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大空洞の戦い

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大空洞の戦い



登場人物:


グラウリー:大柄な斧戦士

ラヴィ:女性鍛冶スミス

バニング:暗殺者

マチス:老練な短槍フェンサー使い

トッティ:若い鈍器メイサー使い

ボケボケマン:オークマスクの魔導師

エイジ:蒼の魔導師

トム:商人

ギマル:部族出身の斧戦士



 灰色の岩壁に巨大な口を開けるのは古より伝わる大空洞である。過去ここを一体何人の冒険者達が通って行っただろうか、ある者は財宝を手に入れて、ある者は傷を負い、ある者は帰らぬ人となって…。それでもこの地獄の門をくぐる冒険者達は後を絶たない。未だ誰も最上層まで辿り着いた者がいないとされる大迷宮への見果てぬ神秘、そして奥深くに眠るという宝具の故に。


 闇の中へと脚を踏み入れてゆくグラウリー達を、五十歩程離れた所でかがり火のほむらが照らす。絶える事のない火、導きの火だ。ポピュラーなダンジョンの入り口になら必ずと言っていいほど存在するこのかがり火は、ダンジョンを開拓していった先人が定着させた暗黙のマナーである。ここに脚を踏み入れる者は皆必ずこのかがり火に松明を投げ込んでゆく。先にダンジョンに入った者がいるという後続の冒険者達への合図、そしてこの火を一歩超えた所から彼等は真に恐るべきカオスの領域にいざなわれるのだ。


 酒場での情報通りバルティモナには相当数の戦士達が訪れているらしく、かがり火には大量の松明がくべられている。火はこうこうと燃え上がっていてグラウリー達が松明を投げ込む必要もなさそうだった。足場はごつごつとした岩肌で、注意しないと転んでしまいそうな部分が多々ある。入り口から風が長く続く緩やかな勾配の一本道を吹き込んでいき、ごぉごぉと音を立てる。それはまるで巨大な魔物の体内にとらわれてしまうような、そんな錯覚を一時感じさせるのだった。


「剣のぶつかり合う音が聞こえる…」

 トッティが上り坂の上を見ながらつぶやいた。

「のぼりきると今度はそこから下り坂があり、下層の最も広い場所に出る。行こうトッティ」

 マチスはトッティの背中を叩きながら言った。


 坂を上り詰めると人一人ずつ通れる程の穴があり、彼等はその場所から眼下に広間を見下ろす事ができたのだった。ラヴィが「うわぁ…」と思わず漏らさずにはいられない程の、壮観な眺めであった。


 広間の至る所で戦闘が繰り広げられていた。広間は巨大な円形の形状をしており、トッティ達が今現れた穴から坂下、円形の半分程までは多くの冒険者達が敵と切り結んだり、傷ついた仲間を後退させて後衛で薬草を施したりしている。円形の半分より向こうには灰色の羽と体を持ったハーピーの集団が奇怪な声をあげうごめきあっている。

 上から見るとよくわかるのだが、前線で切り結んでいるラインは時に冒険者サイドが押し、時にハーピーサイドが押していた。時折大きな羽を持つ亜人種のハーピーがその飛行能力を活かそうとして、空から冒険者達を攻撃しようと思っては冒険者の中の弓使い達によって射殺されてゆく。それ等の様はまるで戦であった。


「こんな入り口よりで激しい戦いが始まっているのか…異常発生ってのは本当だな。見ろ、あの穴から増援が出てくる…」

 ギマルが指差す先、広間の高い天井には無数の穴が空いている。冒険者達がハーピーを切り伏せていき有利になってきたかと思うと、穴という穴からわらわらと新手のハーピーが飛び降りてくる。それで戦局は結局元通りになってしまうのだ。中にはどさくさにまぎれて死体からハーピーの強靭な羽をむしりとり(最上級の矢羽の材料になる)、すぐさま後衛に戻るというせこい行動を取っている者もいた。それ等の者はそれほど労する事もなく目的を達する事ができたのだが、大半の冒険者達はそうはいかない。彼等の多くは下層より上の秘宝と名声を期待してこの大空洞に来たというのに、いつまで戦っても先に進めないという焦燥感があった。


