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このときめきは誰にも止められない(1)


「リリーナさん」

「!?」


 不意に、耳元で囁かれた名前に振り返る。

 驚きのあまり崩れた表情のまま振り返った視線の先には、楽しげに笑うマディの姿があった。


「ごきげんよう〜」


 そうにこやかに挨拶をするマディは、今日もピンク色の生地をベースにフリル、リボン、レースをふんだんに使った派手なドレスを身にまとい、華やかに巻かれた金の髪が流れる頭部にはドレスと同じだけ主張の強いヘッドドレスがついている。


「ご、ごきげんよう。マディ様」

「ふふ、その顔はどっきり大成功ね〜。リリーナさんがメリーの部屋に入っていくのを見たから、ずっと待ち伏せしていたの〜」


 マディの雰囲気は父親であるエドガーに似ているように、リリーナは感じていた。ふんわり、おっとり、のんびり…とにかく話し方や雰囲気が柔らかく、話しかけやすいという印象。

 そんな彼女が待ち伏せとは少し予想外だ。案外イタズラずきなのだろうか。


「気づきませんでしたわ…」

「ふふ〜、どっきりだもの、そうでなくちゃ〜! でもお部屋から出てくるまで長かったわね〜?」

「それは…どういうことでしょうか?」

「ん〜そうね、質問で返すようではしたないのだけれど…リリーナさんは今までメリーとお話をしていたの?」

「えぇ…とは言いましても、私がお節介を焼いてしまっただけでございますが」

「そうなの〜、それはすごいことよ〜!」


 マディは言葉と共に笑顔を見せる。まるで喜んでいるようなその表情に、リリーナは少しばかりの予測と素直な疑問を抱いた。


「メリーが他の人と長話するなんて滅多にないことだもの〜!」

「そうなのでございますか?」

「メリーはあまりお喋りが得意じゃないの〜。好きなもののお話はできるのだけど、あの子の好きなものはちょっと人と違うことも多いし…それ以外はあまり興味がない子だから〜」


 やはり予測は当たったようだ、と納得する。

 昨日、マディとメリセントが揃っていたお茶会や、同日ディナーでの彼女の態度を振り返れば、マディの言葉に納得するのも容易い。


 今日でこそメリセントが“ファリカから自分の話を聞いていた”という理由で会話に繋がったが、それ以外の場所での彼女は殆ど口を開くことさえなかった。

 それも“自分の好きなもの以外に興味がない”というのが彼女の特性ならば殊更腑に落ちる。


「リリーナさんも難しい本を読むの〜?」

「メリセント様ほどではございません。私は齧る程度でございます」

「でもメリーとお話しできるのでしょう? ありがとう〜」


 礼を述べるマディは頬に手を添え微笑む。

 その笑顔にリリーナは申し訳ないと表情に書いて返した。


「いえ、こちらが感謝する立場でございます。メリセント様は個人のお時間を邪魔してしまった私に優しくしてくださいましたので」

「メリーはやっぱりいい子ね〜。でも羨ましいわぁ〜」

「?」

「私もリリーナさんと仲良くしたいもの〜。ルアナとメリーだけでなくて、私とも仲良くして〜?」

「そう言っていただけて光栄ですわ」

「ふふ、こちらこそそう言ってくれてありがとう〜。そうだわ、リリーナさんは私と同じくらいの身長だから、今度私のドレスを着てみない?」

「!?」


 唐突な提案に素直に驚くリリーナ。

 昨日のディードリヒに関する話といい、急に話題を振ってくる部分がある少女なようだ。


 向こうから「仲良くしたい」と言ってもらえるのはありがたいし素直に嬉しいものだが、その期待に応えたくとも自分の趣味はおそらく彼女と正反対なのではないだろうか。


 リリーナの好きなドレスは基本的にシンプルで装飾も多くなく、スカート部分もあまり膨らまないようなものが多い。

 対してマディはというと、絵本に出てくるお姫様のようなプリンセスラインのふわふわとしたドレスに、レースもフリルもリボンも盛りだくさん。とてもリリーナが自ら手に取るようなデザインではない。


 マディは自ら筆を取るほど恋愛小説が好きだと言っていたが、自分にとってあの手のジャンルは暇つぶしに読む程度だ。読んでいる冊数も言うほど多くはないだろう。

 少し考えるだけでこれだけの懸念が思い浮かぶ。仲良くどころかまず話題が存在するのだろうか。


「リリーナさんは黒ベースの方がよく合うかしら? 髪がピンクに似てるから濃い色の方が映えそうだわ〜。あぁ、こんなところで話しているのが勿体無い〜」

「あの、マディ様?」

「本当に勿体無いわ〜…どうして明日には帰らないといけないのかしら? あぁでも、ここに黒のドレスは持ってきていないし…」


 リリーナの心配をよそに、マディはすっかり自分の世界へ行ってしまっているようだ。確かに大公一家はエドガーのスケジュールの問題で明日の朝には帰ると聞いているのだが。


 しかしリリーナはドレスを着ることを了承していない。それでも戸惑うリリーナを置き去りにしたマディの独走が止まる気配もないように見える。


「とりあえず、お茶にしましょうか〜」


 不意にマディがリリーナと視線を合わせた。

 その唐突さにリリーナが驚いていると、マディは朗らかに笑いリリーナの手首を掴む。


「昨日みたいに中庭にしましょうね〜」

「ちょ、待ってくださいませマディ様! マディ様!?」


 にこにこと笑うマディは有無を言わさず掴んだ腕を引っ張ると、そのまま中庭に向かって歩き始める。

 戸惑うリリーナの悲鳴は誰にも聞こえそうにない。

 

