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伝説の鍛治師

18

伝説の鍛治師



登場人物:



ラヴィ:女性鍛冶ブラックスミス

バニング:暗殺者アサシン

ギマル:部族出身の斧戦士ウォーリアー

トモトモ:隠れ支部の鍛治師ブラックスミス


※          


 ブルジァ邸からトールズ市街までは馬を走らせて二十分程の距離がある。

 闇の眷属に特効性のある武器が作れるという神秘の鉱石 『イシュタラズリ』 をトモトモという男に打ってもらう為、ラヴィ、バニング、ギマルの三人はグラウリー達と別行動を取った。

三人がトールズと書かれた大きなアーチ状の門をくぐったのは昼下がり、時刻は午後二時を回った頃だった。


 資源大国であるトールズの町にはバレルナや王都ベルクフリートのような堅牢な城壁が存在せぬ。二方をユーの原始林とバルティモナ連山、他の二方を海に囲まれた陸の孤島のようなこの国には、王の中のキングオブキングスベルクダイン卿の治世となってからは更に身を守るべく城壁を築く必要が無かったからだ。大都市といってもその街並みは広大な領地を伸び伸びと使ったもので、建築物同士がゆとりを持って建てられているのが特徴的だ。


「……さて、トモトモのアジトは…」

 呪われた運命を持つブルジァ邸とは裏腹に、この国はまるで世界が違うように牧歌的だ。生まれ育ったバレルナともベルクフリートとも違う、のどかな空気を感じながらラヴィはボケボケマンより渡された住所のメモを見た。


 アジトは町の中心部から随分と離れた場所にある。建築物が少なくなってきた林の中に、ひっそりとたたずむ小さな一軒家はさながら世捨て人の家のようだった。

煙突から煙が吐き出されるのを見るとラヴィはドアをノックしてみた。


………。


しかしいらえはない。もう一度、強めにノックをしてみる。


………。


「いないのか?」

と彼等がいぶしかんだ時、突然ドアが強引に開けられ、中から厳しい眼をした男が睨みつけた。


「……どなたかな?」

 男は背中まである長く白いボサボサの髪と、日に焼けた黒い肌をしていた。

(この男がトモトモ?)

