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貴方に贈りたいもの(1)


 

 ********

 

 

 翌日。


「さて、気合いを入れていきますわよ!」


 約束通りディードリヒの誕生日の翌日である今日、リリーナはディードリヒと共に街へ出ている。要件は勿論、ディードリヒの誕生日プレゼントを用意するためだ。


 そこらのパーティより一際気合の入ったドレスで馬車から降りたリリーナは一層意気込んでいる。

 そしてこういう時のために仕立てたまま取っておいたドレスをいくつか用意しておいてよかったと、急なデートにも対応できた現状に安堵した。


「だからリリーナ、無理しなくても…」

「無理とはなんですか、誕生日の一つも祝えないで何が恋人と?」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕はリリーナがいてくれればそれでいいんだよ」


 控えめな発言のディードリヒに、リリーナはキッと強く彼を睨みつける。


「それと、これは、別です」


 リリーナは未だに誕生日プレゼント一つ用意できなかった不甲斐ない自分に憤慨しているようだ。これまで見たことのないほど怒りきっている彼女の姿に気押されたディードリヒは言葉を失い、苦笑いでその場を誤魔化す。


「それに前向きに捉えることもできますわ」

「どういうこと?」

「私だけが去年の貴方を祝うことができるんですのよ。この優越感を逃す手はないでしょう?」


 ふふん、と得意げに笑うリリーナ。

 ディードリヒは彼女からのまさかの発言に顔を赤くするものの、その後感極まったのか両腕を大きく広げる。


「っ、ありがとリリーナ! 大好き!」


 しかしリリーナを抱きしめようと大きく広げたその腕がリリーナに届くことはなかった。その寸前でディードリヒの体は不自然に動きをとめ、首がしまったような感覚を覚える。


「…ミソラか」


 王太子の首根っこを公衆の面前で掴もうなどという大胆なことをする人間は一人しかいない。

 ディードリヒが首を向けて視界に捉えた人物は彼の予想通りミソラであった。彼女はディードリヒの怒気の孕んだ声にも臆せず今日も無表情を貫いている。


「外で抱きつこうなどリリーナ様が恥をかきます。ご自重なさってください」

「…そもそも何でお前がいるんだ」

「リリーナ様をより安全にお守りできるのが私だけだからです。ファリカさんは戦えませんので」


 そこで始まる視線の攻防。バチバチと音を立てる睨み合いにリリーナは呆れた視線を送りながらミソラに声をかけた。


「ミソラ、そのあたりでいいですわ。首根っこを護衛に捕まれる王太子も立派に恥です」

「了解しました」

「ひどいよリリーナ…」

「そう思うのであればもう少し外では弁えてくださいませ。だらしない男女とは違うのですから」


 ディードリヒはリリーナの発言にショックを受けつつも、ミソラの手から解放され乱れた襟首を正す。


「でも外でもいちゃいちゃしたい…」

「…」


 しょげるディードリヒに一応少し考えるリリーナ。それから「しょうがない」といった雰囲気で手を差し出す。


「今日のデートがすでに…とは思いますが、買い物中手を繋ぐ程度でよろしければ許します」


 つんとした態度をとる割には、リリーナの頬は少し赤く態度もぎこちない。

 そしてディードリヒがその言葉を、態度を、表情を見逃すことなどなかった。彼は萎びた葉野菜のような落ち込み様から急激に表情を明るくさせると、迷うことなく手を繋ぐどころか指を絡める。


「うん! じゃあずっと手を繋いでいよう!」

「それは無理ですわ…カフェに休憩に行くかもしれませんから」

「じゃあできる限り、ね?」

「…仕方のない人ですわね」


 甘えた様子で強請るディードリヒに、リリーナは呆れつつも笑顔を返す。


「へへ、行こうリリーナ」

「焦らないでくださいませ。まだ何も決まっていないのですから」


 今日の予定に向けて歩き出す二人。

 その歩調はいつだってリリーナが基準だ。

 

 ***

 

