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黒衣の死神

15

黒衣の死神


登場人物:


グラウリー:大柄な斧戦士ウォーリアー

ラヴィ:女性鍛冶ブラックスミス

バニング:暗殺者アサシン

マチス:老練な短槍フェンサー使い

トッティ:若い鈍器メイサー使い

ボケボケマン:オークマスクの魔導師

エイジ:蒼の魔導師ブルーメイジ

トム:商人

ギマル:部族出身の斧戦士ウォーリアー

ベル・ブルジァ:リドルトの姪。


※     


「起きろ、奴等が現れたっ!」

 闇にグラウリーの怒号が木霊する。ティルナノーグの面々達のうち見張りの五人は素早く臨戦態勢を取り、また仮眠についていた者達も毛布を放り出すと傍らの武器を拾い上げる。冒険者の眠りは浅い。またたくまに彼等は焚き木とベルを中心にして円陣を組んだ。


 彼等をいつの間にか囲んでいたのは、漆黒の空洞をぽっかりとその顔に開けている骸骨戦士と屍肉を引きずる死者達。それはあやかしの森に打ち捨てられた死体達だ。

「またアンデットか!リッチはどこだ?」

「…見当たらない」

「トム、ラヴィ、お嬢――ベルを起こしてくれ。彼女の秘宝の力が要る」

「わかりました!」

「ホラ、ベルちゃん!起きなアカン。大変や――!」

 トムとラヴィが必至にベルの体を揺すった。しかし体を大きく揺らしてもベルはうなされるだけで中々眼を覚まさない。そうする間に魍魎達は携えた武器を振り上げ彼等に迫ってきた。


「ベルが起きない!?くそっ、みんな円陣を絶対に崩さないでくれ!」

「わかった!」

「火を絶やすな!」

 緊張した空気が走る。基本的にアンデットは火を嫌う習性がある。パチパチとはぜる紅蓮の灯火が彼等はもうとうの昔に現世を去った人間なのだとまざまざと照らし出すからであった。

彼等亡者は緩慢な動作で戦士達に近寄って来――しかしその歩みの遅さこそがかえってあるはずのない光景を実に目の当りにして、じわりじわりと腹の底から染み出す様な恐怖を醸すのだ。

 彼等は文字通り恐怖と言うものを知らぬがごとくにじり寄ると、戦士達の攻撃範囲まで後一歩、という所で急にその速度を増して獲物を振り下ろしながら突っ込んできた!


「――!」初撃を戦斧で受け止めたギマルだったが、その打ち込みは存外に速い。続けざま放たれる薙ぎ払いを再び受け止めると、隙を突いて骨盤の辺りを強烈に殴り払った。骸骨戦士はバキインという乾いた音を立てて粉々に砕け散る。

しかしその一体を倒すや否や再び新手の屍鬼が現われる。

一体一体はさほど大した物ではないが、続けざまに、のろのろと現われる骸達はどことなく行列をなして一心不乱に行進を続ける蟻を連想させて。冒険者達はそこに盲目の目的意志――彼等を殺し死肉を食らおうと言う――意志、というものが死霊にそぐわないとすれば、それを操る怪異が傀儡に念じ込めた深い怨気――を感じ取るのだった。


「きりがない。やっこさんまだ現われないって事は、俺達をまず消耗させようという魂胆かよ!」

 エイジが火球をぶつけ、死霊を黄泉に立ち戻らせる魔法ターニングアンデットのルーンを切った。

その影響を受けた何体かの死霊がその場に崩れ落ち、再び元の永眠にさらされる。

「エイジ、ボケボケマン、魔法は温存しながら戦ってくれ!奴がもし現われた時はお前達の魔法の力が不可欠になってくる!」

「わかってるさグラウリー!だが――!」

そう叫ぶ間にも次々に亡者は彼等を襲う。


「どうしてこんなに起こしてるのに起きないんでしょうか――」

 トムはベルの肩を必至に揺すりながら叫ぶ。

「わからない――わからないけど…このベルちゃんの顔は、ただごとやない…!ベルちゃん!」

ラヴィもベルの頬を強く叩く。しかしベルのいらえはない。

「待って――。確かにお嬢様の様子がおかしいが――秘宝を誰が使っても――」

「――! そうか……」

焚き木の焔を反射させて、トムの眼鏡が白く光る。トムの言葉を理解したラヴィが頷くと、素早くトムはベルの腰の後ろに着いているポシェットに手を伸ばした。

「失礼!――これだ」

謎の水晶球と蒼い石。二つのコブトスの秘宝のうち水晶球の方はベルが常に身に着けていた。トムはうまく水晶球を取り出すと、グラウリーに聞いた話を思い出して水晶球を高く掲げた!