とラヴィが思うほどに男は老けているように見えた。何故ならばボケボケマンらに聞いた話ではトモトモは彼等と同じ、三十前半の年齢だったからである。

 あるいはそう思わせたのは彼の眉間に寄せられた深い皺のせいだったかもしれぬ。油断なくこちらを見定める双眸の真ん中にある深い皺は、男の性格の厳しさを物語っていた。


――コテツ師匠に似ている。とラヴィは感じた。

「ティ、ティルナノーグのラヴィ言います。トモトモさんにある鉱石を打ってもらいに…」

「俺は人に頼まれて剣は打たん」

 そう言うと男はドアを閉めようとした。ラヴィはすかさずそれを押さえ――。

「待って!これボケボケマンからの手紙なんや」

ドアの隙間から手紙を押し込む。ドアはバタンと閉まり、中から鍵のかけられる音が聞こえた。

「なあ!ちょっと開けてよ!」

ドンドンとドアを叩くもいらえは無し。しかししばらくすると向こうからドアを開けてきた。

「――あいつ等…面倒な仕事を押し付けおって…。中へ入れ――」

 とまどうラヴィ達。既に男は手紙を見ながら小屋の奥へとスタスタと歩いて行ってしまっていた。



「そうとも、俺がトモトモだ」

 男はテーブルに腰掛けて言った。

「…イシュタラズリを見つけたそうだな。見せてみろ」

鉱石の入った箱をトモトモの前に置くと彼は無造作に取り出した。

「ほう……これは……確かにイシュタラズリだ。しかもかなりの質だぞ…」


 蒼い鉱石を様々な角度から見たり、手で叩いてみたりしてトモトモは言う。その眉間には再び深い皺が浮かんでいた。

「ラヴィと言ったか…お前は流派はどこだ?」

「コテツ師匠に師事していました…目録はもろうたけど…」

「コテツ…虎鉄流派か、師匠は息災にしてるのか?」

「いえ…師匠は四年前に死にましたから…」

「死んだ?そうなのか…――それで…話を要約するとつまり、お前にはイシュタラズリで剣を打つ事ができなかったから、俺に頼みに来たという事なのだな?」

 ぎらりとした眼でラヴィを見やる。ラヴィはしかし眼をそらさずに頷いた。唇や手が震える。


「そう……や…」

「気に入らんな…」

 イシュタラズリを机に置き、トモトモは両手を組んだ上に顎を乗せてうろんそうに言った。

「手紙を見るに、お前はイシュタラズリを炉に入れもせず、鎚で叩く事もしなかったわけだな?それなのにお前は既に自分にこの鉱石を打つ事ができないと言うのか!?努力する事もせず?」

「火に入れようとした事はあった!やけどコテツ師匠の遺したイシュタラズリの記述にはこうある――


 『イシュタラズリは神々の鉱石なだけに並みの火を受け付けぬ。かの鉱石を溶かし、武器にするには推定二千五百度の高熱が必要である。その熱量を下回る火に入れるならば、イシュタラズリはかえってその輝きを永遠に失うであろう――』 と。


まず第一にあたしには二千五百度という程の高熱の炉を見た事が無い!それに二千五百度の炉がもしあったとして、その高熱の中イシュタラズリを叩くにはその熱でも融解してしまう事ない金属の鎚が必要や!――そう、イシュタラズリと同じ位の硬度を持つ鎚が――……」

 ラヴィは鞄から一冊のぼろぼろのノートを取り出し、トモトモの方に投げた。トモトモがそれを開くと、そこには細かな文字と図が書かれていた。


「…イシュタラズリの分析と高熱炉の構想、研究か…」

 ページをめくっていくと最後のページまでぎっしりとそれ等が書いてある事がわかった。だが最後の方のページは苛立ちをぶつけるかのように書き殴ってある。

「暇があれば寝る間も惜しんで考えた…やけどどうしてもあたしには方法が見つからん…。それにこのイシュタラズリはベルちゃんと秘宝をを付け狙うあのリッチを倒す為に絶対必要な切り札になる!実験などといって迂闊な火にいれてしまえば全部パーになってしまうんや…!」


「……いっそやってしまえばいい。そうすればよかったんだ」トモトモは腕を組んで背もたれに寄りかかった。

「なんやて…?」

「他人を気遣うような者などに、鍛冶の道は極められんと言っているんだ」

「――――!」

「俺がどうしてこんな場所で一人で剣を打っていると思う?そんな他人への気遣いなど気にしなくて済むからだ!鍛冶師はよりよく斬れる剣を作る為に血肉を削る!友人、肉親との関わりでさえも!そんな非情になりきれない者にいい剣が作れるわけが無い!温度の低い炉に入れたらイシュタラズリが駄目になる?本当にそうなのかどうなのか、一度試してみればいいんだっ!もし失敗になったとしてもそれは次の糧になるっ!経験になる!

ラヴィよ!お前が本当にイシュタラズリを打ちたいのならまずは非情になる事だ!全てを捨てろ!」

 トモトモは机を思いっきり拳で打ち付け吼えた。ラヴィはその圧力に瞬間たじろぎそうになる。


(ああ――やっぱり――そうなんやろうか…。極める為には…全てを……捨てなければ……?)


 忌まわしい過去。暗い部屋で干からびたミイラのようになった親友、毒に犯されて全身を紫色に染める師匠の横たわる姿――そして黒い剣と拳大の鉱石を持ち去りながら夜闇に消えてゆく狂気の天才の姿が思い出された。


(カシナードの…通った道――……あたしも…通る?通らなければ…?全てを犠牲にして……?)


