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特別な日だから、あなたと(3)


 ***

 

「あらリリーナさん、どうしたの?」


 これは、リリーナがディアナの元に向かった際最初に言われた言葉である。

 予想通りの一言にリリーナは“ディードリヒを探している”と嘘半分真実半分の言葉で誤魔化した。


 そして先ほどの使用人を差し向けたのはおそらくミソラで間違いないと確信する。ミソラはどこかでファリカとのやりとりを見ていて、ファリカがボロを出さないようフォローしたのだろう。


 おかげで今リリーナは猛烈に頭を抱えている。

 ディードリヒのことは勿論のこと、ファリカや、それを助けたミソラも何やら自分に隠し事をしているのだから。


 せめて願うことは彼女らが自分を裏切ることのないようにとするより他はない。何か不満ならば解消するなどだが、すぐ思い当たる節が見当たらない自分は何か見落としているのだろうか。


「リリーナ」


 背後から耳に入ってきた声に向かって、リリーナは強く睨みつけながら振り返る。声の主は何事もなかったかのように笑ってそこにいるものだから、余計に苛立った。


「…ディードリヒ様」

「やだなぁ、リリーナまでそんなに怒らないでよ。さっき父上たちに詰められたばっかりなんだから」

「それは自業自得ですわ」

「ひどいなぁ…僕はリリーナへの愛を時間にしたいだけなのに」

「貴方、時が進むにつれて公私混同が加速していませんこと? いい加減に抑えていただかなければ帰省ではなく実家に帰りますわよ」

「できると思うならいいよ」

「…」


 ディードリヒが今確かに言った言葉に、リリーナは返す言葉を失っている。

 勢いで言った言葉なのは事実だが、わずかほども動揺せず“できると思うなら”と返してくるあたり相当な自信があると考えるに容易い。そしてその言葉に嘘も見栄もないのだろう。


 リリーナは素早く持っていた扇を開くと、静かに顔を隠し深く眉間に皺を寄せる。罵倒を吐きたい気持ちを必死で堪え、一度深呼吸で感情を整えた。

 だが今日の今ほど彼の趣味を許容するのではなかったと思ったことはない。


「まぁでも、流石に今回はやり過ぎだったって反省してるよ。リリーナに泣かれちゃったしね」

「な…私がいつ泣いたと!」

「僕の誕生日を祝いたかったって、泣いてくれたでしょ?」

「泣いてませんわ!」


 あの時は泣いてなどいない。

 多少不機嫌を表しはしたが。


「パーティで声を張らせないでくださいませ…! 下品だと思われるではありませんか」

「ごめんね。でもさっきも言ったけど、やりすぎたと思ってるしもうしないよ。リリーナに恥をかかせる男になるわけにはいかないからね」

「全くです。ドレスやアクセサリーを用意すればいいというものではありませんのよ」

「せめてものお詫びのつもりだったんだけど、余計だったかな?」

「そういう問題ではありません。パーティに出るのであれば、それなりに事前準備をしなくてはいけないということです」


 リリーナは完全に機嫌を損ねている。だがディードリヒは己の無知を恥じた。

 女性の支度は当然よく知らないが、リリーナがそういうのであれば男には想像できないほど“やるべきこと”があるのだろう。


「それなら確かに、僕のやったことは無粋だったかもしれない。今後気をつけるよ。リリーナはいつだって美しいから気にしてなかったな」

「褒めているに入りませんわ、そのような言葉」


 リリーナがディードリヒにつんとした態度を重ねていると、人の流れが変わっていっていることに気づく。あたりを見渡すと男性と女性で別に集まりを作りながら移動しているようなので、幾らかの男性が煙草を吸いに行くのだろう。


「ディードリヒ様は煙草は嗜まれませんの?」

「僕は吸わないよ。いつか嗜む程度には吸わないといけなくなるだろうけど」

「男性の社交といえば…という部分はございますので、そうなるかもしれませんわね」

「でも父上から代替わりしてから考えるかな。あれ美味しいって思ったことないし」


 ディードリヒは軽い調子の苦笑いで肩をすくめる。リリーナは彼の言葉に少しばかり安心したような笑みを見せた。


「お煙草は体に悪いとも聞きました。もしお触れになる機会がありましても程々にしてくださいませ」

「本当に? ますます吸いたくなくなったよ。リリーナを置いていきたくない」

「それは嬉しいことを聞きました。では私も移動しなくてはなりませんので失礼しますわ。集まりには顔を出さなくてはなりませんので」


 そう一つ頭を下げて、戻した視界に映ったのはこちらに手を差し伸べる彼の姿。


「ねぇリリーナ、僕とこれから抜け出そうよ。このまま丘まで月を見に行こう」


 急に何を、と確かに思った。

 そして同時に、その誘いに魅力を感じてしまった心が揺れる。


「…」


 でもここでの答えは決まっているのだ。たとえ彼がこちらを試しているわけではないとわかっていても。

 貴方の好きな私は、私の目指している私は、貴方と共にあるために、


「ご冗談を。その手を取ってしまったら私ではありませんわ」


 その手を取ることはできない。


「…そう言うと思った。手を取ってくれる君も素敵だけどね」

「そのお言葉をいただけるだけで気丈にいられるというものです。ではごきげんよう」

「うん。僕はテラスにでもいるから、終わったら声をかけて」

「勿論ですわ」


 リリーナは優雅な笑みを残しその場を去っていく。残されたディードリヒは、自分の中で消化しきれない複雑な感情を抱えた。


 彼はわかっている。リリーナが自分の手を取らないことなど。それが嬉しいと思う、そんな彼女が好きな自分は確かにいて…それと同じだけ、断られてしまったことに寂しさを覚えた。


 昔の自分なら、寂しいなどとは思わなかったような気がする。彼女の貴族としての責務を果たそうと言う心は、また一つ彼女の気高さを彩っているのだから。


 リリーナを誘った時、差し出した手を取ってほしいとも、取らないでほしいとも、取ることはないだろうとも思った。それでも手を取ってくれたなら、それはとても素敵なことで…こういう矛盾が彼女を振り回すのだと自省しつつ、ディードリヒはテラスに向かう。


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