貴方に贈りたいもの(3)
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「行きましょう」とリリーナが言ったので、次の目的地にも自分は付いていけると思っていたのだが、なぜか途中で断られてしまい…ディードリヒは彼女に頼まれて予約をしていたレストランで一人待たされている。
夕暮れで街灯の灯り始めた街並みを眺めながら、リリーナが来るまで時間がかかるようならばワインでも飲もうかと悩んでいた。
「お連れの方がお見えでございます」
予約したコース料理の一覧を眺めていると、ウェイターが声をかけてくる。思ったより早かったな、と思いながらそのまま通してもらうよう頼んだ。
するとすぐに個室のドアは開き、待っていた彼女がこちらに歩いてくる。
「お待たせしました」
そう言ってこちらを見るリリーナは、珍しく紙袋を持ち歩いていた。
貴族が自分で荷物を持つことは少ない。なぜなら荷物を持って付き従うのも侍従の役目故だ。そこに複数理由はあるが、特に女性は移動に適した服装であると限らないため、ということも少なくない。
「それは?」
「見当は付いているのではなくて?」
「さぁ? リリーナの心の中までは見えないからね」
「普段から他人の行動を簡単に予測しておいてよく言いますこと」
「プレゼントなんだから、お楽しみの方が楽しいでしょ?」
「…そういうことにしておいて差し上げます」
リリーナがウェイターに引かれた椅子に腰掛けながら短いやりとり。
タイミングを見計らいウェイターがリリーナの手荷物を預かると声をかけてきたが、リリーナが手元に置いておきたい旨を伝えると、“床に置くのはよくない”と籠を一つ持ってきてくれた。
紙袋を籠に入れ、足元に置くとウェイターがまず食前酒としてシャンパンをグラスに注ぐ。淡い金の輝きを放つシャンパンの揺れるグラスを手に取って、まずは乾杯。
「君の瞳に乾杯、なんてね」
「随分キザですこと」
シャンパングラスが軽くぶつかり合うと、特有の高い音が響く。
二人だけの個室で小さく広がるその音は、今日という日を祝福しているように思えた。
「たまにはいいと思わない?」
「似合いませんので却下ですわね」
「ひどいなぁ」
「いつもの貴方の方が好きですもの」
「…! その言葉は狡いよ」
「あら? そうでしょうか。私は心のままに言葉を紡いだに過ぎません」
リリーナが微笑むと、ディードリヒは不服そうに照れた表情を見せる。心中は中々複雑なようだ。
食前酒を飲み干したあたりで料理が構成された流れに沿って運ばれてくる。ドリンクもワインへと移り変わり、デザートまで食べ終え、食後の紅茶を味わっている時間にリリーナは紙袋に手をつけた。
「お待たせいたしました。プレゼントを渡す時間ですわ」
リリーナは足元の籠から手提げのついた紙袋と回収すると、そのままディードリヒに差し出す。プレゼントと言うには一見小さく見えるそれにディードリヒは興味を持った。
「最初に見た時から思ってたけど、結構コンパクトだね」
「大きいものではありませんので」
「開けていい?」
「どうぞ」
ディードリヒは紙袋を開けて梱包された二つの箱を取り出すと一つずつ丁寧に開封していく。
それぞれの箱には、リリーナの思いが込められた品が入っていた。
「万年筆と…懐中時計?」
「はい、その通りですわ」
万年筆とは別の箱に入っていたのは懐中時計。こちらは万年筆と対をなすように金色の輝きを放っている。作られて間もないもののようで、くすみのない滑らかな美しさがあった。
「なんていうか…渋いね、リリーナ」
「なんですのその言い方は。貴方が“ずっと使えるものがいい”と言ったのではありませんか」
「そうだけど…これは“早く似合う大人になれ”ってこと?」
「いいえ、それは違います。こういった品は若いうちから使っていくことに意味があると思っていますので」
リリーナはディードリヒの疑念を否定するも、受け取った本人であるディードリヒの表情は珍しく怪訝なもの。
「疑うようなことでして? 長く使える品は長く使うことに意味があるのですから、若いうちからの方がいいでしょう? 品々に味わいが感じられるようになる頃には、貴方もきっと立派な紳士になっていますわ」
その成長をディードリヒがより感じられるよう、懐中時計も万年筆も新品を購入したのだから。
リリーナからすればアンティークこそ、成熟した紳士の楽しむ品だ。余程好きであったり思い出があるならば若いうちから持ち歩くのも悪くはないと思うが、革製品といいこういった思い出を積み重ねていける商品の良さは時間の流れに比例すると彼女は考える。
「リリーナ…」
「特に懐中時計でしたらより持ち歩きができるのではなくて?」
「確かに、そうだね」
「“ずっと使えて持ち歩けるもの”、間違い無いでしょう?」
リリーナは得意げに笑う。
その顔にディードリヒもまた嬉しそうに笑って返した。
「うん…ありがとう、リリーナ」
「自画自賛ではありますが、我ながらいい選択であったように思います」
「今から使ってもいい?」
「貴方に差し上げたものなのですから、貴方のお好きになさっていただくのが一番ですわ」
「ありがとう」
ディードリヒはまず万年筆を手に取ると、着ているジャケットの内ポケットに差し込み、懐中時計は胸ポケットへしまう。
懐中時計に付いていたチェーンには服につけられるクリップが付いていて、そのクリップを胸ポケットの縁に挟むとチェーンが垂れ下がり紺色のジャケットに華を添えた。
「似合う?」
「お似合いですわ。しっかりと胸を張っていただければ更に」
「うん、そうする」
少しラフに座っていたディードリヒが背を正すと、胸ポケットに入れられた懐中時計のチェーンがシャンデリアの光を反射して煌く。その煌めきがジャケットに映え、差し色として活躍している。
「リリーナ」
そこで改まったように名前を呼ばれた。リリーナは少し疑問には思いつつも呼ばれた名前に反応する。
「如何なさいましたか?」
目の前の彼女の不思議そうな表情を確認してから、ディードリヒは懐より包装された小さな箱を取り出す。するとそのまま彼はリリーナに箱を差し出した。
「はいこれ、僕からも去年の誕生日プレゼント」
「え…?」
リリーナは驚きを隠せないままではあるがそっと箱を受け取る。
今日は本当にディードリヒのことしか考えておらず、こんなことになるとは思っていなかった。
「本当はこの間時間差をつけて渡してびっくりさせようとしたんだけど、そういう空気じゃなくなっちゃったから…。ごめんね、遅くなって」
「いえ、それは…ですがよろしいのですか?」
「いいも何も、本当は去年渡すつもりだったんだから。予定が合わなくて渡しそびれてたの、結構後悔してるんだよ」
「…開けても?」
「どうぞ。喜んでもらえるといいけど」
リリーナはそっと箱の包装を剥がすと、ゆっくりと箱を開く。中に入っていたのは金属でできた一枚の板であった。
紙のように薄い金属で作られたその板は絵のようにくり抜かれ、その部分にステンドグラスを嵌め込み絵のように仕上げられている。
大きさは本のしおり程度のものであるというのに、とても繊細に作られていることがすぐにわかるほど仕事が細かい。
「これは…?」
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