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ブルジァ家の秘密

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ブルジァ家の秘密



登場人物:


グラウリー:大柄な斧戦士ウォーリアー

ラヴィ:女性鍛冶ブラックスミス

バニング:暗殺者アサシン

マチス:老練な短槍フェンサー使い

トッティ:若い鈍器メイサー使い

ボケボケマン:オークマスクの魔導師

エイジ:蒼の魔導師ブルーメイジ

トム:商人

ギマル:部族出身の斧戦士ウォーリアー

ベル・ブルジァ:リドルトの姪。


※          


「みなさま…少しお話があるのですが…」

 老執事は青ざめた面持ちで部屋に入って来た。

「爺や…?どうしたの」

「はい…私、お嬢様が伏せっておられる間にグラウリー様達に、ここにいらっしゃるまでにどんな事があったのかお聞きしました…。その中で幾つか気がついた事がございまして…」


「気付いた事…何なんですか」

「はい…実は…確証はないのですが、道中皆様方を襲ったという黒衣の怪物。その怪物は、旦那様…ジル様に強い恨みを持っていると言ったのでございますよね…」

「確かにそうだが、何か心当たりでもあるのですか」

 老執事は追憶にふける様に眼を閉じた。


「そうです…この事は、旦那様からずっと秘密裏に誰にも漏らさぬよう仰せつかった事なのですが…。

お嬢様、これからお話します事はもう十年以上も前のお話です。ある日の夕暮れ時、いつものように部屋に篭り仕事をなされていた旦那様は、ふと私めを部屋にお呼びになりました…仕事をなさっている時は絶対に他の者を部屋に入れない旦那様が、珍しく部屋に来いと申されたので、私は何か火急の御用があるものかと緊張して伺いました…。部屋に入りますと、旦那様は椅子からお立ちになり閉め切った窓から庭園でお遊びになっているお嬢様のご様子をそっと覗かれてこう申されたのです。


『爺…ベルには、あの娘には我が家の血の運命など無縁でいて欲しいと私は思う』

『は……』

『忌まわしい鎖に繋がれるのは私だけでいい。リドルトとも血縁関係を絶った今、あの娘には普通の女子としての生き方をして欲しいのだ』

『……』

『……だがもし、もし、私が…何者かの呪いによって命を失うような事があれば…即座にベルをどこか遠くの街に住まわせて、この家とは何の関係もないように手配してほしい』

『……呪い…とは……?…わかりました』

『すまぬな。爺。そしてこの鍵…先祖代々伝わりし家史と秘術の記された書物の書庫の鍵は、お前が管理して、私が死んだ時はそのまま処分してくれ』

『……は……!』


――……と……」

 老執事は口に出してはならぬ禁断の言葉を口にしてしまったように、額にあぶら汗をにじませながら語った。



「――何の話……それ……爺や……?」

 ベルは初めてその人を見るかのような眼で長年仕えてきた老執事を見やった。

「わたしの家の、血の運命って何?伯父さんと血縁関係を切ったって、何よ!?」


 だが老執事は今度は貝が口を閉じてしまったかのように何も語らぬ。ぶるぶると震える、少しばかり自分の思う侭ならぬようになってき始めたしわがれた手をスーツのポケットの中に入れると、やがて一つの銀色に輝く古ぼけた鍵を取り出したのだった。


