このお茶会にも出会いがある
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一先ず一階まで降りた二人は、ディードリヒが屋敷の幾つかの部屋やキッチンなどの施設をリリーナに案内して周り、その流れで屋敷の中にいるであろう侍女二人を探していく。
十五分ほどあちこちを回って中庭に出ると、何やら付近で楽しげな笑い声が聞こえてきた。声に釣られてそちらに顔を向けると、円形のテーブルを囲むように四つの椅子を置いて見知った顔と見知らぬ顔が二人ずつ顔を合わせている。
「あっ、リリーナ様じゃないですか!」
その内の一人…ファリカがこちらに気づき声をかけてきた。彼女は一度テーブルに座る他の人物たちに断りを入れると、席を立ちこちらに駆け寄ってくる。
「ファリカ、走るのは危なくてよ」
「ごめんリリーナ様、早く従姉妹を紹介したくて」
そう笑うファリカの発言に何か疑問を感じるリリーナ。しかしすぐその回答は導き出された。
ディードリヒの叔父はファリカの叔母と結婚している故、フレーメン大公家の三姉妹はディードリヒとファリカにとってはどちらも父方の従姉妹ということになり、親戚の筋としては共通している。
ただファリカのいるアンベル家は直接的にフレーメン家の血筋ではないので、この場に呼ばれることはない…ということだ。
「そろそろリリーナ様を探しに行こうと思ってたの。こっちにきて」
ファリカはリリーナの手を取ると、そのままリリーナをテーブルまで誘導する。テーブルに腰掛けるもう一人の見知った顔はミソラなのだが、見知らぬ二人の金髪の少女はやはり噂の彼女たちだろうか。
「紹介するね。ふわふわしたピンクのドレスがマディ、メガネをかけた大人しい感じの子がメリセントだよ」
やはり想定通りか、と思いつつリリーナはファリカの述べる紹介を聞いた後で流れるようにカーテシーのポーズをとった。
「お初にお目にかかります。マディ・フレーメン大公女、メリセント・フレーメン大公女。私はリリーナ・ルーベンシュタインと申しますわ。以後お見知り置きを」
一日のうちに何度同じ動作を取ろうが、リリーナのカーテシーは一糸乱れぬ動きをする。簡略的な挨拶である故にそのまま静かに頭を上げるリリーナに対して、一つの拍手が送られた。
「わぁ〜、すごいですね。ファ姉様の言う通り芸術のようなカーテシーです〜」
ゆったりとした口調でこちらに拍手を贈っているのはマディ。金の髪を長いツインテールにまとめ、愛らしいピンクの生地をベースにたくさんのフリルやリボン、レースで彩られたドレスと、それに合わせた大きなリボンのついたヘッドドレスを見に纏う彼女は、口調に違わぬ優しげな目元におっとりとした瞳でリリーナを見ていた。
「…」
そんなマディにとりあえず合わせておこう、といった様子でもう一つ拍手が上がる。その拍手の正体である少女は、マディより…いやルアナよりも若く見えた。おそらくこの別荘に滞在している人物の中で最も幼いと考えるには容易い。
彼女はマディのような美しい金髪を目立たないよう三つ編みにしてまとめ、落ち着いたシンプルなドレスに黒縁の眼鏡を身につけている。紹介によれば、彼女がフレーメン大公家の三姉妹の末女のメリセントだ。
「さぁメリー、私たちもご挨拶しましょう〜」
「…はい、姉様」
二人の少女は静かに席を立つと、その場で一人ずつカーテシーのポーズをとる。
「ご紹介に預かりました〜。私がマディ・フレーメン、三姉妹の長女でございます〜。以後お見知り置きを〜」
「同じく三女のメリセント・フレーメンです…。本日はお越しくださり感謝します。以後お見知り置きを」
静かで丁寧なカーテシーを披露する二人の少女に、リリーナは感心した。やはり紛うことなき上流階級の少女たちなのだと。
ルアナは男性式の挨拶だったため一概に言い切ることができなかったが、マディはしっかりと理想的な、メリセントはまだ未熟な印象ではあるがそれでも年齢相応以上の動作を見せる。
「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。ですが皆さんでお話に花を咲かせているところにこれ以上水を差すわけにはいきませんので、私はこれにて…」
「気にしないで〜ルーベンシュタインさん。是非貴女もご一緒に〜、まずは席を用意しましょう〜」
立ち去ろうとしたリリーナをマディが引き止め、それからマディは付近の使用人を呼びつけた。すると、既に用意されていたのか椅子が一つ運ばれてくる。
テーブルを囲んでいた全員が少し位置を調整すると、五人で座れるよう速やかに再配置され、リリーナは再び招かれた。
「さぁ、おかけになって〜? そして私のことは是非マディと呼んでくださいな〜」
「あ、ありがとうございます…ではどちらもお言葉に甘えて…」
ここまでされてしまって断るのは失礼だろう。急に自分が飛び込んでいいものか、とは思いつつ一先ず用意された席につく。
「ディードリヒ兄様は如何なさいますか〜? 必要であれば席を持って来させます〜」
「いや、僕はいいよ。女性の集まりに水を差すほど無粋じゃない」
「そうですか〜、少し残念です。後でお話ししましょうね〜?」
「あぁ、後で。リリーナも後でね」
「はい、ディードリヒ様」
あっさりと去っていくディードリヒ。その背中を見送りながら、リリーナの隣に座るファリカが耳打ちしてきた。
「リリーナ様がいるから残ると思ったのに…随分あっさりだったね?」
「その辺りは弁えている方なのは勿論ですが…ミソラが同席しているので余計でしょう。後から話を聞くことはできますから」