 その追憶は彼女の最も深い場所に位置する記憶、そして彼女を縛る闇!眼の前の鬼のような形相をした男を眼の前にして、ラヴィは意識が薄れていくような感覚を覚えた。


(これが鍛冶を極めた男のいう言葉?鍛冶を極めるとやはりここに行き着くの――?)



「………いや――……やけど…、やけど…それは違う――。違うと思う…。剣は……一人じゃ活きられないもの……。それを扱う人が必要や……。剣は人によって活かされ、剣を活かす人がいるから鍛冶師はより良い剣を作ろうと思えるんや……。自分の満足の為だけに作った剣…そんなんがあったら…それはきっと、すごく寂しい――」


 ラヴィはやっとの事で言葉を漏らした。アイデンティティーを喪失しかねないほど彼女の心情に直面したその言葉――真実は、確かに彼女を揺れ動かせた。だがしかし、それだけは決して受け入れるわけにはいかなかった。二人の親しい人を弔った墓前で誓った言葉――…。カシナードとは反対の道で鍛冶を極める。それで奴を越える――!

 言葉にしてゆくうちに彼女はそれが正しいのだという事を確信してきた。


 間違ってない。

あたしは間違ってない。

鍛冶師としての技量はトモトモの方が上かもしれん。やけどあたしはそれを認めるわけにはいかん!


「………」


「――俺は」

 バニングが腰に下がる日輪ひのわを抜き放った。白く輝く刀身が窓から刺す日に照らされて輝いた。

「ラヴィの剣で…こいつのこの剣で己の闇から抜け出す事ができたよ…。白い刀身を抜き放つ度に感じるんだ。俺はこの剣で過去の清算をしているのだと――」

(バニングッ!)

 ラヴィは後ろを振り向いて嗚咽を漏らしそうになった。こんな人が、こんな言葉を言ってくれるから新たな剣を作ろうと思える。その人の為の剣を打ちたいと思う。

「………あたしの考えは…やっぱり、そういう事なんや」

今度こそ一寸の迷いも無くトモトモを見る。


 するとトモトモは険しい表情を崩し鉱石をラヴィの手の上に乗せ、席を立って背中を見せた。

「…お前を試した。…そうだな、その通りだ。ラヴィ。俺にお前程の迷い無い気持ちがありさえすればこんな場所に人を避け一人で住む事も、鎚を手放す事もなかった…」

「トモトモ……」

「手を貸そう。そして俺の全ての知識を使ってイシュタラズリを本来の姿にさせよう……失った情熱を取り戻してくれたのはお前だ、ラヴィ」

 トモトモは振り返ると、ラヴィの肩に手を置いた。


                              *


「イシュタラズリのような神の遺産を精製するには人間の手だけでは足らぬ。昔俺もそこに行き着いたさ。そこで俺は――ある一つの結論に達した。魔導の力。この手に宿る鍛冶師としての技と、魔導による力を合わせる事ができればこの鉱石をさえも打つ事はできるのではないか、と。俺はそしてその答えを風の都(魔道の都)に求めた」

 トモトモは居間の奥の鍛冶室の隅にある鉄製の大きな箱から皮袋を取り出した。


「これを見てみろ」

皮袋の中を覗くと、中には紅く明滅する拳大の石の塊のようなものが三つ入っていた。

「…何や、これ」

「エルヴァルの火――と呼ばれている。それは、炉の中に入れると高熱を発すエネルギーの塊だ。最高位の魔導師の放つ業火と、錬金術の秘密の薬品、そして酸素をそれに混ぜ込み鎚で圧縮した化合物…。俺はこれを風の都で三年かかって完成させたのだ。…素手で触るな。火傷じゃすまんぞ。

