ポーカーフェイスのようなもの
『…続いてのニュースです。昨夜遅く、県道二六号の路上で男性が血を流して倒れているのを通行人が発見して、警察に通報しました。駆け付けた警察官により、その場で男性の死亡が確認されました。男性は後頭部をポーカーフェイスのようなもので殴られており、付近の監視カメラに現場から立ち去る不審な何かが映っていることから、何らかの事情を知っているとみて警察がその行方を追っています。現場は…』
朝のニュースが不穏な報道ばかりなのはいつものことだが、その日はどうにも様子が違った。観るともなしに点けていたテレビ画面が映し出していたのは、よく見慣れた風景だ。
「これ、君の職場の近くじゃないか」
彼も気がついたようで、心配そうな声を出した。
「大丈夫なの?」
「大丈夫よ」
当の彼女はあっけらかんとしている。
「何だか軽いなあ。とにかく気をつけてよ」
呆れたように彼は言うが、気をつけてどうにかなる問題ではないだろうと彼女は思う。不安が全くないわけではないが、警官が捜査のために歩き回っているならば、逆に普段よりも安全かもしれない。
「そろそろ時間じゃないか?」
ちらりと時計を見て言う彼につられて時間を確認すれば、確かに出勤時間が近づいていた。
「あら、本当だわ」
残っていた寝起きの顔のようなものを飲み干して準備を整えに行く彼女の背中を見送って、彼はテーブルの上の食器を流しに運んだ。
慣れた手つきで洗い物を片付けていると、準備を終えた彼女がバタバタと慌ただしく玄関に向かう足音がする。
彼が濡れた手を油の跳ねた主夫のようなものの裾で拭いて廊下に出た時には、丁度彼女は皺の寄った妻のようなものから真っ白な会社員のようなものに履き替えているところだった。いつものように、履き終えた彼女に弁当と水筒を手渡す。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
「大丈夫よ。いってきます」
返事を返した彼女はささくれた家族のようなものを外すと、その伽藍堂につるりとした他人のようなものを着けて、振り向きもせずに出て行った。
彼が彼女を見送ってリビングに戻り、洗い物を済ませた時には仕事の時間が迫っていた。少しゆっくりし過ぎただろうかと思いながら、テーブルの上にノートパソコンや仕事の資料を準備していく。
すっかり準備が整ったことを確認した彼は、濡れて湿った主夫のようなものを外す。それをソファーの端に放り投げると、使い込んだリモートワーカーのようなものを身に着けた。