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騎士令嬢と偽物悪女の共謀〜婚約破棄させたので自由に生きます〜 3話

 国境に近いクレメンス辺境伯の領地に、大きな山があった。隣国から帰ってきた商人が山道を歩いていると、一人の野盗が立ちはだかる。


「金を出せ。大人しく従えば命は取らねーよ」

「だ、誰か、助けてくれぇ」


 小剣を翳して脅されて、商人が恐怖のあまり悲鳴をあげた時、遠くから馬のいななきが聞こえた。

 振り向くと、馬に乗った少年が凄い勢いでこちらに向かってきた。


「なんだ、お前!」


 野盗は商人を人質に取ろうと近づく。だが、それを少年は許さない。馬を飛び降りて、野盗と商人の間に割り込んだ。


「な、なんだテメェ……」

「ボクはクレメンス辺境伯の嫡子。ユリシスだ。治安を乱すものは許さない」

「知るか!」

「下がってください」


 ユリシスの警告に従って商人が距離をとる。野盗が小剣を突き出すと、ユリシスは剣の先で少剣を弾く。野盗が近づこうとしても躱して下がる。剣の間合いを維持して攻撃の隙を与えず、背後の商人を守り切る。

 苛立った野盗は懐から小剣を取り出し、小剣で剣を受け止めながら、もう一振りを構え一気に間合いを詰める。

 そこで矢が飛んできて、夜盗の腕に突き刺さる。その隙を見逃さず、ユリシスは素早く二連撃を繰り出した。

 野盗は堪らず獲物を取り落とし、逃げ出そうとした所で、馬に乗った男が追いかけてきた。男は弓を片手に持ったまま鞘から剣を抜く。


「ヒィィ……」

「お前の仲間は既に始末した。逃げ場はない」


 ドスッ。男――ジェイドの容赦ない一撃が野党の命を奪い去った。


「ユリシス様。無茶はなさらないでください」

「悲鳴が聞こえたんだ。助けて当然だろう」


 ユリシスが馬に乗りながら言い返すと、慌てて商人が駆け寄る。

 

