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真っ赤に燃える彼女の羞恥



 ********

 

 

「おかえりなさいませ」


 フランチェスカに連れ添ってエントランスに出ると、十分としないうちに男性たちが帰ってくる。

 開かれたドアから入ってきたディードリヒは驚くほどの速さでこちらを見つけ、表情を明るくした。


「ただいま、リリーナ」

「お怪我はございませんこと?」

「大丈夫、心配してくれてありがとう」


 ディードリヒは好物を目の前にした子供のように上機嫌である。これは正直いつものことだが、不思議なのはフランチェスカのことだ。

 彼女はどうしてアダラートたちが帰ってくる頃合いを予想できたのだろう。やはり長年の連れ添いがなせる技なのだろうか。


「シャワーを浴びたらリリーナの部屋に行っていい?」

「構いませんが…よろしいんですの?」

「そろそろリリーナと二人の時間がないと死んじゃうよ…」

「もう…ご親戚の前でしてよ」


 ディードリヒの発言にリリーナは素直に呆れる。

 発言の内容的に場所は選んで欲しい。ここはエントランスで、ましてやまだ出迎えた女性たちも、帰ってきた男性たちもどちらも皆周囲にいるのだから。


「いやいや、構わないよルーベンシュタイン嬢。ディードリヒを長く借りてしまったな」


 そうこちらに声をかけてきたのはアダラート。彼は静かな雰囲気で穏やかな笑顔と共にこちらへ言葉をかけてくれる。

 昨日のディナーでは少なからず興奮した様子に見えたが、やはり冷静で少しばかり緊張感のある状態が普段の姿なのだろう。表情は確かに微笑んでくれているが、声音に込められた感情は至って静かだ。


「ありがとうございます、お祖父様」

「こちらこそ楽しかったぞ、ディードリヒ。やはりお前は馬の扱いに一つ抜きん出たものがあるようだな」

「お祖父様に敵う程ではありませんよ」

「煽てても小遣いは出ないぞ」

「はは、残念です」


 ジョークを交えつつ、軽やかな笑顔で交わされる会話。その和やかな空気のまま男性たちはシャワーに向かい、残された女性たちはもうすぐランチの時間だと言って食事の用意された部屋へ移動を始める。

 ディードリヒには少しばかり申し訳ないが、彼の求める安寧の時間が来るまでにはまだかかりそうだ。

 

 ***

 

 ランチ後。

 リリーナの部屋に置かれたソファには、ディードリヒがリリーナを膝に乗せたまましっかりと抱きしめ、肩に顔を埋めている姿が。


 彼はリリーナの部屋に入るなりふらふらとリリーナを抱きしめ、流れるようにこの姿勢になるとそのまま大きなため息をつきしばし固まっている。


「…離してくださいませんこと?」


 一応、リリーナも気を遣って控えめに問いかけるが、彼が離れていく様子はない。


「やだ。もう疲れた…」

「まだ三時ですわ。一日は長いですわよ」

「無理だよ…なんで仕事もないのにリリーナから離れないといけないんだ」

「折角ご親戚の集まりなのですから…大事になさい。ミソラとファリカが目の前に座っているのですから、いい加減解放してくださいませ」


 困り果ててはいるものの、一応頭は撫でておくリリーナ。このままうまく宥めて解放してくれないだろうか。


「私たちのことは空気だと思ってくれればいいよ?」

「壁として過ごしますのでお気になさらず」

「二人も無理を言わないでくださいませ」


 あっちもこっちも言葉に困る。

 そもそも甘やかすとこの男はその分つけあがるというのに。


「ほらリリーナ、二人もこう言ってるから…」

「つけあがらないでくださいませんこと? お勤めは果たしてくださいませ。私ですらこの部屋に篭っているのはよくないのですから」


 ほら言ったことではない。そうリリーナは内心でため息をつく。

 自分が今部屋にいるのもディードリヒが来ると言ったからだ。何にせよ長居するものではない。


「えー…後五分…」


 そう言ってディードリヒがこちらに向けてきた視線は、久方ぶりの子犬のようなそれ。最近ではすっかり忘れていたその視線に、再び良心の呵責が問われる。


 確かにディードリヒがこの屋敷で己の役割をきちんとこなしているのは事実だ。連れ出された先で何があったのかは知らないが、彼が疲れ果てるほどのことだったのだろう。

 そう考えてしまうと…自分の中の良心が…刺激されて…!


