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体を冷ます夜風と少し狭いベッド(2)


「…手、繋いでいい?」

「よろしくてよ」


 リリーナはそっと彼に手を差し出す。彼がしっかりと握ったのは彼女の左手で、僅かな光を婚約指輪が少しだけ反射した。


「…今日は少し、驚きましたわね」


 こういった空気で話を切り出すことの少ないリリーナが、珍しく沈黙を破る。その静かな声を聴きながら、ディードリヒは少しばかり視線を落とした。


「うん、ちょっと目算より早かったかな」

「私も同じですわ、まだまだということですわね」

「いいんだけどね…あぁいった話はどこかでしないといけないしさ」

「貴方の色ボケを見ていると思わず心配になる皆さんのお気持ちは理解できるように思いますわ」

「ひどいなぁ、将来についてはちゃんと考えてるって今日伝わったと思ったのに」

「今日だけ伝わっても意味がありませんのよ」


 話しながら、リリーナはややご立腹である。少なくとも彼女から見たディードリヒのポンコツ度合いから考えれば、周囲の人間が心配になるのも無理はない、と考えてしまうゆえにこれも仕方のないことだろう。


 本当に仕事をしている時の彼と今の彼は同一人物なのだろうか、多重人格なのではないかとさえ…ありえないとわかっていても思考の片隅にそんなことが浮かんできてしまうほどにギャップがある。


「…へへ」


 リリーナがもやりとしたわだかまりを抱えていると、目の前からなんとも緊張感のない腑抜けた声が聴こえてきた。

 目の前に視線を戻すと、なにやらディードリヒがリリーナの指に嵌められた婚約指輪を眺めてニヤついている。


「…なんですの、その腑抜けた声と顔は」

「いやぁ、嬉しくて」

「何がですの?」

「リリーナが今この別荘にいて、お祖父様たちと話をして、婚約指輪が確かにリリーナの指に嵌ってて…確実に結婚に近付いてるんだなって」

「!」


 ディードリヒは心からうっとりとした目線を送り繋いだ手から指輪を眺めていて、リリーナは少し感情が心臓の音と共に高鳴っていく。


「リリーナが少しずつ僕のところから逃げられなくなっていくのを感じるんだ…それが嬉しい」

「失礼ですわね、私が今更逃げるような女だと思っているんですの?」

「そういうわけじゃないよ。でも一つずつ君を縛る枷が増えていく度に、君がもっと僕のそばにいてくれるような気がするから」


 リリーナはその言葉に少し呆れつつも、やはりどこかで嬉しいと思ってしまう自分を恥じた。

 もうそんな周りくどいことをさらに重ねなくても、自分はそばにいるというのに。


「ずっとそばにいますし、逃げられるなど初めから思っていませんわ。そして逃げるつもりもございません。ですから、そのようなくだらないことで喜ばないでくださいませ」

「僕にとっては大事だよ。リリーナだけは何があっても手放したくないからね」


 そう言って、ディードリヒは静かに指輪にキスを落とす。そこに少し胸を鳴らしていると、唐突に彼は問うた。


「…アウイナイトって、知ってる?」

「えぇ、世界でもこの領にある鉱山でしか採取できない希少鉱物ですわね」


 急に何を、とは思いつつ一先ず回答を優先する。すると彼は指輪に嵌められた宝石を見ながら、静かに呟いた。


「最初はね、アウイナイトを指輪に嵌めようと思ってたんだ。でも、すぐにやめた」

「…なぜですの?」

「アウイナイトを嵌めたら、リリーナが結婚するのはこの国になっちゃうような気がしたんだ。君が結婚するのは僕なんだから、それならリリーナをイメージできる僕らしいものにしたくて」


 ディードリヒはゆっくりと繋いだ手を放すと、今度はその手で彼女の指輪を撫でる。指輪に嵌め込まれたピンクダイヤモンドは、優しく自分たちを撫でる指に応えるようにして僅かな光を反射した。


「ピンクダイヤモンドって海外産しかないから、手に入れるの結構苦労したんだよ? でも絶対これがよかった。僕があげたものがリリーナに似合うのが一番だからね」

「…っ」


 顔が火照る。加速度的に熱くなっていく。

 そこに独占欲を出す理由がわからないが、その言葉が心底嬉しいと感じてしまった自分も恥ずかしい。どうしてこうもこの男は急に歯の浮くようなことを容易く言えてしまうのか。


