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プロローグ/リリーナの帰省


 

 

 この、小さな屋敷の小さな庭は今日も月明かりに照らされていて、淡い光が二人を見ている。


「——僕は生涯貴女を愛し、共に在ることを誓う。だからどうか…僕と結婚してください」


 そう言って“彼”は、小さな箱を開けた。

 中に入っているのは、天然のピンクダイヤモンドが輝く純銀の指輪。それは月の光を反射して、“彼女”への思いを輝きにして言葉に乗った感情を訴えている。

 “あの時”と同じようで違う“今”の言葉に感じたのは、重ねきれない貴方への思い。

 

 

 ********

 

 

「実家に帰る!?」


 毎日開かれるお茶会と言う名の二人の時間の中で、ディードリヒはリリーナの言葉に顔を真っ青にした。

 そのやや大袈裟とも取れる態度にリリーナは少しわざとらしさのようなものを感じつつ、言葉を返す。


「そのように大袈裟にすることはありません。一時的な帰省です」

「またなんで急に」

「実家に養子が来ますので、顔を合わせるついでに両親に顔を見せにいくだけですわ」

「養子?」

「えぇ、ルーベンシュタインの家には家督を継げる者がいませんので」

「あぁ…」


 リリーナの説明でようやくディードリヒは納得したような表情を見せる。リリーナから見ればわざとらしいような態度も、やはり嘘ではないようだ。


「我が家は当代で潰すわけにはいきませんから。話によれば従兄弟が上がることになったようですが…」

「それって…もしかしてフルベアードの家?」


 リリーナの話した僅かな言葉から回答を述べるディードリヒ。

 たった今話題に出たフルベアード侯爵家は、ルーベンシュタイン家の分家に当たる。分家と言うだけあって血筋は近いが、ルーベンシュタインの人間からするとフルベアードの人間は甥姪や従兄弟であることが多い。


 現在フルベアード家は五人家族で、三兄妹のうち二人が男児である。

 領地の管理はもちろんだが、家督を継げるのは“パンドラ王室音楽団”に所属できる者だけとされており、経済や軍事ではなく芸術を重視する家系であった。


 それにしても、とリリーナは眉を顰める。ディードリヒの僅かなヒントから答えを導き出すまでの素早さと迷いのなさに気持ち悪さが隠せない。


「何故わかるんですの…」

「なんでって…親戚筋くらい把握してるよ。当たり前だよ?」

「当たり前ではありません!」


 ブレない非常識さに怒るリリーナだが、ディードリヒがそれを気にした様子はない。

 そして平然と言葉を続ける。


「確かフルベアードの家にはリリーナの叔母さんが嫁いでたよね? あそこなら三兄妹だし次男がいたと思って」

「確かにその次男が我が家に上がってくるのですが…貴方の行いには本当に呆れますわ…」

「あはは、まぁ従兄弟くらいなら潰そうと思ってたから」

「笑顔で物騒なことを言わないでくださる!?」

 安定感のある爽やかな笑みだが、言葉の中身に伴う行動については考えたくもない。

「大丈夫だよ。侯爵の家系ならちょっとなんかあったって大事にはなりづらいし」

「そういう問題ではないと何回言えばいいんですの! というか侯爵家で何か起これば十分大事ですわ!」

「本当にリリーナには誰も近寄らせたくなかったから仕方ないよ。まぁ会う頻度も少ないみたいだったから泳がせてたんだけど」

「貴方という人は…どこまで私の個人情報を把握していますの…」


 この手の話は少ないやりとりでもどっと疲れる。どこまでいってもこういう部分は変わらないのだろうか。


「着替えとお手洗いと…君が故郷にいた頃なら食事風景以外かな」

「通報しますわよ」

「ひどいなぁ、僕のやってることが公になるわけないじゃないか。対策してないと思うの?」

「…」


 自信溢れる笑顔にリリーナは言葉を失う。

 ついこの間彼の母親である王妃ディアナに関係の維持について心配され、“問題ない”というようなことを伝えてしまったが、たった今それが揺らぎつつある。やはり不安があるかもしれない。


