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旅路

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旅路


登場人物:


グラウリー:大柄な斧戦士ウォーリアー

ラヴィ:女性鍛冶ブラックスミス

バニング:暗殺者アサシン

マチス:老練な短槍フェンサー使い

トッティ:若い鈍器メイサー使い

ボケボケマン:オークマスクの魔導師

エイジ:蒼の魔導師ブルーメイジ

トム:商人

ギマル:部族出身の斧戦士ウォーリアー

ベル・ブルジァ:リドルトの姪。



「私のことは お嬢様 って呼んでよ」


 声を発したエメラルドグリーンの瞳の少女の周りにいた、七、八人ほどの男女が一斉に固まった。

「え……?」

トッティが信じられぬものでも見た、いや聞いたような顔をして少女――ベル・ブルジァの顔を見た。だがベルはそんな事を意に介さぬ様子で平然と口を開く。

「だって私は仮にも依頼人だもの。それなのにベル、だなんて呼び捨てにされるなんておかしいわ。そうでしょ?」

ベルがあまりにも当然のように言うので――グラウリーは、あ、ああ…とおぼつかない返事をしてしまうのだった。

他のメンバーも口に出して言いたい事は山ほどあったのだが、ベルの譲らぬ顔つきを見るとどうやらこれは本気なのだと悟ったらしく、不承不承といった面持ちでベルの提案を飲んだ。

「…意外に変なトコある娘だな…」

エイジが呟いた。トッティはよくわからぬと言う顔で首を振る。


                              *


 ベルがティルナノーグのメンバーに護衛の依頼をしてから一時間半あまりが過ぎようとしていた。

トムがリドルトやギルドへの伝言作業をしている間にトッティとギマル、グラウリーはバルティモナやそこからルナシエーナ迄の道のりで消耗し無くなってしまった携帯食料品や燃料、生活必需品などの買出しに。エイジとボケボケマンら魔道師連中は魔法の触媒として使う希少な秘薬を、ルナシエーナのまじない小路へと補充しに行った。残ったマチス、バニング、ラヴィは拠点としている宿屋でベル、そして秘宝の護衛をする事になった。


 前人未到の大冒険であったバルティモナ大空洞を制した彼等は、そしてその後のリドルト邸の襲撃にさらされ実の所精神的にも肉体的にも若干の疲労を感じてはきている。それは長い長い放浪の旅がやがていつかその旅人の精神こころに、僅かではあるが徐々に負担を掛けていくのにも似て。それほどまでに人は定期的な安定というものが必要であり、例えば長い旅路を行く旅人などはそんな人体の構造をよく心得て体がシグナルを出す前に直感的な休養を取るものなのだが、彼等冒険と戦いに身を置く者達にはその常識が通用せぬ。

 そういった意味では冒険を生業とする者達は非常に忍耐強く、精神的にも強かったと言えるのだが、強いという事と負担がかからぬという事は同じではない。それは眼に見えぬほどの量やペースで徐々に体をむしばんで行き、彼等が全てを諦めて脚を止めるその時まで、もういいだろう。もう疲れただろう。という甘く残忍な誘惑をかけるのである。


 勿論それは彼等にとってはまだまだ耐えうる事ができるレヴェルであり、だからこそ彼等はバルティモナに続く危険で困難な冒険へと脚を踏み入れる準備をこなしている。

精神的に強い。という点では彼等ティルナノーグのメンバーではないが依頼者のベルもまた、見かけと年齢とは裏腹に気丈であったと言わなければならぬ。

突然の父親の奇病、手がかりの無い治療法を探す旅、リドルト邸の襲撃に見舞われても彼女の瞳は諦める術を知らぬ。エイジが言った通り、芯が強いと言うに値する意志を秘めていた。


 ただ彼等の中において一人、まるで旅の中に何事かの憂いを持ちえてしまった。と、今では誰もがはっきりと感じられる人物がいた。ベルやマチス、そしてバニング達のいる場所から離れて窓の外を見やりながら物憂げな顔をした人物――ラヴィであった。