「あ、ありがとうございます。何かお礼を……」

「礼はいい。もしも気が済まないのであれば、ボクの名を皆に伝えてくれ」


 ユリシス達が去って行くのを、商人は頭を下げて見送った。





 ユリシスは宿に着くと、荷物も解かずベッドに倒れ込んだ。ジェイドは淡々と二人分の荷解きをする。


「……ユリシス様。いえ、リリアーナ様。自由に生きていただいても構わないと申し上げましたが、御身をお大事になさってください」


 ジェイドの避難するような目線に耐えきれず、リリアーナは起き上がって反論した。


「最近、国境付近の治安が悪くなってる。武門の誉れクレメンス家の者として見過ごせない」

「無傷のユリシス様の姿を領民に見せなければなりません」


 父はユリシスから手紙が届いたと言っていた。しかしユリシスは姿を現さない。姿を隠し続けないといけないほど、今でも危険なのだろう。


「ユリシスの真似が上手くないだろうか」

「いえ、よく似てらっしゃいます。さすがご姉弟です。リリアーナ様も慣れない旅暮らしに頑張っていらっしゃる」

「そ、そうか……」


 リリアーナが嬉しそうな顔をした所で、ジェイドがぴしゃりと言い放つ。


「ただ好奇心のままにはしゃぐのは、辞めたほうがよろしいかと」

「すまない。自由に旅をするなど初めてで、つい楽しくなってしまって」

()可愛いですね。目的を見失ってなければ」

「わ、忘れてないぞ。ユリシスが戻ってくるまで、王都には帰らない」


 そう言いながらジェイドが広げた地図を眺めて考える。

 我が国ウェステリアの王都から南へ下った所にクレメンス辺境伯の領地。その先に隣国サウザントがある。


「……やっぱり、ユリシスを襲ったのはサウザントの手の者だろうか?」

「もしそうだとしても、襲われた場所は我が国内。秘密裏に行動するのは難しいでしょう」

「だとすると……内通者がいるな。ジェイドは誰が怪しいと思う?」

「そうですね。現国王の側近は優秀な方ばかりです。ただ優秀であるほど、凡庸が許せないこともあるのでしょう」

「凡庸? まさか国王陛下のことか?」

「そう評価する者がいるだけでございます。切れ物揃いの側近と、謀略渦巻く貴族を相手に、玉座に居続けるのですから。凡庸であるはずもないのですが」


 そこでジェイドは少しだけ寂しそうな顔をした。リリアーナが初めて見る顔だったので、驚いて問いかける。


「何かあったのか? ジェイド」

「……何かとは?」

「いや。よくわからないのだが……」


 リリアーナは立ち上がってジェイドの前に立ち、優しく頭を撫でた。


「ジェイドが落ち込んでいるように見えた」

「俺が、落ち込む?」


 座ったままリリアーナを見上げるジェイドは、驚いたように目を瞬かせ、甘く微笑む。


「ありがとうございます。リリアーナ様。そういう貴女の優しさが……」

「優しさが?」

「どれだけ危険か、きっちりお教えしないといけないようですね」

「……なぜだ?」

「今、この部屋にいるのは?」

「ボクとジェイドだな」

「男と二人きりでも、何も思わないと?」

「ジェイドはずっと一緒にいるぞ」

「今までは側に使用人が控えていましたが、今は二人だけです」

「だからだ。ジェイドのことは、誰よりも信用している」


 心からそう思って笑ったのだが、なぜかジェイドは渋い顔をした。

 ジェイドは悩ましい顔で唸った後に、ため息をついて自分の頬を叩いた。


「ど、どうしたんだ。ジェイド」

「いえ、覚悟を決めようかと思いまして。リリアーナ様。辺境伯の領地へ行きませんか?」

「そうだな。そろそろ父上と相談したほうがよさそうだ」




 ユリシスに扮してクレメンス辺境伯の領内に向かうと、すぐに領民達に囲まれた。


「ユリシス様お帰りなさいませ」

「ご無事でよかった。お帰りが遅いから心配しておりました」

「心配をかけてすまない」

「ユリシス様はフォルネス様の元へ急がなければなりません。お下がりください」


 ジェイドの言葉に渋々折れた領民達が道を開けた。何度もそれを繰り返し、ようやく領主の館に辿りつく。館に入っても使用人達はユリシスだと疑っていないように見えた。