「…っ、あと五分ですわよ…」

「やった! リリーナ大好き!」


 喜んだディードリヒはさらに勢いをつけてリリーナに抱きつき、良心の痛みに耐えかねた結果を答えてしまったリリーナは眉間に皺を寄せた。


「全く…私たちはまだ滞在するのですから、あまり気を抜きすぎないでくださいませ」

「リリーナが定期的に抱きしめてくれるなら頑張る」

「…」


 これは、“その程度なら”と捉えるべきか、それとも“そうしないといけないのか”と捉えるべきか…。

 解釈に困っていると、向かい側のソファに座るファリカがこちらに声をかけてくる。


「まぁまぁリリーナ様、殿下がこうなってるってことは外向きは頑張ってるんでしょ?」

「それは…そうですが」

「じゃあたまに抱きしめてあげるくらいならいいんじゃない? 本人いつになく萎れてるし」

「ふむ…」


 確かにファリカの言うことも一理ある。

 アダラートたちとなにがあったのか知らないが、ここまで疲れ果てたように萎れているのも珍しい。そんなに気を遣う相手なのだろうか。


「…わかりました。たまにですわよ」

「一日一回は最低でもしてね」

「そう言うと思っていましたわ、わかっています」

「やった」


 ディードリヒは実にご機嫌そうだ。

 全く本当に、自分に対してため息が出る。甘やかしてはいけないというのに。


「ほら、五分経ちましたわ。離れてくださいませ」

「やだ…」

「もうわがままはききませんわよ。いつご親族の方がこの部屋にいらっしゃるか…」


 そこでコンコン、とノックの音が響いた。ミソラが確認のため立ちあがろうとした瞬間、ドアは流れるように開く。


「ごめんなさいリリーナさん、ファ姉様に用事が…」


 問答無用で開かれたドアの向こうにはマディの姿が。そして逃げる間すらなかったリリーナの今の姿は、ディードリヒの膝に乗せられそのまま抱きつかれている。


「「…」」


 思わず固まる室内の空気。

 その中で最初に動いたのはマディ。


「お邪魔だったみたいね〜、ごめんなさい〜。でも写真に収めていいかしら?」

「やめてくださいませ!?」


 思わず大きな声が出てしまった。しかし恥ずかしいにも程がある、絶対にそんなことはしないでほしい。


「あら〜残念。そうだわ、ファ姉様〜ちょっと訊きたいことがあるの〜」

「私? わかった、今行くね」


 声をかけられたファリカは、すっとソファを立ち上がるとドアにいるマディの元へ向かう。


「私も所用を思い出しましたので失礼します」


 そして当たり前のようにミソラもまた席を立った。


「待ちなさいミソラ! 貴女私を置いていくつもりでしょう!?」

「失礼ですがリリーナ様、兄から呼び出しがかかっているのです。お許しくださいませ」

「嘘おっしゃい! というか貴女の兄までこの部屋にいますの!?」

「兄は常に巡回してまわっていおります。それでは」

「あっ、まっ…」


 しかし自分は動けないまま、無慈悲にもドアは閉まってしまう。リリーナはディードリヒの膝に乗せられたまま取り残されてしまった。


「…っ」


 そして顔を真っ赤にしながら震えるリリーナは、自分を膝に乗せたままご満悦の男に噛み付く。


「だから離れなさいと言ったではありませんか! 恥ずかしくておかしくなりますわ!」

「恥ずかしくないよ。リリーナが可愛いから大丈夫」

「どこが大丈夫なんですの!? 私の羞恥心を真っ赤に燃やして楽しいかしら!?」

「楽しいっていうか…可愛い?」

「話を聞いていまして!?」


 話がまるで通じていないディードリヒにリリーナは怒り狂っている。だが相手はそれすらもいいように捉えているように見えてしまって尚更許しがたい思いを抱えた。


「聞いてるよ? 勝手にドアを開けるマディには後で言って聞かせないとね」

