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若き鈍器使いの憂鬱

『ブルジァ家の秘密』 外伝


若き鈍器使いの憂鬱




 新年を迎えたのももう大分前のこと。街路樹の葉が落ち切った寒々しい石畳の街並みをコート姿の城民がせわしなく行き来する。

 あけの街とも呼ばれる、この時代最も隆盛を誇るベルクフリートの人々の憩いの場、扇形のダンティノ広場に鎮座する伝説の勇者ゼルカ=チラスの銅像の台座の元に少年?青年は佇んでいた。


 背格好は普通程度、やや蒼みがかった黒い短髪の青年もまたコート姿であった。身長はそれほど高いとは言えぬが、注意深い者が見れば、厚手のコートとセーターの肩周りや背中周りに隠された筋肉の隆起に気がついたであろう。男は戦士――鈍器メイサー使いであった――トッティである。


 普段は歳の割に落ち着いたというか、どこか枯れた、爺くさいとも言われる処もある彼だったが、今日は違った。

 往来を行き来する人々の顔を小動物のように敏感に眺めては溜息を吐く。誰かを待っているようだった。



「おっ!トッティちゃーんじゃないの~!!」


 呼ばれて鈍器使いは目を見開いた。

そこには蒼い魔導の三角帽子を被った魔導師メイジ、エイジがいたのだ。寒さ対策の濃紺のローブも似合っている、この凄腕の伊達男はだが、顔が紅い。口元もだらしなく笑っていて、寄ってきて肩を組まれると息が酒臭かった。


「な……エ、エイジ!なんでベルクフリートに……」

 今一番会ってはいけない男に会ってしまった。トッティは動機の早くなるのを感じた。冷や汗が背中を伝う。

「おお!よくぞ聞いてくれた!実はなちょっとした仕事があってこの街に来ていて、それが終わったので同行のトムやマチス、ギマル達と打ち上げをしとるのだ!で今途中で俺様の大好きなつまみを追加で買い足してきたところよ」


 とにかく酒臭い。一体どれだけ飲んでいると言うのか……。よく見るとエイジは片手にワインの瓶を、片手に何やらいい匂いのする紙袋を持っている。

「そ、そうなんだ……皆仲良いね……」

「あに言ってんだトティちゃん!皆バルティモナで一緒に戦った仲間だろが!……よし、わかった!トティちゃんもこれから皆と飲もう!」

 エイジは何故か微妙に略した名前で呼び出してきた。ヤバい、こいつだけはヤバい。エイジにバレたらギルド中に噂をばら撒かれそうな気が、何となくする。何となく確信があった。


「い、いやそうしたいんだけどさ、これからちょっと用事があってさ――」

 するとエイジは突然素に戻ったかのようになって――。

「――ん?誰かと、会うの?待ち合わせ……?」左右をキョロキョロと見回す。

(だあああっ!)トッティは想像の中で頭を掻きむしった。

「か、母さんだよ……」

「トッティの母ちゃんかぁ!え、じゃあ俺挨拶した方がいいかな?トッティの兄貴分のエイジですって」

(いつの間に俺の兄貴分になったんだよ!)


 約束の刻限まであと僅かだ。それまでにこの男を何とかしなければ。気絶でもさせてその辺の建物の陰にでも隠したかった。トッティは自宅に愛用の棘付きの鉄球メイスを置いてきてしまったのを激しく後悔した。それともエイジの酒瓶を奪って後頭部を殴るか――。



「お――い!エイジ、もう皆待ってるぞ!」


 そこに声をかけたのは筋骨隆々の巨漢、北方の勇者ギマルだった。

「おおトッティじゃないか、どうしたんだ?」しまったギマルまで来てしまった……一体どうすれば良いのか……。


「ちょっと人と待ち合わせでさ……」

 見ればギマルは顔は紅く酒の匂いはするものの、エイジのように前後不覚にはなっていない。酒にも強いのだ。

「トッティちゃんの母ちゃんが来るらしいんだよ。だから俺さ、兄貴分として挨拶しとかなきゃいけないと思ってさ」

 エイジは馴れ馴れしくトッティの肩に手を回した。どうしたら良いか……トッティは困ったようにエイジを見、ギマルを見て彼に目配せをした。


「――……」ギマルは少し驚いたような顔をしたが、何となくトッティの言わんとすることを察してくれたようだ。片目をつぶる。

 ギマルなら、真の戦士であるギマルならば例え後で訳を話しても馬鹿にしたり噂したりしない気がする。豪放で強靭な、トッティも信頼し尊敬する戦士の先輩なのだ。


「エイジ、皆待っていると言ったろう?トッティの母親にはまた今度挨拶をすれば。トムとマチスの裸踊りがきっともうすぐ始まるぞ?」

 ギマルはその巨躯でエイジを小脇に荷物か何かのように抱えた。


「ウォッ、な、何を、ギマル!だってトッティの母ちゃんがよぉ……」

 そうしてギマルはエイジを抱えたままのっしのっしと酒場のある方へ歩いて行った。遠くなりながらギマルに抱えられたエイジが未練がましくこちらを時々見やる。こっち見んな。