 それにしても例えその兵力、戦力が同等であったとしても双方が決め手に欠けるというのは、残念ながらその人数を活かした戦略を立てるという指揮官が欠落していたのが理由であった。ハーピー達は元々その凶暴な本能だけで生きている怪物だったので言うに及ばぬが、冒険者達の場合は秘宝と名声という目的だけは一致しているといっても、その目的は基本的に自分ないし自分達だけの利益で考えているものである。ある意味共に戦っていてもいずれは出し抜かなければならぬライバルでもあり、それだけに冒険者達の戦術というのはパーティー内で行える範囲のものでしかなかった。


「すまない、そこを開けてくれるか」

 濃いひげを生やした中年の戦士が、仲間の鈍器使いに肩を貸しながら坂を上がってくる。どうやらハーピーとの戦いで鈍器使いが負傷したようだった。肩を借りる彼の左肩から右胸にかけて包帯が幾重にも巻かれている。肩口に傷があるらしく、左肩の部分は血でにじんでいた。

「しっかりな、酒場でちゃんと手当てしてやる」

 中年の戦士は鈍器使いにそう言いながら入り口の方へ坂を降りていった。


「……」

「俺達も行こう。前線にはギマル、バニング、マチスさん、トッティ、そして俺、後衛はエイジとボケボケマン、トム、ラヴィだ」

 グラウリーが言う。

「空中のハーピーは俺達にまかせとけ」

 エイジとボケボケマンはその魔法で遠距離のハーピーに対応する。メンバーの中では戦闘力の低いトムとラヴィは後衛待機やカンテラ持ち、負傷手当などが役目になるのだ。


「行くぞぉぉ」

 マチスがショートスピアを片手に坂を降りていく。他の者も続いて行った。

 一時的な負傷手当などをしている冒険者ラインの後衛を超えると前線になる。ここでは冒険者とハーピーが入り乱れた乱戦が展開されている。


「ハーピーの勢いが手薄になってきたら深部に潜入していく。どこからか中層に通じる穴がある筈だ」

 と、マチスは広間入り口とは反対側の岩壁に所々見える通路を指差した。

「ハーピーの勢い…止まるのかこれ?」

トッティが情けない声を出す。


「さあ…ハーピーの機嫌次第だろう。トッティ、ここからは気をしっかり締めていけよ」

 ギマルが巨大な双刃バトルアクスの斧を構えた。

「わ、わかってらー」

 乱戦の間を縫い、彼等も前線に立つ。グラウリーの幅広ラージアクスの斧が異様な唸りを上げて眼前のハーピーに振り下ろされると、どうっと倒れて一瞬でハーピーは事切れた。

 ハーピーは強力な新手が現れた事を知り、次々と群がってくる。

 ここにもまた、一つの血戦が展開された。


挿絵(By みてみん)


                             *


 何匹のハーピーを切り伏せたか、途中で数えるのをやめてしまった。それ程に戦い続けている。

 ハーピーの攻撃は猛烈なものだったが、前線の戦士達が死力を尽くして戦っているお陰で後衛のメンバー達は傷らしい傷もない。前線もわずかに切り傷を作ったのみである。

 しかし倒しても倒しても沸いてくる有翼の亜人種ハーピーには、いささか閉口してしまった。ゴールの見えない戦い程精神力を使うものはない。一向に戦局の変化しない戦いに彼等もまた先行の冒険者達と同じ様な焦燥感を抱きつつあったが、それもどうやらとうとう変化の兆しが見えてきたようであった。

