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貴方に贈りたいもの(2)

 

 ***

 

 ふらふらと通りを歩く二人。道沿いに並ぶ店のショーウィンドウを眺めていると、リリーナが以前クマのぬいぐるみを買った店を見つけたディードリヒ。その流れで少し話になったりしつつ進んでいると、ある店の前でディードリヒが足を止めた。


「如何しましたか?」

「あぁ、ペンがね、飾ってあったから」


 ディードリヒはリリーナの向こうにあるショーウィンドウを覗き込む。そこにはペン軸が取り替えられるタイプのペンがいくつか飾られていた。


「ペンが欲しい…ということですか?」

「僕って使ってるやつが一つしかなくて」

「またそれは…意外ですわね」


 物持ちがいいというのも勿論あるが、ペンなど筆記具のプレゼントは珍しくないだろうに、とリリーナは感じる。


「まぁ、使えればなんでも良かったし、両親が昔くれたのを今でも使ってるんだ。種類までは忘れたけど、持ち手が木製のやつ」

「素敵なご両親だと思いますが…そのお話はやはり…」

「あぁいや、そうじゃなくて。リリーナから貰えるなら長く使えるものがいいなって思って」

「長く、ですか」

「そう、できればずっと。肌身離さず…とはいかないか、それでもできるだけ長く」

「ふむ…」


 リリーナはそこで少し考える仕草をとり、ディードリヒがそれを眺めていると、リリーナは何か自分の中で決まったような、引き締まった表情で彼を見た。


「では二箇所参りましょう。まずはここですわ」

「二箇所?」

「今年の誕生日プレゼントは勿論ですが、去年の誕生日プレゼントを渡せなかったお詫びです」

「お詫びなんて、気にすることないよ」

「私のわがままですわ。ほら、行きますわよ」


 手を繋いだままディードリヒを引っ張り、ショーウィンドウ横の入り口から店内へ入っていくリリーナ。

 カラン、とドアにつけられた来訪者を知らせる鐘と共に中へ入ると、重厚で落ち着いた印象の店内が二人を迎える。静かで人気のない店内は大人びた重さを纏っていて、“若者が興味本位で来る店ではない”と言外に語っていた。


「いらっしゃいませ」


 店の奥から現れた初老の店員が頭を下げる。

 どう見たところでこの店には不釣り合いな二人の若者であろうが、甘くみることなく落ち着いて平等に客として接する店員の仕草に、リリーナは信用のできそうな相手だと感じた。


「失礼、少し商品を見せていただいても?」

「えぇ、是非ごゆっくりご覧ください。一部商品でございましたら試し書きもご用意しております」

「わかりました、ありがとう」


 店員は再び静かに頭を下げ、それを合図にリリーナも店内を回り始める。そう広くない店内ではあるが、扱っている商品はペンやインクだけではないようだ。


 商品棚やショーケースには“紙”の製品が置かれている。フレーメンや周辺国でまだ紙は高級品だ。それなのに、ここに置かれている便箋や封筒、書簡に使われる無地の紙などはどれも滑らかで混じり気のない白色。紛うことない高級品の証だ。


 さすがは大国の首都に置かれた貴族向けの店だとも思うが、そうであってもここまでの高級品を扱う店は限られているだろう…恐らく王城にも卸しているに違いない。そう考えれば、人通りの多い通りに店を構え、高級品を扱う割に人気のないこの店内も納得できる。


 ペン一つとってもペン軸を取り替えて使うものや羽ペンのような軸と持ち手が一体になっているもの、万年筆に至るまで豊富に取り揃えられていて、一つ一つの品もよく目移りしてしまう。


 その中で、リリーナはある一点に目を奪われた。

 ショーケースに飾られているのは金属特有の輝きを放つ一本の万年筆。値札の下の方に書かれた説明によれば純銀で作られた逸品だという。


(銀…)


 リリーナはかつて読んだ本の一節を思い出す。

 銀には神聖な力があり、魔を払う…そういった表現をする神話は少なくない。その他にも神話によって解釈は異なるが、銀は守護だけでなく知恵を授けるのだとその本には書いてあった。


 確かに純銀製の食器は毒を見分けるために使用されるとも考えると、故人の知恵や毒からの守護を連想させる。

 おまじない程度の話にはなるかもしれないが、送る側の気持ちとしてそういった意味を込めるのはどうだろうか、そうリリーナは考えた。


 だが同時に、艶やかな輝きを放つこの万年筆では、ディードリヒには少し華美なようにも感じてしまってすぐに“これにしよう”とは至らない。


「お悩みでしょうか?」


 どこかでこちらの様子を伺っていたのか、先ほどの店員が声をかけてきた。リリーナは静かな声で気遣いに応える。


「そうですわね…こちらの商品を見ていたのですが、少し悩んでいます」

「理由をお伺いしても?」

「万年筆を贈ろうと思ったのです。木の持ち手が似合う方だというのはわかっているのですが、銀に込められた“守護”という意味を贈りたいと思いまして…受け入れてくださるかどうか」


 少し躊躇う口調のリリーナに、店員は語りかけるような口調で言葉を返す。


「僭越ながら、お客様が贈り物をなさろうとされていらっしゃる方は、お客様の選ばれた品でございましたら如何様な品であろうともお喜びになられるのではないか、と私めは考えます」