――二千五百度の高熱の炉は、これを炉に投げ込めば事足りるはずだ」

「す、すごい…」


「だが――」

 そう言うとトモトモはもう一度鉄の箱を探って今度は二本の鎚を取り出した。

「こっちの方はそんなに簡単にいかんのだ……。この二本の鎚は鍛冶神タールギスのハンマーと言う代物でな…

魔力付与がなされた鎚で、先端部分も特殊な魔法合金で作られている。イシュタラズリのような世界最高位の鉱石は、はっきり言ってこれを使う以外に精製する術はない。持ってみろ」

 受け取ってみると一見普通の鎚とは、先端部の石がうっすらとピンク色を帯びているだけでなんの変哲もない。しかしラヴィがグリップを強く握った瞬間、なんとも言えぬ総毛が逆立つような感覚を覚えたのだった。


「これは…?」

「その鎚は人間が元来持つ根源たる力マナ(≒魔力)を吸い取り、それを先端の石の部分に伝道させる事ができる鎚だ。だがその扱い方は非情にデリケートでな…。俺でさえ昔幾度かこれを使って鉱石を打った時は、成功は三本に一本程度の割合だった。それに加えてイシュタラズリ!こいつも非情に敏感な石だから、打ち手の意思を感じ取ってしまうんだ。打ち始めたら極力他の事を考えない事だ。強い意思のこもらんイシュタラズリの剣なぞ、打つ事ができたとしてその真の力には到底及ばぬ駄作となるだろう…。これ等の道具を使って俺とお前で剣を叩く。どうだ、やれるかラヴィ?」


 とん…とん…と鎚の先で掌を叩いてみる。

(初めての道具…初めての鉱石…初めての経験……)

首の後ろを一筋汗が伝ったのを感じた。それはだが冷や汗ではなくむしろ熱い。ラヴィはどこか底の方から湧き上ってくる感情を覚えた。

「やらなきゃあかん…やるんや」

「…ウム――潔し。では早速炉に火を入れよう」



――そうして次第に準備は整ってゆく。

 炉は煌々と燃え盛り、まるでうごめくマグマのように全てを飲み込まんと炎が暴れ回る。

トモトモの手から、紅い石が一つ落ちた。

炉は凄まじい唸りを挙げて猛りだす。炎はいつの間にか紅から青い炎へと替わっていっていた。


「すごい熱気だな。こちらまで伝わって来る」

 ギマルは腕を組みながら相棒に話しかけた。黒服の相棒も黙って頷いた。

「お前達、俺達はこれから石を打つ作業に入る――万が一何か邪魔立てするような事があったら、お前達が何とかしてくれ」

「――わかった。まかせてくれ」

 バニングとギマルは居間で待機し彼等を見守る事にした。



「――いくぞラヴィ」

「………」

二千五百度の高熱の炉から取り出され、あまりの高熱に蒼かったのが表面だけ水晶のような透明の色に変わっている。ハサミで金板の上に乗せた鉱石を、最初にトモトモが打った。

……その音は、鉱石を打ったとは思えないほど澄み切った音だった。そう、まるでそれはホリィーベルか何かでも打ち鳴らしたように――。


「これが――イシュタラズリ――その音……」

熱気に滝のような汗をかきながらタールギスのハンマーを強く握った。一振りごとに掌から自分のエネルギーが絞り出されるような感覚を覚える。

(集中!自分にできる全てをぶつける!)


 二人は段々とリズムを合わせて交互に鎚を打つ。その顔は段々と鬼気迫るといった形容が似合う程になっていった。それほどまでに二人の鍛冶師は集中している。

 バニングはラヴィが剣を打っている所を初めて見た。これほどのものなのなのか、と内心彼が驚くほどに鍛冶の場は猛々しく、まるでそれは意思持たぬ鉄に生命いのちの躍動を吹き込まんばかりのようだ。

(これもまた、戦い――)

バニングは瞬きをせぬまいとした。そうして最初から最後まで剣のできるさまを見届けようと思った。



 打ち始めて一刻あまりが経っただろうか。石を叩く音はあれから絶える事無く続き、段々とその形は剣の様相を呈してきた。居間で見張りをしていた二人はその成り行きを黙って見ていたが、ある時ふとギマルが猫科の猛獣のようにその顔を玄関の方へと振り向かせた。


