若き鈍器使いの憂鬱 2
「グラウリーに……誕生日、プ、プレゼント?」
トッティはすんでのところでカップを持ち直すと言った。
ベルは目線を端に外すと頬を赤くして、う、うん。と小さく呟く。
「と、特に変な意味はないの!あの時ね、皆――ティルナノーグの皆にとても助けられて、お父様を助けることができた!皆に、トッティにもとても感謝しているわ!――ただ、グラウリーにはその、特に助けてもらったり、力付けてくれたから――」
「そ、そうなんだ……確か、グラウリーの誕生日って……」
グラウリーは竜の月、水鏡の日が誕生日だ。今から約二ヶ月後になる。
「あのね……何か……感謝の気持ちを――プレゼントで現したくて」
ベルは自身の指元ばかりに目を落としながら、やっとそう言った。
「……でも私、男の人に何かを贈ったことなんて――ないし、グラウリーが何を喜ぶかなんて、わからないの。だから、トッティに相談した……くって」
そういうことか。トッティは紅茶を口に含むと、極めて小さく溜息を吐いた。
ルキフルを倒した後、依頼を完遂してベルクフリートに戻り傷の療養をしている時にベルから手紙が届いた。依頼の礼や相談があることを手紙にて聞き、今日ベルが叔父リドルトの商談に付き添う形でベルクフリートを訪れる事を伝えられた。相談の内容は手紙では伏せられていたから、それを待つ間トッティは色々と想像をしてしまい、悶々としていたのだ。
ルキフルの地下迷宮で戦った時、最後までベルと共に最深部まで行き実際にルキフルと戦ったのもグラウリーなのだ。ベルの思い入れが大きかったとしても不思議はない。
それにしても今のベルの胸中にいるのはグラウリーか――。トッティは再び心の中で深い溜息を吐く。
グラウリーの長年培った斧戦闘術、隊長としての指揮や戦闘での洞察力、そして一度深い絶望から這い上がって戻ってきたという男としての度量と経験の深さ。それはトッティ自身が、今はまだ、己と比べるとグラウリーはまだまだ遠すぎる。そう感じていた。
とはいえ――である。
この時のベル・ブルジァの気持ち――。
それは、神の視点で見れば、一人の男に対する恋心、とは厳密には言えなかった。ベルくらいの歳であれば誰にでもある、身近な歳上の男性への憧れとの錯覚。それが、先の冒険を乗り越えるまではいつも人恋しさを秘めていたこの金髪の少女には多分にあった。
まるで産まれたばかりのひよこが初めて見たものを親鳥と思い込むような――だが、ベルはかつて自分を初めて対等に見てくれ、助けてくれたグラウリーに心から感謝の念を持っていたし、恋心と錯覚することとはまた別に、健気に、本当にグラウリーが喜ぶものを贈りたいと願っていた。
トッティはしかし、彼もまたベルと同様に若いみぎりであったから、そのような少女の繊細な心情を読み解くことができぬ。久方ぶりに出会ったベルが以前と少し違ったように見えたこともあり、漠然とした落胆が彼の胸を痛めていた。
そうして二者とも、それぞれ胸中の思惑はあれど各々の悩みに胸を鬱屈させ、相手と話しながら自問自答をするような時間が一時流れた――。
――だが、その均衡を破ったのはトッティからだった。
「……そっかぁ、グラウリーが喜ぶような物、一緒に考えるよ。なんだろなぁ」
「うん!ありがとうトッティ!」
ベルが嬉しそうに身を乗り出した。顔が近くなる。
再び胸の鼓動。愛くるしく、美しいと言える顔立ち。確かに――今確信をした。ベルは徐々に、少女から大人の女性へと近づいているのだ。
