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このときめきは誰にも止められない(2)


「な、何がでございましょう…?」

「リリーナさんって『渇望は泉が如く』の主人公にそっくりなんだもの〜!」

「…?」


 ここまでで一番輝かしい笑顔と共に飛び出てきた本のタイトルに動揺し頭が追いついていかない。

 とりあえず言えることは、リリーナの読んだ本の中で見かけたタイトルではないということだけだ。


「『渇望は泉が如く』はね〜、完璧なる才女である主人公に恋をしたヒーローが主人公を殺してしまおうとする物語でね〜」

「ころ…?」

「舞踏会で主人公と出会ったヒーローは噂でしか知らない主人公が気になるようになって、初めは遠巻きに主人公を見ているだけだったのに、だんだん自分より才能溢れる主人公に嫉妬するようになるの〜」

「確かにそういったお話はありますわね…」


 今の所聞いたあらすじの物語は見かけたことがある。その物語は確かヒーローとヒロインが喧嘩を重ねながら互いに成長していき、結果的に結ばれる物語だったような。他にもいくつか似たようなものはあったはずだ。


「それでね、嫉妬が行き過ぎてヒーローはあの手この手で主人公を殺そうとするようになって、その都度主人公に見破られる度にますます気になって…主人公もどうしてヒーローがそこまで自分を気にするのか意識していくうちに…ってお話なのよ〜」

「随分ハードですわね…?」


 恋愛小説…と言うには随分と殺伐としたあらすじに聞こえる。やはり“ヒーローが主人公を殺しにかかる”という話は聞き間違いではなかったようだ。

 しかしそれは恋愛小説として成り立つのだろうか。悲しい終わり方をする物語も少なくないので、そういった類のものかもしれない。


「その最後が誘拐なの〜。嫉妬と無自覚の恋愛感情の矛盾に苦しむヒーローは、とうとう主人公を誘拐して心中を図ろうとするの。でもね、主人公はすでに答えを見つけていて、ヒーローに思いを告げることで二人は真実の愛に行き着くのよ〜! 素敵でしょう〜?」


 素敵でしょう? と一口に言われてもどう答えたものか。とりあえず話の限りではあのハードな物語でハッピーエンドに行き着くらしい。世の中多様な物語があるものだ…くらいの言葉しかリリーナには言えそうにない。

 自分も何冊か愛憎劇の類は読んできたが、ヒーローがそこまで思い詰めた内容は初めて聞いた。


「リリーナさんは物語の主人公によく似てるの〜。なんでもできて、凛としてて、自分の意見をはっきり言えるところなんて本当にそっくりだわ〜。そして主人公は意外に嫉妬深いの〜。だから、リリーナさんもきっとそうだと思って〜」

「あ、ありがとうございます…?」


 どうやら先ほどこちらの様子を見抜いたように聞こえた発言は、こちらを見抜いたのではなく憶測での発言だったようだ、とリリーナは安堵する。

 さらに素直な話をすれば二日も連続で自信を折られたくはない、という意味での安心感は大きい。


「だからね、ディードリヒ兄様が物語のヒーローみたいに煮詰まった感情を持っていたらギャップがとってもあると思って…そう考えたらときめいてしまって〜!」

「…」


 マディの語るギャップにときめきが存在するかはともかく、煮詰まった感情をディードリヒが抱えているのは事実だ。

 彼の感情は鍋底が焦げついたスープほどに煮詰まっている。


「ディアナ叔母様から話を聞いた時すぐにこの話を思い出したの〜、でも実際は違ったみたいでちょっと申し訳なかったわ…まさかお仕事の一環だったなんて〜」

「一見ストーキングと変わらないことを行っていたのは事実ですので…私も知った時は驚きましたわ」

「確かに、私でも驚くと思うわ〜」


 ひとまず話を合わせておく。

 今更ながら、既に事実を知っている人間が二名ほど存在しているわけなので、隠すというのも無駄な足掻きだったような気もするが…やたらと話したいことでないのは事実なのでこのままにしておこう。


「ディードリヒ兄様がリリーナさんを保護している時に二人は結ばれたのよね?」

「え、えぇ…そう言われると少し恥ずかしいですが…」


 これに関しては事実を話してしまっているようなものなので流石に恥ずかしい。まだ一年しか経っていないと言うのに、もうずっと昔のような気もするし昨日のことのような気もする。

 何にせよ話を振られて恥ずかしいのは変わらないのだが。


「どんなことがあったのか訊いてもいいかしら? とっても気になっているの〜」

「そ、それは…っ」


 いい加減こういった話にもなれるべきなのだが、わかっていても顔が熱くなる。

 かといって、リリーナが全く惚気を言わないということもなく。彼女の身の回りにいる女性は身近になればなるほど彼女のナチュラルな惚気を聞かされて生活しているわけだが、リリーナにその自覚はない。


