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彼女は探究心で本を積み、好奇心でページを捲る(3)


「夢…ですか?」

「はい。メリセント様の“今”は、人より大きな苗木のようなものです。貴女の好奇心や知識、そして情熱はどこまでも大きく伸ばしていくことができますわ」

「…?」


 メリセントは急な話題についていけていないようだ。だが話は理解しているだろう、リリーナは言葉を続ける。


「ですがそのためには行動力と目標が必要ですわ。そして“夢”とは『自分が目指すゴールの先』と意味します」


 幼い少女に語りかけるリリーナの声音は穏やかだ。そして少女もまた、彼女の話を静かに聴いている。


「今は難しいかもしれない、でもそれは今できないだけであってやり方がないとは限らないことや、自分がなりたいものになった時にそこでどうしたいのか…それが夢だと、私は思っております。メリセント様に夢はございますか?」

「…」


 リリーナの言葉に、メリセントは少し考え始めた。

 もしかしたら彼女にはやりたいことが山積みにあるのかもしれないし、そんなことには思考が行っていなかったかもしれない。


 ただ言えることは、この可能性の芽は子供の誰にでもあって、それを潰してはいけないということ。

 それはルアナもメリセントも、今はわからないがマディも変わらない。


「…魚を」

「?」

「生きた魚を見てみたいんです。海の中でどう泳いでいるのかを知りたい」

「ふむ…素敵な夢ですわね」


 この発想は、彼女の住まう土地が海の街であるレーゲン領であるという点から来ているのだろうか。

 少なくとも内陸部にある街の貴族として生きていると、捌かれていない家畜や魚と出会うことは殆どないので“生きている”状態を意識することは難しい。


 そして同時に、探究心で本の山を作り、好奇心で知識のページを捲る…そんなメリセントらしい発想であるとも思った。彼女はきっと、本の中にない知識にも手を伸ばしたいのだろう。


「でも漁師でもないのに海に潜ることはできません。私が貴族の子供であるなら尚更。でもこれは、確かに私の“夢”です」

「それであれば…私はそれこそ学術院に通うべきであると考えますわ」

「どうしてですか?」

「“貴族”ではなく“学者”であることで開ける道もある、というのは勿論ございますが、その夢を一人で叶えることはできません」

「…わかっています。だから私は本が…」

「だからこそ、同じような姿勢で“違うもの”を追いかける人たちが集まる場所に行けば、何かが変わるかもしれない…そうは思えませんこと?」

「!」


 またひと時俯いた少女は、驚きのあまり目を見開いて彼女を見上げる。その開かれた瞳に映る女性は、確かに真摯な表情でこちらを見ていた。


「ですが、提案者であるが故に私には謝罪するべきことがございます。私が言っているのはあくまで可能性の話であり、確実性のある言葉ではございません」

「それは…わかっています」

「ですので、どうお受け取りになるかはメリセント様次第でございますが…」


 あくまでリリーナの発言は、リリーナの考えた範囲のことであり絶対に結果の出るものではない。

 いくらフレーメンが女性領主を容認するほど社会的に女性の自立を認めていても、学者の世界で同じことができるとも言えない…どちらにせよ、未来ある子供に対して無責任は発言であるとも言える。


 積み重ねは確かに自分を裏切らないが、それはあくまで自分に対してだけだ。他人という不確定要素が多くなればそれだけ、絶対的な結果にはならない。


 だが、メリセントは確かに目の色を変えた。


「リリーナさん」

「如何しまして?」

「リリーナさんには、夢はありますか?」

「えぇ、たくさんございます」

「例えば?」


 メリセントの問いかけにリリーナは少し考える仕草を取る。

 果たして自分の夢は、いったいいくつあっただろうか。


「そうですわね…夢と一口に言いましても、大きさは自由ですわ。ですので小さいものでしたら『理想のクッキーを焼いてみたい』などでしょうか。私は今店を持っていますので『末長く商売繁盛』もそうですわね。ですが最も夢らしいといいますと…」

