眠れない夜の秘密の話(2)
「…その、陛下。お話に水を差す様で大変申し訳ないのですが、ディアナ王妃様は陛下からご覧になってどの様な女性なのでしょうか?」
リリーナの中で、日毎にディアナ・フレーメンという女性がわからなくなっていく。
優しく器の大きい女性で、思い人に一途である部分もある。だが同時に気に入った人間を掌の上で転がし、その慌てる様を楽しむというその二面性は…貴族らしいといえば貴族らしいのだが。
「ディアナはな…昔から人を揶揄うのが好きなのは事実だ」
「そうなのですね…」
「昔は俺も色々とされたが…そうだな、わかりやすい話だと、一度俺の誕生日にあいつがプレゼントを隠して『忘れた』と言い張ったことがあってな」
思い返す記憶に何か思うところがあるのか、ハイマンはため息まじりに言葉を続ける。
「だが実は、偶然ディアナがプレゼントを隠していたところを俺は見ていたんだ。だからそれを指摘した上で『そんな悲しい嘘はつくな』と怒ったことがある。本人は純粋に驚かせようとしてくれたんだろう、それは今でもわかる。だが『忘れた』などと、嘘でも言われたくはなかった」
リリーナは昼間のことを思い出す。
この話はおそらくディードリヒが言っていたハイマン夫妻の話だろう。だがハイマンの話を聞いている限りでは、喧嘩以前の問題だったようだ。
「それ以来過度な嘘はつかなくなったが…ディアナは気に入った相手ほど慌てる様を見ようとする。本人に他人を傷つけようという意思はないんだが…」
ハイマンの声はやや呆れ気味に聞こえる。最愛の妻であろうと、目に余る部分は目に余る…やはり国王と言えど人なのだとリリーナは感じた。
「今話をされたということは、ルーベンシュタイン嬢もディアナの行動に巻き込まれたということだろう。彼女には俺からも伝えておく」
「いえそんな…大きなことがあったわけではございません。王妃様は常によくしてくださいますわ」
「ディードリヒのことも、ディアナのこともそうだが、君が無理に全てを受け入れる必要はない。王族であろうが人間の家族であることに変わりはないのだからな」
「…」
かけられた言葉にリリーナは少し思考を纏めようと脳を働かせる。
最初に考えるとすれば、自分が何かしらの形で試される事態になることは想定がついていた。それはこの別荘にいようがいまいが変わらない。ただそのタイミングを見計らえるほど自分に経験がないだけだ。
その次に、完全にタイミングを見誤ったと反省している。そもそも文句をつけようとして相手に問うたのではない。ただ自分が彼女について知りたかっただけだ。それを相手に勘違いさせてしまったならば、自分が伝えることは一つ。
「お言葉を返すようでございますが」
すぅ、とそこでリリーナは一つ息を吸う。
「私は、ディードリヒ様に対しても誰に対してであろうとも、ただ全てを受け入れようというつもりはございません。実際ディードリヒ様の行き過ぎた行いには何度もお話をさせていただいていますし、改善を見せてくださった部分もございます」
「ふむ…」
「だからこそ、私に今必要なのは陛下や王妃様を知っていくことであると考えております。今日だけで全てがわかることもございませんが、この時間はとても貴重なものでございます」
ハイマンから言葉は返ってこない。それをリリーナは発言の許可を得たと捉え、言葉を続ける。
「ディードリヒ様のこともそうでございます。彼の方は確かに深い…深い愛情を私に向けてくださいます。そして私は自らの意思でその手を取った…だからこそ、私は彼の方を幸せにしてみせる」
「幸せに?」
リリーナの強い視線に、ハイマンは小さく笑う。その笑みに含まれた視線は、少しこちらの発言に興味を示した様であった。
「そうでございます、陛下。私の成すべきこととしているのは『誰かが見ていても、そうでなかろうとも彼の方を幸せにすること』。それはつまり二人で永遠を歩むための正道を歩き、私自身の手で彼の方のどんな愛にも報いること…そのためならば、多少の物事は初めから問題にも上がらないのでございます」
わかりきっていることなど所詮は些事でしかない。その場を乗り切ることが次につながるのかもしれないならば、それを積み重ねていくことにも意味があるのなら、尚更気にしていても意味はないのだ。
最初から甘んじて受ける必要もない。全て突破すればいいだけのこと。
「ですが、せっかくお二人が彼の方の行いを看過してくださっているのです。隠すことがないのであれば、その分仲を深めることができると思ったのですわ。そのような機会を逃すわけには行きませんもの!」
そうして最後に強い眼差しで笑ってみせるリリーナ。その彼女の姿にハイマンは一瞬きょとんとした表情を見せ、
「…これは一本取られたな」
すぐ表情を苦笑いに変えて呟いた。
「なるほど、器の大きいお嬢さんだ。ディアナが気に入るのもよくわかる」
「陛下が仰ってくださるほどではございません。どこまでいったところで私の我がままでございます。このような大口は」
