明日も君と(2)
「…でもリリーナ、僕と少しでも多くいてくれるって言ったでしょ…?」
「わかっています! ですから…」
どう言うのが一番気持ちが伝わるのか、リリーナは少し考えて、口を開く。
「“常に”、とはいかないというだけです」
「本当…? 増やしてくれるの?」
「そ、そもそも貴方だって常に私といられるわけではないでしょう!」
「ずっと一緒にいれるようにしてもいいんだよ?」
「嫌な予感しかしないのでお断りします」
「ひどい…」
果たして本当に酷いのかどうかはさておき、ディードリヒはややしょぼくれた。
「それに…」
リリーナは自分の腹に巻き付いている相手の腕にそっと手を添える。
「相手が何をしているかわからない時間、と言うのも一概に悪いものではありません」
「…そうかな」
「えぇ、相手が今何をしているのかを想像して、その中に自分の存在があったらいいと考えるのは、案外幸せなものですわ」
「見えないのに?」
「それを言ってしまうと、結局は自己満足ですから。ですが貴方が私を見ていない時間でも私のことを考えていてくださったら…それはとても幸せなこと」
「…!」
リリーナは小さく笑う。
それが見えないディードリヒも、彼女の言葉に胸が締め付けられる。そして股座に座らせていた彼女を反転させると、驚いた表情の彼女と目を合わせた。
「リリーナも…僕のことが見えなくても、僕のことを考えてくれるの?」
「勿論ですわ。いつ何時も私は貴方を愛していますから」
頬を赤くしたリリーナは微笑んで、ディードリヒは彼女の言葉に応えるようにキスをする。一瞬で終わらないキスは確かな今を噛み締めるようで、離れても互いを感じるその熱に微笑みあった。
「ですが、貴方がいつも私を見ているということそのものは、やはり気が引き締まりますので良いかもしれません」
「えぇ!? そんな、もっとだらだらしたところも見たいよ」
「それはできかねます。私は貴方の好きな私でいたいのですから」
「僕はリリーナがベッドから出てこないようなだらだらした子になっても愛してるよ」
「それはどちらにせよなりたくはありませんわね…」
「そんなぁ…」
すぐしょぼくれるディードリヒに、リリーナは困ったような視線で言う。
「それでは王太子妃として示しがつかないではありませんか」
「!」
“王太子妃”という言葉に反応するディードリヒ。その表情は先ほどと打って変わって明るく、声にしないだけで喜びが伝わってきた。
「そんなに喜んでもなにも出ませんわよ」
「そんなぁ…」
「貴方たちは休め休めと言いますが、そう一口に言っても“休み方”というものがあります。少なくとも貴方のいうやり方は休むのではなくてただの怠惰ですわ」
「怠惰なリリーナもかわいいよ」
「そういう問題ではありません」
即答でされた否定にディードリヒは頬を膨らませる。それを呆れた視線で見返すリリーナはその呆れを口にするように大きくため息をついた。
「私個人の在り方と、私が纏う“貴族”という在り方は違うものです」
「それは、わかるけど…」
「私が守りたいのは“貴族としての私”であって、私個人の在り方ではありません」
「…どういうこと?」
「“私”としての私は、いつであっても貴方のそばに在りたいのですから…私の言う“休む”とは、きっとその時間を増やすことだと思うのです」
「でも、リリーナはそれができないからいまこうなってるよ?」
「なのでそこで話が帰ってくるのです。『常にとはいきませんが、貴方を待ちましょう』と言う話に」
「!」
自分で言っていて恥ずかしいのか、リリーナの顔はやや赤い。
「…そうして増えた“貴方を待つ時間”は、他でもない“私”の時間ですわ」
みるみる顔をもっと赤くして、彼女はディードリヒから視線を逸らす。
そしてリリーナの言葉に彼は、その真っ赤な顔まで引き寄せるように抱きしめた。
「リリーナ! 僕今嬉しい! 愛してる!」
「な、なんですの急に!」
「リリーナが大好きだからもう、言葉になんてできないよ!」
「もう、本当にどうしたというのです…」
「リリーナが、可愛くて、愛しくて、大好きで、やっぱり好きだから、言葉にはできないかな」
「かわっ…! どこにもそのような要素はなかったでしょう!」
「可愛いよ。髪の付け根から足の先まで全部」
「…っ」
ディードリヒは愛おしさを自分の中に収めてしまいたいと言わんばかりにリリーナを抱きしめる。
しかし流石に呼吸に支障が出てきた。苦しいと訴えるためにリリーナは彼の背中を叩く。
「はなしなさ…くるし…」
「あっ、ごめん! 大丈夫?」
我に帰ったディードリヒに解放されたリリーナは胸に手を当て何度か深呼吸を繰り返す。
「もう…流石に私の呼吸は考えてくださいませ」