 穴から出てくるハーピーの数が目に見えて減ってきたのだ。

 その為徐々に徐々にではあったが、冒険者達の戦闘ラインは押し上げられてきている。もう少しふんばれば下層深部へと続く通路へ突っ切っていく事も可能だと思われた。


「――しかし…少し変だな」

「ああ、お前もそう感じるか?俺もだ…」

 後衛のボケボケマンとエイジが小声で呟く。

「突然眼に見えてハーピーの沸きが減った。少し…不自然な――」

 エイジがぐるっと広間の高い天井を見渡す。ハーピー側の深部に通じる通路の上に無数に空いている穴(先程まではここからハーピーの増援が来ていた)、自分達の頭の上にある穴…そして――。


 あっ、と思った時それは実際に起こった。

 広間の入り口の通路の上にも無数の穴がある。

 エイジのその蒼い眼の瞳孔が小さくなってゆくのを自分でもはっきりと感じた。

 ハーピーの大群が、その穴という穴より飛び降りて来たのだ。

 広間での戦いが始まってから常に、戦場はほぼ円形の中心線によって冒険者サイドとハーピーサイドという図式ができあがっていた。深部側の穴からはハーピーの増援、入り口側の通路からは冒険者達の増援。こうした先入観がいつの間にかここでは常識となっていた。ある意味中心の前線ラインより後退していれば、油断さえしなければ致命傷を受ける程ではないという気概さえあったのだった。


 誰もが一つの可能性として考えなくてはならなかったのに、誰もが考えられなかった可能性!戦場に生まれた慣れという名の、一種の油断であった。

「馬鹿な…!ハーピーにそんな知能が…」

 信じられないものを見たといった顔つきでトムがかすれた声を出す。

「馬鹿なも何も実際にハーピーは出てきとるやんか!か、囲まれるでぇ…」

 既に後方の冒険者達は背後から現れたハーピーに襲い掛かられている。誰かのあげる悲鳴とも驚きの声ともつかぬ叫び声が、瞬く間に彼等を襲い伝染していく。軽い恐慌状態が訪れた。


「どうする、戻るか!?」

「馬鹿言え…今入り口に行ったら死にに行くようなものだ…」

 隣のパーティーが絶望的な会話をする。彼等は前と後を挟まれているのだ。

 挟撃は守る方が当然分が悪い。中央に挟まれた戦士達に対して、あらゆる角度から攻撃できるハーピーは有利だ。

 自然冒険者達は円陣を取らざるを得なくなる。


「ボケボケマン、エイジ」

 グラウリーが斧を振るいながら仲間の魔導師に声をかける。

「何だ?」

「守りに徹していてはジリ貧だ。いずれ円陣も崩される」

「…一角を破り突破か」

 ボケボケマンがグラウリーの考えを察した。

「なるほどなグラウリー。そんで入り口の方へ?もしかして奥か?」

「奥だ。どちらにせよ増援が引っ切り無しに現れ始めている入り口側に抜ける事は今は不可能だ。手薄な深部側の通路に突っ切る」


「そりゃ――賭けだぜ…グラウリー!」

「ああ、そうだ」

 グラウリーは淡々と言う。エイジは頬に流れる汗を拭うと不敵に笑った。

「へっ、言うね。俺はどんな賭けだって負けた事がないさ…ボケ、火の壁で…」

 ボケボケマンが顎を引く。エイジの考えを察したようだった。

「ああ、俺達が火の壁の魔法で道を作る。全員それを抜けて深部側の通路に入れ!」

「わかった!」

「オッケー!」

 ボケボケマンが指示を出し皆が了承する。彼とエイジは詠唱を始めた。前衛達は彼等の魔法詠唱を守る為に必至で戦わなければならぬ。決してハーピーを近づけさせないという気迫に満ちていた。


「行くぞっどけっ!」

 エイジとボケボケマンが力強い声で火の壁の魔法を唱える。彼等の手から火球が放たれそれが地面に接触すると、凄まじい勢いで一直線に炎の柱が連続で吹き上げ壁となる。二人の二枚の壁と壁の間に一つの通路への道が開けた。