「そもそも貴方、欲しいものはありませんの?」


 貴族街の広い通りを二人で歩きながらリリーナはディードリヒに問う。

 いくつも馬車の行き交うこの大きな通りには、リリーナの持つ香水店ヴァイスリリィ、その下の階にあるイェーガー洋裁店を初め、貴族王族御用達の名高い店たちが並んでいる。

 だが道に沿う様にショーウィンドウを並べる店たちに目もくれずディードリヒは答えた。


「リリーナがいてくれるのにあるわけないよ。これからずっと先立って誕生日プレゼントはいらないくらい!」

「…そうはいきません、いえいかせませんわよ」


 王族にまつわる行事は貴族たちにとってとても大切なもの。時に贈り物で祝い、パーティに参列して国への忠誠を示しつつ一つの社交場としても当然機能する。

 そして王族は、そうした盛大なパーティを開くことで普段国に支えてくれている貴族たちに感謝と労いを示す。王族の誕生日やその他大きなパーティはそのための行事でもあるのだ。


 これから先、特にディードリヒが王位を継承すればそれこそそういったパーティは重要なものになる。

 国内のことは勿論のこと外国の要人と仲が良くなれば訪問に来たり、贈り物が届く可能性もあるのだから、絶対に外すわけにはいかないのだ。

 彼の普段の行動や発言から考えるに、実際にそのような暴挙に出ることはない…だろう。


 だが問題は今の発言もまた本心だということ。今回や去年の誕生日パーティの様に周りを振り回さないと完全には言い切れない。


「何故貴方は私が絡むとそう知能が下がりますの? 理性的であることは一つの美点ですわ」

「あはは、流石にこんなわがままもう通用しないのはわかってるよ。今年はちゃんとパーティしたでしょ? でも気持ちは別ってだけ」

「…それを実質サボろうなどと言っていたのは誰だったかしら?」

「僕」

「私を怒らせて楽しいと捉えてよろしくて?」

「まさか、リリーナは困った顔も怒った顔も綺麗だよって伝えたいだけ」

「…」


 どうやらこの件に関してまともに話をする気がないらしい。リリーナは眉を顰める。


 本人が言うほどなのでおそらく今後は無事誕生日パーティも毎年開けそうではあるが、ディードリヒの厄介なところは“やってはいけないことの理由”をわかっていて、それでもなんとかなるよう事を進めてしまう狡賢さにあると、リリーナは改めて思い至った。

 ついでに言うならば“やると決めたら何がなんでもやる”という部分もある。


 どうにかならないものか、とは考えるが同時にそれは容易ではないと自分の中の誰かが言っていた。

 リリーナは一つため息をつくと一度思考を切り替える。


「もう一度訊きますが、何か欲しいものはありませんこと? なにかしら選ぶ基準にはなりますから、漠然とでもいいので答えていただきたいのですけれど」

「欲しいものかぁ…」


 ディードリヒは少し考える仕草をとった。

 それからまず思考をまとめるように発言する。


「確かにこの時間がもうプレゼントなんだけど…何か形には残したいな」

「その意気ですわ。何かお考えになって」

「そうは言っても…自分のことに気を遣ったことがないからな…」

「あれだけ美しい所作とその見た目で、ですの…?」


 たった一言にリリーナは愕然とした、と言っていい。


 彼女から見てディードリヒは一つ一つの所作がとても洗練されている印象だ。ペン一つ滑らせることでさえ美しいと感じさせ、同時に字も美しい。

 自然と流れるように女性をエスコートし、当たり前のように車道側を歩き、食事等マナーが求められる場面ではリリーナに引けを取らないほどである。


 見た目も常に整えられ、ほとんど黒に近い青のその髪はさらさらとしたクセのない髪質で、寝癖など見たことはない。

 まつ毛は女性のように長く、切長だが垂れた優しい印象の目元とその中に見える薄い水色の瞳が合わさって芸術のようだ。


 いつ見ても肌が荒れているような印象もなく、服装が乱れているところも見た覚えがない。腰の位置が高く長い脚も、ふしくれだった細い指の大きな手も、少しだけ高い印象ではあるが確かに男性を感じさせる声音も、文字通り夢物語に出てくるような、美しい男性であると確かに言える。


