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誰が召喚獣じゃボケ 〜一文無しの魔女見習いは、目が離せなくて手がかかる〜 3話

 ……金目のものって言ったって別に俺はアクセサリーとか身に付けるタイプじゃないからなあ。

 スマホはこちらの世界に付いてこなかったようだし、愛用のクッションはでかくて持ち歩けるものじゃないので魔女のアトリエに置いてきてしまっているし、俺の手にあるのは尻ポケットに納めた文庫本だけである。


 いや、これは売りたくないぞ?


「その顔、なにか持ってますよね」


 俺がスッと身構えると、目ざといカトレアがしつこく詮索してくる。いくら鞘に収まった状態でも商品の短剣を持ちながら迫ってくるな、怖いから。


「いいんですか? 私はあなたのご主人様ですよ?」

「へっ、抜かせ」


 鼻で笑ってやる。俺は認めてないから。

 あんまり調子に乗りすぎると、また電撃を浴びさせられることになっても堪ったもんじゃないので程々にするが。


 ……しかし、葛藤の末、観念する。

 他に手がないのも事実だ。


「貸し一つだからな」

「! ありがとうございます!」


 心底嬉しそうにされると、憎むものも憎めないので困る。カトレアが、悪いやつではないのはちゃんと俺も理解しているのだ。

 お互いの常識と認識のすれ違いから意見が衝突するだけで。


「それでは行きましょう!」

「はいはい」


 俺から受け取った文庫本と買う予定の短剣を嬉しそうに胸元で抱えて、意気揚々とカウンターに向かうカトレアに付き添う。



 ――まあ、結論から言うと、取引は無事に成立し、物好きな店主はオマケとしてもう一本古びた短剣を付けてくれた。



「……売り物を見るや否やすごく優しくされてびっくりしました」

「こんな生業をするくらいだし。相当変人なんだろ」

「では、召喚獣さんのおかげですね」

「おう」


 はたして、この異世界で俺の持ち寄ったあの文庫本がどういう扱いをされるのかは知らないが、まあ、好きな作家の本を異世界に布教したと思えばまだマシか?

 どうせ、誰も読めないけど。


「ところで、あれってなんだったんですか?」


 遠足帰りのような充足感を覚えていそうなカトレアが、世間話の一環として何気なく振ってくる。

 特に隠す理由もないので、俺も正直に答える。


「俺の好きな作家の新刊だよ」

「えっ、そうだったんですか! 言ってくれれば……」

「言ってくれれば、なんだよ」

「………」


 言葉選びを間違えたのだと自覚した彼女は居心地が悪そうにする。

 気でも緩んだか、藪蛇だったな?


 別に、売らなきゃどうしようもなかったというのには俺も気付いていて、他に手がないから俺も身銭を切ることにしただけで、このことに関してはお前が自ら墓穴を掘ったりしなければ俺から言及するつもりもなかったぞ、ちなみに。


 先ほどまでと一転してお通夜のように暗い顔をするカトレアに、やれやれと頭を振ってやる。

 申し訳ないと思ってくれているならそれでいいよ。


「お金をたくさん稼いだら、必ず買い戻しましょうね、あの本」

「いや、別にいいよ……」

「絶対です。それでこの借りは、お返しということにします」


 うーん……。なんだかな、苦笑する。

 俺としては、むしろこの貸しは契約解除を持ちかけるときなどに有効的に使わせてもらいたいものだが、そう言ってくれること自体は嬉しくないわけではないのでお茶を濁す。


 本当に、悪いやつじゃないんだよな、カトレアは。

 ただ子どもっぽいだけで。


「気にすんな。それよりやることやろう、日が暮れる」

「はい!」


 まあ、これだけ素直になってくれるならわざわざ貢献してやった甲斐もあるもんだ。


 ♢


「それではこれより付与魔法を行います」

「異なる性質を加える魔法だったか」

「厳密には、元々持っている性質以上の効果を与えることで利便性を上げたり、形状に変化をもたらすことで機能を高めることが目的の魔法ですね」


 路端に座り、二振りの短剣を置いてカトレアが杖を手元に生み出す。彼女の師である魔女と似たような仕草だが、取り出された杖のデザイン性や重厚感といったものに違いが見られ、『魔女見習い』という肩書きに相当したものに感じた。