 火柱の噴出地点にいたハーピーは燃え落ち、他のハーピーは火を恐れて空中に逃げるか四散した。


「走れ―――っ!」

 グラウリー達は一丸となって全力で通路に向かって駆ける。さながらその素早さは一本の槍のごときであった。


                             *


 当然というべきか仕方がないと言うべきか、ボケボケマン達が作った火の壁による通路を通って来たのは彼等だけではなかった。一部の、いや多くの冒険者達がグラウリー達の後を追って通路に入っていったのだった。それはしかし、あの入り口側からの奇襲にさらされた者達にとっては当然の思考であったかもしれない。


 ハーピーは主力をどこからか経由させて広間入り口上の穴から突っ込ませたようだった。通路以降のハーピーの数は明らかに奇襲の増援部隊よりは少ない。しかしそれは逆に初めに入り口を塞いでおき逃げられないようにしてから、大空洞内部で冒険者達を全滅させる作戦であったのかもしれない。通路に入るとそこから大空洞は更に複雑な迷路となる。一緒の方向に走っていた一つのパーティーとはぐれ、またもう一つのパーティーとはぐれる。最も後陣を走っていた者の中には執拗に襲い来るハーピーの凶刃に倒れる者も少なくはなかった。


 いつしかグラウリー達の周りにも別のパーティーの姿は見えぬ。

 走り詰めたお陰でパーティーの誰もが汗をだらだらと流し、荒い息をついている。彼等がその脚をようやく止めたのは、見た事もない通路だった。通路の左手に地下水の湧いている泉があり、そのせいか辺りは少しひんやりとした空気が漂っている。とりあえずハーピーは近くにいないようだったので彼等はそこに一時腰を降ろす事にした。


「走りながら乱雑に書いたマップだから…正しくないかもしれない…」

 トムが小さなメモ帳を見ながら呟いた。

「マッピングしていたのか」ギマルがメモ帳を覗く。

「ええ、一応。帰り道がわからないと困るからね…あってるかどうかはよくわからないのだけど」

「そうか」


「ああ…ここの水は美味いよ!」

「本当!冷たくて美味しいわぁ」

 喉を渇かしたトッティとラヴィが我慢できず泉の水を飲んだ。皆もそれに習って泉の水を飲むと、水はひんやりと冷え切っていて疲れた体の隅々まで染み込んでいくようだった。


「――泉の底が…蒼く光る…」

 泉に頭を突っ込んで水を飲んでいたトッティが、気付いたように泉の底を眺める。黒く底の見えぬ水底だが、確かにうっすらと蒼く光るものが点々と見えていた。

「バルティモナ山か…ひょっとするといい鉱石が取れるのかもしれんね…」

 ラヴィがその光の発する石を鍛冶師らしい眼でじっくりと眺めた。

「これから――どうする?」

 誰とはなしにそんな疑問が現れた。


「……」

「今は入り口には戻れない…上を――中層、上層を目指していくしかないだろう」

 グラウリーが言った。

「はぁ…うちまだ死にたくないわぁ…」

「俺も…」

「マチスさん、昔バルティモナに来た事があるって言ってたよな。その時はここいら辺までは来る事ができたのか?」

「いや…俺がバルティモナに行ったのはまだトッティくらいの若さの時だった。とてもじゃないけどこんな奥までは来れなかったよ。お前は?グラウリー」

「…俺も…ここまでは来れなかった…他の皆もそうみたいだな。ここから先は未知の領域ってわけだ」


「なあなあ、中層に行けたとして、下層のハーピーなんかよりずっとおっそろしい怪物がいるんじゃないの?」

 前衛の中では若いトッティが最も疲れているようだった。彼はその若さの爆発的なエネルギーで鈍器メイスを使った高い攻撃力を持っていたが、若すぎるが故に力をセーブする事を知らない。彼に比べるとマチスやグラウリーと言った経験豊富な戦士達は戦いの中と言っても力の抜き加減を知っているものだ。その為結果的には彼等の方が長時間の戦闘をする事ができるのである。


