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王妃として求められるものとは(3)


「リリーナさんはなにかない? あの子に思うこととか」

「えっと…」


 急に話題を振られてもうまく返すことができない。まだ場の空気にもついて行けていないというのに。


「なんでもいいのよ、あの子の愛情表現がウザいとか」

「それは…」


 まぁ何かと思わないこともない。最近は諦めがつきつつもあるが…。


「あるのね? 何されてるの?」

「デートの最中で急に抱きついてきたり、などでしょうか…」


 だがこの場は逃げられなそうだ、そう判断したリリーナは一先ず言える範囲のことを返していく。


「一方的にってこと? それは面倒っていうか…髪が崩れるから普通に嫌ね」

「驚きはしますが、そこまででは…」

「ハイマン様はそんなことしなかったんだけど…確かに手を繋ぐまでに一ヶ月かかったけど」

「アダラート様はいつも華麗にエスコートしてくれたわ。手を繋ぐととても嬉しそうな顔をしてくださるの」

「そ、そうなのでございますね…」


 ディードリヒも基本的には完璧なのだ。デートであろうが仕事であろうが、エスコートが必要な場でミスは絶対にしない。

 それを必要としない場面になった途端、本性を表すだけで。


「リリーナさんの前だと途端に子供なんだから…ごめんなさいね、あの子がお馬鹿で…」

「そのようなことはございませんわ、王妃様。ディードリヒ様の問題は確かにもう数える方が面倒ですが、必要な場面でミスをしたことのない方なのは本当でございますから」

「リリーナさんのそういう、褒めてるように見えてちゃんと叩き落としてるところ、好きよ」

「ありがとう存じます」


 ディアナの言葉にリリーナは涼しく笑って返す。言っていることに嘘も気遣いもない、実にありのままだ。


「あとは…そうですわね、誕生日に夜中まで起こされ続けたのは流石に呆れましたわ」

「なにがあったの?」

「私の誕生日に『一番にプレゼントを渡したかった』と言って、前日から日付が変わるまで待っているよう言われたのでございます。最初に言われた時は何をなさりたいのかを理解しきれず、中身がわかってから少し呆れましたわ」

「でもいいじゃない、ロマンチックで」

「いまだに『そこまでこだわらなくても…』とは思いますが、確かに上王妃様の仰られる通り少しばかりロマンチックだったかもしれません」


 今思い出しても、あの日の出来事には少しばかり呆れる。だが決して嫌な気分ではなく、思わず笑みが溢れてしまう出来事でもあった。

 あの気持ちはたしかに嬉しく思ったし、もらった本は同じくもらった銀の栞を挟んで少しずつ読んでいる。終わってしまうのが勿体無くて中々読み進まないのが欠点だが。


「他にはある?」

「…二人きりになると、すぐ私を膝に乗せようとするところでしょうか。本当に恥ずかしいのでやめて欲しいのですが」

「それは仲良しでいいんじゃないかしら?」

「愚痴と言うより惚気ねぇ」

「そ、そのようなつもりでは…申し訳ございません」


 二人から返ってきた言葉に慌てるリリーナ。

 膝に乗せようとしてくるのに困っているのは本当で、その上でいくらでも言いたいことはあるのだが、ディアナならばともかく何も知らないであろうフランチェスカの前で話せる話題が少なすぎる。

