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貴方に贈りたいもの(4)


「これは…?」

「あは、一見わからないよね。それは本のしおりなんだ。特注で作ってもらったんだよ」

「特注?」

「リリーナは屋敷でよく本を読んでたでしょ? だから日常的に使えるものを贈りたくて。でも紙のしおりじゃすぐ使えなくなっちゃうしつまらないから、銀細工の工房に依頼したんだ」


 リリーナはもう一度贈られたしおりを眺める。美しく磨かれた銀の輝きに、嵌め込まれたステンドグラスがシャンデリアの明かりに反射して美しさを放っていた。


「綺麗…」


 美しい宝石はいくらでも見てきたが、ここにはまた違った美しさがこもっている。

 あぁ、でも銀ならば、貴方も同じことを考えたのだろうか。


「このしおりは、銀でできているのですね」

「? うん」

「私がお送りした万年筆も、銀でできているのです」


 リリーナは受け取ったしおりを手に取ろうとして、やめてしまった。触れてしまうとこの輝きに要らぬ指紋が付いてしまう。でも触らなければ使うことはできない…心苦しい矛盾だ。


「銀には、守護であったり、知恵を与えるとも言われます。おまじない程度の話ではありますが、貴方に差し上げた品が、貴方をお守りすることを祈っていますわ」

「それは…!」

「先ほどペンを取り扱っている店で店員と話していたのは、見かけた万年筆が純銀でできているので良いと思いはしつつも、貴方が持つには合わないように思えてしまって悩んでいたためです」


 つい、プレゼントを渡すことばかりが頭にあってこの話になるまで忘れてしまっていたが、ディードリヒは店員と話していた内容を気にしていたな、と不意に思い出しそれを素直に説明する。

 ディードリヒはその言葉を聞いて少し顔を赤くすると、うなじのあたりを軽く掻いてそわそわと視線を泳がせ始めた。


「あのー…それ…」

「?」

「僕も、同じことを考えてて…」

「!」

「知恵は頭の柔らかいリリーナに相応しい意味合いだと思ったし、守護は…僕がそばにいなくても、なんでもいい、なにか起こった時にリリーナを守ってくれたらと思って」

「…っ」


 同じことを考えていたら素敵なことだと考えはした。相手も多彩な本を読むのだから、どこかで見かけた文献に同じことが書いてあったのかもしれない。だから“銀細工の工房に”特注したと聞いて少し期待したのだから。


「まさかそんなところが被るなんて思ってなかったな…」

「…そう、ですわね」


 まさか本当に同じことを考えているとは思わなくて、顔が熱い。“そうだったらいい”と思っていたのは自分なのに。


「勿論、奇をてらった部分もあったけどね。ドレスやアクセサリーじゃ、屋敷にいた頃は毎日みたいに贈ってたし」

「あれは勘弁してほしかったですわ…着ても着ても終わらないのですから」

「だから纏まったストックが無くなったあたりからマチルダと直接話してもらうようになったでしょ?」

「そういった話に移って漸くあの山のようなドレスから解放されたのですから、ほっとしましたわ」

「嫌だった?」

「嫌といいますか…あれだけ出来のいいドレスを普段着のように使い捨てるのは抵抗がありました」

「じゃあドレスは気に入ってくれてたんだ」


 ディードリヒは安堵の表情を見せる。

 だがリリーナには思うところもあった。


「私には少し甘い印象のものが多かったのは気になりましたが」

「ドレスは流石に詳しくないからね、リリーナに着て欲しいなってやつを相談しながら作ってもらってたんだ。女の子らしいドレスのリリーナも可愛かったよ」

「!」


 ディードリヒの言葉にリリーナは急激に顔を赤くすると、その勢いで視線を逸らす。

 屋敷にいた頃も散々言われてはきたが、今言われるのはそれはそれで自分の中の受け取り方が変わってくる。


「ま、まぁ…貴方が喜んだのでしたら、たまには良かったかもしれませんわね」

「勿論。あの頃もたくさん言ったでしょ? 『どんなリリーナも可愛い』って。今も変わってないよ」

「…褒めても何も出ませんわ」

「出ないの?」

「これ以上渡せるものがありませんもの」

「そんなことない。リリーナから貰えるものはたくさんあるよ」

「どういうことですの…?」


 リリーナは疑問を隠せず表情に表す。

 そんな彼女にディードリヒはうっとりとした表情で答えた。


「ここでは言えないかな。リリーナがびっくりしちゃうし」

「…」


 心底嫌な予感がした。

 本人が自覚を持つほどの”言えないこと“とはなんだろうか、ほんの少し想像するだけで悍ましい。


「なので…」

「?」


 ディードリヒは背後にいた護衛に声をかける。すると護衛は懐から写真機を取り出して彼に渡した。


「一枚、撮らせて?」


 優しい笑顔で問うてくるディードリヒに、リリーナは”しょうがない“と笑い返す。

 そのすぐ後で、はっとあることを思いついた。


「撮るのでしたら提案がございますわ」

「なに?」

「一緒に撮りましょう。せっかくのデートなのですから」

「僕は写らない方がいいよ…リリーナの美しさに邪魔だから」

「私が欲しいと言ってもですか?」

「う…」


 リリーナから願望されると弱いディードリヒ。だがしかし自分が写るというのは抵抗がある。


「私は欲しいですわ、貴方との写真」

「うぅ…」

「…そんなに嫌なのでしたら無理は言いませんけれど」


 しょんぼりと眉を下げるリリーナにディードリヒの心には大きな棘が刺さった。リリーナの願いを叶えた自分と、リリーナの美しさを残したい自分が戦い、


「…わかった。一枚だけね」

「本当ですの!? 嬉しいですわ! ありがとうございます!」


 リリーナの願いを叶えたい自分が勝つ。だがリリーナの喜びようを見ているとそれで良かったと思えるのでまぁいいか、とディードリヒは笑った。


「では、よろしければ私がお撮りしましょう」


 そう手を挙げたのはミソラだ。毎度の如く護衛として彼女はリリーナの後ろに立っていたのだが、護衛としての彼女は基本的に気配を消しているので周囲の人間ですら見つけにくい。