「謙遜することはない、君は強い意志を持つ女性だ。俺の不安に光が差したのだからな」
「光、でございますか…?」
ハイマンは少しばかり視線を落とすと、憂いの中にも残っていた毅然とした姿勢を少しばかり崩す。それからそっと口を開いた。
「ディードリヒが抱える問題は、周囲からあえて目を逸らし続けていることだ。今はそれでも許されるだろう、その上で本人もこのままではいられないことは気づいている」
「同意いたします。聡い方でございますので…」
「周囲から目を逸らした分の感情が全て君に注がれている今、そこから変われなければこの国は少なからず衰退していくだろう」
このことに関しては、リリーナも同じことを危惧している。確かに状況は少しずつ変わっていっているが、まだ十分かと問われれば程遠い。
その上で、今は自分にも問題を抱えてしまっている。それは確実に目標の進行を妨げるものだ。
それなのに、未だ答えが見つからない。
「だが君は言った『正道を歩きながら、ディードリヒのどんな愛にも報いる』と。二人が裏でどんな愛を育もうがそれは自由だ、だが現状が続くことは許容できない。しかし…」
「…」
「あいつに正道を歩かせながら、一方でその歪みを受け入れようと言うのだから…それを、それこそを“愛”と言わずしてなんと言う?」
「!」
「君の言葉を聞いて、少なくともあいつのケツを叩けるのは君しかいないと思ったよ。こちらでもできることはしよう、必要であれば協力もする。ルーベンシュタイン嬢、君には期待するとしよう」
先ほどとは打って変わって明るい表情のハイマンはグラスに残ったブランデーを飲み干すと、瓶に栓をし直して立ち上がった。その姿を見たリリーナも空になったカップを持って立ち上がる。
「さて、長く付き合わせてしまったな。歳をとると話が長くなっていかん、俺も父上にやられて嫌だったものだ」
「その様なことはございません、陛下。とても貴重なお時間でございました、お礼を言わせてくださいませ」
「そう言ってもらえるのはありがたいな。息子の昔話など久しぶりだった」
「本当に貴重でございました…ありがとう存じます、陛下」
静かに頭を下げるリリーナに、ハイマンが静かに呼びかけた。
「ルーベンシュタイン嬢」
「如何なさいましたでしょうか?」
顔を上げてこちらを見る彼女に、ハイマンは息子に似た優しい笑顔を向ける。
「ディードリヒを愛してくれて感謝している。本当にありがとう」
「! そのような、お礼を言っていただけることでは…」
「なに、どちらかというと今はただの親の一人に過ぎん。あいつの思いは歪んでいるようでちゃんと道にはなっているんだ。それが君と繋がってよかった」
「陛下…」
「思ったより飲み過ぎたな…俺は寝よう。ルーベンシュタイン嬢、部屋まで送るか?」
ハイマンの問いに、リリーナは静かに首を横に振った。
「お気遣いありがとう存じます、陛下。ですが少しばかり考えたいことがございますので…おやすみなさいませ、陛下」
「そうか、なら暗いから気をつけなさい。おやすみ」
ハイマンはそう残すと静かにリビングを去っていく。リリーナはその後ろ姿を見届けてから、空のカップを片付けるためキッチンに向かった。
その道中、暗い廊下を歩きながらリリーナは一つ深呼吸をする。
やはり自分の疑念は正しかった。
あのまま破滅の道を受け入れてはいけなかったのだと、わかりきったことだと思っていても安堵してしまう。
確かに幸せの形は一つではない。だからこそ自分は、できうる限り誰がどんな角度から自分たちを見てもディードリヒが幸せであることを目指している。
自分が、絶対に自分が彼を幸せにしたい。
誰でもない私の手が、貴方に幸せを与える手であってほしい。
そんなわがままを押し付けることでしか彼の愛に報いることができない自分はやはり不甲斐ないと思う。それでも、自分から彼へ向ける愛情が一番伝わると思ったのはこのやり方しか思いつかないから。
だから絶対に、この誘惑に負けるわけにはいかない。
「…私は、貴方を幸せにしてみせる」
リリーナは呟き、また一歩前へ進む。
そうして彼女は、一人闇に消えた。
ホットミルクに添えられた、ディードリヒくんの昔話でした
ディードリヒくんの積み重なっていく執着の断片が見え隠れしていたのではないかと思います
リリーナも考えていましたが、誰も見ていない時の彼はどんな顔をしていたんでしょうね? 作家的には考えてないこともないですが、今話すことでもないような気がします
とりあえずこの話を書いていて思ったことは、今回出番のないラインハートくんには頑張ってもらうしかないな、と…ディードリヒくんと友達になってやってくれ、難しそうだけど
釣り、私はやったことがないのですが憧れがあります
ただその場に大人しく止まっていられない性分なので多分無理です。一匹釣れたら飽きる自信がある
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