「そんなことより、その帰省には僕もついていかないと。一緒に行くね」

「…? その必要がありまして?」


 怪訝な表情を見せるリリーナ。

 たかだか実家へ数日行く程度で一国の王太子を連れていかなければいけない理由とはなんだろうか。


「そりゃそうだよ。僕たちは『家族』になるんだから、挨拶くらいしないと」

「!」


 “家族”という言葉に反応して少しばかり赤くなるリリーナ。

 確かに“王太子”であるディードリヒを連れていく理由はないが、“婚約者”である彼ならば確かについてくることにも意味がある。


 婚約発表まで済ませてしまったせいだろうか、挨拶などとうに済んだ気になってしまっていたのかもしれない。実際には話を通して場を設けた挨拶などしていないというのに。


「そもそも立て込んでてご両親にきちんとご挨拶できたことはないしね。ついていくよ」

「そう言うのは構いませんが、貴方執務はどうされますの?」

「僕の父上は頼り甲斐のあるいい男だから」

「…」


 普段は頼らない父親まで引き合いに出してくるとは、是が非でもついてくるつもりらしい。

 リリーナはディードリヒの態度に一つため息をつくと、これ以上の交渉は不可能だろうと諦めた。


「…わかりました。ではそのように手紙を出しますわ」

「あまり気を遣わないでって言っておいて。僕はあくまで“おまけ”だから」

「無理を言わないでくださる? 両親がさらに萎縮するだけですもの」

「…それもそうか」


 気遣いというものは、結局下げようと思って下げられるものでもない。形式ばった「楽に」以外の言葉で楽を考えるのは、目下の者からすれば実際至難の業だ。


「ご理解いただけたのでしたら日程を詰めますわよ。ディードリヒ様に合わせますから側近の方に予定の確認を取りませんと」

「自分のスケジュールくらい覚えてるよ。まぁ明日って言われても予定空けるけど」

「私がそこまで無理を言うような女に見えまして?」

「そんなわけない。リリーナは僕を慮ってくれる素敵なパートナーだからね」

「では無駄口は叩かないでくださいませ」


 短いやりとりの後でリリーナはまずミソラを呼ぶ。そしてスケジュール帳を持ってきたミソラを交えながら日程の調整が始まった。

 

 ***

 

 同日、深夜。

 ディードリヒの部屋に二つの人影。


 そのうちの一人が彼の部屋のドアを五回ノックする。これはディードリヒと、ドアを叩いたミソラとの間で決められた訪問の合図だ。十秒返事がなければドアを開ける決まりである。


「失礼します」


 ミソラはもう一人連れた人物と共に部屋に入った。ただいつもと状況が違うのは、ディードリヒが隠し部屋ではなく表向きな本人の部屋にいることと、


「…失礼します」


 ミソラがファリカを連れて訪問してきたこと。

 だがディードリヒは大きな反応を見せず、部屋に備えられたソファに足を組みラフに腰掛けている。


「いいよ、座って」


 二人はディードリヒの言葉に軽く礼をすると、彼の座るソファの向いにあるソファへ腰掛けた。


「で、話って何?」


 元より今夜の集まりは、ファリカからミソラを伝ってディードリヒに面会を求めた結果である。

 ディードリヒの態度がリリーナを相手にしている時より尊大な印象を受けるのは、彼も一応権力者として育てられているということの証明だ。上に立つ者として、目下の人間にはそれなりの態度を取る。安易に舐められないためにも、必要な在り方の一つ。


「今日はお願いというか…ちょっとした提案があって来たんですけど」

「提案?」


 何かと思えば、とファリカの言葉に反応するディードリヒ。


「ミソラさんに聞いたんですけど、リリーナ様ってもうすぐ…」

「あぁ…そういうことか。確かにそうだね」


 互いに詳細を話さなくても伝わる話題があるようだ。そのせいか少しばかり彼はファリカの話に興味を示すような顔を見せる。


「その件について考えてることがあって、殿下にももしよかったら協力してもらえないかなって…」

「…話の中身によるかな。とりあえず話してみて」


 軽いハンドサインで説明を促すディードリヒに、ファリカはミソラと一瞬頷き合ってから口を開く。


「実は———」


リリーナさんの家には分家が二つあります

先祖の兄弟の中で役職をわけ、連携することになったからです

その内の一つがフルベアードの家で、本来は別の分担があったのですが気がついたら芸術系の家系になっていきました


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