「あぁ…そういう」
ファリカは落胆したような低い声でリリーナの言葉に返す。やはりディードリヒの行動に裏がないということは早々ないのだと引いてしまう。
リリーナも若干やれやれとは思いつつも、この場に参加しないだけましだと思うことにした。
「ふふ、お紅茶も新しくしてしまいましょう〜。ルーベンシュタインさん、たくさんお話ししましょうね〜!」
「お二人さえよろしければ、私のこともリリーナとお呼びください」
「ありがとう〜。では遠慮なくリリーナさんとお呼びしますね〜」
「こちらこそありがとうございます」
マディはリリーナと言葉を交わすたびにうきうきと弾んでいるのが見て取れる。しかし、ここまで挨拶を交わしてきた女性親族…ディアナ、フランチェスカ、エリシア、マディ、ルアナと…全員が好意的にこちらを受け入れていることがリリーナとしては不思議でならない。
勿論ありがたいし嬉しいことなのだが、他国から突然現れて孫や甥であるディードリヒを掻っ攫っていこうなどと抜かす女になぜここまで好意的でいられるのか…。
やはり安心はできそうにない。この状況はいっそ恐ろしいほどだ。自分が気づけていないだけで試されているに違いないだろう。
「ねぇねぇ、リリーナさん〜」
「なんでしょう、マディ様」
「突然で申し訳ないのだけど…」
「?」
マディは不意にリリーナに話を振ったかと思うと、少し勿体ぶるように言葉を続け、こちらを伺うように視線を送ってくる。リリーナがそれに疑問を抱いていると、マディは次の瞬間にこりとこちらに笑いかけながら言った。
「ディードリヒ兄様がストーカーしてるって、本当〜?」
「っ!?」
あまりに衝撃的な発言に口につけた紅茶を吹きそうになるリリーナ。なんとか耐えたが、先程まで考えていたことがことなだけに“言った側から”と言わんばかりの状況である。
「す、ストーカーなど、物騒ですわ…。私は聞いたことが…」
「ある人から面白いことがあるって聞いたんです〜。そしたら、ディードリヒ兄様がリリーナさんをずっとストーカーしてるって〜!」
「…」
マディの笑顔は屈託なく好奇心に満ちていおり、リリーナは思わず目を逸らした。そしてミソラは静かに眉間に皺を寄せて内心頭を抱え、ファリカは遠い目で空を見る。
「ディードリヒ兄様は、リリーナさんにご執心…」
メリセントがぼそりとつぶやく。やはりというかなんというか、話はメリセントにまで伝わっているようだ。
「ストーカーされるってどんな感じなのかしら〜? やっぱり新聞で読むように嫌な視線とか感じるものなの〜?」
「えっと…」
「是非隠さないで欲しいんです〜。いつも完璧に見えるディードリヒ兄様の新しい一面…とっても新鮮だわ〜、聞かせてください〜」
マディの目に悪意があるようには見えない。だからこそ対応に困るわけだが…やはり気になることが一つ。
「マディ様…不躾かとは思いますが、この話題はあまりに急に感じますわ。何かご理由があるのでしょうか?」
いくらまだ自分が下の立場とはいえ、初対面の人間に対して問うにはあまりにも無遠慮で踏み込み過ぎている。もし立場が逆転していて同じことをされたとしたら、自分が相手を叱らない自信はない。
「あぁ、そうね…確かに不躾だったわ…。ただ…」
「…?」
マディは一瞬申し訳なさそうに視線を落としたと思えば、すぐにそこからまた目を輝かせる。
「私、ディードリヒ兄様とリリーナさんのことを物語にしたいの〜!」
「!?」
再び飛んできた衝撃発言に思わず言葉を失うリリーナ。物語にしたい、とは一体なにを考えたらその思想に行き着くのか。
「私、恋愛小説が大好きで自分でもたまに書いているんです〜。二人はまさに立場の違う運命の出会いでしょう? だから是非話を聴いて形にしたくて〜」
「そういったことでしたら、あまりお役には立てないと思いますが…」
「どんな細かいことでもいいので…是非お話を聴かせてください〜」
「以前婚約発表時の記事を扱った記者に多少話をしていますので、そちらをご覧になるというのは…?」
「勿論当時読みました〜。ですがその記事にディードリヒ兄様の秘密については書かれていなかったので、やっぱり確かめたくて〜」
「それは…」
マディはどうしてもこの話を聴きたいのか、譲るつもりはないようだ。正直この話題に関しては返答に困る、というのが本音なのでどうしたものかと考える。
この件に関してあまり深い話をするというのは、ディードリヒの沽券は勿論自分の恥すら晒すことになってしまう。
さらに言えばディードリヒは基本的に指示を出して結果を受け取っていただけで、常に動いていたのはミソラだ。ありのままを話したら彼女まで巻き込んでしまう…それは正直避けたい。
(こうなったら…)
多少無理やりかもしれないが、ロマンス好きの少女には多少誇張した程度が丁度いいだろう。
「…わかしましたわ、お話しします。重要な機密に関わりますのであまりお話はしたくなかったのですが…」
「お話しが聴けるのですか? わくわくします〜!」
ときめきを抑えきれない様子のマディに向かって、リリーナは真剣な表情を作りごくり、と一つ唾を飲む。
それからゆっくりと口を開いた———
立て続けに三姉妹長女のマディと末妹のメリセントが出てきましたね
マディ、なんてキャラの濃い女なんだ…
なんか最初はおっとりした女の子でも入れるか〜って程度のノリだったのに、どうしてこうなった
まぁ面白んで、オッケーです(絵文字)
メリセントに関してはまた後ほど
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