「水晶球よ、光を発してください!」

森にトムの声が響いた――…………!

………しかし水晶球はいくら掲げても、一筋の光も発しはしなかったのだった。

「ど、どうして――…」

トムは水晶球を覗き込んだり、振ってみたりするのだが何の反応も得られない。

「あにやってんだトム!遊んでねーでさっさと秘宝のパワーでフォローしてくれ!」

エイジが後ろを振り返り叫ぶ。

「あ、遊んでるわけでは…」

「トムさん、貸して!」

トムがおろおろとしていると、ラヴィがトムの手から水晶を引っ手繰り、掲げた。

「………」しかし水晶球は再び何の反応も無かった。きらきらとした星のような小さな光が水晶の中で僅かに明滅を繰り返すだけだった。

「まさか……お嬢様じゃないと扱えないのか――!?」

トムはうなされて未だ眠りに着いているベルを見やり呟いた。


 彼等は小二十分ほども戦い続けただろうか。

永遠に現われ続けると思われた死霊達は徐々に数を減らしていった。戦士達は荒い息をつきながら汗をぬぐう。

「ハ――ッ、ハ――ッ!ベルはまだ起きないのか?」

グラウリーは斧を真っ直ぐに構えて後ろを見ずに言った。

「…駄目です!どうして起きないんだ…」

「くそっ!」

言いながらグラウリーはふと辺りの様子が再び変化し始めた事に気がついた。

骸骨戦士やゾンビーがその歩みを止め、その得物を胸の前に構えた。その様はグラウリーやギマル達にある光景を連想させる。リドルト邸強襲の折リドルトの部屋で彼等を襲った死霊達が同じ動作をしていた――あの黒衣のリッチが現われた瞬間――!

「―――!」

 ボケボケマンが無言で、しかし力強く森の一角、闇の中を指差した。

瞬間その一角の空間がうねり、歪んだように見え――夜闇の闇より更に暗く、人型をした深い『漆黒』が現われたのだった。

それは人型をしているが戦士達のそれよりも二周りも大きく、ゆっくりと、威厳ある――真に力の強い者が持つ絶対的な強者のオーラを漂わせた歩みで近づいてくる。

死霊達はもう動かずただただ彼等の絶対君主を崇め奉っていた。


「ここからが…本番だ…」

グラウリーは幅広のラージアクスを握りなおした。



「秘宝を差し出すのだ――」

 黒衣のリッチが発した第一声は、かつてグラウリーが聞いたものと同じ。抑揚の無い無機質、だが冷徹で絶対的な命令調の響きを含んだ言葉が耳、いや頭の中に響いてくるような感じがした。

リッチは狂おしく紅い、たぎる血の色のような妖しい双眸をぎらつかせ、両手を差し出す格好で一歩、二歩と近づいてきた。

それは言うなれば『力』の塊、『闇』の、『憎悪』の塊!

リッチが一歩近づくごとに彼等はその烈風にも似た邪気のプレッシャーに耐えなくてはならないのだった。


「そんな…こんな……馬鹿な…」

 トッティの脚は知らず震え出していた。自分の脚がいつからそうなっているのか、まるで地に脚がついていないかのような錯覚を覚え、彼は自分の意識をそこにつなぎ止める事が精一杯だった。