「まあ確かになー」

 エイジが人一人寝そべるのに丁度いい大きさの平らな岩にだらしなく横になりながら言った。


「そういうパターンも多い。だけどなトッティ、由緒あるダンジョンっていうのは必ずと言っていい程抜け道っつうか秘密の通り道というのも存在してるモンなのよ。だからここまで来たら帰って危険な入り口に戻ろうとするよりも、それを見つけた方が早い場合も、ある」

「場合もある、ってだけで――ないかもしれないじゃん!」トッティは憤慨した様子で抗議する。

「まあね、そりゃ――運だよ運、トッティ君。運がよければ、すぐに見つかるさ」

 エイジはあくまでひょうひょうとしている。トッティはその態度に当てられてしまって逆に苛立ちが萎えてしまった。


「ちぇっ、エイジはいつものん気だよね」

「くっく、こいつはいつもそうだからな」ボケボケマンが笑いながらトッティに同調する。

「バ――カ!俺達はくぐった修羅場が違ぇーの。魔法の里で何回も死にそうになってるからな」

「はいはい、そうなんですかー」

「あってめーいつも俺を馬鹿にしてねーか?」

「うわっぎゃあ、いてて、いて、いてーよ!」

「このコンビは馬鹿やねーほんま」

「あっはっは。そりゃいい」

 にわかにパーティーが笑いに包まれる。ラヴィもさっきまでの恐怖はひとまず引っ込んでしまった。お腹を抱えて笑っていたが、ふと遠くに一人で座っているバニングに眼がいった。


 笑っていない――。


 下を向いたまま静かにうつむいているバニングはまるで笑いという感情を失ってしまった人形のようだ。その無感情な顔に何か得体の知れぬ影を見て、ラヴィは不安げな眼をするのだった。


                             *


「イィヤァア―――アア――ア――ッ!」

 静寂の支配する通路が、金切り声によって突然に引き裂かれる。何事だ!と、戦士達はかたわらに立てかけておいた得物を素早く引き寄せた。


「ア――アァ――ァ――ッ!!」

 その悲鳴は第一声よりも恐怖に満ち、そして悲しく。

「女の声…?いや…少し違う…」

 ギマルがいぶかしげな眼をして耳を澄ます。声は段々とこちらに近づいてくるようだった。悲鳴に加わってやがてげぎょっ、げぎょっという声が聞こえる。これは彼等にとって決して忘れる事ができない、ついさっきまで戦いを繰り広げていたハーピーの鳴き声である。


「誰かがハーピーに追われているのか…」

 彼等は顔を見合わせる。

「とにかく様子を見に行こうぜ」

 エイジはそう言うと、そろそろと声の方向へ忍び寄っていく。グラウリー達戦士もそれに加わり、後に残されては(特に得体の知れない悲鳴を聞いた後で)心もとないのでラヴィ達も付いてゆく。

 結局全員がそちらの方向へ様子を見に行ったのだ。


「…見ろ!」

 曲がり角の死角になっている場所からエイジがちろりと様子を伺い、小声で言った。

「…ハーピー同士で…争ってる…?」

 そこには、はたしてトッティの言った通りの光景が展開されていた。

 五匹のハーピーがいるのだが、そのうち大柄で羽、体ともに灰色をした四匹が、それに比べるとやや小柄で、鳥の格好をしている腰から下と羽は茶色、人間の格好をしている上半身の肌の色はトッティ達人間の肌の色と全く変わらない一匹のハーピーを襲っているのだ。