その顔からはかつての一本気で快活な面持ちを見る事はできず、まるで何かに取り憑かれでもしたかのような深い思索と物憂げさに満ちていたのだった。無論彼女はそうである理由をメンバーの誰にも言わず、そうであるからまたラヴィの変化に気付いた者には一体どうして、という疑念をたびたび抱くのであった。


 バニングとほぼ同時期、バルティモナで秘宝を発見した時以来にラヴィに変化が見られた事に気付いたのはマチスであった。彼は温和な性格のせいか、パーティーの内部状況に気を配る事に長けていた。気配りが効く、という点ではパーティーリーダーでもあるグラウリーもまたそうなのであるが、マチスの場合のそれはグラウリーと少し違っていて、グラウリーが冒険中の状況、パーティーの戦力、状態などを常に把握して最適な戦術、選択を選び取る事ができるというものに対し、彼はもっと個々の精神面による所――人の気持ちを読み取る配慮により長けていたのだった。


 ラヴィを悩ませているものは何か、という聞きたくとも聞けぬ彼女の雰囲気に阻まれて今まで言わずにおいたのだが、それももう限界であった。このままほおっておけばかえって取り返しのつかぬ、そんな気がしてついにマチスは質問をしようと思い立った。


「ラヴィ、何を悩んでいる」

だが、その言葉を発したのはマチスではなかった。

ラヴィの脇に歩いてきて、彼女と同じ外の景色を眺めるようにその質問をしたのはバニングであった。これにはマチスが、そしてラヴィが、驚きの顔を見せた。

「え――……あたし、悩んでるように――見える…?」

「ああ。その――ラヴィは気持ちが顔に表れやすい…からな」

「そう――か…」

 ラヴィは呟きながら戸の開かれた窓の窓枠に両手を乗せて、身を乗り出した。外の爽やかな空気で胸を満たそうとするような、そんな仕草だった。

「隠すつもりはなかったんやけど――ただ、一人で考える時間が欲しかったから…」

バニングは黙って頷き、話を促す。マチスはもとより、何時の間にやらベルでさえも聞いてない風を装ってその実興味ありげに聞き耳を立てている。

「バルティモナの――」


「たっだいま――っ!」

 ラヴィが口を開きかけた時、勢いよく部屋のドアが開いて違う声が響いた。驚いて振り返る視線の先には、エイジを初めとする買出し部隊の面子が揃いも揃って現れたのであった。

「いやー遅くなっちまったぜ!まじない小路のあの胡散臭いパンツ一丁の変態魔道士の爺さんが、最後の最後まで粘ったからなぁー!」

「一体何を手に入れたの?」とトッティ。

「へっへっへ、これよこれ」

と言って、エイジは胸のポケットから2本の小さな試験管のようなものを取り出した。中には紅い液体が入っており、コルク栓で蓋をされてその外に何やらルーン文字の描かれたテープのようなものが幾重にも巻かれていた。