「…ありがとう」

「贈り物に大切なのは贈られる方の“思い”でございます故、お客様のお心に従うのがよろしいかと」

「…そうね」


 店員の心遣いは温かいものだ。

 相手のことばかり考えるのが贈り物ではない、とリリーナを優しく諭している。

 だがそう思えば思うほど、目の前の商品と自分の求めるものの間に齟齬のようなものを感じてしまい、踏みとどまってしまう。


「お話を聴きます限り、銀製の持ち手にこだわりがあるということでよろしいでしょうか?」

「えぇ」

「もしよろしければ表に出していない品がいくつかございますので、ご覧になるようでございましたらお持ちいたしますが…如何なさいますか?」

「ではお願いできるかしら」

「畏まりました」


 店員は一度軽く頭を下げると裏へ去っていく。

 そこへまた人影が現れ、そちらに顔を向けるとディードリヒの姿があった。


「何話してたの?」


 そう問いながら、ディードリヒはリリーナの指に自分の指を絡めさせる。店に入る際繋いでいた手は離してしまっていたので、今も控えめに。


「それを言ってしまったら意味がないではありませんか」

「気になるよ。リリーナのことだから」

「後で教えて差し上げますから我慢なさい」

「ちぇ…わかった」


 わざわざこちらに声をかけてきたので話が長くなるのでは、と思っていたがディードリヒは思いの外あっさりと引き下がった。

 そのことに安心したのと同時に、こういうところで引き際を弁えているというのに、普段は全くそれを感じさせないのがディードリヒだとも思う。それは恐らく天然なのではなくてわざとなのだろう。

 ふとそれを思い返してしまったリリーナは内心少し苛立った。


「お客様、お待たせいたしました」


 不意に聴こえた声に振り向くと、店員があるショーケースの向こうにいるのが見える。商品を持ってきてくれたのだろう。

 リリーナは店員のいるショーケースの前に向かい、その上に置かれた万年筆に目を向けた。重厚で肌触りの良さそうな生地で包まれたトレーの上に置かれた数本の万年筆は、どれも違った輝きを放っている。


「当店で扱っている純銀製の商品はこちらで全てとなります。やはり木製と比べますといくらか種類に限りがございまして…申し訳ございません」

「構いません、ありがとう」


 短いやりとりの中でも商品を見つめているリリーナ。その中でも、ある一本に視線を奪われる。


「こちらは?」

「こちらは持ち歩きを考えましてキャップが付いている商品になります。上品な見た目のみならず、ペン軸が純金でございます故、より素晴らしい滑らかな書き心地を味わっていただけますのが特徴でございます」


 その万年筆は純銀製でありながら表面に施された特殊な加工によりパールホワイトのような色味を放っている。縁や服に引っ掛けるためのクリップなどの意匠は金色で、恐らくこちらも純金であろう。敢えてくすみを持たせた本体に差し色として金を加えることで、上品でありながらも高級感を保っている。


 先ほど見ていた商品と違って穏やかさや温かさのある色味の印象で、ディードリヒが普段身につけている品のいい服装とよく合うと感じた。

 目を奪われた瞬間から“これがいい”と自分の中の自分が主張している。


「こちらにしましょう。気に入りました」

「ありがとうございます。ご贈答用でよろしかったでしょうか?」

「えぇ、それで用意してちょうだい」


 商品をトレーから贈答用の箱に移す店員は白い手袋をしていた。商品に直接触れてしまうと要らぬ指紋が付いてしまうためだろう。

 店員は素早く万年筆を贈答用の箱にしまうと、ショーケースの奥から包装紙を一枚引き出しそのまま流れるように箱を包んでいく。深い緑色の上品な包装紙に包まれた箱には、最後に白い薔薇の造花が付けられ静かな華やかさが足されている。


「お会計は」

「小切手で。急なことでしたから、言い値をつけて構いません」

「ありがとうございます」


 再び背後の棚から店員は未記入の小切手の束を取り出した。同時に一本のペンを手に持ち、リリーナに言われた通りに金額を記入していく。

 提示された金額は金貨二十枚と記載されていた。ここには商品の代金にサービス料、それから「言い値でいい」と言った故のチップが含まれている。


 しっかりと言われた通りチップを含むところに、一流の店であることをリリーナは改めて感じた。“この店にはそれだけの価値がある”と言外に示しているのだから。

 勿論、それに値する価値は扱っている商品や店員の丁寧な対応、美しく保たれた店内にも感じられる。納得と言っていいだろう。


「お名前は如何なさいますか?」

「リリーナ・ルーベンシュタインですわ。口座はラッヘン銀行で」

「畏まりました」


 小切手に必要事項を記入し終えた店員は、束の中から記入したものを切り離すと改めて商品をリリーナに向けて差し出す。


「お待たせいたしました、こちらが商品となります。当店ではペン軸の交換や修理も取り扱ってございますので、お気軽にご連絡ください」

「ありがとう」


 リリーナは頭を下げる店員を後にすると、ディードリヒに声をかけてから店を出る。

 すると流れるようにディードリヒが手を繋いできたので、そのまま歩き出した。


「次はどこに行くの?」

「次はずっと目当てにしていたものがありますのでその店に向かいます。行きましょう」


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