「種類の違うハーピーがいるみたいだな。種族間で対立しているのか…」

 ボケボケマンが言った。

 茶色のハーピーは必至に逃げ惑うが、退路を灰色のハーピーらにふさがれて包囲を脱する事ができない。やがて灰色のハーピーの鋭い爪が、茶色のハーピーの肩を引き裂いた。


「ア―アァ―ッ」茶色いハーピーは悲しげな声をあげた。

「なんか可哀相やね…助けた方がいいんちゃう…?」

 見かねたラヴィが腰の刀に手をかける。

「だってあれ、どっちもハーピーだよ?」

「でもウチ、灰色のハーピーは見るからに怪物って感じで嫌なんやけど、あの茶色のハーピーは結構うちら人間に似とるやん?何となく見るに耐えんわ」


 確かにラヴィの言う事は正しかった。灰色と茶色の種のハーピーは、上半身が人間の姿、下半身とその羽が鳥類という姿をしているが、広間でも戦った灰色の種は、人間と同じ構造になっている上半身までもがほこりをなすりつけたように灰色に染まっている。顔の形相、特に眼などは大きく見開かれた白濁した眼球が恐ろしげだった。茶色の種は顔かたちなども人間のそれに近しく、その点ラヴィ以外の冒険者達も先程ラヴィがもらしたような感想を少なからず抱かぬではなかったのだ。


「待て。まさか本当に助けにいくつもりなんじゃないだろうな。ここはダンジョンの中なんだぞ、自分の命さえ危うい奴が、よりによってハーピーを助けるなどと言うのか」

 今にも飛び出さんばかりのラヴィの肩を掴んだのはバニングだった。だがラヴィはきっとなってその手を振りほどくと、「嫌ならアンタはこないでええよ」と、刀を抜き放ち曲がり角を飛び出して行ってしまった。


「お、おらおらーっ!ウチが相手したるわ!」

 大声で茶色のハーピーを囲む灰色種の前に立ちはだかる。

 新たな敵が現れたのを察知し、灰色種四匹のうち二匹は茶色いハーピーを逃げないようにしっかりと捕まえる。残る二匹は臨戦態勢を取り、獰猛な唸り声をあげてラヴィに襲い掛かった。

 左右から襲い来るハーピーの左方に照準をつけ、初めにその攻撃を左にかわすと抜けざまに脇腹を払った。どす黒い血が洩れ、ハーピーが奇声をあげる。その頃になるとラヴィに加勢するグラウリー達も追いつき、右のハーピーはギマルの振り下ろす斧に絶命し、敵の加勢の数が多い事を知った後衛の灰色種のうち一匹がマチスに襲い掛かった。が、鋭い短槍ショートスピアの連続突きに深手を負うと、横からトッティの鈍器メイスの一撃がとどめに顔を潰す。


 初めにラヴィと切り結んでいたハーピーはその鋭い爪でラヴィと何合か打ち合ったが、肩口から心臓まで引き裂こうとする必殺の引っかき攻撃をかわされると、体勢を崩した所を刀で首を飛ばされた。

 茶色のハーピーを捕まえていた灰色種は同朋が葬られるのを見ると、適わじと茶色種を放して逃げ出そうと飛んだ。すると遠くから緑色に発光する光の矢が放たれ、そのハーピーを仕留めた。ボケボケマンの放った魔法のマジックアローであった。


 茶色種のハーピーは人間の姿で言うならば、まだ十二、三歳の子供と言っていい程の幼い顔立ちをしていた。彼を襲っていた灰色種が全滅したのに逃げ出そうともせず、その場に留まっていたのは恐怖の故であったかもしれなかった。ラヴィがゆっくりとそのハーピーに近づくと、がくがくと肩や脚が震えているのが見てとれた。

(このコからすると、ウチらの事も彼を襲う外敵としか思えない、か)

 肩口の傷を押さえ脅えているハーピーを見て、ラヴィは通じるとは思えなかったが人間の言葉で話かけてみる事にした。


「えっと、ウチらはアンタを襲ったりは――しないから」

 刀を鞘に収め、何も隠し立てしていないと言う風に手の平を見せる。そのままハーピーに近づいてゆき――その間ハーピーは動かない――「傷口、大丈夫?見せて」と、自分の肩を指しトントンとゼスチュアーしてみせた。