「金をいくら積んでも売らねえ!ワシに三回連続でサイコロで勝てたらやろう。なんて言いやがったからな!」

「こいつはこういう時の強運だけすごいんだよ」ボケボケマンが苦笑しつつ言った。

「だから何なんですか、結局それは?」

「へっへっへ…まあ実際使ってみてのお楽しみって事で…とにかくこいつは希少なモンだぜ」

「買出しも終わったぞ。待たせたな」ギマルは沢山の買出し品を机の上にドサッと置いた。

「………」

「………」

 タイミングが悪かった。バニングとラヴィは顔を見合わせると、機を逸してしまったかのように黙り込んでしまった。


                              *


「さて…そろそろ出発しましょう!皆準備は大丈夫よね?」

 ベルは紅いマントをボタンで留めると皆にそう言った。グラウリー達は補充した道具や食料などを各自荷物に入れ、再び旅に出る体制を整えたのだった。


 彼等は道中のルートを話し合って決めた。まず、水晶球の秘宝を持って行くベルの父親がいる場所、ブルジァ邸が最終目的地となる。ブルジァ邸はバルティモナ山の山をいくつも越えた西方に位置しており、ルナシエーナからは北西、大陸の一番北西に位置するトールズという都市から少し離れた場所にあるのだという。その周囲を広大な「トールズの原始林」に囲まれたトールズは、その豊富な資源を活かした商業、文化が発達しており、海岸に面している事から貿易、また辺境への連絡船も発達している。都市としてはベルクフリート、ルナシエーナ、バレルナ、タリム・ナクに続く五番目の都市である。ブルジァ邸もトールズの原始林の中の一部開けた場所にあるのだという。

 ルナシエーナからは一応街道が通ってはいるが、その道中には彼等が懸念すべき要因が多々あるのだった。まず第一にルナシエーナの周囲にはあやかしの森と呼ばれる、トールズの原始林程ではないにしろ広大な森が広がっている事。そしてそこを抜けたとしても暫くすると再び深く、闇濃く原始の生態系を残すトールズの原始林がある。普段ならば深い森とはいえ、彼等にとってそれほど懸念すべき場所ではないのだが、今はかの黒衣のリッチが残した言葉『もう貴様等にとって安らかな夜など無い』という言葉が気に掛かっていた。夜闇こそ彼等闇の眷属が最も活性化する時。

 そして深い森というのは魔の力が及びやすい場所でもある。もしかしたら再び黒衣のリッチは彼等の前に姿を現そうとしているのではないだろうか。


 トールズの原始林に入るまではあやかしの森を迂回して進んだ方が良いのではないか、という意見もあったのだが、そうするとルナシエーナを抜けるまでに1.5倍以上もの時間を食ってしまう事になってしまう。さらに月の暦が変化するのを待ち、転移門を使ってトールズ北東の転移門まで瞬間移動するという意見も出てはいた。これはしかし、暦の関係でルナシエーナからトールズまで馬で旅するよりも若干の時間を食ってしまうという理由もあったが、それよりもベルの心情的な面を考えて実行できぬ計画であった。


 それが恐らく一番安全かつ確実な方法なのだとはいえ、いつ死神がその枕元に訪れるかわからぬ父親がいるというのに、暦が変わるのを待ってルナシエーナに留まり続ける。というのはベルにはあまりにも残酷すぎる選択であった。秘宝をリドルトより譲り受けた以上彼女は一刻も早く病床の父に秘宝を持って行きたいのである。というわけで結局彼等の取る道筋は馬を用いてあやかしの森を抜け、街道沿いにトールズの原始林に入り、ブルジァ邸を目指すというものになるのであった。普通の速度ならば旅人が三週間で着く道程。それを時間の無い今回の旅ではもう少し速度を上げてゆくつもりだった。


 彼等が馬を十頭用立ててルナシエーナ正門を出たのは午後の四時過ぎ。街は不夜城へと変化を見せ始める寸前の、昼と夜の入り混じりあう黄昏時にも似た二極の様相を重ねて見せており、街の中央の尖塔が幾つも連なる大聖堂の巨大な鐘は、あと一時間で街中にその音を響かせるのである。

「さあ、行くぞ。皆、もうひと頑張りだ!」

 グラウリーの号令がこだまする。馬の嘶きが聞こえ、そして蹄の音。彼等は日の落ちようとしている方角へと馬を走らせた。


挿絵(By みてみん)