「どうした?」

「――何者かが、近づいている……」

「何か聴こえたのか?俺には何も聴こえないが……」

それには応えず、ギマルは腰を浮かせてゆっくりとドアに近づいていった。

(ついて来てくれ)と、眼で合図をする。バニングもそれで心得え日輪ひのわを手にドアに忍び寄る。ドア近くの小窓から外を覗くと……いた。林の中を百歩ほど離れた場所から、皮の鎧を着込んだ二人の傭兵崩れのような男が近づいて来る所だった。


「……奴ら…前にベルが連れていた傭兵だ」

男の片割れは浅黒く日に焼けた肌をしており、もう一人はスキンヘッドの男である。よからぬ企みを持ちベルに近づき、リドルト邸前でトッティ一人にやられて逃げて行った者達だ。

「今更何を…いや、何となく察しはつくが…」

男二人が抜き身の剣をその手に持っているのを見てギマルは呟いた。何か腑に落ちない。

彼等はそれぞれの得物をしっかりと手に、ドアを開けて小屋の前に躍り出た。

「何の用だお前等」

これ以上進む事を許さない、といった顔でギマルがバトルアクスを傭兵達に向けた。


「あ――…、あぁ――…?テメッ…エェェえっえっ!」

 その時初めてバニングは男二人の様子が少しおかしな事に気がついた。男達の四肢は糸の切れた操り人形のように時折がくんがくんと揺れ、顔の穴という穴からはよだれやら何やらの汚物が垂れ流しになっていたからであった。


「ははは恥、恥かかせやがやがって――…らッ!!」

スキンヘッドの男はだらしなく口を開けたまま、見えない何かに強制的に喋らされたように口走った。

「何だ――、何者かに操られている…?」

その様はここ毎晩彼等を悩ませ続けてきた、骸骨やゾンビーと言ったアンデットの動きに似ていたからだ。


「ずずっと――おままえらの…動きを監視ッしていった!……たっ、たらっ、お前達だけがっ、あの屋敷からら出て…こっ、このっ小屋にっ…ぃー秘ぃー宝をっ、か隠すっつもりっだろっッお!」

(ルキフルがこやつ等の邪心につけ込んで傀儡としたのか?だが……)

「操られているとしてもお前達二人如きでは俺達を抜く事などできんぞ」

「正気に戻せると思うか、バニング?」

「わからんが――一度気絶させれば、あるいは…」

「それではさっさと済ませてしまおう」

 だが、その言葉を聞いた傭兵達は突然大声を立てて笑い出した。あまりの笑いの為か、横隔膜が痙攣してひくっ、ひくっとなり始めた。スキンヘッドの男が腰袋に手をやると、そこから小さな赤い壺を取り出した。壺にはコルクで栓がしてある。


「たたた戦うのはお、俺達じゃなな――いよ、出でよっ、炎のま魔人!」

 男が栓を抜いた瞬間、辺りの空気が一変するのを感じた。周りの空気が壺の中に吸い込まれるように風を切る音が聞こえ、その後に壺の中から煮えたぎるような熱気がもうもうと吹き出したのだった。

 熱気は煙となり、壺の外に出て何かの形を取る。それは人の上半身の形だった。赤く燃え滾る上半身の下は、これまた高熱とおぼしき炎が渦巻いている。


「ひゃは――ぁ!ほほ炎の魔人、エーフリートだぁ――ッ!!」

 傭兵達二人は先程よりも更に甲高い歓喜の奇声を挙げてその現われた魔人を崇め奉った。

「いけっ!ブチ殺してくくだせェェェエ!」

 その身に有り余るほどの熱気をまとっている為か宙空に炎の塊を飛ばしながら揺らめく魔人は、現世に召喚された事に驚くかのように辺りを見回した。

「…………」

 すると魔人は突然、その太い両腕で傍に居る傭兵達の頭を鷲づかみにして自身の炎の中に投げ込んでしまった!

