王城のディナー
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「いつまであの屋敷にかまけているつもりなんだ、ディビ」
初老の男性が青年に向かって苛立った声をかける。
ここはフレーメン王国でも名高い王城の、晩餐の間。ダイニングルームとも呼ばれるこの部屋に置かれた長く大きな机を、国王であるハイマンとその妻ディアナ、子息であるディードリヒが囲んでいた。そうは言っても、二十人は裕に囲めそうな長机を三人で、とは囲むと言い切れないが。
「事が収まるまでですよ、父上」
「リリーナさんはお元気?」
「元気すぎて少し手を焼かされているので幸せです」
両親からの言葉を涼しく受け流しメインディッシュを口に運ぶ様は実に優雅と言える。父親譲りの大きめで節くれだった細い指がナイフを持てば、それだけで刃先が喜ぶように力など込めなくても子羊のローストを切り分けてしまう。この姿だけでも画になってしまうのが、ディードリヒ・シュタイト・フレーメンという男である。
「それがいつだと言っている。言ったからには必ず責任を取って来いと」
「それについてはもう考えてあります」
父親の言葉に被せるようにディードリヒは声を返した。“生意気な”と言わんばかりに父親は息子を睨みつける。
「去年お渡しした資料が全てです。僕一人では無理だとお願いしているからこそ、こうやって体を張っているのではありませんか」
氷柱のような視線で父親を睨み返す息子。しかしその様に呆れた母親の「いい加減にしなさい」と割って入った声が、視線の争いを休戦まで持ち込んだ。
ディードリヒとしては、一瞬ですらリリーナと離れたくはないのである。四六時中そばにいて、彼女を称賛し、抜け落ちた毛の一本まで集め、垢の一つまで舐めとりたいし、肌身離さずそばにいて、風呂に入る前と後の香りすら楽しみたい。
それに恐れをなしてとやかく煩くなるであろう彼女を眺め、その囀りを幾つだって録音して、目が飛び出そうなほど見つめていたい程に彼女を愛している。真面目に言って何もすることが他になかったとしても時間がないと言うのに。
それでも、“計画”を成就させるにはまだ足らない。自分だけでは成し得ないのだ。だからこうして月に一度は城へ帰り、父親の代わりにこなせる仕事をほぼ全て引き受けることで、計画への協力と社交界へ出ないことを確約している。
実際今もうすでにリリーナがそばにいないせいで彼の精神は崩壊しかかっていると言っていい。
「例の件は進んでいますか?」
「お前な…」
「ハイマン様、一々目くじら立てないでください」
素知らぬ顔で自分の話を進める息子に腹の立たない父親もそういないとは思うが、そんなことをしていたら話が進まないというディアナの声に対して、諦めたようなため息をついた。
「…今の所滞りはない。向こうの考えがこちらとおおよそ一致しているからな」
「リリーナさんのお父様とお母様にも伝えてきてくれたらしいわ」
「そうですか、よかった」
「全く…親に面倒を押し付けてまで押し通すのだ、国内でこれ以上波風が立たないうちに彼女を連れてこい」
給仕に空になったグラスへ炭酸水を注がせながら言う父親は呆れてはいるが、かといって否定もしない。
「当たり前です。父上と母上にまで協力していただいて結果を出さない僕ではありません」
「全く甘やかしすぎたな、我ながら」
「あら? そう言う割には結構興が乗っているように見えますよ?」
両親の仲のいい様を見つつ、早く帰りたいディードリヒではあった。
「…愛される息子で幸せですよ。父上、母上」
「そうだろうそうだろう」
「ディビはいい子ねぇ」
「…」
しかし笑っていた母親も、すんと表情を変える。
「本当に、できるのね?」
「絶対に彼女を僕の妻に据えます。彼女以外は考えられない」
「人の感情は好きにはできないわよ。やるなら正々堂々惚れさせて帰ってきなさい」
「勿論です」
「…ならいいでしょう。相応しい相手がいなかったのも事実です、このままやり切りなさい」
「あぁ、わがまま言うのは勝手だが責任はとれよ」
「はい。父上、母上」
ディードリヒくんは何やら…?
とりあえずパパとママはおしどり夫婦です
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