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お転婆少女との出会い(1)


 ***

 

「ふぅ…」


 一つ、小さなため息をつきながらディードリヒは襟元を正す。これは彼の癖の一つで、首元を緩めたいがそれができない状況の際にやる仕草だ。首や胸まわりを多少整えると落ち着くらしい。


「素敵なご親族ですわね」

「そう…かな、まぁそうだと思うよ」


 リリーナの言葉に返す言葉を少しずつ濁らせるディードリヒは、その濁った言葉尻を表すように視線を逸らす。


「あら、随分と他人行儀ですわね」

「そんなに頻繁に会う人たちじゃないから。叔父上たちは海の方の田舎に住んでるし、お祖父様たちはお祖母様が膝を壊してからはほとんどここにいるからね」


 ディードリヒの言葉に、リリーナは先ほど抱いた疑問を思い出した。彼の今の発言に、その答えは眠っているのだろうか。


「それで、あの時の表情はなにか…よそよそしいものを感じたのでしょうか」

「まぁ気づくよね、リリーナなら」


 談話室で彼が親族に向けている表情は明らかに愛想笑いではなかった。確かに本心から笑っているのは伝わってくるのに、彼が選ぶ言葉はどこかよそよそしい…少しそれは矛盾めいている。


「お祖母様や母上は気づいてると思うよ、でも何も言わない。特にお祖母様は僕と共通する話題もないから、余計にあまり会えない孫にどうこう言う気はないんだと思ってるけど」

「どこか…少し寂しいですわね」

「僕はリリーナがいればいいよ。ただお祖母様たちがこっちを気遣ってくれてるのはわかってるから、わざわざ角が立つようなことをするのも違うかなって思うだけ」

「…その考えは、どうかと思いますけれど」


 眉を顰めるリリーナに、ディードリヒはまた少し視線を逸らす。


「どうでもいいわけじゃないよ、お祖父様のことはとても尊敬してる。曽祖父の代までの戦争を片付けて、諸外国との外交を取り付けた偉大な人だからね。今こうしてリリーナと歩けるのだって、お祖父様の行動がなければあり得ないことだったかもしれない」

「…そうですわね」


 遠い昔、パンドラとフレーメンは国土の権利を発端とする戦争に発展している。勝敗はフレーメンに旗が上がり、パンドラは敗戦国としてフレーメンの現グレンツェ領にあたる国土を奪われ国境の管理権もフレーメンが持ち合わせているが、他にも両国の協定の中で取引されたものは少なくない。


「当時のパンドラは敗戦国として、フレーメンの助力を受けながら立ち直って行きました。現在両国が友好国としての立場にあるのは、そういった経緯も含まれます」

「そう。だから行動を起こしたお祖父様も、それを守ってきた父上たちのことも尊敬してる。勿論それを支えてきたお祖母様たちのこともね」


 ディードリヒが彼なりに家族を愛していることは知っていたが、やはりそれは祖父母にも当てはまるようだ。

 そんなことを考えながらリリーナは隣を歩くディードリヒに目線を向けつつ廊下を歩く。すると、ふと彼がこちらを見て立ち止まった。


「それでも、リリーナが一番だよ。僕が欲しいのは他の誰でもないリリーナだから、僕の行動は全てそれに起因する…それだけ」


 そう言った彼はなんでもないことのように笑う。

 一見歯の浮くような台詞に聞こえるその裏には、こびりつくような執着があるとは感じさせない。それでも、その瞳は隠しきれない執着に濁っている。

 だから“その目”が見える度、自分の心は揺れているのを感じてしまう。


(どう考えたところで、とんでもない責任を負わされていると言いますのに)


 彼の言う通り、ディードリヒの行動がリリーナに起因するのであれば、リリーナの行動における責任は大きい。それこそディードリヒが言うような怠惰な行動はできないわけだが、本人はそれを理解しているのだろうか。


「…リリーナ?」

「!」

「どうかした? 僕の顔を眺めてるなんて珍しいね」

「いえ…ごめんなさい、無礼でしたわね」

「いくらでも見てくれていいんだよ?」

「あ、あまり慣れた行為ではありませんから…それにここはプライベートな場所ではないんですわよ!」

「えー」


 ディードリヒが自分の名前を呼んだその瞬間、酷く動揺した。

 心の奥深い場所が、表層の自分を引き込もうと囁いてくる。暗く、昏く、それでいて甘い言葉を。

 身を委ねたくはない、不可抗力など存在しない。

 その囁きに抵抗しようという無意識が思考に白い間を作り、先ほどのように意識が飛んでしまう。


 だが相手は気づいているはずだ、一度でもこの違和感を見せてしまったら何かに気づかないはずがない。自分はもう何度も油断を相手に見せてしまっているというのに。

 貴方が何も問うてこないのはどうして?


「じゃあ後でリリーナの部屋に行っていいよね?」

「いけません」

「どうして…?」

「ここは貴方のご親族の集まりでしてよ、私と二人でいては意味がないではありませんか。祖父母様は貴方を大切になさっているのですから、もう少し元気な姿を見せて差し上げたら如何?」

「うーん…」


 腕を組んで渋るディードリヒ。リリーナはその姿に、嫌な予感を察知した。


「…まさか貴方、“面倒”などとは言いませんわよね?」

「まぁ面倒だよ」

「貴方…っ!」

「サボったりしないよ、大丈夫。さっきも言ったけど、角が立つようなことはしないから」

「…それならいいのですが」

「感情まではどうにもならないってだけ。そんな時間があったらリリーナといたいのが本音だよ」

「それは…っ」


 着実に自分が相手に対して甘くなっているのはわかっているはずなのに、それでもかけられた言葉に嬉しさを感じてしまう。場所を弁えて自制しなければいけないというのに。


「それは、私もそうですが…」

「!」

「…なんです、その驚いた顔は。このような発言は初めてではないでしょう」


 結局素直な言葉が口をつく。だがそれをこうした場で言う度にディードリヒは驚き舞い上がったような顔を見せる。


「いや、その…やっぱり何度聞いても嘘みたいっていうか、今すぐ抱きしめたいくらいで」

「行動に移さないとは、成長しましたわね」

「僕だってやっていい場所とそうでない場所は弁えてるでしょ」

「…」


 ディードリヒの言葉に、リリーナは瞼を半分ほど閉じるとそのままじと…と疑いの目線で彼を見た。そしてディードリヒはその目線にやや狼狽えつつ言葉を返す。


「その目何!? パーティとかでは派手にやらないでしょ!?」

「デートの度に抱きつくような方に言われましても、説得力が…」

「あれは譲らないよ、愛情表現だから」

「わかっていてやっているのでしたら尚更たちが悪いですわね」


 珍しくリリーナとディードリヒの間で火花散る中、二人のいる廊下の下…エントランスから大声が飛び込んできた。


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