「それは確かにそうですが、貴方が私を膝に乗せるなどしなければ最初からこのようなことにはならなかったんですわよ!」

「それは無理かな。お祖父様たちと乗馬をすると絶対に競り合うことになるから疲れるんだ。ここは労って欲しいなぁ」

「こ、このようなことをしなくても労うことはできるではありませんか!」

「なにをもって労ってもらってるか判断するのは僕でしょ?」

「……っ!」

「あは、何も言えないリリーナも可愛いね」


 上機嫌ににこにこと笑うディードリヒと、顔を真っ赤にしたまま何も言えなくなってしまったリリーナ。

 それでも彼女はなんとか言葉を絞り出す。


「へ、屁理屈ですわ…!」

「そんなことないよ、ちゃんと理には適ってるでしょ?」

「だから屁理屈なんですのよ!」

「ひどいなぁ、愛しいリリーナに疲れを癒してほしいだけなのに」


 そう言ってディードリヒはリリーナの頬にそっとキスをした。対してリリーナは急なことにますます顔を赤くする。


「なっ…」

「たまにはリリーナからしてきてくれてもいいんだよ? 初めてキスした時みたいに」

「それは」

「だめ?」

「…っ」


 言葉を失うリリーナ。

 それでも太鼓のように鳴り響く心臓を抱えながら、相手の頬に手を伸ばす。しっかりと両手で相手の頬を固定してからそのまま頬に二回、唇に一回、そっとキスをした。


「こ…これでよろしくて?」


 やったはいいが、恥ずかしさのあまり目を逸らすリリーナ。その姿にディードリヒはますます上機嫌に笑い、リリーナを抱き寄せる。


「うん、嬉しい。でも顔が真っ赤だね、可愛い」

「し、知りませんわそのようなこと」

「またしてくれる?」

「…考えて、おきますわ」

「やった、楽しみにしておくね」


 満足そうな笑顔のまま再びリリーナにキスをするディードリヒ。彼はふと、彼女の名前を呼ぶ。


「さて、リリーナ」

「なんですの?」


 不意に呼ばれた名前に反応すると、ディードリヒは相変わらず笑顔だ。だからどうしたのだろう、と思っているとディードリヒは言う。


「もう少し頑張ろうね?」

「…!」


 リリーナはこの瞬間、背筋が凍るほど嫌な予感がした。なので慌てて逃げようと彼の膝から身を乗り出す。


「お断りしますわ! 離してくださいませ!」

「駄目だよリリーナ。僕が離すと思うの?」

「今日はもう許してくださいませ! いろんな意味で心臓が壊れてしまいますわ!」

「じゃあ壊れるまで甘やかしてあげようね」

「いやぁぁぁぁ…っ」


 がっしりと掴まれた腰が動かせそうな気配はない。かといって二人だけの部屋の外に、彼女の悲鳴が届くこともないだろう。


お祖父様たちに誘拐されたディードリヒくんに一体何があったんでしょうね

本人は競い合う羽目になると言ってしましたが、単純な競争だったのか、あるいはなんらかのルールがあったかもしれません。ですがそれは彼にとって割とどうでもいいことで、彼は単純にリリーナ以外の人間と長時間過ごすだけで疲れます。疲れるっていうか嫌なだけとも言う。家族を敬愛しているのは確かですが、彼にとってその辺は“それはそれ”なので結局リリーナがいればいいようです


そしてとうとうイチャコラしてたら身内以外に見られてしまったリリーナ様、ちょっと可哀想と思わなくもない

他人の家というか、結局あの部屋も客室でしかないので就寝時以外に鍵をかけるのも…と渋っていたらこうなりました。礼儀的には正解だと思いますが、隙を作ってしまったのも事実なのでどんまいとしか言いようがないです

でも普通にノックだけしていきなりドア開けるのは失礼だからやめようね、マディ


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