「ギャハラァアアああぁ――!」

その最期の声さえも一瞬に、肉を焼き骨まで焼き尽くす業火にさらされ、傭兵達は魔人の生贄となった。


「エーフリートだと!?」

 あまりの破壊力に固唾を呑んで身構えていたバニングとギマル。恐らく傭兵達はルキフルにとって別行動をした部隊の様子を探る為の手駒だったのだろう。いや、手駒でさえも無く捨て駒だったに違いなかった。ルキフルは男達を利用し、魔人が封じ込められている太古のアイテムを盗み出させた。

 それを制御する力も無く解き放てばこうなるという事は一も二も無くわかりきった事だった。

とにかくも魔人は解き放たれた。その恐ろしいまでの力を持つ意思ある炎は、次の生贄を求めて今なお猛っている。


「な――なんや、そいつは!」

 後ろで声が聞こえた。鍛冶の手を休めて現われたラヴィだった。

「馬鹿が!何故現われた、ラヴィ!」

 バニングはエーフリートを見据えたまま叫んだ。

「や、やけど――、今窓から外を見てみたら、そんなゴツいモンがおるやないか――!そんなん、あんたらだけで何とかなんの!?」

「鍛冶場に戻れ!」バニングは日輪ひのわをラヴィの方に向ける。

「バニング…」

「お前はお前がしなくてはいけない事をする――!俺達はお前達を護るのが今の役目だ!絶対にここは抜かさんから、早く鍛冶場に戻れ、ラヴィッ!」

「――――!」

 気迫に押されてラヴィは鍛冶場に戻ろうとする……絶対に死ぬな!と言い残してドアを勢いよく閉めて奥の部屋へと消えた。


「格好いいじゃないか、バニング。お前がそんな事を言う男だったとはなあ!」

「……奴は俺を今の道へと引き戻してくれた――だから今度は俺が奴の道を護る……」

「気に入ったぜバニング!今回の依頼クエストが終わったら、呑みにでも行こうや……!何、怪物とてどこかしらの弱点はあるだろうよ!」

「ああ――」

 炎の魔人はすぐそばに新たな生贄――それも活きのよさそうな生贄がいる事に喜びを感じているようであった。その炎は歓喜の為に震え、高く燃え立った。


                              *


――とはいえこの林の中……。

 バニングは考えをめぐらせていた。触れる物全てを灰燼と化す炎の魔人に林の中で戦うにはいかにも分が悪い。だが彼等はトモトモやラヴィらの剣作りを護らなくてはならないという事情がある。どうにかして戦いの場を林の外に移したいというのが本音だった。


 魔人はジリジリとバニング達との距離を詰める。

「不定形のモンスターにはそのエネルギーを司る核がある事が多いが…」

 かつて彼等がバルティモナの中層で出会った精霊群などはそうであった。炎や水、風といった不定形の体を統率し支える核というものが必ず存在し、また彼等はそれを破壊される事によって動きを止めたのだ。

(だがこの炎……――ウワッ!)

 エーフリートがその太い腕を振りかぶってバニングの頭を掴もうとした。その動きは見かけの巨大さとは裏腹に意外に素早い。状態を反らして逃れたバニングだったが、眼前をかすめた熱気は異様な程に凄まじかった。ただならぬ威圧感を感じてバニングはすり足で再び距離を取る。


