団欒のディナー(1)
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時間が過ぎるのはあっという間だ。多少考え事をしていただけでディナーの時間だと声をかけられ、話もそこそこにそちらへ向かうことになる。
案内された部屋には大きな円卓が置かれていた。なんでもこれは上王アダラートの気遣いだそうで、親族の集まりに身分を持ち込みたくないとのこと。あとは人数も多いので和気藹々とした雰囲気で食事がしたいと言っていたと、リリーナは部屋まで案内してくれた使用人から聞いた。
全員が席につくとシャンパンが配られる。未成年である三姉妹は違った飲み物が注がれていた。見た限りではジュースのように見える。
全員に飲み物が行き渡ったら乾杯。今日の再会と新しい家族の歓迎を祝って。
「今日はシェフも気合いが入っている。いつもよりさらに素晴らしい料理に恵まれることだろう」
そう話すアダラートはリリーナから見ても上機嫌に見える。それからリリーナが視線のみで周囲を見渡すと、ルアナがドレスを纏って食卓についているのが見えた。
リリーナの言葉が届いたのか、はたまた母であるエリシアと一悶着あったのか…真相は定かでないが何にせよ悪いことではない。
「今日はディビやマディたちの好きなものをコースに入れてもらったのよ。特にディビは今年のお誕生日を祝ってあげられなかったから、メインにはスコッチエッグを頼んでおいたわ」
「ありがとうございます、お祖母様」
「ねぇねぇお祖母様! あたしのは!?」
「ルアナには前菜に大きな海老を使ったテリーヌをお願いしたわ。楽しみにしててね」
「やった! ありがとうお祖母様!」
祖母の言葉にルアナははしゃいでいる。
その姿を見たマディは微笑ましそうにしているが、エリシアが眉を顰めた。
「こらルアナ、お祖母様に向かっての口の利き方はもう少し考えなさいと言ったでしょう」
「あっ、でもお祖母様が好きなものを用意してくれるって言ったから…」
「全く、リリーナさんから作法や礼節の大切さを話してもらって感銘を受けたって言ってたじゃない。これじゃあ先が思いやられるわ」
「大事っていうか、作法も筋トレになるって言うから…」
「はいはい、なんでもいいからちゃんとなさい」
はしゃぐあまり礼を欠く娘を嗜めたエリシアは、ふとこちらを見る。
「リリーナさん、ルアナに何か話してくれたみたいで…」
「お話といいますか、個人の所感を少しばかり聴いていただいただけですわ」
少しと言うには中々長く話をしてしまった気もするが…ここは下手に長い話をしてもミスを呼ぶので短い返事に留めておく。
「ルアナが自分から『ドレスを着る』って言い始めたから何事かと思ったら貴女のお話が余程気に入ったみたいで…あの子が興奮しすぎて何を言ってるのかまではわからなかったのだけれど、とにかくこの子の心境の変化に繋がったことに感謝しているの」
「いえ…私は、どのような努力であれ実を結ぶというありきたりな話をさせていただいたに過ぎません。ですが、ルアナ様の向かう道に対して少しでもお手伝いできたのでしたら、何よりですわ」
リリーナの静かな微笑みに、エリシアは「迷惑かけちゃってごめんなさいね」と申し訳なさそうな笑みを返した。
「ルアナ、ドレスもよく似合っているよ。そうだろう? マディ、メリー」
エドガーはメリセントに向かってメリーと呼びかける。昼にマディもメリセントを同じように呼んでいたので、おそらくメリーというのはメリセントの愛称なのだろう。
「勿論ですお父様〜。ルアナ、本当によく似合ってるわ〜。だから、フリルやリボンで飾れたらもっと素敵になると思うの〜」
「マディ姉様、それはルアナ姉様がしおしおになっちゃう」
「絶対にやめてマディ姉様」
「えぇ〜」
自分の名案が却下されて不服そうなマディ。仲のいい三姉妹の会話を眺めながら、全員が配られたシャンパンを飲み干したのを見計らった使用人たちが一品ずつ料理を運んでくる。
そのフルコースにはフランチェスカの言う通り孫達の好物が詰め込まれていた。ディードリヒやルアナの好物だけでなく、マディの好きなデザートにメリセントの好きな野菜を使用したサラダなど、そこかしこに祖父母から孫への思いが感じられる。リリーナはフルコースの料理を一つひとついただきながら、フレーメン血族の温かい愛情を感じた。