そのように自身の胸を悩ませ憂鬱にさせたりするこの令嬢はトッティの心情など知らぬだろうし、大体にして自分ではない想いびとの相談をされているのだ。辛いことでもあったが、だがそれでもトッティはベルを喜ばせてあげたいと考えた。ブルジァ邸での最後の別れ、あの時に見せたような満開の笑顔をいつでもベルにはして欲しいと思った。
トッティには身近な者に笑顔でいて欲しい、大切な者を喜ばせたいとか、そう考えるようなところがあった。一人で自分と弟を育て上げてくれた母親や、歳下の弟がいるという家庭環境が影響していた。
「斧とか、どうかしら?叔父さんに聞いたら名工の斧とか手に入るかもしれないわ」
「うーん、斧ってつまり、新しい武器ってことか――中々難しいんだよ。戦士は皆それぞれ手に馴染んだ武器とか、あるからねぇ。それに確かいつかグラウリーが言ってたよ。あのグラウリーの斧って、昔の仲間が皆で贈ってくれたものなんだって。それをずっと使い続けてるって、そう言ってたから……」
「そう――か、それならダメよねえ……あ、斧といえばさ、私最近斧の練習をしているの!」
突然のベルの話に、え?と少し変な声を出してしまう。
「お父様にお願いしてね、手斧を買ってもらったの。それを毎日五十回、素振りしているの!」
「ふ、ふ――ん……」
「いつかティルナノーグに入る時にね、私、グラウリーみたいな斧戦士になりたいの!ほら見て、少し力もついたのよ!」
と、ベルは袖を捲って見せる。筋肉がほんの少しついたような、前と変わらぬような――トッティが曖昧な返事をしたのは言うまでもない。
「あ、あんまり筋肉つけすぎない方がいいんじゃないかなあ?それにホラ、ボケボケマンが言ってたよ。ベルは魔導の素養があるだろうって」
なんとなく筋肉を纏い逞しいベルを見たくないと、トッティは思った。だがボケボケマンの言った事も事実であった。
「アラ、そう?私にボケボケマンのような魔導の素質が?私、魔導師の方が向いてるって事?」
古来よりの闇の巫師の力を受け継ぐベルである。それは大いにありそうな事だと思う。
「ボケボケマン、こうも言っていたよ。もしいつか魔導を目指す気になったら自分を尋ねろって。あの人が言うくらいだから本当に魔導の才能があるのかも」
「へぇ……そうなんだ。私がボケボケマンに師事して、魔導か……そう言えばグラウリーも素敵だけど、ボケボケマンも中々素敵よね?トッティ、そう思わない?」
トッティは肩が滑りそうになったがこらえる。
「うん、それは思う!奇怪なマスクをかぶってはいるけどなんか格好いいんだよねぇ、佇まいとか雰囲気とかさ」
「そうそう!なんか渋いのよねぇ。一度ね、マスク取って素顔を見せて、ってお願いしたの。絶対駄目って言われちゃったんだけども」
「うえ!そんな事言ったの……お嬢様だねさすが……」
「若さ故の過ちよ!でもきっとボケボケマンもマスク取ったらかなり素敵な顔立ちだわ。口元だけでなんとなくわかるの!」
ボケボケマンの素顔はトッティも実は大いに気になるところであった。そして整った容姿をしているのではないかとは、彼も想像していたのだ。
「やっぱり男は見た目もそうだけど渋さもないとねえ」
グラウリーやギマル、バニングやボケボケマンなど、いつか自分もそうなりたい、トッティにとっても憧れの存在でもある彼等だったので、話の流れでそう継いでしまった。
だが途端に今の自分に渋みなど微塵もない事を思い、再び落胆。何だか段々ヤケクソにもなってきた。
「そこ行くとエイジはさ、そりゃ――魔法は凄いけど、アイツ、渋さとかないから!零だから!酒癖悪いし!」
「アラ、エイジ酒癖悪いのね?でも確かにエイジは渋さは感じないわねぇ!」
余計な事をまた話してしまったが、なんとなくベルがエイジを褒めるのは嫌だった。