「………」

 それをそっとベルの手を取り、掌の中に置いた。

初め意味がわからぬといった顔のベルは、しかしハッと老執事の顔を見ると――。

「……爺や…あなた、何か知ってるの……。わたしの知らない…何かを――」

老執事は瞑想するように閉じた眼を開き、真正面にベルを見た。

「……こちらでございます…」

 右手で部屋のドアを指し示すと、彼はゆっくりと部屋を出て行ってしまった。ベルは足早に老執事の後を追う。ティルナノーグの戦士達もそれに続いた。



 執事が歩を止めたのは、館の書物庫であった。

広い室内に背の高い本棚が何列も並び、棚には古い本がぎっしりと並べられて埃をかぶっている。

「ここに何か、あるって言うの!?」

「………」

 老執事はとある壁際の本棚の、中段ほどの分厚い本を数冊取り出すと近くの机に置いた。するとその取り出した本のあった場所に、小さな縦長い穴があった。

ベルはその穴と執事から受け取った鍵を見比べ、鍵穴の大きさが一致している事に気がついた。彼女は吸い込まれるようにして鍵を鍵穴に差し込み、右に回した。

小さな、錠の下りた様な音がすると、突然本棚の奥が四角形に少しだけ出っ張った。


「………」

 皆が見守る中で、ベルはその出っ張りをそろそろと引っ張り出した。その出っ張りは丁度机の引き出しに似ていて、引き出してみると意外に長い。

「この本は…?」

机の上に置かれた引き出しの中に入れられた、古そうな数冊の本を見て誰かがつぶやく。



『アンデット生成とその駆使法・不老不死への研究』

『第Ⅲ紀錬金精製学』

『家史』


 ベルはそれらの本のタイトルを見ると、途端に不安気な顔をして救いを求めるような眼で老執事を仰いだ。それは信じられないものを見たような、恐れおののく少女のような眼だった。


「これを……」

 老執事はその中の一冊を取り出すとベルに手渡す。その本には 『ジルの日記』 と書かれていた。

(父様の日記…!父様が日記をつけていたなんて、初めて知った…)

「ベル!」

「えっ?」

本を開こうとしたベルの手を、咄嗟にトムが止めた。

「な、何…トムさん…?」

「え…、あ、いや……」

 トムは我にかえったように手を放し、眼鏡をずり上げる。丸い眼鏡のレンズが曇った。

「………」

ベルは少し怪訝そうな顔をすると、ごくりと唾を飲み込んで表紙をめくったのだった。


                             *


『二百九十二年四月、水鏡の日、娘が産まれた。名前は私から一字とってベルとする。我が家に現われる血の運命を継いだ娘でなければよいのだが……』

『二百九十三年八月、金剛の日、ベルを産んでから体の調子が思わしくなかったエミリーが息を引き取った。こんなにも幼くして母親を失ったベル…。可哀相に。かくも厳しい試練を、神は我が家にお与えになるのか…。エミリー…どうかベルを護ってやってくれ…。

『二百九十八年一月、大地の日、屋敷の中で遊んでいたベルが突然意識を失った。医者に見せたが病気ではないようだ…なんと言う事だ…まさか…この娘にも ” 力 ” が発現しようと言うのか?エミリーよ……』

『二百九十八年五月、水鏡の日。ごくたまに夜闇の中に「何かがいるよ」と他界の者が見える?ような発言をしていたと、リドルトが私に告げた。闇の力を行使し、死者にかりそめの命を与えたという先祖の持つ力を受け継いでいるのか?

この日、リドルトは私の元にやって来て「ブルジァ家との縁を切らせてもらう」と言いに来た。

多少なりとも力を持つ私は、力を持たない兄にとってはずっと恐ろしい、疎ましい存在だったのかもしれない。ともあれリドルトもブルジァ家とは関係を絶った方がいいのだ。

呪われた血の運命は私で終わりにすればいいのだから…』

『三百五年十一月、紅蓮の日。ベルは元気に育っている。母親もいない。おぼろげな噂を聞いて使用人も減り、街の者は忌み嫌って屋敷に近寄らない者が多い。そして私は研究で手が放せないという環境の中で、たくましく優しい娘に育ってくれた…。

ただ最近気になる事がある…。夜寝ていると、どこからともなく、とてつもなく遠く小さな声で私を呼ぶ声が聞こえるような気がするのだ。錯覚だろうか…』

『三百九年十月、緑の日。四年前にとても小さく、小さく聞こえていた私を呼ぶ声が、最近になってより大きく、いんいんと頭に響くようになって来た…。その声の主は、もうはっきりとその名を私に告げている…。『ルキフル』と…!

まさか…まさか…あのルキフル…ブルジァだというのか!?

だとするならば早急に対策を練らなければならない!完成させなくてはならない。あの研究を』



――そこで日記は途切れていた。



「何…これ…爺や…」

 ベルは唇を震わせながら執事を振り返る。

「…お譲様がお生まれになられてからの旦那様の日記でございます…」

「そんな事はわかってるっ!」ベルは激昂して椅子を立った。

「この日記に出てくる ” 力 ” って一体何なのよ!わたしにあるかもしれない力――!そして、ブルジァ家の先祖が闇の力を行使したって――この怪しげな本達は一体何なのっ!?」


 その時もう既に執事は、犯してはならぬ禁断の言句を言おうとする前に見せた、躊躇いと脅えの様相を示していなかった。かといって開き直ったわけではなく、自らがこれから口にするであろう真実の重さを十二分に知った上でそれを告げる覚悟を呈していたのだった。