「トッティ、しっかり前を見据えるんだ!飲み込まれるな」

バニングがしかし額に汗を流しながら日輪ひのわを正眼に構えて言う。そしてエイジがトッティの背中をポンと叩く。

「あ……ああ、うん…!」


「待てっ!」

グラウリーはリッチに向かって吼えた。

「…何だ…人間…」

「お前にいくつか聞きたい事がある!何故秘宝を狙う!?」

「何故秘宝を狙うかだと…フハ…フハハハハ!」

「何がおかしい!」

「…フ、フフ…そもそも『それ』をむしろお前達人間が持つ事自体が可笑しい。それは我等魔の眷属が持ってこそ効果を発揮するものよ」

「なんだと――?」

「儂が使ってこそ、その水晶は真の恐るべき内蔵された力を発揮するのだ。儂はその力を取り込み――」

「不老不死にでも、なろうってのか?もうあんたミイラみたいな、限りなく不老不死に近しい存在じゃねえか」

口を挟んだのは、エイジだ。

「ほう――魔導に携わる者がいるようだな…。だが不老不死など、それだけのものではないのだよ!この水晶の力は!!」


「…っけ、そちらにせよどーせろくでもねえ魂胆だろーが――俺ァリッチなんてのはな、昔から忌々しくてたまらねえんだよ!干からびた血も通ってないジジィが。お前みたいな奴をのさばらせておいちゃあ地上に生きる生き物に安息は訪れねえんだ……そう、俺の魔法で消し炭にでもしてやんねえとな!」

 エイジは朗々と謳い上げた。その言葉に瞬間場が張り詰め、見えない力が充満するのがわかった。

「…口の聞き方を知らぬな…若造が…。ならばその力、試してみるか?」

リッチの右手が妖しい唸りを上げてマグマ色にたぎる。エイジはさっと胸ポケットに手を伸ばした。

「まだ聞きたい事はあるっ!」グラウリーがエイジを手で制す。

「ベルの――あのブルジァ家の少女の父親に呪いをかけたのは、何故だ!?」

「……フ…フフ――。そうか、お前達はその水晶をジル・ブルジァの所まで持っていこうとしているのだな?」

「こっちが質問をしている…!」

「馬鹿な奴等よ…だからお前達人間にはその水晶など扱えぬのだと言っている。その水晶球には、ワシの呪いを解く鍵などないと言う事を知らぬとみえる」

「―――!」その言葉は彼等をハッとさせた…。彼等が命がけで得た秘宝、リドルトが弟の身を案じて託した秘宝、そしてベルが父の為に持って行こうとしている秘宝……。

その、全てが意味がないと言うのか?


「お前達が秘宝を無事発見できたのは幸運だった…デュロズ――あの醜い何百年も生きた道化が隠し持っていた秘宝は既に誰かに持ち去られた後かと思った……結果的には噂で秘宝の収集をしているあの豚を襲撃すれば秘宝の情報が入ると思っていた所に、お前達が秘宝そのものを運んできてくれたのだからな……」

「――バルティモナ山のリッチを殺したのはお前だったのか…」

「そうだ!あのデュロズには『適正』が足りなかった!だから何百年と生きていようが儂になぶり殺されたのだ!そうして儂は奴をバルティモナの王座から引きずり落とし、バルティモナを支配した!」

「ハーピーの大増殖も、鏡の呪いも…ルゥ達の呪いが解けなかったのも…アンタが原因やったのか!」


「ククク……バルティモナの秘宝の噂を聞きつけた人間どもが彼の地に集ったのは幸いだった。儂は呪われたハーピー供や呪いの鏡を操り彼奴等きゃつらによって殺された人間供の魂のエネルギーを我が呪いの力の一部とした!」

 魔法銀ミスリルの小刀を振り上げリッチに向かおうとするラヴィを、バニングが背中で押し留めた。


「 『適正』と言ったな……!何の事だ?それは」

「……所詮お前たちのような俗人共には関係のない話よ…。さあ!ここまでだ――秘宝を差し出せ!もとより星は我が元に!水晶球は我が手に落ちる運命にあった!!」

 これ以上の話など必要ないと言う事なのか、リッチがその両手を水平に広げた。解き放たれた魔力はいよいよ強力で、暴風から身を護るかのように戦士達は身をすくめた。

――一斉攻撃を仕掛けるしかない――そう思ったグラウリーは先陣となるべく重く感じられる脚を大きく上げて黒衣の死神に踊りかかろうとした。


「ベ、ベルちゃん――?」

 ふと、後ろで声がした。

振り返ると煌々と燃える炎の中に人影が立っていた。いや、それは正しくは炎の揺らめきを背負ってシルエットを象ったベルの姿。元より紅いマント、皮の鎧が火に照らされてより紅く燃え立つようだ。

