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王妃として求められるものとは(2)


「ディアナさん」

「はい、上王妃様」

「思った以上だわ。まさかあの子を引っ張って行こうだなんて」

「リリーナさんはディビの頬を叩ける女性ですから」

「!!」


 思わず表情が少し崩れる。

 確かに何度かディードリヒの頬を引っ叩いたことはあるが、ディアナはなぜそれを知っているのだろう。いや、感情的になりやすい自分がいけないのだろうか…。


「まぁ、それは少しやり方が良くないわね」

「その程度が丁度いいのですよ。あの子は根っからヘタレですから」

「あらそうなの。それは…それが本当なら少し根性を叩き直してもらわないといけないわね?」

「そうでしょう? 誰に似たのかしら」


 表情が崩れたまま、リリーナは二人の会話をやや呆然と聴いてしまった。

 まさか見るからに孫を愛している祖母の口から「根性を叩き直さないと」、などという言葉が出てくるとは。


「国を治めようというのですから、ヘタレてもらっては困ってしまうわ。アダラート様のように漢気と潔さがないと心配ね」

「本当にそう思います。何を間違ったか、リリーナさんの方が余程潔いのですから…あの子はもう少しお尻を叩かないと」

「でも、本当にあれだけ元気なディビは初めて見たわ。リリーナさんのおかげかしら?」

「い、いえ、そのようなことは…」


 唐突に話題を振られ驚くリリーナ。

 さらに言うならば、正直自分の意見には怪訝な反応をされるとリリーナは思っていた。未来の王と対等であろうなどという意見は「でしゃばるな」と言われてもおかしくはない。リリーナはその覚悟の上で話をしていたというのに…。

 なぜかディードリヒが、本人のいないところでずっと叱られている。


「その通りなんですよ、上王妃様。あの子ったらリリーナさんを迎えた途端目が覚めたみたいに元気なのですから…」


 ディアナはすっかり呆れ返っているようだ。実の母親と祖母にここまで言われるディードリヒは、本当にここまでどういう姿で生きてきたのか不思議でならない。


「あらまぁ…リリーナさんには魔性の魅力があるのかしら?」

「それは本人に訊かないことには分かりませんが、リリーナさんがあまりにいい子過ぎてディビが迷惑をかけてばかりで…困ったものです」

「ディビが? 意外だわ」

「リリーナさんは自らの手で自らの価値を築いていったというのに…あの子ったら、そんなリリーナさんを独り占めしようとするのですから。私だってもっとお茶やお話がしたいといいますのに」

「あらあら…リリーナさんは人気者ね」


 ディアナは話が進むごとに、何かを思い出すのか不機嫌になっていく。その姿にリリーナは少し驚いていた。


 確かにディードリヒやハイマンはディアナが自分を気に入っているようなことを言っていたが、今のディアナの発言から考えるとあながち本当なのかもしれない。

 勿論そこに不快感はなく、嬉しい限りなのだが…やはり少し驚きはする。


「今のディビではむしろリリーナさんに釣り合わないんじゃないかしら? 書類仕事だけじゃなくて、視察も増やして少しずつ外交も任せていかないといけないわね」

「ディビはしっかりやっていると思うけどねぇ…来年度の税率変更案はあの子の立案じゃなかったかしら?」

「そうですね。今年度は大きな脱税者をいくらか排除できましたから…このまま対策が進めば、民の負担は減るでしょうけど」

「それならもう少し様子を見てみたら? きっとリリーナさんがいい方向に導いてくれると思うもの」


 フランチェスカとしてはディードリヒに容赦をかけたいようだ。しかしディアナとしてはその余裕はないらしい。


「いいえ、いくら上王妃様のご提案であろうとも、こればかりはお言葉を返させていただきます。あの子はヘタレで、怠惰で、外面がいいだけの男ですから。来年度はもう少しキツく締め上げます」

「あらあら…」

「…」


 母親に、それこそボロ雑巾のように言われているディードリヒだが、リリーナとしてはフォローできる言葉が見つからない。なにせディアナのいうことに間違っている部分が…見当たらないからだ。


 確かにディードリヒは、リリーナに縋って生きているし、リリーナといるために仕事をサボろうとする。かと思ったら必要な場面でミスは見せない…思い当たる記憶の中で彼は確かにヘタレで、怠惰で、外面だけはいいと言えるだろう。さらにここに、今言われないだけで変態という要素まで加わってしまうとなると…流石に弁護のしようがない。


 内心申し訳なさのようなものがないわけではないが同情の余地はなく、よく考えたらなぜ自分は彼を選んだのだろう…という要素しかない。

 自分が彼の手を取った理由は確かにそこではないのだが、複雑な感情は拭えなそうだ。


 そうは言っても、やはり二人の時間が減ることに対しては思うところがある。なにかできることがないかは探しておこう。


「おばあちゃんとしては甘やかしてあげたいところなのだけど、お母さんがこんなに怒っているのでは仕方ないわねぇ…」

「上王妃様、王妃様、私も尽力いたしますのでどうか彼の方にも御慈悲を…」

「勿論、リリーナさんにもあの子のお尻を叩いてもらうわ。私たちの声はあの子には届かないもの」

「…」


 さすがディアナと言ったところだろうか、やはりディードリヒの行動や反応をよく理解している。ディアナの言う通り、ディードリヒがリリーナ以外の人間の意見を受け流さない保証はないので、結果的にリリーナがその役回りに立つしかない。