「でしょ!?だからエイジは、エイジだけは――」
「「絶対にない!!」」
二人は同時に指を突き出しながら、そう言った。
ベルも、トッティも途端に大笑いしてしまった。笑いすぎて涙が出て、横隔膜が痙攣して苦しい。周囲の客や給仕の者が不審がるのが恥ずかしかった。
ああ、苦しい。けれども、ベルと話していると素になれて楽しいと思う。
そして、ベルはあの時言った事。ブルジァ邸での別れの時、自分もティルナノーグに入りたいと言い放った。
ベルは新しい暮らしを受け入れつつも、まだ同じ事を考えていてくれたのだと――まだまだそれは、何年も先の話である。その中でいつかベルが考えを変え、やはり普通に暮らしたいと考えるかも知れない。だが、今変わらずティルナノーグの事を思い続けてくれるだけで、トッティは嬉しかった。胸が暖かくなるのを感じたのだった。
*
それからも二人であれやこれや、検討を重ねてみたがこれといった決定打が浮かばず、たまに先の旅路での思い出話なども積もり、気付くと店を出たのは夕刻前だった。
「ああ――どうしましょう、全然決まらないわ」
「人への贈り物って難しいよねえ」
店を出て街の店を見て回れば妙案も浮かぶのではとファンジミーナ通りの店々を覗いてはみるが、若者の流行の品が壮年のグラウリーに合うイメージが湧くはずもなく――気付けばファンジミーナ通りの終わりまで歩いてきてしまった。
「あ、そうだ!いい事思いついた!」
トッティがベルを振り返って口端を上げた。着いてきて!と少女を連れて行ったのはファンジミーナ通りから三本ほど並行した通り。
その通りには若者の流行の通りとは打って変わって、初老や年配の街人が往来している。
「こんなところに来てどうしたの?」
「へっへっへ、いいものがあるんだよ」
見るもの全てが慣れぬ、という足取りで歩いていたファンジミーナ通りとは違って、慣れた足取りでトッティはある場所を目指す。
そこは小さな花屋だった。脇に小さな温室がしつらえられていて、観葉植物や大きな花などが所狭しと並べられている。軒下をほうきで履いていた初老の男性店主はトッティと顔見知りだったらしく、顔を見ると声を掛けてきた。
「おやトッティ、今日は彼女連れかい?」
痩せて眼鏡をかけた店主は人当たりが良さそうだがニヤニヤとしている。「ち、違う!」と戦士と少女が同時に否定をする。
「……まあおじさんの冗談はともかく、花ってのは定番だしよくない?」
色とりどりの花や植物に眼をキョロキョロとさせるベルを見やりながらトッティが言った。
「そうねえ!花は貰ったら誰でも嬉しいものね!いいアイディアかもしれないわ!」ベルは花屋に来るのが初めてなのか、大ぶりの花に顔を近づけて匂いを嗅いでみたり、珍しげな南方の植物を注意深く観察している。
「ふふ、トッティあなたよくここに来ているんでしょう?ファンジミーナ通りでは拾ってきた仔犬みたいだったのに、ここではニヤニヤしているもの」
確かにそうなのだが、花屋へ来た事をこの令嬢が嬉しそうにしているのも理由の一つだったとは言えず。
「こ、仔犬って……」
「トッティは相変わらず爺臭いとこがあるわよね!あはは」
「な、何を言うか――!」ついベルにはムキになってしまう時がある。花屋の店主がずっと二人のやりとりを楽しそうに眺めていた。
「花もいいけど、小さめの鉢植えの観葉植物も可愛いわ。こういうのもプレゼントにはいいかしら――でもグラウリーは依頼で旅に出る事も多いから、水やりがなあ。やっぱり花……かしら?でもこの小さな鉢植え、可愛いのよね。ねぇトッティ、こういうの、私でも育てられるかしら――?」