「――お嬢様…私は旦那様に誓った誓約を破ってお嬢様に全てを打ち明けるつもりです……ブルジァ家はお嬢様も知っての通り、古来より脈々とその系譜を繋ぐ名家でございます。しかしその繁栄には裏がございました…。闇のシャーマンを遠い祖先に持つブルジァ家には、しばしばある ” 力 ” を持つ者が現われたのです。その力とは、この世を去った死者達を使役する外法の技でございました…。ブルジァ家の御先祖様達は裏でその技を使い、今日の富を築いてきたのです…。


長い時間を経てブルジァ家特有の血も次第に薄れてゆき、その力が発現する者も少なくなってゆきました…。ですが私が先代にお仕えしていた頃に御生まれになった旦那様は、微量ではございますが力を受け継ぐお方だったのでございます。

だけども旦那様は正義感のお強いお方でしたから、断じてその力を富や野望を得る為にはお使いになろうとはなさりませんでした。それどころか旦那様は逆に力を使い、その呪わしい力がもう一族に発現しないようにと、その力を抑える研究をお始めになられました。


しかし――しかし何という運命のめぐり合わせでございましょうか――旦那様と奥様の間に御生まれになったお嬢様は、旦那様と同じく力を受け継ぐ方だったのでございます!!

ブルジァ家の暗鬱たる血の運命をご自身のみで終わらそうとお考えになっていた旦那様にとっては、天地がひっくり返るほどのショックのご様子でした。旦那様はお嬢様にだけはそのような運命を辿って欲しくないと、お嬢様には決してその事をお知らせにはなさろうとはせず、ただひたすらに力を封印する研究に没頭されたのでございます……。


ですが研究は難航し、時には一向に進展しない時期がございました。もう何年も悩み続けておられた旦那様の身に、ある時突然忌まわしい追憶の彼方に追いやられたような、遠く恨み募る声が聴こえてきたのでございます。声の主は 『ルキフル』 と名乗ったそうです。


ルキフルはそしてこう言いました。『我は人間を捨ててより後、もうすぐ二百年の眠りから覚めよう。その暁にはブルジァ家の現後継者である貴様に永久の呪いをかけよう…!』と!

――ルキフル!旦那様はその名を聞いた時私だけに教えて下さいました。その者は二百年以上も昔ブルジァ家の一族だったと言う事です。ルキフルは闇のシャーマンの力をこの上なく色濃く継承する者でしたが、性格は残酷で野心に満ちた者だった為、一族から追放されて姿をくらましたのでございます。その時彼はこう言ったそうです。


『我はこの恨みを決して忘れぬ。時代が変わろうとお前達が死のうと、お前達の子孫に必ず仇なす存在となろう!』 と。

それからの彼の消息を知る者はブルジァ家にはいませんでした。ただ強い闇の力を有する彼のこと。ブルジァ家には代々その、『一族より抹消された者、そしてその遺した言葉』 が警告として伝えられたのでございます。今はもう伝承とも言えるほど昔の話。誰がそのような事を信じるでしょうか。ですがご自身もまた力を有する旦那様は、かの声が聞こえた時、確かに同調する波動を感じられたと言うのです!見る間に原因不明の熱に犯され病床に伏す旦那様は、そこで私にこう命ぜられました。


『爺や、伝承の――かつて我等が一族だった男が私に呪いをかけたようだ。私はこの身で呪いを解くべく、一族の忌まわしい運命を解き放つべく研究を進める。だが――、だが、ベルには何も真実を知らせないで欲しい。かつて私がお前に言ったように、あの娘をどこか遠い街に連れてブルジァ家とは関係を絶って欲しい。頼む――』 と。


――……お嬢様に旦那様のご様子が変だ、という事をお伝えして医者を呼びに行くまで、そしてお嬢様がバルティモナの秘宝を探しにお一人で旅に出てしまわれるまで、私めはとうとう旦那様のご言い付けを守る事ができませんでした……一心になってご病気を治せる医者を探そうと、旦那様を治す術を探そうとするお嬢様に、家を捨てて逃げましょうなどとお伝えする事が――できなかったのでございます――!!」