(ふ、ふ――っ!!)いつの間にかどっとかいていた冷や汗を拭う。息が白くなるほどの外気で冷えて、ぶるっと震えがくる。


 


「トッティ――ッ!!」


 程なくして、跳ねるような元気のいい声が聞こえた。トッティはドキリとしてそちらを振り返る。


 紅い羽毛入りのコートにボアの暖かそうなハットを被っている。その脇からこぼれる真っ直ぐなブロンドヘアが流れるように揺れた。女は息を弾ませて手を振りながら近づいて来る。ベル・ブルジァであった――。



「ごめんごめん、待たせてしまったかしら?」

 女――金髪の少女は小走りに駆け寄ると、にっこりと微笑んだ。

 ――少しだけ、大人っぽい顔になったような――。トッティはベルとそう歳が変わらぬはずなのにそう感じた。最後に会ったのはあの時――ルキフルを倒し、ブルジァ邸の前で別れた時以来だ。数ヶ月ほど前か。


「い、いや全然待ってないよ。今来たところだから」エイジらと会っていたことは伏せておく。

「今日は悪いわねトッティ、付き合ってくれて」

「うんまあ、今日はちょうど予定空いていたからさ」


「ではお嬢様、午後八時にまたここで」

ベルの後を付き従ってきた中肉中背の黒服の男がそう言った。

「うん、わかったわマルチャン――あ、トッティこちらは叔父さんの部下のマルチャンよ」

 マルチャンと呼ばれた中年の男は恭しく礼をすると、来た道を戻って行った。

「今日はね、叔父さんのベルクフリートでの商談に着いてきたの!手紙でした相談に乗って欲しくてさ」

「うん、でも俺でいいのかな?」

「トッティなら相談しやすいもの!ここで話すのもなんだし、落ち着いて話できる場所にしましょうよ!私ベルクフリートで行きたいカフェがあるのよ!さあ行きましょうトッティ!」

 ベルは早速『我が儘お嬢様』を発揮してトッティの背中をぐいぐい押してゆく。トッティはそんなベルのハツラツぶりを、何だか懐かしいなあと思ったのだった。



 ダンティノ広場からトレノ通りを抜けて十字に交差するファンジミーナ通りに向かう。ここはベルクフリート中で最も若者が往来する通りだ。数多くの新進気鋭のパティシエが経営するカフェやスイーツ屋、人気のデザイナーが仕立てるコートやローブ屋などが立ち並ぶ。このあけの街の若者の流行はここから産まれていくことが多い。


 トッティは歳頃としてはこの通りにふさわしいのだが、いかんせんティルナノーグのギルドメンバーとして依頼クエストをこなす為に冒険に出ていたりして普通の若者のように流行を楽しむ暇などは余りない。また、彼は年長者の多いティルナノーグ内においては歳上の者から可愛がられることが多かったが、彼自身の趣味としては同年代の若者とは一線を画していた為この通りに来る事はあまりなかった。


 だがベルは各地を飛び回り商談をする叔父ごしに色々な街の最新情報や流行の話を聞いている。この時代隆盛を誇るベルクフリートと比べて牧歌的なトールズ近くのブルジァ邸にて父や執事と過ごすベルにとって、今回の来訪はかつての仲間と会う事とはまた別に楽しみの一つであったのだ。


 ここよ!と、既に目星をつけていたらしい『アップルキャッスル』というカフェにトッティを押し込んだベルは、給仕に広い店内の奥のテーブルに案内された。


「これよ!これが食べたかったの!」


 ベルは眼前に運ばれた名物のアップルパイを見ながら眼を輝かせた。薄くスライスされた林檎が薔薇に見立てて配置されたそれは、一見すると食べられる花のようだった。芸術品のようなその焼き菓子をじっくりと目に焼きつけたベルは、ゆっくりとフォークでそれを一切れ口に含んだ。シナモンと香ばしいバター、焼き林檎の芳醇な香りが口の中に広がりしばし目を瞑り悶絶するベルを見てトッティも自分の分を口に運ぶ……無茶苦茶甘く感じる……。



