特別な日だから、あなたと(4)
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事前に用意された部屋にはご令嬢やご婦人が集まり話に花を咲かせている。
男性貴族が煙草やゲームで親交を深める時間は、女性貴族のお喋りの時間でもあるのだ。
「聞きまして? グルーエル伯爵のご子息が駆け落ちなされたそうで…」
「駆け落ちとはまた大胆な…」
「なんでも平民を受け入れようとしたとか」
「やはり成り上がりの家では程度が…」
紅茶を片手にご婦人方があれやこれやと話を繰り広げている。
和やかな時間が流れているように見えるこの部屋で繰り広げられているのは、基本的に相手の腹を探り合うような嘘や本当の噂話の類だ。
そもそも深く仕事に関わるような話をするような場でもないので、他に話せるとしたらつまらない世間話程度ではあるのだが。
いくつも用意されたテーブルはその一つ一つで派閥の違う女性たちが集められている。この女性たちの派閥を把握しそれぞれの場を用意するのも王妃の…いや主催者側の役目だ。
ディアナのいるテーブルに集まっているのは、リリーナがヒルドと初めて会った時のお茶会にいた家が多い。このテーブルに座る女性方は噂話に花を咲かせるでなく、ゆったりと息を抜くディアナの振る舞いに合わせている印象であった。
「今年はいつにも増して贈り物がたくさんだから、賑やかで楽しいわ」
そう笑顔を見せるディアナは、言葉の通り上機嫌な様子である。
「今年はルーベンシュタイン様のお誕生日を祝うパーティでもありますものねぇ」
「去年は殿下のお誕生日をお祝いすることもできず寂しいものでしたが、今年はその分を超えて賑やかに感じますわ」
ディアナの周囲に座るご婦人が彼女の言葉に応える。ディアナは好意的な周囲の反応に「そうなのよ!」とさらに嬉しそうな様子を見せ、次にリリーナを見た。
「素敵なパーティにできたかしら? リリーナさん」
リリーナは上機嫌な王妃のすぐ横に腰掛けている。その席順はもうすぐ義理の親娘になろうという二人の間に信頼があることを意味していた。
「私としましては祝っていただけるだけでありがたいことなのですが、実際とても素敵なパーティですわ。贈り物もたくさんいただけて、感謝してもしきれないほどです」
優雅に、かつ謙虚さを忘れぬ言葉と振る舞いで感謝を示すリリーナ。実際、今回のパーティで彼女には多くの贈り物が寄せられていた。
しかしどれだけ多くの贈り物を見ても、より嬉しいと感じるのは身内からの贈り物。
帰省の際両親より渡されたバイオリンのケースには、百合の意匠が掘り込まれたバイオリンが入っていた。このような意匠をつけるのは一般的ではないので、おそらく特注で依頼したのだろう。それを感じた時の嬉しさはひとしおであった。
他にも、ミソラとファリカからは合同でお忍びで出歩く時のための靴が、ヴァイスリリィの面々からはリリーナのために作られた香水が、ヒルドからは花束、フレーメン国王夫妻からはディアナデザインのドレスとアクセサリーと…それぞれの個性を感じるプレゼントの数々に強い喜びと感謝を感じる。
一番感情が動いたのは、やはりディードリヒから贈られた思い出の本なのだが。
「いいのよ、感謝なんて。うちの子といてくれるだけでこちらが感謝しなくてはいけないわ」
そう返しながら笑うディアナの表情には、やはりまだ裏側の怒りを感じる。リリーナは納得と不安を抱えつつ優雅な笑顔に苦味が少し混ざった。
「いえ…私も殿下にはよくしていただいていますので…」
リリーナの横にはしれっとした表情でミソラが腰掛けている。ミソラはリリーナがここへ来たタイミングを見計らい、リリーナが彼女に話しかけてこないよう隙のない動きで着席した。リリーナは周囲に気取られないようじっとりとミソラを見ていたが、反応を返すこともなくその場にいるとディアナが話し始めたのである。
ミソラからすればリリーナがこういった席で個人の話をしないのはわかりきっているので、裏の取り合いという意味ではミソラが一枚上手だ。
ちなみにファリカは自分の母の横に腰掛けている。こういった席では家ごとに席を作ることも少なくないのでおかしくないと言えるが、彼女の真意はわからない。
ミソラはリリーナとディアナの会話を横目に眺めながら、内心で自分の予想通りにことが進んでしまったことを知る。
ディードリヒの行動から考えるに、下手をすれば今年も逃げるだろうということは予想に容易かった。さらに言えば“あの時”ファリカに口止めをしていたのもそのためだろう。