 その長い、突然の真実を告げる述懐に、場にいた者達は驚きを隠せぬ。誰もが隠されたブルジァ家の全貌に声を発せないでいた。

「――申し訳ございません――。私めはお嬢様を欺き、主人の命をも破った愚か者でございます――ですが、ですが……」

 執事は腰を九十度に曲げ深く頭を下げた。ベルはだがその肩に手を置くと――。


「……いいのよ。わかったから、爺や」

「―――……」

「――あなたは、お父様を死なせたくなかったのよね。そう思ってくれていたのよね?だから私が秘宝を探しに行こうとした時、止めないでいてくれたのよね――?」


「…………は――、ハ――ッ!その通りで…ございます……ッ!」

 その肩はぶるぶると震えていた。唯一人自分の胸の中に秘めていた気持ちを、ベルは理解し、汲んでくれた――ベルにとっても辛い真実を語ったにも関わらず、彼女はまず自分の事よりも老執事の真実を見抜いた――。それが例えようも無いほど悲しく、ありがたかった。

「身に……身に余る…――ウッ、ウウッ……――!」


「わたし――薄々気がついてはいたのよ…。秘宝を手に入れてからここに来るまでの間、夜がずっと怖かったもの。夜になると誰か知らない、私の中のもやもやとしたものがうごめき、語りかけてくるような感じがよくあったから――皆がわたしに何かを隠しているんじゃないか、って、わたし知ってた。でもわたしにはそんな事を気にするよりも、お父様に秘宝を持って行ってあげたかったから。だから変に心配されるよりも、ずっとその方が都合が良かった」


「ベル…!そうだったのか――?」

 むせび泣く執事の手を取り頭を撫でながら聖母のような穏やかな顔をしたベルは、全てを悟り受け入れたかのように深遠なエメラルドグリーンの瞳を静かに輝かせている。


(強い――いや、だがこれは…)

 グラウリーはだが、その一見強そうに見えるベルの精神力の強さが危険だと思った。それはもうギリギリの所で一種のテンションを保っているような――極薄い水面の氷のような儚さを彼女の中に感じるのだ。


「――リドルト氏が、あなたの伯父さんが、あの襲撃を受けて病院に運ばれる時私を呼び止めて言ったんです。今執事さんが言った、ブルジァ家の真実のほんの一端でしたが…。好むと好まざるを関わらずお嬢様はブルジァ家の運命に関わってしまうだろう、と。だから私達でお嬢様をしっかりと護ってあげて欲しい。そしてもし、できる事なら呪われた真実はお嬢様には知らせないで欲しい、と……」

 トムが俯きながら言う。

「そう…だったのね……。伯父さんがそんな事を…」

「――ええ…」

 しかしその言葉はもう何の意味も持つ事はできなかった。大いなる運命は既にその賽を投げてしまっていた。


「今爺やが教えてくれた事実…。呪いを掛け私達を襲った怪物は二世紀も昔の人物ルキフル!皆…何か、方法は無いかしら……」

 皆を見渡すベル。魔道師連中が隠された本棚の中の本を手にとっていた。


「無くは、無い」

「ボケボケマン、エイジ…その本に何か書いてあるの…?」

「執事さんがさっき言ってた外法の技について書いてあるよ。どうやらブルジァ家はその備え持った力で様々な禁断の技法を長い年月をかけて独自に開発していったみたいだ。死者を操る魔法って言うのはネクロマンスマジックと呼ばれる。あの怪物が死者を従えていたのは、それを使う事ができるからだろう」

「そう、ネクロマンスマジックには死者を操る技の他に自身を他の生物に変身させる技がある。そしてその中で最も高度な技とされるのが――死を超越する者――リッチへの転生術だ――」


「転生――術……?」

 ボケボケマン達は 『アンデット生成とその駆使法・不老不死への研究』 という題の本をパラパラとめくった。

「ああ。全てのネクロマンサーが目指す最終点は、そこに行き着く。死を生業とする彼等は自身が死を超越し、死への恐れを完全に断ち切る事こそが願いであり、彼等の魔力を高める事に繋がるからだ…ブルジァ家の力を持つ者達は、その術をずっと研究していた形跡がある。だが、上手くリッチに転生出来た者はほとんどいなかったに違いない…。この本にはリッチになる為の決定的な技法が載っていないからだ。恐らくルキフル…と言ったか、闇の力を色濃く受け継いだ異端児は一族を追放された後、独自に研究を重ねて転生したに違いない――この本には未完成とはいえリッチへの転生術の研究が詳しく書いてある。奴と対峙する時の為に、少しでも有利な情報を手に入れる事ができよう――」