「ごめんね、苦しくない?」
「大丈夫ですわ。というか、これで私の言葉の意図がわかりまして?」
「うん、わかった」
ディードリヒは彼女への期待を笑顔に乗せて返す。
「ではこの話は一旦終わりましょう。そろそろディナーではないかしら」
「もうそんな時間?」
「といいますか、貴方、本当に執務はよろしかったんですの?」
「余裕だよ。今日は暇だって言ったでしょ?」
「ならいいのですけれど…。でしたら一先ず着替えますので部屋を出てくださいませんこと?」
「なんで?」
「今着ているドレスを皺にしたのは誰だったかしら…」
笑顔に影を差すリリーナに、ディードリヒは満面の笑みで答える。
「なんなら僕も着替え見せてもらって」
「変態発言も大概になさってくださる?」
リリーナは眉間に皺を寄せてディードリヒの頬をつねり上げる。今日は特別力が入っているのかディードリヒは悲鳴をあげた。
「あだだだだだだだだっ!」
それにしても日々頬を摘まれている彼的には日に日にリリーナの力が強まっているように感じる。まぁそこは、彼女が受けている護身術の成果だろう。
「いいから部屋を出なさい! 着替える時でなく今ミソラを呼びますわよ!」
摘まれた頬が解放されると、ディードリヒは「ちぇ…」と名残惜しそうにしつつ頬をさすり、渋々ベッドを出て靴を履き直し始めた。リリーナもそれに続いてベッドから降り靴を履き直す。
「もう、明日もあるのですからディナーもしっかりいただきませんと」
「着替えはずっと見たかったし…」
「もう一度つねられたいと?」
「…ごめんなさい」
リリーナに背中を押されながら部屋の外に追いやられるディードリヒ。彼女はドアを開けようとして、ディードリヒを見た。
「ディードリヒ様」
「?」
「少し、しゃがんでくださる?」
珍しくそう強請るリリーナの顔は少しばかり赤い。
「いいけど…」
ややその様子に疑問を覚えつつ、言われた通りしゃがんでみる。すると頬に小さなキスが触れた。
「ディナー後にお時間が合うとは限りませんから、今がお休みのキスということで…」
ディードリヒが再びリリーナの顔を見る頃には、また彼女の頬は真っ赤に染まっている。いつまで経ってもこういったことは慣れないのだろう。ディードリヒ的にはそこがまたいいのだが。
ディードリヒはご機嫌な様子で笑い顔を赤くするリリーナの様子を楽しみながら、理性でいろんなものを押さえ込むので精一杯になっていた。
噴き出す熱い蒸気のような感情を必死に鎮め込み、リリーナの頬にお返しのキスをする。
「ありがとう、リリーナ」
自分が優しく笑えているかやや不安だ。
彼女の反応を見るに大丈夫そうだが、万が一にも彼女を怖がらせるわけにはいかない。
「じゃあディナーで待ってる。着替えたドレス楽しみにしてるね」
「はい、また後で」
リリーナは嬉しそうに微笑む。
ディードリヒは彼女の額にも小さくキスを落としてドアを閉めた。
タイミングを計っていたのか入れ違いのようになったミソラに後を託し廊下を進む。
「…危なかった」
緊張感の走る時間だったと一つため息を落とす。本当に、終始いろんな理性が試される時間であった。
リリーナを大切にしたい故に、日々己の理性に鞭を打っているがもう少し他の方法もなにか模索しないといけないかもしれない。
はぁ、ともう一つため息をついて執務室に向かうことにした。確か一案件、下調べの必要なものがあった気がする。それはそれで指示を出さなければならない。
今日がたまたま休みみたいなものだっただけで、普段からリリーナにあれだけの時間を使えない今の生活をつくづく心から憎む。
ここまで毎日報告されるリリーナの活動記録と趣味で行っている彼女の写った写真の現像の時間がなければ倒れていたに違いない。
そうはいっても、今日はほとんど必要のないようなものだが。それでもミソラはフィルムを届けにはくるだろう。
その写真に写るリリーナはどんな姿か、今から楽しみだ。
「明日はどんなリリーナに会えるかな」
やや口角が上がるのを抑えきれそうにない。口元を隠して進むが誰ともすれ違わない方が都合はよさそうだ。
今日の時間を思い出し、明日を考えれば足取りも軽い。
愛しい彼女の光を思いながら、ディードリヒは執務室のドアを開けた。
続
本日で三巻分の掲載が終了となります
ここまでお疲れ様でした、ありがとうございます
三巻の内容としてはディードリヒくんにまつわる部分に視点を当てました。ここまで見えなかった彼の一面をお見せすることができていたら幸いです
ですがまだまだ二人の物語は続きますので是非ご覧ください
それではまた物語の続きでお会いしましょう
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