自分がリリーナに奴の誕生日を言わなかったのは、頑張ってあれこれ秘密にしよう、こう行動しよう、と目標に向かっているファリカを応援しようと思ったからだ。リリーナには悪いが、今回ばかりは許されたい。
ただ言えるとすれば、今回一番の被害者になりかねなかったのは両親であるフレーメン夫妻ではなかろうか。結果的に息子がパーティにいるからいいようなものだが、最悪の場合を考えると同情せざるを得ない。
「ルーベンシュタイン様には我が家からも贈り物をさせていただきました。ささやかですが、喜んでいただけたら嬉しいですわ」
「ありがとう、キャスパー夫人。今から封を開けるのが楽しみだわ」
「我が家もです。是非お楽しみになってください」
「ありがとう、アンベル夫人」
リリーナの作る笑顔は今日も完璧だ。愛想笑いと感じさせず、温和で本人の喜びを確かに伝えることができている。
贈り物と言っても所詮縁を繋ぐためのものであり、お礼を言ったところでお互いにわかりきった社交辞令だが、礼をかかないためにも表情と言葉には気を向けなければいけない。
「ふふ、リリーナさんは人気者ね」
「皆さんが優しくしてくださっているのですわ。むしろこちらがお礼を言う立場でございます」
人気者、というのは悪いことではないだろう。外からやってきた小娘にも縁を繋ぐ価値が生まれたということだ。
常日頃の立ち居振る舞いやディードリヒと正式に婚約を結んだことが大きいだろうが、彼女の経営しているヴァイスリリィの存在も忘れてはいけない。
売り上げという数字は嘘をつかない上、見ていれば明らかな結果を見せる。その数字が順調に、かつ必要な場面で上昇しているところを見れば、リリーナが流行を先導しようとしている活動や店の評判そのものが彼女の評価に直結しているのも確認できるのだから。
「リリーナさんが人気者で嬉しいわ。これからも頑張ってね」
「ありがとう存じます、王妃様、これからも一層精進して参りますわ」
このリリーナの言葉を区切りにして、話題は別のものに移っていく。その流れでディアナは別のご婦人と話をし始め、リリーナも他の令嬢からかけられた声に返し始める。
しかし頭の中にはずっとあることが渦巻いていた。そのことが、自分に“このままでいいのか”と脳内で語りかけ、彼女の心を強くゆさぶって離れない。
「ルーベンシュタイン様、お化粧品は何をお使いになっているのですか? まるで真珠のようなお肌で…憧れてしまいます」
ここまでで何度も話しかけてくれている令嬢がまた声をかけてくれている。彼女に笑顔で対応しながらも、脳の中に言葉は響く。
「今度父が新しい料理店のオーナーになる予定なのです。人気のデザートも扱っていますので、ご機会がありましたらご一緒にいかがですか?」
この令嬢は父親に似て野心家だ。自分に取り入って派閥に入ることでより強い発言力を得ようとしている。
今はまだこの令嬢の誘いに乗るわけにはいかない。この令嬢の狙いは父親の経営する料理店に箔をつけることだけだ。
そう思い遠回しに断るも、その思考を脳内の声が邪魔してくる。
“このままでいいのか”。
何度も声は言う。
「リリーナ様」
と、そこでリリーナを呼んだのはミソラであった。ミソラはリリーナが次々と話しかけられている空気を壊すように彼女の名前を呼ぶ。
「お話中失礼します。そろそろお時間かと」
そう言ってミソラはドアの方に視線を向ける。
リリーナに予め決められた用事などない。だがミソラはリリーナに向かって確かにそう言った。
「…王妃様」
そうディアナに話しかけたリリーナの声は、少し震えている。
それでもあの声は、迷う自分の道を指し示す声だと思ったから、無視をしたくない。
「どうしたの? リリーナさん」
「大変無礼ではございますが、私所用がございまして席を立たなくてはならなくなってしまい…お許しいただければと」
立ち上がったリリーナはその場で礼をし、この場を壊す無礼に許しを乞う。
その姿を見たディアナは、彼女に笑い返した。
「気にしないでリリーナさん。今日の主役は貴女なのだから、好きにしていいのよ」
「ありがとう存じます、王妃様…ではみなさん、ごきげんよう」
リリーナは一つカーテシーで頭を下げ、母の隣に座る以上席を立てないファリカをそのままに、ミソラを連れて部屋を出た。
それからドアが閉まったのを確認したリリーナは小さな声でミソラに言葉を落とす。
「付き合わせてごめんなさい」
リリーナはそれだけ残すと約束の場所まで足早に移動し始める。
ミソラはそれに軽く頭を下げるのみであった。
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