「夢『らしい』…?」


 リリーナの言葉になにか引っかかりを覚えたようなメリセントに向かって、彼女は微笑みかける。


「『私の大切な人が、私が死んだ後でも幸せであること』ですわね」

「…!」


 メリセントは思わぬ言葉に驚き、


「それは…すごい夢ですね…」


 そう言葉を絞り出すのでいっぱいになった。

 驚きが隠せない。確かにこんな不確定要素の塊のような言葉は“夢”としか言いようがないだろう。


「私もそう思いますわ。叶ったかどうかは死んでからでなければわかりませんもの」


 リリーナはあっけらかんと言う。

 その姿は夢に向かって意地を張っているようでもなく、夢に夢を見ているようでもない。


「…はは」


 ふと、メリセントが気の抜けたように笑った。


「?」

「リリーナさんの夢を聞いていたら、自分の夢は頑張ったら叶う気がしてきました…」

「私の夢も誰も叶わないとは言っていませんわ。ですが同じだけ、行動を起こさなければ叶わないのも事実でございます」


 リリーナは今日も真っ直ぐとした強い瞳で笑う。メリセントはその笑顔に、また気の抜けたような表情で笑い返した。


「リリーナさんは、お母様やマディ姉様と似ていますね」

「エリシア様と…マディ様と?」

「堂々としてて、俯かない感じとか似てると思います」

「ありがとうございます。ですが私も数えきれないほど俯いてまいりました。だから今があると信じられるのでございます。もしかしたら…お二人にもそういった側面があるかもしれませんわ」


 帰ってきた返答に対して、メリセントは小首を傾げる。


「お母様たちが…? あまり想像がつきません」

「そういうものではないかと思いますわ。ご家族であろうとも、メリセント様ご本人ではございませんから」

「…そうでしょうか?」

「人とは多面的な生き物ですもの。今はわからなくても、いつか必ずわかる日はきますわ」

「…」


 メリセントはまた少し考えるようなポーズをとった。リリーナの言葉になにか思うところがあったのだろうか。


 いくら賢い頭脳を持っていても、人の心への理解や人との関係性などまだ少女らしい側面もあるのだと思いながらリリーナはその姿をしばし眺め、それから静かに頭を下げる。


「さて…申し訳ございません、メリセント様。貴女様のお時間に無断で足を踏み入れておきながら勝手なことを申すようでございますが、私はそろそろお暇させていただこうと思っております」

「何かご用事ですか?」

「お節介な長話で貴女様のお時間を頂戴してしまいましたので、そろそろお時間を返す時だと思いましたの」


 正直申し訳ないことをした。他人の時間に土足で足を踏み入れた挙句、説教じみた話など…無礼にも程がある。相手が素直に話を聴いてくれたからよかったようなものの、怒られてもおかしくなかった。最悪この別荘の空気が大きく乱れてしまう。


「気を遣ってくれたんですね、ありがとうございます。そうですね…私も少し考え事をしたいので、お見送りします」

「見送りなど…お気になさらないでくださいませ。そのお気持ちだけありがたく頂戴いたしますわ」

「そうですか? でもドアまではお送りします。ここは散らかってるけど、ドアまでの近道は作ってあるんです」


 そう言うと、メリセントは率先して前を歩き始める。ときに乱雑に積み重ねられた本の隙間を進んでいくメリセントについていくと、最初に彷徨っていた時より余程早くドアにたどり着くことができた。


「今日はありがとうございました。私に付き合ってもらっただけでなくて、いろんなお話までしてくれて」

「いろんな…と言いますか、本当にただのお節介でしたわ。メリセント様のことをよく知りもせず、無責任なことを申しました。申し訳ございません」

「いいえ、たくさんの発見があるお話でした。楽しかったです」


 メリセントは小さく微笑む。

 その柔らかな表情にリリーナは少しばかり安堵した。どうやら退屈な話にはならなかったらしい。


「そう言っていただけて嬉しいですわ。では、私はこれにて…」

「はい、よかったらまた話しかけてください。今度はリリーナさんの好きな生物多様性の話とかしたいです」

「是非喜んで、私も楽しみにしておりますわ」


 リリーナはゆっくりとドアを開け、メリセントに見送られながら部屋を出る。重たいドアをできるだけ静かに閉めてからまた歩き出した。


「リリーナさん」

「!?」


メリセントに注視していくお話でしたね。これ自体は故意ではなくたまたまなので彼女がこの物語のキーパーソンなどの立場になるかについては今は考えていません

メリセントさんの好きな時間はコーヒーを飲みながらゆっくり読書をする時間です。ブラックが飲めます

物語の類はあまり読みません。有体に言うと勉強の方が好きな子です


それにしても、リリーナさんのなんと言いますか、“ほっとけない病”みたいなものが炸裂してますね。本人も言っていますがこういった話はどうしてもやっかまれがちです。それでも気がついたら手が伸びているのがリリーナなので、本人は時折「やらかしたな…」と反省しています

ディードリヒくんは彼女のそんなところで人生歪んでるわけですが、それはリリーナからするとただのとばっちりだと思います。国王様と話している時に彼女は自責の念に追われていましたが、作家的には「それはお前の責任じゃねぇよ」って思います。犯罪はね、いつだってやってる奴が悪いんだよ


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