 その程度にはディードリヒが巧妙に自分の本性を隠しているということなので、殊更厄介であるという事実だけが残った。


「ですが、昨日マディ様にその姿を見られてしまいまして…本当に、顔から火を吹くほど恥ずかしかったですわ」

「それは私も見たかったわ。ディビの膝に収まるリリーナさんはきっと可愛かったもの」

「お、王妃様! お許しくださいませ…!」

「冗談よ〜、でもきっと可愛かっただろうなって思ったのは本当」

「王妃様…!」

「ディアナさん、あまり若い子で遊んでは駄目よ」


 ディアナを嗜めているようなフランチェスカも、リリーナの反応を楽しむように微笑んでいる。

 気づけばすっかり空気の緩み切ってしまったこのお茶会で、ついリリーナも作っていない笑い声が出てしまった。


「あら、やっと笑ってくれたわリリーナさん」

「そうそう、その調子。もっとゆっくりでいいのよ、王妃になるんだから、しっかり余裕を持たないとね」

「お二人とも…」


 どうやら自分は、二人に気を遣わせてしまったようだ、と申し訳なくなる。

 だが同時に、最後に実家に帰った時の父の言葉を思い出した。「大人だからこそ、休む時を見つけなければいけない」…そう言った父の言葉を。

 それにしても目上の人間相手に普通に笑ってしまうとは…二人の誘導が上手いのか、自分がまだまだ修練不足なのか…どちらだろう。


「リリーナさん、言い方が悪いことを承知で言うけれど、礼節や作法が出来上がっていることは当たり前のことよ。それは、私たちの立場において前提条件なの」

「存じております」


 前提条件、当たり前、全て本当のことだ。その一つ一つが、貴族としての基礎であるがゆえにリリーナは磨き続けてきたのだから。

 誰が自分を見ても恥ずかしくないよう、確かに積み重ねてきたものの一つ。


「だからね、必要なのは目標と余裕を持つこと。リリーナさんには、まだ少しだけ余裕が足りないわね」

「…はい」

「まだ若いのだから、もう少し自由に生きてごらんなさい。ディビがあれだけ自由なんだから、リリーナさんも少しくらい羽を伸ばしていいのよ」

「…ありがとう存じます」


 ディアナ言葉に礼を返しながら、リリーナは“あぁ、まだ足りないのか”と確かに思った。これでも随分と気を抜いて生活するようになったと思っていたのだが、外から見るとそうでもないらしい。


 実際どう見ても気の抜けてしまっているような恥ずかしい部分も増えてきているので、少なからずだらしなくなってしまったのは事実だと思う。予定がない日に無理に予定を詰めることも減り、そもそも入れられない日などはゆっくりと本を読み、コレクションの香水から好きな香りを楽しんでいる。


 だがまだ足りないとくると…本当にディードリヒが言うようなベッドから出ない生活になってしまうのではないだろうか。上手い加減がわからない。


「リリーナさんは、羽の伸ばし方がわからないのね?」

「!」


 フランチェスカの言葉に思わず目を剥いた。自分はまだ、何も言っていないはずなのだが。


「ふふ、驚いた? こういうのを年の功って言うのよ。でもリリーナさんの気持ち、きっとわたくしも少しはわかるわ。わたくしもずっと気の抜けない日々だったもの」

「上王妃様…」

「少し、昔話をしましょうか」


 まだ少し動揺の隠せないリリーナにフランチェスカは笑いかける。それからゆっくりと口を開いた。


「アダラート様は、波乱の中で逝去された先王に代わり慌ただしく祀り上げられたの。わたくしはそれを支える立場として、共にいろんな国へ行ったわ」


 フランチェスカは静かに手元の紅茶へと視線を落とす。鏡のように上王妃の表情を映す紅茶の波は、その向こうに過去の記憶を映し始めた。


「一日が何時間か忘れるような日々だった。眠れるときに眠って、起きたらやることが山積みに待ってる。書類仕事に追われるアダラート様の仕事を一緒になって片付けるのは当たり前だったわ、そうでもしないと諸外国との会議や協定までに国内の仕事が終わらないもの」

「…」

「そうして落ち着いてきた頃にようやくハイマンを産んであげることができた。わたくしは体が強い方じゃなかったから、無事に産まれないかもしれないなんて言われながら不安な日々を過ごしたけど、元気に産まれてくれたのよ」


 そう語りながら笑顔をこぼすフランチェスカの目尻には、わずかに涙が浮かんでいる。彼女の中に眠る遠い記憶には、それだけ深い感情が存在しているのだろう。


「その何年か後にエドガーが産まれて、今度は育児で忙しくてね…結局羽を伸ばすような時間はなかったわ。あの子たちが大人になって、ハイマンが王位を譲り受けて初めてわたくしたちは自由になった」

「そう、でございましたのね…」


 自分たちの生まれる遥か昔、ディードリヒの曽祖父の代まで続いていたという戦争を終わらせるということの、どれだけ大変なことだったのだろうか。自分にはまるで想像もできない。


