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特別な日だから、あなたと(2)


「リリーナ」


 ディアナの器量の大きさに感心していると、後ろから声をかけられた。声の方に振り向くと、そこにはヒルドの姿がある。


「ヒルド、先ほどの挨拶回り以来ですわね」

「やだ、あれはお父様が殿下にしただけでしょう? 私はおまけよ」

「あれだけ気品のある佇まいでよく言いますこと」

「そう? 貴方からしたら当たり前の範疇だと思うけれど」

「“当たり前”であるからこそ、その価値がわかるというものです」


 そう言って少し得意げに笑うリリーナに、ヒルドもくすりと小さく笑う。


「今日も変わらないわね、リリーナ」

「そうでしょうか?」

「えぇ、大事なところは変わってないわ」


 それからヒルドは少し辺りを見回すと、一人の使用人を呼んだ。その使用人はトレーの上にいくつかシャンパンの入ったグラスを乗せて配り歩くのが役割だったようで、ヒルドはその使用人からシャンパンを二つ受け取り、片方をリリーナに差し出す。


「誕生日おめでとう、リリーナ。乾杯しましょう」

「ありがとうヒルド。喜んで」


 リリーナがシャンパンを受け取ると、二つのグラスは小さくぶつかり合った。よく磨かれた薄いシャンパングラスからは、高く品のいい独特の音が聞こえる。


「殿下からは何か受け取った?」

「えぇ、わざわざ日付が変わるまで起こされ続けましたわ」

「相変わらずの溺愛っぷりね」

「溺愛といいますか…そうなのでしょうか」

「それ以外に見えないわよ。天然なのも大概にした方がいいわ」


 リリーナの言葉にヒルドは目元をじと…と沈め相手を見た。少し怒っているようにも見えるヒルドにリリーナは少し気まずいと思いつつ言葉を返す。


「愛していただいているのは、わかるのですが」

「度を超えて愛されてるわね」

「度は…超えていますわね」


 ヒルドの言葉に実家であった一件を思い出した。

 他人がリリーナに…恋人に触れるのを嫌がるのは普通かもしれないが、それにしてもやり方や感情の限度というものがある。

 リリーナを神聖視するのもあまり変化がみられないように感じてしまうので、ほどほどに抑えてほしいところなのだが。


「…殿下が愛想を尽かされないことを祈るわ。私も友人は失いたくないもの」

「多分…大丈夫ですわ」


 基本的には大丈夫なはずだ。基本的には。

 これ以上彼の行動が常軌を逸したものでさえなければ大丈夫だろう。


「まあいいわ。私は貴女に贈ったプレゼントが喜んでもらえることを祈りつつ料理でも取りに行くことにする」

「わかりました。ではまた後で」

「えぇ…。あぁ、でも、少し気になるのだけれど」

「なんですの?」

「殿下って煙草を嗜まれるのかしら? 吸っているところを見かけたことがないの」


 言われてみれば、とリリーナも感じた。

 煙草や葉巻は酒やカードゲーム、ビリヤードに並んで上流階級男性の嗜みの一つだ。


 夜会では貴族男性が集まって煙草を吸いに行く時間が設けられるほどで、それこそ男性の社交場と言える。

 対して女性は煙草を嗜むことがないので、別所にて集まり話に花を咲かせるのだ。


「確かに嗜まれているところは私も見かけたことがありません」

「煙草は嗜みの一つでしょう? 珍しいのね」

「確かにそうは思いますが…同時に彼の方が煙草や葉巻を扱われているところは想像しづらいですわね」


 ふふ、とリリーナは小さく笑う。

 ヒルドもまた納得したように微笑んだ。


「言われればそうね。煙草は体に害だという話も出ているそうよ」

「本当に害なのであればこれからも吸わないでいただきたいものです。早死にされても困ってしまいますから」

「リリーナらしいわ。じゃあ私は行くから、今度こそまた後でね」

「はい、また後で」


 リリーナは優雅な歩みで去っていくヒルドの背中を見送ると、会場の中を見まわし始める。彼女には今探している人物がいるのだ。