 リリアーナの父フォルネスの執務室に入ると、すぐに人払いをする。やっと息ができる気がした。


「父上。ご無沙汰しておりました」

「無事で何よりだ。ジェイドがついていれば大丈夫だと信じてはいたが、それでも危険だからな」

「ご心配をおかけしました」

「とりあえず座りなさい。王都から手紙が届いている」


 一通目を開くと『ジュリエットが失踪した』という報告があった。思わず手紙が滑り落ちる。

 まさか婚約破棄のせいで、危険な目に合わせてしまったのだろうか。別れ際の笑顔を思い出し、目の奥がチカチカした。


「リリアーナ様。落ち着いてください」


 ジェイドに名前を呼ばれて深呼吸する。差し出された二通目はロミオからだ。ジュリエットは安全な所で保護していると書かれていた。安堵の息が漏れる。

 それでも油断はできない。


「王都に帰ります。帰ってわたく……ボクが嫌疑を晴らす」

「落ち着いてください。リリアーナ様」


 静止の声に振り向くと、ジェイドが厳しい顔をしていた。


「王都にどちらで帰られるつもりですか」

「どちら……ああ」


 リリアーナは婚約破棄されて王都を飛び出した身。すぐに戻るのは怪しまれる。かといってユリシスの演技をするには、リリアーナに詳しい者が王都に多すぎる。


「王都のことは二人に任せましょう。俺達は、俺達になすべきことをなすべきです」


 ジェイドの声は微かに震えていた。ジェイドだって二人が心配なのは変わらない。それでも二人を信じて、自分のするべき事を貫こうとしている。


「ジェイド。すまない。その通りだ。ボク達がなすべきことしよう。父上、王都は危険な状況なのですか?」

「戦争への賛成派と反対派がぶつかり合っているらしい。まあ、王都のことはグラムに任せておけばいいだろう」


 フォルネスの言葉に、リリアーナとジェイドは訝しげな表情を浮かべた。


「グラム元帥ですか? 父上を敵視していると王都では言われていましたが」

「お前達と同じ、芝居だ」


 長い間、グラム元帥とクレメンス辺境伯は『敵対している』と思わせるように振る舞ってきた。

 国で一番の軍隊を持つ元帥と、国境警備の為に独立した軍隊を持つ辺境伯。軍事においては二大勢力である。


「戦争をしたがる者は大体、どちらかに接触してくる。最近も好戦派から挙兵してくれと頼まれたが『領地を離れると元帥に領地を奪われる』と追い返している。向こうも同じように私の名前を使って、好きに動いているだろう」


 そこまで言って、フォルネスは眉間に皺を寄せた。


「『リリアーナを人質にしろ』と言ってきた時は、殴ってやろうかと思ったがな。素直に『未来の王妃は信用できる娘にしたい』と言えばいいだろうに」


 遠慮のない物言いにリリアーナは微笑む。

 

「父上がそこまで信頼される方なら。任せても大丈夫そうですね」

「それより国境の方が問題だ。戦争が始まるのではないかと不安が広がっていてな。交易商人達の行き来が減った」

「治安が悪くなったのもそれですか」

「ああ、もう一つ気になる事がある。ユリシスから新しい手紙がきた」


 リリアーナとジェイドが手紙に目を通す。安全な場所にいるが、怪我をしていて療養が必要だと書かれていた。ジェイドが手紙を撫でて、目を見開いた。


「これは……アズル紙」

「アズル紙とはなんですか?」

「サウザントの特産品です。我が国に入ってくることは少ないですが」

「ユリウスはサウザントにいるのでしょうか」


 リリアーナが首を傾げると、フォルネスはジェイドへ視線を向けて告げた。


「サウザント国王は病に倒れているらしい。第一皇子が責務を代わってから、サウザントに好戦的な空気が流れ始めたようだ」

「……そう、ですか」

「ジェイド。どうしたんだ」


 ジェイドは凍りついたような真顔で、手が小さく震えていた。

 

「旦那様。第一皇子(・・・・)の手の者が、ユリシス様を襲ったのでしょうか?」

「人質にするつもりで襲って、ユリシスが逃げ出したのかもしれない。この事実が漏れたら、領民が黙っていない」


 リリアーナはここに来るまでの領民の様子を思い出す。ユリシスは民達に愛され、留学から帰るのを待ち望まれていた。例え命があっても、襲われたという事実だけで戦争のきっかけになる。