「見てていいか?」

「はい。もちろんです」


 正直なところ、悪い予感はしているのだが、とはいえ俺から口出しできることもないので大人しく見守る。

 興味深そうな観客(俺)の視線が気になるのか、カトレアは気恥ずかしそうに身じろぎしたあとコホン、と小さく咳払いをした。

 まずは一本目。


「〈リファイン〉」


 短剣を中心に魔法陣が浮き出て、眩い光が刹那的に俺たちの視界を奪った。


「……――できました」


 あっけないな……。所要時間は十秒もない。

 眉間を揉んで落ち着かせたあと、ドヤ顔のカトレアが手に持って見せつける短剣を注意深く観察する。

 柄の、石突あたりが変化したか?


「見てください。これこそ、中古の短剣が生まれ変わった姿、魔剣2.0。利便性を追求し、死地と隣り合わせにある旅人御用達の逸品。きっと五百セラでも余裕で取引されることでしょう! 私の渾身の一品です」


 実に胡散くさい触れ込みである。

 怪訝な表情を微塵も隠さずにカトレアから魔剣を受け取り、実際に手に取って調べてみる。


 多少、小綺麗になったとは思うが、鞘も普通。刀身も普通。やはり変化というと、柄の石突ぐらいにしか感じない。

 だからといって、デザインの変更が全てではあるまい。


「いったいなにが変わったんだ?」

「分からないんですか? 仕方ないですね……」


 カトレアに手渡す。

 すると、彼女は鞘から引き抜き、むき身の状態の魔剣を逆手に持ち、縦笛のように口元へ運んだ。


 そして、



 ……ピィイィいいぃぃい〜………。



 という、へなちょこな肺活量による、死にかけの笛の音が広まる。


「……………」


 ぷはっと魔剣(笛)を口から離したカトレアが、満足げな表情で言った。


「どうですか?」

「――どうですかじゃねえよボケ」

「えっ?」


 いやいやいや。

 いやいやいやいやいや……。

 待ってくれ。え? 理解が追いつかない。

 こめかみに手を添えて呻く。


「色々と言いたいことがあるんだけど、これが魔剣? こう、炎が出るとかそういうのじゃなくて、笛?」

「えっ? えっ、もちろんです。え? だって、音を鳴らすことができるんですよ……? 非常時、とても便利ですよ……?」


 ……俺が知る限りリファインって英語で『改良する』『磨きをかける』といった意味合いのある単語でもあるはずなんだけど、たかだかホイッスル機能が付いただけの短剣にそれほどの価値があるとは思えない。

 え? 俺が間違ってるか……?


 音に弱い魔物がいるとか? そういうことか? それならまあまあ、アリではあるか……?

 いや、でも高額転売には……。


「……そもそも、まずもって、商品になるんだから口を付けるべきじゃないと俺は思うし」

「あっ……」


 しれっと拭き拭きするんじゃない。それで済ませるんじゃない。目を逸らすんじゃない。てへぺろでもする気かこいつ?

