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待ちに待ったこの日(2)


「そういえば…ディードリヒ様のお誕生日はいつなのでしょうか?」


 今まで自分の誕生日すら忘れていたほどではあるが、ディードリヒの誕生日もまた話題には上がってこなかったな、とリリーナは気がつく。

 王太子なのだから大きなパーティがあるだろうし、準備も考えれば近かったとしても一月や二月が妥当だろうか。


「僕? 明後日だけど」

「お馬鹿なんですの!?」


 驚きのあまり罵倒を飛ばしてしまったとリリーナが反省するのはずっと後になるであろうほどに、その発言には呆れと驚きといっそ恐怖すらあった。


 去年の今頃、うろ覚えな記憶を改めて思い返してみれば…実家では牢の中にいたかもしれないなどと考えていたが今は確かに違うと言える。あの頃自分は確かにあの屋敷にいた。


 さらに言うならば、すでに恋人関係であった可能性すらある。

 その大事な日を無申告とはどういうことなのか。


 というか、明後日であれば絶対にパーティがあるはずだ。しかしそんな話は聞いていない。

 普通はドレスを仕立て、ボディケアを重ね、アクセサリーを用意し…ととにかく時間がかかるのが女性と言うものだ。ドレスの仕立てはどんなに急いだところで二週間はかかる。


 毎度新しいドレスを用意するわけにはいかない階級の低い貴族女性ならばともかく、主賓の婚約者として参加する自分がドレスの用意をするべき行事の連絡を受けていないなど話にもならない。


 確かに最近城内は騒がしく、だが特に連絡も受けていなかったので何事かとファリカに尋ねたときは「ディアナ王妃が主催で夜会を開く」とは聞いていたのだが、その時にもっと詳細を聞いておくべきであった。自分とは思えないミスだとさえ言える。

 招待状もない小娘が出しゃばるのは、いくら身内になるとは言えど無礼であろうと深入りしなかった自分を恥じた。


 他にも関連した話がなぜ自分の元に一つたりとも伝わって来なかったのかについても気になって仕方がないが、どうせディードリヒのことなのだから何か狙いがあった上で、どの道を辿っても嘘の情報が行き着くよう状況を作ったに違いない。

 そうでなければこのギリギリまで噂の一つ聞かないなど、どう考えたところでおかしいに決まっている。


「貴方…! どうしてそれを言わなかったんですの!?」

「自分のことはあまり興味がないし…今年の誕生日パーティは顔だけ出して早々にサボろうと思ってたし…」

「さぼ…貴方何を考えていますの!?」

「言わないままだったらリリーナはわからないかもしれないでしょ? そこにかこつけて一日一緒に部屋に居ようと思って!」

「お馬鹿なんですの!?」


 二度目の罵倒が飛ぶほどには予想通りであった。ディードリヒはリリーナに誕生日を知られないよう工作をしたのだ、ただ己の愚かな欲を満たすために。


 怒り狂うリリーナに対して、ディードリヒはわかっていたと言わんばかりにへらへらとしている。彼は自分の態度が彼女の怒りに対して火に油を注いでいるとわかっているのだろうか。いやわかっているのだろう、それがディードリヒ・シュタイト・フレーメンという男である。

 彼にとって話の重要性とリリーナを愛らしいと思う感情は別だ。なので話を聞いていないわけではないのだが。


「大体誕生日が今月だと言うのならばあの頃であったところで二人とも屋敷にいたではありませんか! パーティの一つも行わないなど…」

「それについては“要らなかった”んだよ」

「…? どう言う意味ですの?」


 困惑して怒りが落ち着いてしまったリリーナに、ディードリヒは大きく笑う。


「リリーナ以外には何ももらいたくないから。リリーナが僕の人生で一番のプレゼントなんだよ!」


 ディードリヒは何か思い返しているのか大変嬉しそうだが、リリーナは衝撃のあまり言葉を失った。


「だから去年は城でも誕生日パーティを開かなかったんだ。贈り物も去年は断って、本当にリリーナだけにしたんだよ。でも去年のリリーナの誕生日は…当日僕は出かけないといけなかったし、同時にリリーナが家出しちゃってひと騒動あったから結局できなかったけどね」

「…」


 そして彼はそっと「ごめんね」と悲しい顔をして謝ってくる。だがリリーナにはそんな彼に返す言葉が見つからない。


 こう言ってはなんだが、正直自分の誕生日などどうでもいい。どうせ去年では牢の中だったかもしれないというのは勿論だが、誕生日など所詮それなりのパーティを開いて社交場を一つ提供する程度のもの、という認識の方が大きいからだ。


 贈り物をいただけるのはありがたいし嬉しいが、両親以外でプレゼントを贈ってくる人間の一体何人が父に気に入られたいがために自分を利用した人間だったのかなどわかったものではない。


 かといって確かに所詮、と言ってしまうと語弊があるかもしれないが、王太子の誕生日に外交は発生しない上万が一の体調不良は人間である以上存在する。

 だからといって許されるのか、という話なのだが。


「リリーナがいてくれれば他に何も要らないからね」


 そう言って彼は笑うが、リリーナの中では“それはともかく”といった感情が渦巻いている。

 ディードリヒであれば確かにそう言うだろう。己の立場をおそらくわかっていて放棄していると言っていい彼の行動には怒りを通り越して呆ればかり湧いてくるが。


 だがリリーナの中にはもう一つ感情がある。にっこりと笑う彼を見ていると、過ぎ去ったどうしようもない事実よりも今湧き上がってくる感情が優先されてしまって、


「…」


 その感情が抑えきれないリリーナの頬は空気で膨らんでいき、視線はよそを向いて眉間に皺が寄っていく。


「!? リリーナどうしたの!?」

「…わ」

「?」


 驚いたディードリヒがあからさまに動揺するも、彼女は視線を合わせようとしない。だが彼女は、ディードリヒに聴こえるか聴こえないかといった程度の声で呟いた。


「私もお祝いして差し上げたかったですのに…ひどいですわ」

「えっ!?」


 聞き取れた言葉への驚きのあまり大きな声が出てしまったディードリヒは慌てて口元を押さえるも、彼の目は見開いたまま今は絶対に目が合わないであろうリリーナを見つめ続けている。

 だがリリーナからそれ以上発言はなかった。完全に拗ねてしまっている。


「本当に? リリーナがお祝いしてくれたの?」

「…あの時ならばお祝いくらいしましたわ。生憎何もプレゼントはご用意できなかったと思いますが…勿論今年もです。何も言わずにいようなどと、ひどいではありませんか」

「それは、ごめんねリリーナ…僕、リリーナがいてくれれば本当になにも要らなくて」

「そこで満足しているからこうなるのです。クマのぬいぐるみも香水も誕生日プレゼントには含みませんので、近々なにか買いに行きますわよ!」


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