「たまにリリーナが指輪見てるところ見かけると嬉しくなるんだ。そんなに気に入ってくれたんだって」

「それはっ」


 いつ見られていたのだろう。なるべく周囲に人間のいない時にしか眺めていないはずなのだが。


「いつ見かけたかは内緒」

「貴方という人は…!」

「あはは」


 ディードリヒは照れながら怒るリリーナの姿にすっかり慣れた様子で軽く笑うと、そっと彼女の髪を撫でる。


「好きだよ、リリーナ」

「…なんですの、急に」

「何度だって言いたいでしょ?」

「それは…私も、愛していますわ」


 こう言った言葉を面と向かって言うのは、いつまで経っても少し気恥ずかしい。つい照れた感情が上回って下から上目遣いで伺うように彼を見てしまう。

 ディードリヒは彼女の表情に少し胸を鳴らして表情を崩すも、すぐに嬉しそうな笑顔に変わりリリーナと額を当てあった。


「あは、大好き。愛してるよリリーナ」

「少し大袈裟ではなくて?」

「まさか、素直にそのままだよ。どんな何より君が好き」

「…もう、甘すぎますわ」

「もっともっと甘くしておく?」

「う…」


 その言葉にまた胸が鳴って、このままとろけてしまいそうになる。だがもう朝まではそう遠くない。


「そのようなことになったら眠れなくなってしまいますわ。私はもう寝ます、貴方も早めにお部屋にお戻りくださいませ」


 赤い顔を誤魔化すように布団を被ってディードリヒに背を向けた。するとすかさず背中から抱きしめられてしまい、そこまでは考えていなかったと小さくため息をつく。


「…なんの真似でして?」

「あったかい方が眠れるでしょ?」

「…」


 雰囲気の話ではあるが、リリーナの直感が抵抗したところで無駄ではないか告げている。理性がそれに同意したので彼女はそれ以上言及せず、そのまま目を閉じて意識を背中の温かさと揺蕩う眠気に体を委ねた。


 背中が温かいからなのか、彼の香りがするからか、ここ最近では一番早く意識が落ちていくのをリリーナは感じる。この安心感に長く身を委ねていたい、そんなことを考えていたら意識は眠りへと沈んでいった。


「…」


 目の前で静かに寝息を立て始めた彼女の後頭部に一つキスをしたディードリヒは、少し思い詰めたような表情で彼女を見つめる。


 “今日の出来事に緊張した”などと…リリーナには悪いがその言葉は嘘だ。自分の立場を考えればあのような会話は飾りに過ぎず、リリーナが手元にいる今となってはいつ問われても答えは変わらない。


 あの場は結局自分に対する不信感が形になっただけであって、中身の無いもの。そこに感じるものなど何もない。

 この部屋に来た目的は、目の前で眠る彼女の安心のため。


「…どうして寝れないの、リリーナ」


 甘い寝息を立てる彼女を起こさぬよう、小さく呟く。

 リリーナが十分に眠れていない様子を確認してから、それなりの時間が経っている。それに連なるように会話の途中や、何気なく歩いている最中でもほんの数秒ではあるが意識が遠くに向いているような様子を見せ始めた。


 彼女は自分の行動を理解していると、自分から見ても感じる。なので彼女が一瞬でも自分にその姿を見せた瞬間、自分が気にしないはずがないという思考に至っているだろう。その上で自分が彼女のそういった様子を話題に出さないことを不審がっているのは見ていればわかる。


 だからといって、質問をしただけで素直に答えてくれるような相手ならばこちらも苦労などしていない。

 ミソラとも共通の意見だったので話を聞くよう指示を出したが、予想通り実りある答えは返ってこなかった。リリーナ本人には原因が判っているようなので「もう少し様子を見させてほしい」と言われたと報告を受けてはいる。なのでこちらも様子見、といったところではあるのだが…。


「はぁ…」


 小さくとはいえ、やはりため息の一つもつきたくなってしまう。

 何が彼女を不安にさせるのか、それが気になって仕方がない。なにせこんな様子のリリーナは初めてなのだから。

 その姿に、こちらも不安になる。


 彼女を悲しませるものは全て排除して、不安にさせるものも消し去って、あの時の彼女が自分にとってそうだったように今度は自分が彼女の英雄でありたい。

 それなのに、君はその中身を教えてくれないから。


「リリーナ、教えて…」


 すっかり深い眠りに落ちることのできた様子の彼女の頬に静かなキスをして、起こさないよう注意を払いながらベッドを出る。

 本当は「そのまま眠ってしまった」なんて言い訳をして朝まで彼女を堪能していたいところだが、流石に場所が悪い。


 今日あんな場が設けられた後だ、これ以上角が立つのは面倒臭い。何よりリリーナに言った先ほどの約束を反故にしてしまったら流石に嫌われかねないので、今夜は我慢するよりないだろう。


 正直、部屋を出るのが不安だ。彼女が悪夢にうなされ目を覚ましてしまうのではないかと気が気でない。その時自分がいたら何かできるかもしれない、そう考えないでいられないのだ。


 それなのに、今はそうもいかないのが現実であると認めざるを得ない状況に奥歯を噛み締める。歯が割れるのではないかというほど力を込めたところで、何も変わりはしないのに。


 ただひたすらに感情を押し込めて静かに部屋を去る。帰りたくもない部屋へ帰るため闇へと変わった廊下を一歩進む度に、煮詰まった感情が汚泥と化していくのを感じた。


ディードリヒくんが程よく道化に回った話でしたね

リリーナの予想通り、ディードリヒはあくまで気づかないフリをしているだけで今すぐにでも中身を言ってほしいと思っています

ディードリヒの辛抱が切れる前になんとか問題が解決するといいのですが


婚約指輪に関して話題がありましたが、この指輪に嵌められた石がアクアマリンなどの水色、ラピスラズリなどの紺系でなかったことにちょっと疑問を感じる人もいるかもな、と思いながら四巻の婚約指輪の詳細を描いた文章は書いていました

ディードリヒの髪の色は黒に近い紺(正確には濡烏という髪色です)、瞳は薄い水色であるという設定です。描写としても割と出してるかな、とは思います

自分を連想させる装飾品を相手に贈り、マーキングのように相手を自分のものだと主張するのはヤンデレものや執着もののある種定番の一つかなと私は考えています

ですがディードリヒくんはあくまでリリーナに似合うものを贈りたかったようです。リリーナに似合うアクセサリーであるということは、常に身につけるに値する…それが彼の考え方です。相手を考えているようで考えてません、結局方向の違う執着なだけなので別に彼が紳士なわけではありません


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