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サプライズパーティ(1)

 

 

 ********

 

 

 客足がある程度落ち着く頃には日が落ちていて、リリーナはグラツィアから「これ以上はダメ!」と手伝いを止められてしまい半ば強制的に店を追い出されてしまっている。

 今日は元より営業時間を延長すると決まっていたので、もう少し手伝ってから店を出たかったのだが。


 店内から出る際、最後に見た時計の時刻は十七時。ついこの間まではまだ夕方だったように思う時刻が、もう真っ暗なのだと改めて思いつつ階段を降りていくと、


「お疲れ様、リリーナ」


 などと軽い調子でディードリヒがこちらに手を振っていた。


「ディードリヒ様!」


 まさかディードリヒがこんなところで自分を待っているとは思わず、リリーナは慌てて階段を降りる。車道の脇に馬車を停め、その前に立つ彼は自分が思っていたよりここにいたのか、すっかり冷えてしまっているように見えた。


「迎えに来るって言ったでしょ?」

「だからといって…長いこと待っていたのではありませんこと? お身体が冷えてしまいますわ」

「着込んでるから大丈夫だよ」


 ディードリヒは流れるようにリリーナの手を取ると、振り向いて侍従が開けた馬車のドアに向かっていく。

 そのまま二人で馬車に入りながら、手袋をつけているというのにすっかり冷えた彼の手を感じて申し訳ないやら心配やら、複雑な感情が押し寄せた。


「…あの、私の馬車は」

「大丈夫だよ、ちゃんと戻したから。それじゃあ行こうか」


 どれだけ心配したところで、ディードリヒがこうやって自分を待っていたことに後悔はないのだろうと、リリーナは話を掘り下げるのをやめる。

 もし倒れでもしたら、自分が看病しなければ。流行り病に罹ったりなどしなければいいが。


 そんなリリーナの心配をよそに、ディードリヒが出した合図で馬車は動き出す。街中を通り抜ける馬車に揺られながら、リリーナはやはり心配でディードリヒを見た。

 視線の合った彼は今日も観察するように自分を見ていて、まるで変わっていない。

 ただ何か、違うような。


「…」

「どうかした?」


 なんと言えばいいのか、今日の彼の視線は少しぎこちないように感じる。本人はなんでもないように振る舞っているし、一見なんでもないようにも見えるのだが、やはり何か引っ掛かるような。


「いえ…なんでもありません」

「?」


 しかし自分の思い違いかもしれない程度の違和感な上、そこに触れない方がいいような気がした。

 あまり触れないでおこうと決めたリリーナは、「なんでもない」と口にした通りに視線を戻す。

 

 ***

 

 王城からヴァイスリリィまでそう遠くはない。正直に言って、お忍び用の服装をしたリリーナの足で二十分ほどで、運動が好きな人間ならば苦でもない程度の距離である。

 ならばなぜリリーナが普段移動に馬車を使用しているかというと、それは防犯のためである。誘拐や暴動などを避けるためだ。


 だが今、リリーナは城に向かう倍程度の時間は馬車に揺られている。すっかり城に向かうのだと思っていたリリーナが困惑しないわけもなく、戸惑った様子を抱えたまま彼女は隣に座るディードリヒを呼んだ。


「あの、ディードリヒ様…?」

「大丈夫、怖いところじゃないから」

「…?」


 ディードリヒがそう言うのであれば問題ごとが起きるということはないのだろう、とは思いつつもこうやって行き先を知らされないまま移動するというのはグレンツェ領での出来事を思い出す。

 だが今の時間にどこかわからない場所を移動しているなど、パーティはおろか月でも見にいくのではないか…などとも同時に考えてしまう。


 そんな困惑を抱えるリリーナをよそに馬車は目的地へ進み続ける。時折森の中でも進んでいるのかという景色を横目に見ながらリリーナは大人しく座っていた。


 その中でリリーナは、少しずつうと…と意識が遠くなっていく。今日の疲れからだろうか、ディードリヒが隣に腰掛けているからだろうか。ただ言えるのは、馬車の中で眠るのは初めてだということ。


 やがて遠のく意識を制御しきれず瞼を完全に閉じてしまって少しだけ時が経ち、不意に馬車の止まった感覚で目が覚めた。


「!」


 はっと目が覚めて慌ててまだ少しふわついた意識を取り戻す。眠っていた姿を見られていなかっただろうかと急いで隣を見ると、隣に座っていた彼は優しく笑った。


「着いたよ、リリーナ」


 優しく語りかける声にまだ少し戸惑いを感じながら、差し伸べられた手をとる。そしてエスコートされるままに馬車から出ると、そこにあったのは、


「これは…」


 いつか見た屋敷が目の前にはあった。

 二階建てのそう大きくない建物、小さいがよく手入れのされ立派に育て上げられた庭、あの窓は自分が閉じ込められていた部屋のもので…。

 間違いない。ここは何年あっても忘れることのない半年間が刻まれた、大きな記憶を抱える小さな屋敷。


「今日のパーティ会場はここ。さ、中に入ろう」


 少し呆然としたまま、繋いだ手を引かれて歩き出す。門から庭を抜けて両開きの正面ドアを開けると、


「きゃぁっ!」


 視界に入ってきたシャンデリアの光と共に大きな破裂音が聞こえてきた。

 耳元で銃でも撃ったのかというほどの音が耳をつんざいて、驚きのあまり目を閉じて見をすくめる。それから恐る恐る目を開くと、目の前には舞い散る紙吹雪とたくさんの見慣れた顔。


「リリーナ様いらっしゃーい」

「お久しぶりですリリーナ様!」

「リリーナ様、こっちですよこっち!」


 この屋敷に勤めていた、あの頃毎日のように顔を合わせてきた使用人たちが次々と、あの頃と変わらず声をかけてきてくれる。

 状況を飲み込めないまま呆然と立っているリリーナに、一人駆け寄ってくる者がいた。


「びっくりした? リリーナ様」

「…ファリカ」

「あはは、その顔だとサプライズ成功だね」


 そう言って笑うファリカは満足そうに見える。その姿にリリーナはまた困惑した。

 なぜ、ここを知らないはずの彼女がここに?


「『どうして?』って顔してるね」

「勿論ですわ…どうして貴女がこの場所に…?」

「実はね…」


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