「そう、それに俺達には秘密兵器もある事だしな…野郎…次こそは仕留めてみせる…!」


「他に何か気付いた事のある者はいるか?今までは何故か奴が姿を現さなかった。だがこうしてブルジァ家に辿り着き真実と奴の正体を知った今、奴は再び俺達や秘宝を狙って来るやもしれん」

 グラウリーも本をめくりながら見渡して言った。するとラヴィが手を挙げて一歩前に踏み出したのだった。


                              *


「ええか?グラウリー」

「ラヴィか、何か策があるのか?」

「うん――これは――あたしがずっと皆に黙っていた事なんやけど……」

 そう言ってラヴィは横のバニングの顔をちらりと見た。バニングは静かに頷く。

「…バルティモナで見つけた秘宝…水晶球と、もう一つ…蒼い石があったやろ」

「ああ、この…石の事か?」

 グラウリーはバックパックから箱に入れられた石を取り出した。石は深い蒼味を湛えて鈍く輝いている。

「……それなんやけどな、その石、多分 『イシュタラズリ』 っていう石だと思う…いや、そうなんや」

 ラヴィはグラウリーから石を受け取って胸に抱くようにして持った。

「イシュタラズリ?一体それは何なんだ?」

「…鉱石の一種なんや。やけど、ただの鉱石やない。なんせイシュタラズリは 『神々の鉱石』 と呼ばれる程稀有な鉱石やから」

「神々の…鉱石…」

 ラヴィが石を掲げて色々な角度に動かす。石は光を反射してかその度に様々な色合いを見せ、その色合いの多様さはラヴィが語る神秘性を感じさせるのだった。


「そう…。そしてこのイシュタラズリで鍛えた武器には、魔――闇の力を払う魔力が備わるという事を聞いた事があるんよ――」

「闇を払う!それはつまり、アンデットに特攻性があるという事なのか!」

「――そうや。と、思う…。この鉱石はホンマに珍しいんや――様々な噂と嘘が飛び交い、偽物もあたしは多く見てきた。やけどこれは違う。これは間違いなく本物。純度の高いイシュタラズリのそのまた中心部の結晶とも呼べるものや。師匠に教わった性質と完全に符合する……。

これはあたしの憶測やけどな、バルティモナで休憩しとった時泉の底が薄蒼く光っとったやろ?元々バルティモナは僅かながらイシュタラズリを産出する場所だったんやと思う。そこで偶然見つけた結晶を脅威に感じた元のリッチは、秘宝と一緒に神殿に封印しとったんやないかな……」

「じゃあ何で今までずっとそれを黙っていたの!?俺達を襲おうと付け狙っているのはアンデットの王、リッチだと分かっていたのに!」


「それは……」ラヴィは俯いた。

「あたしには、どうしてもわからんかったんや――!イシュタラズリの精製法!…あかんかった…どれだけ考えても、この鉱石を武器に変える方法が!いや、溶かす方法さえも!こんなにあたしにとって悔しい事はなかったんや……。コテツ師匠もイシュタラズリの精製法だけは知らんかった。やけどあたしは絶対にそれを乗り越えようとありとあらゆる事を考えめぐらしてみた。それでも、この神の遺産のような鉱石の精製法がわからんっ!あたしにはそれが、鍛冶師としてどうしようもなく悔しく、やるせなく、惨めだったんや……!」


 それしきの事で、と感じる者も、あるいはこの中にいたかもしれぬ。ラヴィの苦悩はそれ程簡単に理解できるものではない。だが、彼女には彼女なりの行動理念、今まで一心に鉄を叩いて来た鍛冶師としてのプライド、自負、そして自分の懸けてきた全てがある。その想いの強さは戦士達が戦いに赴き、そこに持ち込む覚悟になんら引けを取らぬ。


「どうにかしてこの鉱石で武器を打ちたいのはやまやまなんや…やけど…どうしたらええ……?あたしもう…ようわからんのや――ごめんなあベルちゃん……」

 そう言うとラヴィは袖で眼をぬぐった。バルティモナでこの鉱石を発見した時、あまりの偶然にラヴィは胸を高鳴らせたに違いない。そこから始まった彼女の鉱石との見えない闘い――。師を、そしてその師を殺害して行ったかつての同胞を超えようとラヴィは全身全霊を懸けて鉱石に挑んだに違いなかった。もちろんベルを付け狙うリッチを倒す為に、この鉱石で剣をこさえてやりたかった。だが何時まで経っても返ってくるのは冷たい石の静寂だけ。そうしてラヴィは来る日も来る日も神経を削らせていったのだ。


