貴方のいない間に(1)
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どんなに意思疎通を図ったところで、状況が変わることはないと改めて感じたまま、そろそろ一週間が経つ。
翌朝起きたら拘束が外れたりしてないだろうかという期待は水泡に消え、むしろ強化された。
まず小窓が塞がれ、手錠だけでなく足枷が増え、おそらくだがゴミ捨て場も変わっただろうと思われる。そもそも監禁を目的とした部屋に潜れる小窓があること自体が疑問だが、それは試されていたのか自由などないという表れだったのか今となっては定かでない。
手枷の生活でさえそこそこ過ごしづらかったというのに、足枷までついてしまうと少なからず動きづらさに苛立ちを覚え始める。文句をつけたところでこの部屋からは出れないのだが。
手錠や足枷が無かったとしても今度は包帯が身動きの邪魔をする。毎日包帯は取り替えるわけだが、自分が気づいてなかっただけで脛だけでなく肘に膝に太ももにとあちこち擦り傷やひどいと打撲までと、思ったより傷を作っていた。
ディードリヒを見送った翌日医者が飛んできた時は「擦り傷程度で」とは思ったが、包帯を外されてから少しだけ悪いことをしたと内心で反省する。きっと今ここにいたとしたら「リリーナの肌が!」とうるさかったに違いない。
「え…もう外れるんですの?」
メイドに日々愚痴をこぼしていた最中、思わぬ言葉を聞いた。やることがないとリリーナがメイドに文句をつけるのはあまり珍しくはない、がまさか自由を得ることができるとは。
「はい。お怪我の具合を見て、とのことですが…」
「まさか拘束が解かれるとは思いませんでした」
「私達も驚きました」
「『もうこれ以上はない』と踏んだのかしら…」
「その、私たちとしても、これ以上の脱走は…控えていただけると…」
リリーナは包帯を変えながら苦笑いのメイドと視線を合わせられず少し顔を背けた。もう逃げられないのだろうと思うに足る物事ではあったが、このままあの変た…過剰な行動が続くとなれば再びの脱走もやむを得ないかもしれない。
「はっきょ…お慌てになった殿下を止めるのも大変なので…」
「…」
はっきり自分のせいだと言われているわけでもないのに申し訳なくなるのはなぜだろうか。そうでなくても自分のせいでディードリヒの頭が何倍もおかしくなってしまうということが明らかになったのは、わかる。気まずくて軽く咳き込んだ。
「い、今は具体的は話をしましょう。怪我の具合はどうなっているのかしら」
「…そうですね。明日には包帯も手錠も外せるとは思います」
「…意外と早いわね」
「リリーナ様は治癒力が高いのではないかと」
「私が獣と同レベルだと言いたいのかしら?」
獣は治癒力が高いというが、そういうことかもしれない。そうリリーナは悪い顔をする。
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
わたわたと驚きあわてるメイドを見て、予想通りと言わんばかりにリリーナはくすくすと小さく笑う。
「冗談ですわ。それよりお願いしたいことがあるのだけれど———」
***
「そうですリリーナ様。背筋はナイフの背の様に」
今回、ディードリヒが城へ帰ったのは重要な要件だったのか予想より長かった。
包帯や拘束が外れるとわかっても帰ってこないので、いっそこの間に好き勝手してしまおうと今、歩行のレッスンを受け直している。
「さすがですわリリーナ様。五冊も本を頭上に乗せても崩れぬ歩行! 今更振り返ることなど無い様に感じますわ」
「いえ、以前より背筋が曲がってしまっています。もう一度です」
リリーナは数日前、あることを閃いた。
王城に勤めるメイドとは、基本的に良家の婦女子であることが多い。誰もが基本以上のマナーをこなし、もてなしの心を持ち、給料に見合う働きをしてもらうためだ。下級の貴族は平民を雇うが、基本的に公爵家であれば侯爵家までの婦女子を使用人として迎えることがある種通例である。
中には自身の領地から使用人を取る公爵家もあるそうだが…あくまでリリーナは噂しか知らない。
つまり、この屋敷にいる使用人が王城の者ならば、最低限以上の教育を受けていることになる。自分の衰えた全てを鍛え直すのには丁度いい、ということに気がついた。
「つま先まで優雅に! 指先までしなやかに! 基本のリズムですよ!」
歩行が終われば次はダンスのレッスン。投獄されて一年、ここにきてもう三ヶ月。体の衰えは顕著に現れ、指先一つままならないことに少なからずショックを受けた。まさか基本的なワルツですら自在に体を動かせないなど、彼女からすれば悪夢と言っていい。
さらに終われば基礎的なマナーの確認、語学や社会学の復習、社交の場を主催する際のマナーや注意事項の復習、使用人と打ち合わせをして屋敷を滞りなく運営…他にも審美眼を鍛えるための教養や夫が狩りを行う際の補佐など、学んできたことはそれこそ山の様にある。
全てを復習し、採点し、また復習を繰り返す。もう何もしない無駄な一日など過ごすことはできないと、リリーナの行動が物語っていた。
一日、一日、あの頃を取り戻さなくては不安で仕方ない。誰もが気づかないとしても、体も脳も衰えた、衰えてしまった。あの血の滲む思いをして築き上げてきた全てが、音を立てて崩れていくのを目の当たりにしてしまった故に彼女は自分にもう猶予を与えられない。
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