 それが、ディードリヒ・シュタイト・フレーメンという男なのだ。

 だからこそ、辺りにいる令嬢が彼の愛想笑いにときめいている様を何度もリリーナは見ているというのに。


 ディードリヒはよく自分を引き合いにだすので、リリーナはてっきりそうあるよう彼は所作だけでなく見た目にも常に気を遣っているのだと、思っていたのだが。


「マナーや見た目はリリーナに見劣りしないように整えてるだけで…服や何かにこだわりはないよ」

「…その綺麗なお肌でそれを仰ると?」

「男が化粧水使うなんて聞いたことないでしょ? 香水ならともかく」

「…」


 リリーナは今衝動的に彼の頬を引っ叩いてやりたい思いを必死に堪えた。

 自分は常に肌が美しくあるよう生活サイクルに気をかけ、肌に合った化粧品を探し、寝癖のつきやすい髪と毎朝格闘しているというのに。


 ニキビのできやすい頬骨のあたりなどいつも気にかけて、何度化粧で誤魔化したかわからない。勉学に励むあまり目にクマができてしまった時など卒倒しかけた。戻るまでにも時間がかかって、夜中の勉強の時間を削らざるを得なかった時さえあったほど。


 体型をキープするのも楽ではない。ある程度作ったドレスは必要に応じて着回せるような体型でなければ美しくないのだから。

 お茶会に添えらえる菓子たちを見ながら何度思うままに食べられたらと思ったことか。もう長年我慢しすぎて、一度でも好きに食べてしまったら止まらないような気がして今や恐ろしい。

 何度も行う姿勢やダンスのレッスンも、今でも時間を取ってるスポーツやミソラとの護身術の練習も、ひいては体型維持に繋げるためでもあるというのに。


 必死に化粧をして美しさを作っている人間がすっぴんを進んで見られたいと思うだろうか。いたところで少数派だとリリーナは思う。それなのに屋敷で何度ディードリヒにすっぴんを見られたか今や定かではない。途中から慣れが生まれていた自分は今でも憎いと感じる。


「…初めて貴方を敵だと認識しましたわ」

「なんで!?」


 どれだけでも能書を垂れ流せるほど、嫉妬が止まらない。相手は自分と同じではないのだと、頭の中ではわかっているのだが…それでもだ。


「貴方の美しさは女の敵です」

「…?」


 ディードリヒにはリリーナの怒っている理由がよくわかっていないどころか話題が見えてもいない。

 そもそも自分が美しいと言われても彼にはピンと来ていないようだ。美しいのはリリーナでは?


「一度この話題は置いておきましょう。そこまでこだわりがないのでしたらむしろ贈り甲斐もあるというものです」

「そういうもの?」

「贈り物から興味を示していただけたら嬉しいではありませんか」

「…なるほど?」


 特筆して好きなものといえばリリーナ。そしてそれを共有したいかと問われればNOと答えるディードリヒには上手く共有し難い言葉であった。

 他にも好きなものはあるが、あまり他人を交えることまでは考えたことがない。

 ただ、リリーナと本の話をしたり乗馬を共にするのは好きなので、そういった感情が近いのかもしれないとも思った。


「しかし選択肢の幅が広いですわね…時計や革財布が定番ですが、アクセサリーという方ではありませんし…」


 リリーナは何やら小声で呟きを溢しつつ考え事をしている。ディードリヒとしては放置はされているものの、リリーナの脳内が自分のことでいっぱいになっているのは嬉しい。

 そのまま少し考えたリリーナは、


「考えるだけでは答えが出そうにありませんわ。少し通りを見てまわりましょう」


 考えていい答えが出るのならばこのように出掛けてはいないと結論づけた。


「わかった。そうしようか」

「何か気になるものがありましたら言ってくださいませ。それが最適かもしれませんので」

「うん、そうするよ」


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