 あぁ、自分にとても重たい責任がのしかかってくる。故郷にいた時とは全く形の異なる、それでいて同じかそれ以上に重たい責任が…。

 流石に眉間に皺が寄っていくのを抑えきれるかわからなくなってくる。

 あれでも一応、リリーナの自由をある程度認めただけマシと思いたいが、そんなものは身内のハードルでしかないと思い知らされるばかりだ。


 頼むからもう少し仕事に本腰を入れてほしい。ディードリヒのことだ、手を抜いて最低限で済ませているだけでやろうと思えばもっと上を目指せるのは明白である。


(あれでも真面目に仕事をしている時は格好がついているのですが…)


 さて、それはそれでどうしたものか。

 全く頭が痛い…と思わずにいられず悩んでいると、朗らかな声が耳に入った。


「リリーナさんも大変ね」


 そう笑いかけてきたのはフランチェスカ。彼女はもう正しく“自分は当事者ではない”と顔に書いて微笑んでいる。

 …自分は今も試されているに違いない。


「そ、そのようなことは…」

「あると思うわ。ディアナさんがこんなに怒っているところは初めて見たもの」

「そうなので、ございますね…」

「ふふ、頑張って、リリーナさん」

「尽力させていただきますわ…っ」


 困った。頭が痛くて割れそうである。

 ディードリヒの外面は、それこそ剥がれてしまえばリリーナのことしか考えていないポンコツと言っていい。その皺寄せが、今確かにリリーナへ襲いかかっているのだ。


 眉間にどれだけけ皺を刻んでも足りているような気がしない。このままでは跡がついて戻らなくなってしまう。


「大丈夫です上王妃様。リリーナさんはとっても優秀なだけでなく、あの子を甘やかしませんから」

「…」


 はっきりと言い切るディアナに対して、リリーナは表情を保つので精一杯である。なんなら痛いところを突かれてしまったあまり妙な声が出そうにすらなったからだ。


 ディアナには申し訳ないが、自分はディードリヒを駄目だとわかっているのに甘やかしている自覚がある。それこそつい昨日にも、あの良心を揺さぶる瞳に負けたばかりだ。

 本当に、本当に申し訳ない。


「しっかり者なのね。ディビのいいところも悪いとこもわかっていそうだわ」

「お褒めいただき光栄ですわ…」


 もういい加減笑顔が崩れそうだ。いや、気づいてないだけで崩れ始めているような気もする。


 フランチェスカに倣ってディードリヒの要点を挙げるならば、良いところは公の場でのミスがとにかくないことと場の空気を読むことに長けている点だろう。悪いところは人間関係の極端さと外面が外れた時のポンコツ具合である。


「あぁ全く、思い出したら腹が立ってきたわ。ハイマン様は内緒でお酒を飲んで私を除け者にするし、ひどいと思わない? リリーナさん」

「そ、そのようなことがあったのでございますか?」


 もしかしてディアナの言っているハイマンの酒とは…この間夜中に彼が飲んでいたブランデーのことだろうか。

 あの時ハイマンからは「内緒にしてくれ」と言われているので今後も言うつもりはないが、自分が情報を漏らす前にバレているというのは些かハイマンを不憫に思う。


「そうよ。お酒を飲むにしたって一人でだなんて…誘ってくれても良いと思わない?」

「お気持ちはわかりますわ。共有したい物事というのはございますものね」

「そうそう。高いお酒を買っているのはいいんだけど、独り占めして私を除け者にするのは違うと思うの。上王妃様、どのように締め上げるのがいいと思いますか?」

「締め…?」


 自分と話をしていたはずのディアナが、不意にフランチェスカを巻き込み始めたのは一旦置いておくにしても、中々過激な発言が飛び出してきたような。

 しかもそれを旦那の母親に言いつけるというのは…角が立たないのだろうか?


「そうね…お酒の瓶を隠しちゃうのはどうかしら? アダラート様が私の大事にしてたお菓子を勝手に食べた時にやり返した方法よ」

「それにしましょう。ハイマン様の青い顔が目に浮かびますので」

「ふふ、お役に立てたようで何よりよ」


 二人の会話に、リリーナは完全に置き去りにされている。正直立場のある者同士、もう少し距離を置いた会話をすると思っていたのだが…思ったより二人の距離は近いらしい。

 そしてアダラート上王は妻のお菓子を盗み食いする、という衝撃的で中身のない情報が同時に手に入った。


「どうしたの? リリーナさん」


 驚きのあまり固まってしまったリリーナに向かってディアナが声をかける。リリーナはその声ではっと我を取り戻し、慌てて言葉を返した。


「いえ、その…お二人はとても仲がよろしいのだと思いまして…」

「そうよ〜。上王妃様には何度もハイマン様の愚痴を聞いてもらっているほどだもの」

「愚痴」

「わたくしもディアナさんによく思い出話を聞いてもらうからおあいこよ」

「思い出話…」


 なんというか…本当に距離の近い付き合いなのでは、とリリーナは感じる。

 この距離感の嫁姑というのは、貴族ですら中々見ないのではないだろうか。平民ならば…いや、考えても答えは出ない。


「あら? なんか思ったより普通って思ったかしら?」

「い、いえ…親しいことは素晴らしいことですので」

「もっと公の場ならちゃんとかしこまってるわよ。でもそれだけでは人間成り立たないもの、リリーナさんもディビの愚痴は散々言っていいのよ? ここは城じゃないから、最初からかしこまる必要なんてないの」


 戸惑うリリーナにディアナは笑いかける。その笑顔はいつもより気安く親しみやすい印象で、尚更戸惑った。

 つい先程までそれなりに緊張感のある雰囲気だったというのに、気がつけばなんでもない雑談の時間のような緩やかさになってしまっている。


「リリーナさんはなにかない? あの子に思うこととか」


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