 三拍子を揃えるんじゃない。


 異世界の衛生観念よ……。いやまあそれはまだいいよ。どうせ売れない気がしてきたし。

 とりあえずそれは置いといても、だ。


「これが、高額転売に繋がるって?」

「えっ、だ、だって便利じゃないですか?」

「いや便利……、便利……? まあ便利かもしれないけど、俺にはせいぜい元取れて御の字に思えるぞ」

「ええっ、そんなことはないですよ! 絶対売れます! あったほうが嬉しいですって!」


 心外だ、とでも言いたげに抗議される。

 でも俺こう思うんだよ、あったほうがいいぐらいの付加価値では、なくても安いほうを手に取るユーザーのほうが多いって。

 俺そう思う。俺そんな気がする。


「絶対売れます! 大丈夫ですから!」


 いったいお前の自信はどこから来るんだ……。


「……分かった。じゃあそれはいいとして、二本目は俺に指示させてくれ」

「……………。いいですよ?」


 すげえ不服そうだけど了承させることに成功した。


 ♢


 まあ、言わずもがななんだけど、先に売れたのは俺モデルの魔剣である。


「――どうしてですか!?」

「だから言ってるだろ!?」


 思い通りにいかなかったため膝を打って項垂れるカトレアの姿を目の前にする。

 だから言ったじゃん! これ売るのは厳しいって!


「嘘だ!」


 迫真の『嘘だ!』はやめろ。

 現実だから受け止めてほしい。日も暮れ出した日没前の町中でしていい慟哭じゃないよ。恥ずかしいよ。


「いや、絶対おかしいです。これはなにかの陰謀です」

「変な方向に目覚めるな。ドストレートで誰も買おうとしてないだけだから」


 場所は移動して歩行者通り沿い。露店と名乗れるほど大したものはなにもない状態だが、そういった出店も多く立ち並ぶエリアに張って通行人をターゲットに商売していた。五百セラで販売する笛機能が付いた短剣と、廃品寸前から刃こぼれの修復と装飾を足して売り出した六十セラの短剣。直売りのほうが利益がいいから、というのはカトレアの戦略だった。

 もちろん、そう簡単にいくものではないので人が来るまで相当時間は掛かったが、たったいま、カトレアの呼び込みに釣られた客が苦笑いして俺モデルのほうの魔剣を買っていったところである。


 その客から察するに、どうやらこいつ、需要と供給が一部に限定されているから成り立つ商品をこんな片田舎で売ろうとしていたみたいだ。

 それが本当なら正直、世間知らずにもほどがある。


 こいつ、もしかしなくても、相当生きるのが下手なんじゃないか?


「あのさー……。お前、旅諦めたほうがいいんじゃないか?」


 なるべく親身になったつもりで、目線を合わせるようにしゃがんで勧告する。

 ひとまず俺のことは置いといても、こいつの将来について素直に心配になるものがある。この先もずっとこの調子なら、こいつが旅を諦めるか、一人で旅をできるぐらいになってもらうかしないと、結局、帰るにも帰りにくくて仕方ない。


 そう思って言葉をかけるが。


「……ゃです、嫌です、絶対諦めませんから。私は、人の役に立つ魔女になるんです、絶対。でないと、顔向けできない人がいっぱいいます」


 決意を見せられて押し黙る。なにがお前をそうさせるのかは知らんが、人の役に立つなんていまのお前には到底無理だ。

 だけど、カトレアは立ち上がる。

 はあ、と大きくため息を吐いて、俺も遅れて立ち上がる。


「じゃあ、どうする気だ? 俺にはこの収入があるけど」


 それならアプローチを変えてみよう。

 そう言って俺が見せつけるのは先ほど手にした売上げ金。ちょっとだけ嫌味っぽく言い放つ。この方向性で、諦めてくれることはないものかと窺う。

 カトレアがむっ……とした表情を見せる。


「野宿します」

「決断が早い」


 バカバカバカ。させられるか。

 そういうところが心配になるって言ってんだ馬鹿。

 こいつ、人の気持ちをなんも分かってない。

 呆れたように俺は項垂れる。


「まず、どうやって金を稼ぐかだろ?」

「次の計画は考えてます。残念ながら、私の魔剣がここでは売れないのは事実みたいなので、ひとまずこの魔剣を魔物の解体用にして、集めた素材を買い取ってもらったり、どこかお仕事のお手伝いをさせていただける場所はないか探してみます」