 毎日国内外の仕事に追われながら寝ても覚めても仕事は待ち受けていて、きっと自分がその姿を直に見ていたらいつ二人が体を崩すことかと心配が絶えず、当事者であったなら自分のことなので余計な追い込みをかけて過労で倒れていたとしか思えなかった。

 そんな目も回るような時間をいくつも二人が乗り越えてきたが故に、ディードリヒが言っていた通り今の平和が存在する。


 その生活の最中に自由など存在しなかっただろう。二人が今その生活から解放されていることに対して平和への感謝をするのと同時に、他人の対する関心の薄いディードリヒが“尊敬する”と発言するのには、上王夫妻がそれだけの偉業を成し遂げてきたからに他ならないと改めて感じた。


「でも、後悔はしてないわ」


 フランチェスカは視線を上げると、そのままリリーナに微笑みかける。


「確かにわたくしは膝を壊して孫と長く過ごせなかったけれど、その分アダラート様とずっと深い絆で結ばれていると感じるの。何より今ある平和を、今の子供達が謳歌していることこそがわたくしたちの自由なのよ」

「平和を、謳歌していること…」

「そうよ、だからリリーナさんももっと今を楽しんで。貴女の人生は貴女のものだもの」


 こちらに微笑みかけるフランチェスカの柔らかな表情は変わらない。その彼女の話を聴きながら、リリーナは一つ大事なことを思い出した。

 それは、自ら望んでディードリヒの手を取ったこと。あの選択は確かに、立場に縛られていない“自分”の選択だった。


「…私は」


 ぽつり、とリリーナは呟く。


「私は、ディードリヒ様が幸せでいてくださればそれがいいのです。ただその為に、取るべき選択は選ばなくてはならないだけで」

「…そうね」


 静かに同意するフランチェスカと、それに頷くディアナ。リリーナは自分を見守る二人に向かって、本心から微笑んだ。


「私の自由は、彼の方と共にある道筋の中にございます。確かに休むのは上手くありませんが、今の人生はとても幸せですわ」


 そうだ。自分の自由は、いつだって彼と共にある。

 貴方が私に幸せをくれた。だから私が、貴方を幸せにしたい。その幸せを、一秒でも長く貴方と共有できたら。

 何度でも立ち返る答えは、いつだってここにある。


「なら要らない時はもっとゆっくりして。必要な時に倒れてしまうわ」

「ディビといっぱい遊んでらっしゃい。デートにはたくさん行かなきゃ」

「はい、ありがとう存じます。お二人とも」


 リリーナの笑みは、今日一番柔らかなものであった。その笑みに二人も優しい表情を返す。

 それにしても、気を抜くというのは本当に難しい。あの屋敷にいた頃のように立場を忘れられたなら、自分は自由になるのだろうか。


彼氏のお母さんとおばあちゃんと三人でお茶を飲むという…なんとも緊張の絶えない話でしたね

リリーナ様に足りない余裕とはなんなのでしょうか、少なくとも今の本人に思い当たる節はないようです


とりあえずハイマンパパの寝酒バレてて書きながら笑いました

私は構想のヒントをメモに取り、プロットに置き換えてから原稿に入ります。その合間合間に相方が関わってくるわけですが、全てを計算づくで書いてないのでキャラがよくお転婆に駆け回ります。ディアナママはその典型例です

ディアナさんがいつハイマンの寝酒に気づいたのかはわかりませんが、ハイマンは毎年この時期の寝酒を楽しみにしているので今までは誘われるのを待っていたけどとうとう堪忍袋の尾が切れたのでしょう

そしてあの厳格そうなアダラートおじいちゃんは奥さんのお菓子を盗み食いするという…ちょっと意外ですね


フランチェスカおばあちゃんは中々壮絶な人生を歩んで来られたようですね

きっとフランチェスカは自分の人生がハイマンと共にあらゆることが絶え間ない日々になるとわかっていて結婚したのでしょう。それだけ二人の愛はすでに出来上がっていたのかもしれません。そして結婚してからの日々で更に確かな愛を重ねていく…戦争の後処理という面倒ごとがなければなんとも物語性の高いラブロマンスが書けそうです

フランチェスカとアダラート夫妻が、天の橋を渡ることになった後も幸せであることを願っています


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