 その時ガサッという音がして茂みの中から野犬が飛び出した。野犬は魔人の後ろを素早く駆け抜けると、向かいの茂みの中へと走ろうとしていた。

 突然魔人はピクッと後ろを振り向くと、自分の後ろを駆けた野犬の後を物凄い勢いで追った。哀れな野犬は逃げ切る事もできずにその体を捕まれ、炎の中に投げ込まれてしまう。

そのまま魔人は、野犬を燃やすのを楽しんでいるかのようにその場に留まって空気を裂くような炎の唸りを轟かせている。


「………?」

 その様子を彼等は注意して見ていたが、どうした事か魔人はもう完全に野犬を燃やし尽くしてしまってもその場を動こうとはしなかった。ごうごうという唸りを挙げてただ立ちすくんでいるように見えた。


「もしや…」

 バニングは傍らに落ちている太く大きい枯れ枝をゆっくりとした動作で拾うと、それをエーフリートの近くに投げつけた。エーフリートは高速で移動するその物体に敏感に反応すると、球を追いかける犬のように喜々としてそちらへと走り出す。

「何かわかったのか、バニング?」

「ああ…どうやらあの炎の魔人は極めて単純な思考回路に従って行動しているのかもしれない…。自分の近くで一番早く、大きく移動したものを本能的に追いかけ、燃やしているのだ!」


 そう言うとバニングはギマルの耳に口を寄せた。

「…なるほど…やってみる価値はあるかもしれん…わかった、俺から走ろう」

 するとギマルはバニングから離れ、極めてゆっくりと、小屋と魔人の反対方向へと移動して行った。

魔人はその動きには感知せず、なおも立ち止まっている。やがてギマルが魔人から十分な距離を取ったかと思うと、彼は一目散に林の向こうへと走り出して行った!


 途端大きな得物が素早く動いたのを感知した魔人は、砂煙を巻き上げながら猛烈な勢いで後を追い始めた!

ギマルは全力で走った。彼の四肢はまるで丸太のように太くしかし筋肉は柔軟さを持ちながら発達していて、その隆々とした筋肉を総動員してダッシュする様はまるで猫科の猛獣のようである。

 だが、それでもエーフリートの方が速かった。林の障害物を避けながら走るギマルに比べ、エーフリートは木や岩などお構い無しに一直線に進むからであった。数多の戦いをくぐり抜けてきた歴戦の勇者のギマルでさえ、この無表情の不定形モンスターに追われるのは相当に神経をすり減らす。

 殺意を持って向かってくる相手ならばそれに負けまいという意思も持てるが、意志を持たぬ生物に、ただ追われ続けるというのは思いの他恐ろしい。もし力尽きて炎の腕に抱かれてしまえば、そこにあるのはただ絶対の死だからである。


 ハッ…ハッ…ハッ…!全身からは汗が吹き出て心臓は喉から飛び出さんばかり。ギマルは後ろを振り返る事無くだがもうその気配をすぐ後ろに感じ取りながらも懸命に駆けていた。

「待てっ!こっちだ!」

 その時遥か後方で声がした。バニングの声だった。バニングはわざと大声を張り上げて遠くからギマルと魔人の方へと走ってきた。同時にギマルは徐々にそのペースを落としていった。すると魔人は己の本能に従い、ギマルを追うのをやめ、より速く移動する生贄目掛けて疾走して行った。


「…成功だ!」

 ギマルは魔人が向こうのバニングの方へと向かっていくのを確認すると、ゆっくりとした足取りで林の開ける方角へと移動した。そしてやがて魔人がバニングの近くまでやって来ると、今度はギマルが声を張り上げ速く駆け出して魔人を誘った。これがバニングが考えた魔人の誘導法だった。彼等はそうしてお互いの身を危険にさらしながらもそれを数度繰り返してついに林の開けた場所へと移動した。


「ゼーッ、ゼーッ!……あそこだ、あそこなら良し!」

 だが作戦は上手くいったとしても彼等は極度に疲労していた。装備をつけての疾走と己が死にさらされる精神力の消耗は思いの他激しい。

 今はバニングが魔人を引きつけている番だ。だがギマルもまた、あるものの傍へと最後の全力疾走をしている所だった。

「くっ!」

 途中幾度と無く危ない場面はあった。魔人が彼等の予想を超えた速度で接近し襲う。時には剣や斧で斬り付けたりもしたが、炎を一時的に切り裂いただけで魔人には何のダメージにもならぬ。逆に魔人の伸ばす手や、炎を飛ばす攻撃に彼等は体の所々に炎傷を負っていた。