立ってはいるものの顔をうつむけた彼女の手には、しかしいつの間にかあの水晶球が握り締められている。



――ベルが、顔を上げた。


「――ハッ……!」

 ほんの数瞬だが、グラウリーを初めとするティルナノーグの戦士達は息を呑んだ。

燃え立つような金髪の中に覗くベルの双眸は、どこか虚ろ――だがその眼が見えた瞬間、まるで悪魔に心臓を掴まれたかのような寒気とプレッシャーを感じたからだ。

それは、どこか黒衣のリッチの脅威にも似て――。


「………また――アンタなの……?邪魔をしないで…消えなさいよ!!」

 夢うつつで目覚めたような顔をして、ベルがぼそぼそと喋る。そして水晶球を掲げ上げると、そこからあの白い光が漏れ出したのだった。

「ウオオォォォオ……――」

 前と同じように水晶が発す光はリッチ、アンデットに対する絶大な効果があるらしく、死霊達はこぞってうずくまり、そして怨気の悲鳴を奏でる。

「き、貴様……ベル・ブルジァ…――やはり…『適正』を持つ…者……!!」

リッチは銀髪を振り乱し、体中から白い煙を発しながら吐き捨てた。


「何と言う運命――…よい…今暫くは、貴様にその水晶を預けて置こう…」

そう言い残すとリッチは二、三歩後ずさりをし、きびすを返して死霊達と共に素早く森の中に消えていった。

「待てッ!」

 グラウリーが追おうとするが、それは無駄だった。闇を知る死霊達があやかしの森の夜闇に紛れ込んだのを単独で追おうとすれば、逆に待ち伏せや罠に掛かる可能性があったからだ。


「――……!」グラウリーは闇の虚空を睨むと、向き直ってベルの所に駆けつけた。

彼等は火の回りでベルを囲んだ。水晶の光を発した後ベルは再び気を失ってしまったからである。

「ベル、ベル」グラウリーが肩を揺する。すると今度は気がついたらしく、ベルが薄っすらとそのエメラルドグリーンの眼を開けた。そこには先程感じたプレッシャーは無く、いつものベルの眼の輝きがあった。


「……あれ?どうしたの…みんなで集まって――何か…あったの?」

 だがベルは、気がついても先程自分がした事を全く覚えていないのだった。

戦士達は大きな疑問が湧き上るのを感じたが、何となく今はその事をベルには告げる事ができないでいた。残党のいない事を確認すると、彼等は再び五人ずつの仮眠を取り、闇に住まう者達が恐れをなして顔を出さなくなる朝日をただひたすらに待つ――。



 彼等がルナシエーナを出てから一週間と二日あまりが過ぎようとしていた――。

既にルナシエーナを取り巻くあやかしの森を越える事ができ、草原地帯を越えて『トールズの原始林』にその脚を踏み入れる所であった。旅の速度としては通常よりもかなりのハイスピードで移動しており、メンバーの中にも疲労が蓄積されてきていた。朝日が昇り辺りが見通せる七時頃から移動し、幾度かの小休憩を挟んで日が沈めば移動をしない、という定石までも破ってひたすらに夜九時、十時までも馬を走らせたのだ。彼等の内腿は激しい筋肉痛になり、馬もまた疲弊して馬の為の休憩を取らなければならぬ事も多々あった。

 リッチが襲ってきた夜以来、彼等は確かに安息できぬ夜を過ごして来た。丑三つ時になると森、草原を問わずいずこから現われた死霊達が彼等を襲おうとしたのだ――。


 しかしあやかしの森で最初彼等が襲われた時とは決定的に違う事が一つだけあった。

黒衣のリッチが、あれ以来現われないのだ――。

前のように初め出てくるアンデット達をいくらなぎ倒そうとも、リッチは姿を現そうとはしなかった。

毎夜二、三十分ほどアンデットを差し向けては、そうすると引き返してゆく。それが何度も何度も続き、気がつけばこれだけの日にちが過ぎようとしている。

確かに彼等にとってはリッチが出てくれない方がブルジァ邸を目指すには好都合であったが、あの怨念深さを見せたリッチが何の音沙汰もなく現われないと言う事は、逆に何か策略があるのではないか、という不安を掻き立てるのだった。