「手を繋ぐのはいつもどちらから? キスは? もっとその先まで行っているのかしら〜?」

「き、キスと言いましても…!」

「告白は兄様からだったの? 案外リリーナさんからだったりして〜!」

「なんと言いますか…うまく言えることでもなくて…っ」


 ディードリヒの発言など半分はリリーナに告白をしているようなものだ。しかし一応、交際関係になるきっかけは自分の行動なので、なんと言うのが正解なのかがわからない。


 あれもこれもどうしたものかと、すっかりしどろもどろなリリーナ。しかしそんな彼女の背もたれをそっと撫でる手が現れた。


「マディ、お客様を困らせるものではありませんよ」


 リリーナの後ろに立つその人物は優しく語りかけるような口調で孫娘を嗜める。その声に驚いたリリーナは慌てて振り向くと、視界に入った人物の姿にすぐさま立ち上がり頭を下げた。


「上王妃様!」

「お祖母様〜」


 慌てた反応を示すリリーナに、フランチェスカは「楽にして」と指示を出すとその後でもう一度席に着くようリリーナを促す。

 それから付近にいる使用人に声をかけると、すぐさま椅子が一つ運ばれてきた。フランチェスカはそれに優しく腰掛け、優しい笑みで二人を見る。


「なんだか楽しそうな話し声が聞こえたからわたくしも混ぜてもらおうと思って来てしまったわ。どんなお話をしていたの?」

「リリーナさんからディードリヒ兄様との関係について聴いていたんです〜」

「まぁ、ディビのことを? わたくしも聞きたいわ」

「上王妃様まで…ご勘弁くださいませ、こういったお話は慣れておりませんの」


 顔を赤くするリリーナを二人は微笑ましい目で見ているので、リリーナは視線を逸らした。それからふたりは少し笑い合うと、フランチェスカが口を開く。


「ふふ、リリーナさんったらやっぱり愛らしい人ね。そのお顔だけでも、どれだけあの子が大切にされていのかがわかるわ」

「お祖母様、リリーナさんはメリーとたくさんお話できるんですって〜」

「本当? それはすごいわ、リリーナさんはとっても頭がいいのね」

「私も今度リリーナさんにドレスを贈りたいの〜。リリーナさんの髪の色、初めて見たから是非にって思って〜」

「わたくしも滅多なことでは見たことのない髪色だわ。とても素敵よね」


 マディとフランチェスカはリリーナを置いたままリリーナのことで盛り上がっている。話の内容的にどうしても参加するのは難しく、大人しく紅茶を飲み下しているとフランチェスカがこちらを見た。


「リリーナさん、アダラート様たちがそろそろ帰ってくるだろうから出迎えに行こうと思うの。貴女も来てくれたら、あの子が喜ぶと思うわ」

「お誘いありがとう存じます。ですがいいのでしょうか、私まで…」

「勿論よ、貴女はディビのお嫁さんだもの」


 フランチェスカは優しい花のように微笑む。彼女の立場からすれば愛想笑いと本当の笑顔に区別をつけるのは至難の業だろう。だが何故だろうか、初めて会った時からフランチェスカは本心でこちらに微笑みかけてくれているようにリリーナは感じていた。


「ではお言葉に甘えて…是非とも向かわせてくださいませ」

「えぇ、では行きましょうね。マディ、貴女はどうするかしら?」

「私もいきます〜。ディアナ叔母様のいるでしょうから〜」

「ディアナさんにご用事?」

「リリーナさんに贈るドレスのお話がしたいんです〜。お裁縫に困ったときはディアナ叔母様によくお話をするので〜」

「そういうことね。ディアナさんにも声はかけてあるから来てくれるわ。早速向かいましょう」


 そう言って立ち上がったフランチェスカは、さりげなくリリーナに視線を贈るとウィンクを一つ飛ばして身を翻す。リリーナが困っているのを見て助けてくれた、ということだろうか。

 確かに、自分は立場的にマディに強く出ることはできない。もしフランチェスカが助けてくれたとしたら、彼女はそれをわかっていたからこそたすけてくれたのだろう。


 歩き出すフランチェスカに合わせて自分も歩き始める。まだまだ涼しく笑って流せる話題を増やさなくてはいけないと、リリーナは反省した。


マディちゃんのお話でしたね

マディちゃんの趣味はゴリゴリ…いやちょっと過剰なまでに装飾を盛られた甘ロリ趣味だと思ってください

ヘッドドレスが大好きなのでよく手作りをしています

そして話の聞かなさがディードリヒくんを抜いた女、マディ。どこまでも自分の世界で生きています

そんな彼女をすっと止めてしまうお祖母様…さすがといったところでしょうか


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