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矜持(4)


「そ、そうですわ。今簡単に結婚というわけにはいきません。どうなさるのです?」


 これで少しは静かになるだろうと考えたが、しかし。


「どうって…冤罪を晴らすんだよ。証拠は全部揃ってるからもうあの王子と婚約者を吊し上げるだけだし」

「…」


 驚く以前になぜか苛立ちが脳によぎった。


「でもやらない」

「今更ですの!?」

「やらないよ。リリーナが僕を好きになってくれたら協力してあげる」

「言うに事欠いてそれをおっしゃる!?」


 憤慨するリリーナに対してディードリヒは子供のように笑って返す。


「僕やっぱり寂しくなっちゃった、リリーナが僕を見てくれないの。だってさっき僕を見ていた君はとっても綺麗だったから」

「あ…あれは綺麗などと言いませんわ。はしたないと言いますのよ!」


 先ほどの癇癪を指しているのであれば、とても綺麗とは言い難い。あれはただの子供の駄々に過ぎないのだ。もうとっくに何もない人間が何をほざいたところでそれは負け犬の遠吠えでしかないのだから。


「そんなことない。さっきのリリーナは僕が今まで見てきた中で一番綺麗だった。誰より強くてプライドが高くて、真っ直ぐで、世界で一番綺麗だったよ」

「…!」


 なにを思ってそんなに綺麗な笑顔をこちらに向けるのと、そう思わないではいられない笑顔がそこにある。

 綺麗なのはあんな浅ましい自分ではなくて目の前の笑顔としか言いようがない。何をそんなに彼は喜んでいるのかわからないが、その笑顔に揺れない婦女子はいないだろうになぜ自分なのか。


「〜〜〜っ!」


 口元を隠して顔を赤くするリリーナの頬を、変わらず美しい笑顔のままで触れる。


「赤い顔もかわいいね、リリーナ」


 心臓が目まぐるしく高鳴って、ずっとそうやって笑っていれば自分なんかでなくても相手がいるだろうにとやっぱり考えてしまう。


 しかしそれもなんだか、複雑なような気がしないでもない。


「し、知りませんわ!」


 なんだが自分に向いているのが気恥ずかしくて思考をぐるぐると早回しにしていると、ドアからノックが聞こえてきた。

 そのままドアは開かれて、中に一人の女性が入ってくる。


「ディードリヒ様、そろそろお時間です」


 そう話す女性は一重のやや垂れた目元と青い瞳に、黒く長い髪を頭頂部でまとめて、メイド服に包まれた高い背はブーツのヒールと相まって美しい佇まいを演出している。一見地味に近い、なんでもない女性だ。


 その顔に、見覚えさえなければ。


「もうそんな時間? せっかちだな、父上は」

「な…ななな…っ」


 悪態をつくディードリヒに対して、リリーナは女性を見ながら驚きを隠せないでいる。疑問が頭を駆け巡る中、最初に反応したのはディードリヒであった。


「お、気づいたんだね。そうだよね、自分の侍女だったもんね」

「お久しぶりでございます、リリーナ様」


 女性はなんでもないように頭を下げるが、リリーナはここで彼女と会うなど微塵も考えていない。


「み、ミソラ…!」


 なぜなら彼女は、リリーナが故郷に住んでいた頃の侍女であった故にもう会うことはないとさえ考えていたのだから。


「はい、左様にございます。リリーナ様」

「どうしてミソラがここにいるんですの!?」

「ミソラは元々僕が抱えてるメイドだからだよ」


 ディードリヒの言葉に、リリーナははっと気づく。


「もしかして、私の情報を流していたのは…!」

「申しわけございませんリリーナ様。元よりこの使命のために遣わされた身であったのです…」

「ずっと真顔じゃありませんの! 私は騙されなくってよ!」


 よよよ…と悲しげに見えるミソラの目に涙はなく、リリーナは詰め寄るがいっそ胸ぐらを掴んでやりたい気持ちを必死に抑える。


 自分の何を晒されたのかわからない上、そもそも個人情報を他人に明け渡すなど言語道断である。思い当たる節を考えただけでも結構ゾッとするものだ。


「まぁまぁ、彼女が言ってることは本当だから」

「火に油を注いで楽しいかしら!?」

「仕方ないよ。愛しいリリーナを少しでも視界に収めるためだから」

「本当に貴方なんかと婚姻を結びたくありませんわ!」


 怒り狂うリリーナを差し置いてミソラがディードリヒに一つ耳打ちをする。


「ディードリヒ様、これ以上は…」


 もう限界だと伝える声に王太子とは違う顔の彼が内心で舌打ちを叩く。


「全くやってられないな」


 嫌々といった態度を隠さず立ち上がると、彼は声音を変えて愛しい彼女の名前を呼んだ。


「リリーナ」

「なんですの!」


 未だぷんすこと怒っている彼女頬に手を添えると、ディードリヒはその綺麗な白い額にキスを落とす。


「…」


 驚きと先ほどまでの感情の激烈さでの温度差に放心する彼女を置いたまま、ディードリヒは次に頬へキスを落とした。もちろんこちらは当たり前の挨拶程度に。


「行ってくるねリリーナ。ちゃんとしたキスは結婚する時まで取っておこう。愛してるよ」

 ひらひらと手を振りながら、放心するリリーナを内心で楽しむディードリヒは何事もなかったかのように去っていく。

「…」


 段々と状況を理解してきたリリーナは静かに額へ手をあて、段々と顔を赤くしていった。


「…!」


 真っ赤な林檎のようになった彼女は言葉も出ないまま怒りを枕にぶつける。散々人を怒らせておきながら、他人の目がある場所で挨拶以上のキスをするなど恥ずかしいにも程があった。


「〜〜〜〜〜っ! 〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


 しかし音を立てながら枕に八つ当たりをするのは自由だが、ここにはまだもう一人残されていることをリリーナは意識できていない。


 あまりの恥ずかしさに、ディードリヒが出ていったドアしか見ておらず、ミソラがまだ部屋に残っていることに気づいていないのだが、ミソラはその姿を眺めながら微笑ましさを感じているのであった。むしろ、今日はこの屋敷に居残りだったことを幸運にすら思っている。


 ミソラがリリーナのそばにいる時からの趣味は、リリーナが時折見せるうっかりや若さゆえの微笑ましさを、いっそ何も言わず手助けすることもなく眺めることであった。今日、今は正しくそこに当てはまると思うと、リリーナがこの屋敷に来てからここまで正体がバレなうように行動してきた価値もあると、静かな充実感に浸った。



愚かな行いをしたのだから、これ以上惨めになるなら死んだほうがマシ

それがリリーナ・ルーベンシュタインという女です


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