少女は小さな陶器に植えられた観葉植物が、グラウリーへのプレゼントとは別に、気になってしまっているようであった。
「お嬢様、そういうの好きなんだ?」
「そうねぇ!これなんかはどうかしら?」ベルは下側に緑の葉がついた上側に鮮やかな紅い葉がついた観葉植物を指差した。紅が好きなのだ。
「ポインセチアは割と耐寒性がなく初級者には難しいから正直最初の植物としてはお勧めできない。水やりの頻度も多くしすぎると葉が赤くならなかったり枯れてしまうので大体の人が育てようとして残念な思いをする事が多い。そこへ行くとパキラなどは乾燥、寒さ、日陰にも強く丈夫でどんな環境にも対応しやすいので初級者にはお勧め。またガジュマルなども耐陰性がありレースカーテン越しの室内などでも育てる事ができて肥料も別になくてもいいので育てやすい――」
トッティが突然早口で捲し立てるのでベルは口を開けて一瞬固まってしまった。ハッとなって我に帰る。しまった、やってしまった。
鈍器使いを後悔が襲う。つい自分が好きなものについて聞かれたので洪水のように説明してしまった。
「あ、アハハ、やっぱり難しいわよね……私花とか観葉植物なんて育てた事、ないもの」ベルは後ろ手に苦笑してしまった。
「そんなこと――ないよ!」
気付けばトッティは小さな紅い陶器の入れ物に入った、幹から太い根がでている小ぶりの植物を手に取り、店主に買い求めていた。紙袋に入れてもらい、令嬢に手渡す。
「やってみたら、いいと思うよ。この植物は結構強いから室内に置けるし、ちょっとやそっとでは枯れないし、春頃には小さな実もつけることもあるから」
ベルはそれを受け取り、キョトンとした顔で見ると――
「――ウン、ありがとう!私の部屋に置いてみるわ。やってみる!」
そう言って嬉しそうに笑った。実は人から物を贈ってもらったのは初めてだったのだ。
それから二人は店主に春頃出てくる花の種類や特徴などを聞いた。グラウリーの誕生日の頃、またそれらの花を買いに来ればいい。
*
二人は花屋で充実した時を過ごすと、再び通りに出た。
時刻は夕刻になっていた。
「ああ、楽しかったわ!どの花や植物も素敵で!」
ベルは幸せそうな顔でちょくちょく紙袋の中を覗く。トッティに貰ったものが、というか、人から物を贈られた事が彼女の口元を綻ばせていたのだ。
トッティもまた、まるで兄妹のように話ができるこの娘を優しく眺めていた。
「もうそろそろ夕食も考えなくてはね――トッティ、アップルパイも鉢植えもお金出して貰って悪かったわ。夜はどこかレストランでも行きましょうよ。私が今度は出すわ」
確かに驚く程のエネルギーを消費する若い二人である。先ほど食べた小さなアップルパイだけではとうにお腹が空いてきていた。
「あ――いいなあ。レストラン行きたいね。ただ、そのう――家で、母さんがきっと夕食作り始めているから――」
戦士は残念すぎる気持ちで搾り出すようにそう言った。本音を言えばベルと食事に行きたいのだ――なら、母親の食事は置いておいて、レストランへ。いや、駄目だ。夕食までに帰らなくては折角準備をしてくれた母親を悲しませてしまう。
「あら――、そう……よね。そっか、なら仕方ないよね」
そう言うベルの横顔が、寂しそうに見えた。胸が少しだけ締め付けられるような想いがして――トッティは思わず口走っていた。
「……お、お嬢様も――よかったら――ウチの母さんの料理……食べ……る?」
言ってしまってから、はたと後悔。
どうしてそんな事を言ってしまったのだろう!
恐る恐る――横を見やると――。
ベルは固まった様にこちらを見ていた……。
トッティは、時を十秒巻き戻す魔法が使えたらいいのにと思った。
続く。