「あやかしの森とは全然違う――これが…トールズの原始林…」

 トッティが馬の手綱を操りながら見渡した。

黒々とした土から大人五人が手を繋いで輪を作るよりも太い木の根がうねるように盛り上がっている。それは複雑な波を見せて他の根とからまりあうと、雄々しく、神々しくすらある、長い長い年月を経てきた幹に交わって、天を突くかのような高い巨木を支えるのだ。

あやかしの森の木々も立派なものだったが、この原始林の木々達はそれよりも一つも二つも、異質な何かを備えている。あやかしの森やその他の森の木々が秋色に移り変わっていくその様は正しい季節の移り変わりや生命の息吹を感じるようだったが、この原始林の木々達のそれは、もっと力強い。太古からを生き抜いてきた、ある意味貪欲とも言えるその生命力、力強さに圧倒すらされる。


木、という植物がただそこにあるというだけでなく、まるで大きくどっしりとした巨大な生き物がそびえているかのような錯覚を時折覚えた。

森と言うにはあまりにも全てが違いすぎた。深いが高く、巨大な木々達。それはむしろトッティにあのバルティモナの大空洞を連想させた。

「行こう」というグラウリーの言葉にふと我に返ったトッティはもう一度ぐるりと森を見渡すと、手綱を引いた。こうして彼等はトールズの誇る時の流れの止まった原始林の、巨大な腹の中に飲み込まれていくのだった。


                                *


 青と紫、そして黄金色が交じり合う空。黄昏時――。

広い広い庭園に、わたし一人だけ――。

どこもかしこも行きつくして、遊びつくした庭園。でも、ここでしか遊んだ事が無い。

今日も同じように遊んで、日が暮れた頃同じように館に帰るのだ。


「………」

地面に落ちていた小石を、三つ四つ拾ってみた。

何となくそれを、池に向かって投げてみる。思い切り、思い切り――。

四つ目の石を投げ終えてもっと石を拾おうとかがんだ時、後ろから長い影が伸びた。

それはゆっくりと、太いそのシルエットを揺らしながら近づいてくる。

ベルはそのシルエットの持ち主が誰だかすぐにわかっていた。だから驚かそうと思って黙っている。影がすぐそこまで近づいた時、ベルは咄嗟に振り返ってみた。

「伯―父さ――」


「!」


 ベルはそこで、声にならぬ悲鳴を上げた。

伯父さん――リドルトのはずの顔が、腐りただれて醜い怪物のようになっていた。

特に顔の左側のただれようは酷く、溶けた皮膚が毒性の、粘性のある濃硫酸のようにゆっくりとくずおれていき、彼の左眼を覆い隠してしまっていた。口からは何か言葉のようなものを発してはいるが、それが何と言っているのかは全くわからぬ。右肩には大きな穴が空き、そこからは毒々しい黒い血が、滝のようにこぼれ落ちていた。「ア…ア…」と、呻くような声を発しながら顔と同じようにただれた両手をベルに向けると、それは一瞬大きくなったように見えて彼女に覆いかぶさってきた。瞬間、リドルトのはずだった男の眼は、黒く虚ろな二つの空洞となった――。



「――――ハッ!!」

 脳裏を、黒く巨大な馬が走り抜けて行くイメージがあった――。

びくんと体を揺すると、眼の前にパチパチと音を鳴らす炎があった。ランダムにはぜる音を鳴らすその音は、しかしそれでも唯一時のうつろいを測っているかのように。

全身が汗でびっしょりなのに気がついた。心臓の音もバクバクと波打っている。

(悪夢…)

静かな森の中だと言う事を少しずつ頭に染み込ませてゆき、あれが現実ではなく夢だった事を認識していく。(あれは夢。夢…)ふーっと小さく長い息を吐くと、汗を拭ってベルは後ろを振り返ってみた。


「…グラウリー…?」

 そこにはグラウリーが座り込んでいた。愛用のラージアクスをすぐ傍らに置き、いつでも臨戦態勢になれるように――。

「寝て――いるの――?」

グラウリーが寝ている所を見るのは珍しい。そう思った瞬間、だがベルは辺りの様子がおかしい事に気がついたのだった。

彼女以外の全員が寝息を立てて眠りについている――!

その事の異常さを知った時、どこからか白い霧が出て辺りを包んだ。困惑するベル。紅くはぜる焚き木の音だけが、パチパチ…と響いていた。



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