「ではお願いしますわ。ほらディードリヒ様、写真機をミソラに」

「あ、うん」


 ディードリヒが写真機をミソラに渡すと、二人席を立って撮影することになった。


「お写真をお撮りになるのでしたら、窓を背景になさるのは如何でしょうか」

「それはいいですわね、そうしましょう」


 ミソラの提案にリリーナが乗ると、二人は窓の前へ移動する。このレストランの特別個室には、貴族街の通りを一望できる大きな窓があり、街灯や家屋の灯りが暗闇に浮かぶのを星に見立てた背景となった。


「…このまま撮るのでは少しつまらないですね」


 窓の前に並ぶ二人に、写真機を構えたミソラはぽつりと呟く。ただ立っているのでは写真として動きがないので、何か表情をつけたいようだ。


「お二人で腕を組んでいただくことはできますでしょうか?」

「「!!」」


 普段やらない行動をリクエストされて少し緊張する二人。だが、リリーナが先に動き出した。


「ほら、これでよろしくて?」


 リリーナは有無を言わさぬ勢いでディードリヒの腕に自分の腕を絡ませる。だがその腕の絡め方はとてもエスコート時と同じものとは思えない、もっと親密な男女の行うそれだ。

 それからリリーナは何の気なしにディードリヒを見る。すると彼は、顔を赤くして驚いたままリリーナと絡まった腕を見ていた。


「如何しましたか?」

「あ、えっと、いや…なんでもない」


 ディードリヒはそっと顔を背ける。リリーナはその姿にじと…と瞼を半分ほど降ろす。


「…まさか、私の胸に迷わず頭を預けたような方が、腕に胸が当たった程度で動揺したりなどなさいませんわよね?」

「…」


 淡々とした言葉に返答はない。これは返答がないという名の返答のようだ。

 それに気づいたリリーナは呆れたため息をつく。


「この私が、エスコートでない場面で、男性と腕を組む意味をおわかりですわよね?」

「それは、わかってるつもりだよ…」


 パーティのエスコートでもない場面でリリーナが他人と腕を組むことはこれまでにない。

 そんな機会は早々ないとも言うが、基本的にリリーナは公然の場でだらしなくいちゃついてるような男女になりたくないと思っている故である。


 なのでディードリヒとデートと一口に言っても、手を繋ぐことはあれ腕を組む、ましてや密着するなどもっての外。自分は愚かディードリヒにまで恥をかかせかねない。


 そんな彼女が、他人の見ている中で異性に腕を絡めるということは、それだけディードリヒとの仲を思っているということにもなる。

 リリーナは貴族としての生き方しか殆どしていない以上、日常的な行動パターンは“お行儀”が基本になってくるので、女性は慎みを持つべきだと常々思っており、そこにディードリヒのヘタレが重なってこの状況が生まれたのであった。


「それならもう少しシャキッとなさい! 珍しく私が自覚するほど浮かれているのですわよ!」

「それも見ててわかるよ!」


 彼女の行動や言動から機嫌が伺えないディードリヒではない。彼からみてリリーナはとても浮かれている。少なくとも今写真を撮ることにとても浮かれているのだ。

 そんなに二人の写真が欲しかったのかと思うと、リリーナの写る写真に入るノイズとしては複雑だが…彼女が喜んでいるのならば仕方ない。


「今の状況はとても嬉しいけど…やっぱ緊張するのは仕方ない、リリーナが好きだから」

「!」

「でも、うん…ごめん。ちょっとびっくりしただけだから、撮ろう」

「…はい」


 おかしい、なぜ今の今まで怒っていたのにすぐ照れているのだ、自分は。

 こういう時に限って不意打ちで恥ずかしいことを言ってくるのだから、本当に急になんだというのか。


「では撮りますよ」


 腕を組む二人にレンズが向く。

 リリーナはやはり自分は浮かれていると自覚しつつ、この程度なら…と思い切ってディードリヒの方に頭を寄せた。

 その瞬間を切り取るようにカメラはストロボを放ち、すぐに光は落ち着いていく。


「お疲れ様でした。一枚でよろしかったでしょうか?」

「問題ありません」

「かしこまりました」


 ミソラはそう残すと己の役割に戻っていく。二人もまた少し離れ、互いに顔を赤くしながら向き合った。


「少し浮かれ過ぎたでしょうか…ごめんなさい」

「謝るのは違うよ。リリーナが嬉しいことは僕も嬉しいから」

「…ありがとうございます」


 嬉しそうにはにかむリリーナ。

 ディードリヒもその笑顔に微笑みを返した。


「今日はそろそろ帰ろうか」

「はい。ディードリヒ様」


あまーーーーーーーーーい!!!!

ミラクルあまーーーーーーーーーーい!!!!

そう思いながら書いております。ヤンデレがデレデレに変わっていくとこんなにも砂糖を吐く思いになるのかと日々痛感しております

まぁ納得できるんですけどね…デレデレって要は溺愛なんだから甘くもなるよ、と

あとまぁ今回の話に触れていきますと…万年筆を買うくだりが楽しかったですね。店員さん書くの楽しかったですが、彼はモブです。モノクルをかけたイケおじであるとしか言えません

食事シーンがすっ飛んだのは流石にテンポが崩れると思ったからです。欲を言えば書きたかったような気もします


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