 だから健在な姿を見せなければならないと、ユリシスの振りをしていたのだ。


「第一皇子はユリシスを人質にして、戦争を仕掛けるつもりなのでしょうか?」

「もし第一皇子がユリシスを人質にしていたら、ジェイドと交換しろと言ってきただろうな」

「ジェイドと……?」


 リリアーナがジェイドを見ると、とても暗い表情をしていた。いつも落ち着いて堂々としているジェイドとは思えない。


「リリアーナには話していなかったが……」

「俺から言わせてください」


 フォルネスの言葉を遮って、ジェイドはリリアーナの前に跪いた。許しを乞うように頭を下げる。


「ずっと隠してきましたが……俺はサウザントの第二王子なんです」

「ジェイドが……第二王子? どういうことですか、父上!」


 幼い頃、ジェイドを従者だと紹介したのはリリアーナの父フォルネスだ。


「サウザントの王家は我が国よりずっと問題が深いのだよ」


 第一皇子は側室の子だが、他に皇子がいなかったため後継者とされていた。

 だが正室の皇母が第二皇子ジェイドを産んだ。ジェイドが順調に育って才覚を見せ始めたので、後継者の地位が揺らいだ。だからジェイドは暗殺されそうになった。


「国内にいては危険だと、私が皇母からジェイドの身を預かったのだよ。我が領内に留まるより王都にいる方が安全だ。お前の従者として身を潜ませた」

「俺は、一生リリアーナ様の従者でいい。そう思っていましたが、そうはいかないようですね」

「サウザントの国王が病に倒れ、第一皇子の横暴を止められる者がいないのだろう。国王と第一皇子に代わるものがいなければな」


 父とジェイドの顔色を見比べて、リリアーナは悟った。


「父上はジェイドの後ろ盾として、サウザントに宣戦布告なさるおつもりですか?」

「できれば避けたいがね」


 諦めた顔をしている父とジェイドを見て、リリアーナは叱りつけるように声を荒げた。


「そう簡単に諦めるなんて、クレメンス家らしくありません。最後まで戦争回避へ向けて足掻くべきです!」


 リリアーナの威勢に、二人は驚いたように目を見開いた。


「今のボクはユリシス。ユリシスとしてサウザントに趣き、彼の国の内情を探ってまいります」





 リリアーナは執務室を出ると、人気のない屋上へ向かった。使用人達の見える所では気を抜けない。屋上から領地を眺めると、夕焼けが街を照らしていた。幼い頃に王都へ向かった時と変わらない景色がそこにあった。


「リリアーナ様。ここにいらしてたのですか」

「ジェイドか。見てくれ。綺麗だろう」

「はい。お美しい。さすが旦那様が治める土地です」

「ここを戦場にしたくはない」


 振り返ってジェイドの顔を見ると、苦笑いを浮かべていた。


「リリアーナ様は、俺の正体を知っても変わらないのですね」

「ジェイドは、ジェイドだ。肩書きで変わるはずもない。変えた方がよかったか?」

「いいえ。今まで通り、リリアーナ様の従者でいさせてください」


 リリアーナは嬉しそうに頬を緩ませた。


「正直、驚きより納得の方が上回ったのです。子供とはいえ、ジェイドは最初からロミオに遠慮がなさすぎです」

「そうでしょうか? 弁えていたつもりですが」


 ジェイドが苦々しい表情をしたので、リリアーナは声を上げて笑った。


「国のことはロミオに任せましょう。私が世界で一番信頼するジュリエットが一緒なら、きっと大丈夫です」

「一番は俺じゃないのでしょうか?」

「もちろん、信頼してますよ。ジュリエットの次に」


 釈然としない顔をしたジェイドに背を向けて、サウザントの方角を見る。王家の家紋が入った小刀と、大商会の手形を取り出した。


「わたくしの手には権威と財があります。父上に借りた兵士を、華美に飾り立て、王家の威光をかざしながらジェイドは故郷に凱旋しなさい」

「それは戦争でございます」

「違います。交渉に行くのです。武力と財力と権威を持ち、相手に対等だと認めさせなければ、交渉のテーブルに立つことも許されない」


 振り返ったリリアーナは、悪戯を思いついた少年のように笑った。


「わたくしにとっての自由は、ジェイドが故郷へ帰れる自由を手に入れることです。そのために手段は選びません。本当は帰りたいと思ったことくらい、あるでしょう?」


 図星を刺されたのか、ジェイドは降参したように両手を挙げた。


「参りました。一生従者でいたかったのは真実ですが、故郷に未練がないといえば嘘になります。兄が国を荒らすかもしれないというなら、なおさら。ただ……俺のせいで両国の関係にヒビを入れるのは……」


 リリアーナは一歩近づき、ジェイドの手を掴んで引き寄せた。


「ジェイドはついてきてくれないのですか?」

「リリアーナ様の仰せのままに、どこへでもお供いたします」


 手を取ったまま跪いて、手の甲にくちづける。


「誓いましょう。貴方の騎士として、必ず守り通します。どんな相手であっても」

「頼りにしています」



 夕日の中で誓った主従は、サウザンドへ向けて歩み出す。

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