笑わないで、語りかけないで、


「リリーナ…」


 私の名前を、呼ばないで。


「!」


 不意に、頬に触れていた手が顎にまわってリリーナの頭を動かす。やや無理やりに互いの視線は絡み、見開いたままのリリーナの瞳は確かに彼の瞳を見た。

 電気のついていない暗がりの部屋であろうが安易にわかってしまう。


 あの濁った目が、“私”を見ている。


「…!」


 ひゅ、と息を呑んだ。

 嬉しいと、思ってしまったから。

 思ってはいけない、考えてはいけないのに。


(貴方が、私を…見て、いる)


「どうしたの? そんな驚いた顔して。僕の顔に何かついてる…ってわけでもなさそうだけど」

「…」


 何か言おうにも口ははくはくと動くばかりで、声が出てこない。

 だめだ。いけない。私がこんなことを思ったらいけないのに。私にそんな資格はないから。

 だから、


「…私を、見ないで」


 震える唇で言えたのはそれだけだった。

 だがディードリヒがリリーナの言うことをきいて視線を逸らそうなどという反応も見られない。


「見ないで、くださいませ。私は、私は」


 浅ましい人間なんだ、自分は。ずるくて、浅ましくて、自分のことばかり。それ自体は最初からわかっていたことだ、彼はそれでも自分を好きだと言ってくれたのかもしれない。

 それでもこれだけは、私が私を許せないから。


「…っ」


 視線を絡めているのが苦しくて顔を背ける。すると顎に強い力を感じて、無理やりまた視線を絡めさせられた。


「駄目だよ」


 驚いて開いた目に再び貴方の瞳が映る。


「僕を見て、リリーナ。いいや、僕が見れない君はないから諦めて」


 声音がまた怒っていることはすぐにわかった。もしかしたら、同じだけ悲しませているかもしれない。

 でも貴方はその目で私に愛を囁く、泥のようにへばりついて、愛よりずっと重い感情で私を見る。


「リリーナはいい子だから、僕の言ってることもわかるよね?」

「…っ」


 心臓が、はち切れそうなほど脈打っていて。

 呼吸は、一秒ごとに浅くなっていく。

 もう逃げ場はない。体も心も追い詰められて、視線を背けることさえ許されないほどに、今自分がいるのはどうしようもない崖の淵だ。


(あぁ、これは本当に…逃げられない)


 もう諦めるしかないのか、そう思うとやはり悔しい。だがもう逃げることなどできない…いや、最初から逃げられないとわかっていて無駄な足掻きをしただけだ。

 リリーナは疲れたように視線を落とすと、ゆっくりと口を開く。


「…降参ですわ。きちんとお話しします」


 その言葉で、リリーナの顎を掴んでいた手は優しく離れていった。だが相手の視線は変わらず、じっとりと彼女を見つめている。


「そのような目で見なくとも、もう足掻いたりなどしませんわ。貴方の言う通り、貴方に私の嘘は通用しませんもの」

「…いい子だね、リリーナ」


 抵抗を諦めたリリーナの言葉を聞いたディードリヒは、慈しむように彼女の髪を撫でた。リリーナは彼と視線を合わせないまま、黙ってそれを受け入れている。


「どこで話そうか?」

「任せますわ。貴方にとって私が逃げられない場所がいいのではなくて?」


 今の彼にはそれだけ信頼できる場所でなければ、無闇に刺激しかねない。それでは話にならないと判断したリリーナはディードリヒに判断を委ねる。


「…じゃあ、僕の部屋に行こうね」


今の段階でうまく言えることが見つからないので、話の一塊ではあるのですが次の一塊の終わりのあとがきで話そうかな、と

多分次の後書き長そう…な予感だけがする


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