「――それで、相談ってのは」

 アップルパイを平らげたベルは、トッティに促されると紅茶を口に含んで突然言葉に詰まった。

「あ、あの……ね」


 もじもじしながら両手の人差し指をつついて遊ばせながら上目遣いにこちらを見やるベルを見て、再びトッティはドキリとした。


 不思議である。先の依頼の折何日もずっと一緒に旅をした時は特にベルに女性を感じたことなどなかった。歳上ばかりのあの時の一行パーティーにおいてベルは最も歳の近いトッティに何の遠慮もなくあけすけとものを言ってきたし、トッティもまた初対面の後暫くすると、まるで兄妹かのようにベルには話しやすさを覚えていた。


 だが、あの時はベルもトッティも果たさねばならぬ使命があったし、道中はいつも危険と隣り合わせだった。ベルは明るく振る舞う時もあったがそれは父親の命を救うという悲願が常に根底にある状態だった。彼女がトッティに軽口を叩いて若いトッティはやり返そうとムキになる事も多々あったが、それとて暫くすれば彼女は目の前の困難な運命を一時でも頭から離したくて無意識にそう振る舞っているのではないかと感じる事もあったのだ。


 けれども今は違う。ベルは呪いから回復し健康を取り戻した父親と、幼少より面倒を見てくれた老執事と共に幸せに暮らしている。広い館の中で同年代の者らと過ごすことができなかった悩みも、父の計らいで週に何度かトールズの学院に通い、辿々しくではあるが知人や友人ができたのだという。

 あの旅路の中でトッティやティルナノーグの一行は使命を果たそうとするベルの、エメラルドグリーンの瞳に燃え立つような強い意志、煌めきを見た。だがそれは元々ベルが望んだわけではないブルジァ家の運命に翻弄されての、それに立ち向かおうとした中でのことである。

 今ベルは産まれて十六、七の人生の中で輝かんばかりに憂いなく、自分のしたい事を、若さを満喫しようとしているのだ。その事が良家に産まれてか愛くるしく整った顔立ちのベルの面差しに、生命力とか躍動感という魅力を付け加えていた。


 トッティにとってそれは、全て頭で感じ取っていたことではない。だが先に述べた理由によって、依頼と依頼の合間の余暇を過ごす若き鈍器使いにとっては、久方ぶりに出会うベルの顔立ちや雰囲気が記憶の中よりもより魅力的に感じられたのだ。


 ベルが何をトッティに相談するのか――けれども、同年代の中では若さもありつつも、時に枯れた老人のような冷めた部分も持ち合わせたトッティはこうも考える――『普通の暮らしをするんだ』という、『呪われし山々を制したバルティモナマスター』の斧戦士ウォーリアー、グラウリーが別れの時にベルに伝えた言葉。

 ベルは今、そのように普通の暮らしを満喫している。今はまだ記憶に新しい自分やティルナノーグの事を気にかけてくれているが、時が経つにつれてあの冒険は記憶の片隅に追いやられて、薄くなってしまうのではないか。ファンジミーナ通りを行き来する他の、普通の若者達と同じ様に学院での恋沙汰や、流行の服、こうして食べている話題の菓子などの事ばかりがやがては彼女の頭を占めてしまうのではないか、という事。

 もしそうだとして、それは喜ばしいことのはずなのだ。トッティとて、兄弟のように気兼ねなく話すことのできるベルが、あの苦しい運命を駆け抜けたベルの姿を知っているだけに、ベルがこうして今の生活を満喫できていることが嬉しいと思った。

 だが、それは同時に未だ変わらずティルナノーグで冒険と危険に身を晒しているトッティや、ギルドの仲間達とは違う道だった。その事が、嬉しいはずなのに――少しだけ眩しくて、寂しかった。



「え――っと、その……」

「うん……」

 トッティは、ベルの相談がどんなことでも、できるだけ話を聞いてあげたい。助けになれるのならなりたいと思った。




「た、誕生日プレゼントをね……贈りたいと……思ってて――」

「誕生日プレゼント――」

 週に何回か通っているという、トールズの学院の誰かにだろうか。鈍器使いの胸が、チクリと傷んだ。


 

「うん……それで、誰に?」トッティは平静を装って、紅茶のカップを指にかけた。






 

「……えっと――グ」

「グ?」




 

「グラウリーに…………」



 トッティは、紅茶のカップをあわや取り落としそうになった――。



 続く。


 



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