食後の紅茶をいただく頃には、すっかり空気も温まり和気藹々とした空気が部屋には満ちている。
「そっちはどうだ、エドガー。お前はハイマンより顔を見せてくれないからな」
「商売に暇はありませんので中々…兄上のように時折顔をお見せできたらとは思うのですが」
「マディたちに会うといつもとびきり美人に成長しているのだもの、おばあちゃんとしてはびっくりしちゃうわ。わたくしの膝がよかったら、こちらからも会いにいくのだけど」
「エリシアに似たんでしょう。僕も少し目を離すと成長があっという間で、本当に驚いてばかりです」
流石は国内外から商人の行き交う大港を持つレーゲン領の領主と言うことだろうか、その忙しさはリリーナからでは計り知れない。
いくら領主と言えど、個人のスケジュールで船の行き交いに制限をかけたりなどはできないだろう。年に一度こうして両親に顔を見せることさえ、余程無理をしているのではないだろうか。
そんなことを考えながら紅茶を飲み下していると、こちらに声をかけてくる人物がいた。
「リリーナさん」
「如何いたしましたか? 上王妃様」
「マディたちとはもうお話ししたかしら? みんないい子だから、仲良くしてくれると嬉しいのだけど」
「えぇ、フレーメン大公女様方とはご挨拶を交わさせていただきました。みなさん丁寧に対応してくださり感謝しています」
「三人とも個性が豊かでしょう? マディはお洋服や小説が好きだし、ルアナは自由奔放で剣が好きね。メリーは賢くて、披露してくれる知識はいつも大人に負けないわ。リリーナさんはどんなものがお好き?」
フランチェスカは実に心広く、優しい態度でこちらを受け入れてくれているのがわかる。だが同時に、知らない人間同士が家族になるのだから妥当な話題から踏み込んでくるのは当たり前だ。むしろ気を遣わせてしまったかもしれない。
ただ問題は、この質問に対して自分がどう答えるかだ。
答えそのものは決まっている。だがここから話が広がった場合、自分の目指しているものは人と違うということを話さなければいけなくなるだろう。
その上で、どこまで話すべきか。
「香水を集めることが趣味でございます。多様な香りは日々に彩りを与えてくれますから」
「少し珍しい趣味だと思うけど、素敵だわ。わたくしは香水をつけるのがあまり上手ではないみたいで、すぐに香りが強くなり過ぎてしまって…」
「香水と言いましても種類や付け方はいくつもございますので、もし私でよろしければ何かお伝えできることがあるかもしれませんわ」
「上王妃様、リリーナさんは首都でお店を開く程の香水好きなんですよ」
「まぁ、首都にお店を持っているの? 大変だったでしょう」
「王妃様にお計らいいただいてなんとか…一階にあるイェーガー洋裁店様と連携させていただいているおかげで、売り上げも安定していおります」
イェーガー洋裁店には頭が上がらない。有名な老舗というだけあって客の絶えないあの店に寄ったご婦人が何人こちらに顔を出していってくれたことか。自分たちで努力をしていないわけではないが、やはりあの店の影響は大きい。
しかし、せっかく同じ建物にありファッションに類する店を経営している店同士…なにか共同企画のようなものを立てられたらそれはそれで良さそうなのだが。
「あの店はまだ残っていてくれているのね。あそこの二階は元々製菓で使う製品を卸売りで販売していて、当時は城のパティシエも利用していたと聞いたわ。でも閉まってしまったのね…私が膝を壊すまではやっていたのだけど、店主の方もご高齢だったもの」
「上王妃様の仰られている通り、あそこは店主が加齢で店を閉めて以来長いこと空き店舗になっていました。それを今回ご縁がありまして買い取らせていただいたのです」
「そうなの…でもリリーナさんのお店も行ってみたいわ。次に首都へ行ったら顔を出してもいいかしら?」
「是非お越しください。お待ちしております」
フランチェスカに笑顔を向けるリリーナに、今度はアダラートが声をかける。
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