「お前、魔物は危ないって言ってなかったか?」

「………」


 無言になるな無言に。


「それに、お前かなりの人見知りだろ?」

「………」


 だから、無言になるな無言に。


「はあ……」

「そんなにため息することないじゃないですか!」

「いや、お前に俺を責める権利はない」


 頭を抱える。本当になんなんだこいつは。

 本人は至って真面目なのも分かるから、余計腹立たしくて仕方がない。

 こうしてみると魔女の優しさも透けて見えてくる。事前に用意した荷物と貯金で引き返せないところまで行かせてしまうより、はじめの段階で躓かせておいたほうがずっといい。

 じゃないと『向こう見ず』がすぎる。


 まず、こいつがこの町から旅立てるかどうか。

 それがある種、試されている現状なのだろう。


 そして、それで諦めてくれるなら結構だが、こいつがそこまで柔な心構えじゃないのも分かる。だったら、俺が手助けすることで一日でも早い自立を促し、帰還に繋げたほうがお互いにとっていい――。


「じゃあ、いいか、約束がある。お前がなにかするときは絶対に俺を通せ。今回みたいなの次作ったら承知しない。お前の計画がなるべく失敗しないように、俺も知恵を貸してやる」

「……はい」

「で、お前が『自活』できるようになるまで協力してやる。その代わり、必ず俺を元の世界に返せ」

「自活とはなんですか?」

「一人で金を稼いで一人で生活できるようになること。お前の魔女の力量がどんなもんかは知らないけど、人間としてお前はまだ半人前だ。そこらへん、俺が鍛えてやる」


 いまぼそっと目を逸らしながら「召喚獣なのに……」って言ったよな。聞き逃してないからな。誰が召喚獣だボケコラ。少なくともお前よりは人間してるから。

 確実にお前よりは年上なんだからな?

 やれやれと頭を振る。


「あと、俺は野宿は絶対に嫌だ。見ろこの俺の姿。これ以上文化的な生活から遠ざかるつもりは一切ないから。だから、今日で使い切ることになるが、この金を宿泊に使わせてくれるっていうなら俺はお前を最大限手伝う。それが呑めるなら、俺と約束しろ」

「でも、六十セラで入れる宿なんて……」

「あるらしいぞ。通行人情報だが、この町で最安値の宿が外れのほうにあるって聞いた。もちろん一部屋分の代金だし品質は保証できないが、お前も野宿よりはマシだろ」

「おぉ……」


 感心しないでほしい……。

 カトレアってたぶん箱入り娘だよな……。

 世間知らずだし、妙に知識に偏りがあるし、あの魔女がやったことはそのまま『可愛い子には旅をさせよ』というやつだ。

 この時点で俺のほうが詳しいのは、かなり不安になってくるものがある。


「え、でもそれって、相部屋っていうことですか?」

「……なに? 俺だってこれでも譲歩してるんだぞ」


 屋根のある部屋で一日過ごせるだけいいだろう。わがままを言うんじゃない。第一、俺だって寝るときくらいやかましいやつと離れてゆっくり落ち着きたいよ。四六時中一緒なのは疲れる。ただでさえ気苦労が多いんだから。

 だから、その変に意識した感じの癪に触る態度をやめろ、直ちに。


「安心しろ。お前に興味ないから」

「んなっ……私だって別に気にしてませんから! やめてくれませんか、べっ!」

「おうおう結構だ。俺は年上の人しか興味ないし。お前みたいなガキは相手じゃないから」

「………。それは熟女好きということですか?」

「違う。お前絞めるよ?」


 どこと言われたら首を。


 ……やっぱりさっきのなかったことにできないかな、すでに後悔しつつある……。

 泣きてえよもう。なんだこのホームレス一歩手前のハード環境。異世界ってこんなんじゃないだろ、普通。

 これじゃあ明日から立派な一文無しじゃねえか。


「じゃ、そういうことでいいか?」

「はい……」


 カトレアが、すっと手を差し出してくる。


「約束します。私の旅をサポートしてください」


 差し出された手を見下ろす。

 握手なんて、性に合わないので勘弁してほしいが……。


 俺は、その手を取ることにする。

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