「そんな――ごめん。ラヴィさんがずっとその事で悩んでいたなんて……何か、別の方法を考えるしかないのかな…」

「………」



「…………トモトモは?トールズに住んでいるあいつなら…」エイジが呟いた。

「トモトモか。そうか、奴の持つマジックハンマーならあるいは…」

「トモトモ…って、誰?」

「俺やボケと同時期に魔導の風の都にいた奴でさ、そいつは鍛冶師なんだけど魔法付着エンチャントの研究の為に異例の滞在を許可されていた男なんだ。随分長い事そこで修練を積んで、俺達とも懇意な間柄だった。都を降りた後誘われてティルナノーグに入ったが、もともとが無骨で偏屈な男だからギルド員でも奴の事を知っている者は少ないんだ。だが、鍛冶の腕は…確かなはずだぜ……」

 エイジがそう言ってしまってから、場に少し気まずい空気が流れた。その言葉の意味する所はつまり、ラヴィではイシュタラズリを御しきれないからトモトモという鍛冶師を尋ねてみてはどうか、と言う事だからである。ラヴィの手に持つ石は恥ずかしさと悔しさの為か細かに震えていた。


「…トモトモ…あたしも知らんかった…トールズに、あたし以上の鍛冶師がいるゆうんか…エイジ?」

「……あいつにできなかったら――多分――誰にもその鉱石は扱えねえ…。あいつは、トモトモは……俺の知る限り最高の鍛冶師――だから…」

 さすがのエイジも最後は苦しく、言いにくそうに。ベルがエイジを止めようとした。だが、


「わかった――。あたし…そのトモトモいう鍛冶師の所にこの鉱石を持って行くわ。持って行って剣を作ってもらうよう頼んでみる。グラウリー、その役目あたしにやらせてくれへんか」

「ラヴィ、今は少しでも奴に対抗しうる術が欲しい…。すまぬ。こちらこそ頼む」

「――ああ。あたしではどうにもならんかった鉱石やが、鎚振る相方くらいは務まるやろうと思う……それが鍛冶師としてこの依頼に参加したあたしの、せめてものチームワークやろ?」

「…すまぬ。道中アンデットやルキフルがお前達を狙わんとは限らん。一人では危険だ…ギマル、そして…バニング、ラヴィを護衛してくれ」

「謝るな!グラウリー」ラヴィはグラウリーの鼻頭を軽く弾いた。

「俺達はベルの父親の容態やリッチの研究についてもう少し調べなくてはならないようだ…。トモトモには手紙をしたためておくから、会ったらよろしく頼む」

「ああ、わかったで…。ボケボケマン」


 ベルがおずおずとラヴィの前に進み出た。

「ラヴィさん…ごめんなさい…よろしくお願いします…」

「――ええんや、あたし、何とか一人でイシュタラズリを御してみせようと思っとったけど…ベルちゃんが自分にできる事を精一杯やってる姿見て、あたしもこれじゃあいかんって、思った。あたしもしっかり自分の務めを果たして早く戻って来るから、ベルちゃんも――すごく辛いやろうけど――負けんといて!」

 ベルは思わず涙が出そうになった。だが今は泣いている場合じゃない、とそれを必至に押し留めた。

バニングはラヴィを見やる。その紅い瞳には道中の迷いはもう無い。この一本気で、真っ直ぐな性格こそがラヴィなのだと、自分を深い暗がりから救い上げてくれたラヴィなのだとバニングは思う。知らず、口端が上がった。


「よし、トモトモへの手紙に、奴が住んでいる住所をしたためて置いた。ラヴィ達、頼む」

「ああ!」

 館を出て馬の綱を解くラヴィ達をベルが見送る。

「ラヴィさん!――全部終わったら、二人でお酒、飲もうよ!う――んと強い奴!潰れるまで!」

 三頭の馬上の人は疾風はやてのように草原を駆けて行く。紅い先頭を走るおさげの鍛冶師が、右手を天に高く挙げた――。


時刻は昼下がり。もう後四、五時間で夜の帳が訪れる――。



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