 近くで見るとますます人間にそっくりだ。かわいい顔立ちをしていて、とても好戦的な灰色種と同じハーピーだとは思えなかった。

 ラヴィの敵意がないという雰囲気を察したのか、手を放し傷を見せると、ラヴィが鞄から取り出した包帯を巻くのにまかせた。


「…人間の言葉…すこシ…わかル…」

「お。ああ、なんや、言葉通じるんやね!」

「…何で人間…が、ハーピー…たすけル?」

 ハーピーがあどけない顔をして不思議そうに聞くと、包帯を巻きながらラヴィは照れた。

「何でって…んー、大勢のあの灰色のハーピーに囲まれてて、なんとなく助けなきゃって、思ったんよ…ただ…そんだけで…ウチはたまに、よく考えんと体が先に動く時があるから…馬鹿なんやね、あはは…」


「…我等…の種族…は、受けタ恩を…決しテ忘れナイ」

 そう言うと茶色種のハーピーは、意外な誘いをもちかけたのだった。


                             *


ハーピーの言葉とはこういうものであった。

彼等茶色のハーピーは灰色のハーピーとは種族が違い、敵対している。茶色種は普段はバルティモナ下層の奥深くに静かに暮らしているのだが、好奇心の強い襲われていたハーピー(メェという名だそうだ)は、近頃異常発生しているという噂の灰色種(彼等はストーンハーピー族と呼ぶらしい)が大空洞の入り口近くで冒険者達と死闘を繰り広げているのだと聞き、種族の掟を破って少しばかり覗きに行ってみたくなったのだと言う。しかし案の定そこに辿り着くまでにストーン族の小隊に出くわしてしまい、襲われてしまったのだそうだ。

 彼は礼がしたいので彼等の種族の村へ歓迎すると言った。これにはラヴィを初めとしてパーティーは面食らった。


「ハーピーの村ぁ?そんな所行って大丈夫なのぉ?」

「そんな所に歓迎されるのって…中々ないんだろうなあ」

「で、どうする?行くの?行かないの?」

「う―――ん…」

 話し合った結果結局行く事になった。ハーピーの村に行けば中層への情報も入るかもしれないし、トムが地図を書いていたとはいえ今ひとつ現在地があやふやだったからである。彼等はメェに案内されてバルティモナを更に奥まで入ってゆく。途中灰色種とも遭遇したが、隠れてうまくやりすごしたりしながらついにメェの村まで辿り着いたのだった。


 村はあの広間と同じ様な、広い空間にあった。外の洞窟に通じる場所には全て木で作られた門があり、警備のハーピーがニ、三匹いるのである。最初門番達は人間が村に現れた事に驚いたが、メェが説明をしてくれた。というわけで彼等は茶色種のハーピーの村に入った。

 奥行き、天井共に広い大空間に木と岩で作った奇妙な形の家が立ち並ぶ。灰色種のハーピーは獰猛で凶悪な性格を持っているだけで知能や文化を殆ど持たない。だがこの茶色種のハーピーにはいくらかの文化があるようだった。


 メェは肩の傷の手当てをしに医者の所まで連れてゆかれた。その間一行は茶色種の長に招かれ謁見をする事になった。どうやらメェが言った、「彼等の種族は受けた恩を決して忘れない」

という言葉は本当であるらしかった。

 案内役の老いたハーピーに先導されて長老の家におもむく。周囲の家々から珍しさと軽い恐怖を同居させた眼でハーピー達が一行を眺めた。


 空洞の奥に他の家よりも一際大きな建物がある。それが長老宅だ。

 扉を開けると広い部屋になっていて、その真中に石の椅子にもたれた老いたハーピーがいる。顔や体は年齢を重ねているのが一目でわかるほど力なくしわが刻まれている。しかしその背中から地面に触れるくらいまでに垂れている羽は、その体とは裏腹に何故か力強い生命力を感じるのだった。


 羽が虹色に輝いて見える――。

初め錯覚だと思ったグラウリーだが、そうではなかった。


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