 ***

 

「リリーナさんは吊り目だから、デザインは甘すぎないほうがいいわよね? でもフリルとリボンは欠かせないわ〜」

「マディ様、その…お待ちに」

「ねぇリリーナさん〜」

「は、はい」


 そっと発言しようと口を開いたはいいが速攻で遮られ驚くリリーナ。マディはそんな彼女の手をとり、父親譲りの青い目を輝かせる。


「やっぱり今度そちらに遊びに行くわ〜! その時は是非遊んでほしいの〜!」

「それは、首都にいらっしゃる…ということでございますか?」

「そうよ〜、絶対に遊びに行くわ〜。リリーナさんにたくさん私のこと知ってほしいの〜!」


 彼女の中で何が起こって今の発言につながったのかはわからないが、何故とは口にできなかった。そこに理由があったわけでもないのだが、向けられている好意が明らかに純粋で戸惑う。


 出会う人間の誰もが優しいなど早々あることだろうか?

 確かに一悶着あった人間もいるにはいるが、自分の見てきた貴族というものは、もっと表情の裏が薄汚く、他人を貶す瞬間を待っていて、自分の利益は確実に勝ち取りたい…そういった人間のほうが多かった気がするのだが。


「もうとにかく私のドレスを着てほしいの〜! リリーナさんに似合うドレスをたっくさん作って持っていくわ〜!」

「お、お作りになっているんですの!?」

「そうよ〜。自分で作れば好きなものを好きなようにできるもの〜。ミシンの扱いはとっても得意よ〜」

「驚きましたわ…それだけのドレスを手ずからお作りになっているとは…」


 マディのドレスは隅から隅までフリルもリボンもたっぷりだが、最も目立つのは胸元と腰につけられた大きなリボンだろう。これだけのものを少女が一人で作るのは苦労がいるはずだ。てっきり職人を雇っているとリリーナは思っていたのだが…。


「私は絵が下手だから作ってしまう方が早かっただけよ〜。その代わり、改造も修繕も思うままでとっても楽だわ〜」


 話をしてるマディの笑顔は輝かしい。

 リリーナは刺繍こそ並大抵でない腕を持っているものの、裁縫全般が得意というわけもないのでやはり突出した才能には素直に尊敬する。


「ルアナは勿論だけど、お母様やメリーも私のドレスを着てくれないの…いつもなら諦めるのだけど、リリーナさんには絶対に着てほしいと思って〜」

「何故そこまでこだわりが?」

「私リリーナさんみたいな髪の色の方を初めてみたの〜。だから『絶対この人に似合うドレスを作りたい!』って思って〜。一目惚れだったのよ〜!」

「そうなんですの…」


 なんと返すのが正解なのだろうか、リリーナは少し迷った。

 確かに、故郷にいた頃から自分と母親以外でこの髪色を見たことはない。なので何かと話題には出されたし不要なことも何かと言われて育ったが、このように情熱的なアピールは初めてだ。


 そもそも、初めて会った時にこんな話は出なかったので困惑した感情の方が強い。なんでもかんでも急に目の前に出されるので、起きていることを把握するだけでもエネルギーを消費する。


「? そんなに驚くようなことを言ったかしら〜?」

「あぁ、いえ…初めてお会いした時にこの話題は出ませんでしたので、少し驚いただけでございます」


 リリーナの戸惑いまじりの言葉に、マディは「あぁ〜…」と納得した表情を見せた。


「あの時はもう…ディアナ叔母様からディードリヒ兄様の話を聞いて気になって仕方がなくて…。だってあのディードリヒ兄様だったんだもの〜」

「それは…マディ様から見たディードリヒ様と随分その…印象が違ったというお話でしょうか?」

「そうよ〜、ディードリヒ兄様といえばあの崩れない笑顔だもの〜。とってもイケメンで素敵でしょう〜?」


 マディの口から「素敵」という言葉を聞いた瞬間、リリーナの心の中に僅かなもやが生まれた。つい昨日、年下の従姉妹にまで…と自分で言ったばかりだというのに、我ながら器量が小さい。

 そうは思いながらも、流石に表には出さないリリーナ。


「そうですわね、ディードリヒ様はとても整ったお顔立ちをされていますから」

「ふふ、でも大丈夫よリリーナさん。私結婚するなら同じ金髪で人相の悪い人がいいの〜。ディードリヒ兄様みたいな優しい顔は好みじゃないから安心して〜」

「! 大丈夫、とは…?」

「家族でも他の女に『素敵』なんて言われたらちょっと嫌よね、わかるわ〜」

「そのようなことは…」


 少しばかりとはいえ、考えてしまっただけに強く反論できないリリーナは僅かに視線を逸らす。

 だが相手に伝わるような態度は取らなかったはずだ。殆ど初対面であるマディに見抜かれたとしたら、彼女はフランチェスカと同じだけ洞察力に優れているのだろうか、それとも…。


「気にしないでリリーナさん、私、わかっているの〜」


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