 広く人の多い会場の中でその人物を見つけるのはやや難しいが、この場にいないということだけはあり得ないと確信を持ちつつ五分ほど歩き回り、ついにその背中をとらえる。


「ごきげんよう、ファリカ」

「!」


 リリーナが声をかけた背中は大きく肩を跳ねさせ、そこから少し固まった後、ぎこちない動きで振り向いた。


「り、リリーナ様…」

「何をこのようなところで壁の花になる必要が? 貴女は私の侍女ですのに」

「いやぁ…それは、なんといいますか…ほら私って地味ですし」

「そう思うのであれば多少は変わる努力をなさい。いかにフレーメンが女性の独立に寛容であっても、独り身が許される世の中ではないんですのよ」

「うっ…」


 ファリカと顔を合わせて早々に説教をしてしまっているリリーナだが、彼女がファリカを探していた理由は別にある。


「そしてそんなことより、どうしてディードリヒ様の誕生日について黙っていたんですの? 親戚であれば今日のようにパーティに出席しなければいけないのですから、知らなかったわけではないでしょうに」


 リリーナの怒りにファリカはできるだけ目を逸らす。実際リリーナの言っていることに齟齬はないからだ。ファリカはディードリヒの誕生日を知っていたが、敢えてそのことをリリーナに言わなかったのには事情がある。


「素直に言うと、殿下に口止めされてたんです…」

「ディードリヒ様に?」

「リリーナ様をびっくりさせたいからだって、本人は言ってましたけど」


 流石に大きなパーティなので普段のように崩した言葉を使わないファリカの話を聞きながら、リリーナはとうとう内心のため息が口から出そうになってしまった。公然の場でため息をつくなどお行儀が悪いので意地でもやるわけにはいかない。

 ハイマンがそれを行えたのは、彼がこの場で一番権威ある立場である故だ。


「…彼の方は相当私を怒らせたいのだと言うことがわかりましたわ」

「あはは…まぁ黙ってた私も悪いので顔を合わせづらかったのもありまして…」

「そんなところだろうと思いました。ミソラの姿が見えないのも同じような理由でしょう」


 ミソラばかりは見つけようと思って見つけられる人物ではない。リリーナはそれを体感している。

 なのでわざわざ探そうとも思わないが、ミソラはディードリヒを毛嫌いしているというのに今回の件にどうして乗っかったのかは少し気になる。


「いいですわ。裏も取れたことですし今回は許しましょう」

「リリーナ様…!」

「ただし、これ以上変な隠し事をするのはやめてくださいませ。雑に振り回されるのはごめん被ります」

「うっ」


 リリーナの言葉はファリカの心の何かを刺激したようだ。ファリカはすぐリリーナから目を逸らし、気まずそうに顔を青くしていく。


「なんですの? まだ何か隠していますわね?」

「いやぁ…そんなことないですよぉ…」

「ではなぜ目が泳いでいるのです。話すまで許しませんわよ」

「勘弁してください〜!」


 詰め寄るリリーナに気押されるファリカ。

 じりじりと迫り来るリリーナに身を引いて耐えていると、後ろからリリーナを呼ぶ声がする。


「ルーベンシュタイン様」


 不意に聞こえた声に、リリーナは即座に反応した。彼女はくるりと振り向くといつもの笑顔で対応する。


「何かご用でして?」

「お話中のところ失礼致します。王妃様がお探しでございますのでお呼びかけに参りました」

「王妃様が…? わかりました。すぐに向かいます」


 リリーナは使用人に手短な返事をすると、まず後ろに振り向く。するとそこにファリカの姿はなく、リリーナはこうなるであろうとはどこかで思っていたが、と内心で眉間に皺を寄せた。


 かといってもう一度探すわけにもいかない。ディアナの呼ばれているということが本当である可能性は勿論だが、今からまた探していてもキリがないだろう。

 一度諦めた方がいいと判断したリリーナは、思考を切り替えディアナの元に向かうことにした。


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