「こっちだぜ!エーフリート!」

 間一髪で致命傷を避けるバニングを攻撃しながら、林の開けた草原からの大声に魔人は振り返った。草原にはまばら背の高い木が生えている。そのうちの一本、ギマルの腕で一抱えほどもある木をギマルは猛烈な勢いで斧で斬り付け始めた。その勢いは常人の樵を遥かに凌駕する勢いで、早くも切り口は木の中央以上まで達している。木はやがて切り口とは反対の方向――バニングと魔人のいる林の方へとむかってゆっくりと倒れ始めた。


 魔人は今にも倒れんばかりの木に反応して今までに無い程の速さでそちらに向かっていった。倒木が林の枝を折る音がし、地面に倒れて大音響を奏でると、魔人は木に抱きつくかのように両手を広げてその木を包み込んだ。どうやら魔人はより質量の大きな、動いている得物を捕まえて自らの炎で焼き尽くす事に喜びを覚えるようだった。両手で包み込んでもその体の大きさに対して木があまりにも巨大すぎて手に余る事を知ると、魔人はその身にまとう炎を羽根を広げるようにして拡散させ、倒木全体へと燃え広がらせた!


「バニング!あれだ、あれが核だッ!」

 急いで戻ってきたギマルは、広がる炎の中に拳大ほどの小さな丸い石のようなものを発見した。

「チャンスはここしかない!」

 ギマルが駆けて来ても、エーフリートは倒木を燃やし尽くす事に全精力を注ぎ気にかけていないようだ。ギマルは核の見える傍まで行くと、上段に両手でバトルアクスを構えた。瞬時に筋肉が膨張、紅潮し、荒縄のような太い血管が浮き上がる。

「ずあっ!!」

 殆ど同じ瞬間に上から下、下から上へと稲妻のように斧が奔る。その人間離れしたスピードは空気を断裂させて衝撃波ソニックブームを生んだ!衝撃波が周りの炎を四散させ核が一瞬あらわになる。その隙を逃さず黒い影となったバニングは、高く跳躍して日輪ひのわを核に突き立てた。


――しかし、核はバニングの跳躍からの全体重をかけて突き立てても突き破れぬ。己の最重要部を攻撃された事を知ったエーフリート――であった炎達は、怒りの為かごうと火勢を増したのだった。


(駄目か――!)


「バニングッ!」

 ギマルの声もむなしく、炎はバニングの体を包んだ。

一瞬の内に体の回り中が燃え上がるように熱くなるのをバニングは感じる。だがその瞬間突き立てた日輪ひのわの先の核に一筋の亀裂が入った!すると核はまるで爆発したかのように粉々に砕けて爆発したのだった。途端バニングの周りを、倒木を包んでいた業火は幻であったかのように消滅してしまう。


「う……」

「バニング!!」

 倒木の上から転がるようにして落ちたバニングの体をギマルが支えた。バニングのまとっていた黒服は無残にも焼け落ち、その下の皮膚は所々酷い火傷を負っていた。バニングは、眼を開けない。

「バニング!しっかりしろ!バニング!」

「……ひ、日輪ひのわは…?日輪ひのわは何処……だ?」

日輪ひのわ?お前の手の中にしっかりあるぞ!」

 ギマルに言われて気がついたようにバニングは自分の右手に握られたものを見た。

激しい炎に包まれてもその輝きはなお衰えぬ。バニングは安心したように微笑むと、よろよろと立ち上がって刀を鞘に納めた。

「…すまぬギマル…肩を貸してくれるか…?」

「ああ!――見届けに行こうじゃないか、最高の剣が産まれる瞬間を!」



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