                               *


 少しでも早く。

その想いがパーティーを占める。

ベルの父親を救う為一刻も早く秘宝を届けなければならなかったし、そしてルナシエーナの周辺に広がる黒々とした森を少しでも早く抜けなければならなかったからである。


 ルナシエーナの門を出てから一時間ほども走ると、そのあやかしの森は見えてくる。トールズの原始林のように現代の生態系とは遠く離れた人智の及びにくい場所ではないにせよ、それでもルナシエーナに住まう人々がこの森をあやかしの森、として忌み嫌うのは、太陽の光がほぼ遮られると言ってもよいほど木々が深く密生している部分が多々ある為、そしてその暗がりの部分に魑魅魍魎が跳梁跋扈すると考えられ――実際にしていた――ていたからであった。


 秋の日はつるべ落とし――と例えられるように、この時期、日が沈むのは早くなってきている。

森の入り口まで来るとトムは懐中時計――この時代とても高価なものだった――をちらりと見た。時刻は十七時十七分。太陽は森の彼方へとその姿を隠しつつあり、空は次第に赤味を増して目にも鮮やかな黄昏時を作り出そうとしていた。


「ここからは速い速度では走れない。皆一列ずつになって進んでいこう。先頭は俺が、二番手はバニング、そしてトッティ、ボケボケマン、その後ろにベル、マチス、ラヴィ、トム、ギマル、しんがりをエイジ、頼めるか?」

「OK、まかせときな」

 あやかしの森には一応の街道が通っており、それは北のベルクフリート、トールズへと続く道などに通じてはいる。しかしその街道は森の中を走るものであり、迂回して作られた新道からすれば石畳の質も、道の幅もランクダウンする旧道であった。

 しかし彼等はこの旧道を抜けて行かなければならない。グラウリーはここで全体的に戦士を均等に配置し、どの角度、距離にでも柔軟に対応でき、判断力、計算力に優れたボケボケマンら魔道師を前列と後列に配置した。


 旅の定石を言うならばこれから暗くなる時間帯に森に入ろうとはせず、入り口付近で一夜を明かすのが当然である。そうも言ってられぬ事情ゆえに、だが一抹の不安を胸に抱きながらグラウリーは進軍を指示した。

森はうっそりと暗く、あちらこちらから虫や鳥の鳴き声が響く。彼等は時間的にはまだ若干早いながらも松明に火をつけると、暗がりへと進んでいった。



「…しかし、本当にあの水晶球に奇病を治す力があるのかな…」

「俺にはわからん――わからんが…俺が気絶した時にグラウリーはあの水晶球が白い光を発して黒衣の妖魔を退散させたと話していた。何らかの奇妙な力を持ってはいるのだろうが――」


「――ラヴィ、腹減らないか?俺もう減ってきちゃったかもしれないな。っかしいよな~宿屋出る前にたんと食べたはずなのにな~ははは…」

「……いや――あたしは…まだ…減っとらんな…」

「そ、そうか、ははは…」


「ベル――いや、お嬢様。だったか…父親の事が心配か」

「――うん……とても心配…。どうしようもなくて、誰に見せてもさじを投げられて、病気を治す事ができる『何か』を探しに旅に出てから…もう随分と時間が経ってしまったの…。逐一手紙で病状を確認してはいたんだけど――ルナシエーナに着いてからはまだ連絡が帰ってきていないから…

せっかく秘宝を手に入れたのに、もしも手遅れ…嫌!そんな事考えたくも無い――」

「……考えてもどうしようもない時は、一旦考えるのをやめる事だ。常に冷静でいて、その時出来る限りを尽くすしかない。魔法も、全ての物事も、そうしなくては何もうまくいかない……」

「………うん…」

「………」

「うん……、わかった!ところで、前から気になっていた事があるのよ。今聞いてもいいかしら?」

「どうした?」

「なんでボケボケマンは…そんなおかしなマスクをかぶっているの?いえ、どうしてボケボケマンだなんて、まず名前がおかしいわ」

「――――――………」


「…トッティはどうしてティルナノーグに入ったんだ?」

「えっ?俺?」

「ああ…」

「俺かぁ……、俺、ずっと母さん一人に育ててもらってたんだよね…父さんは死んだって聞かされててさ」

「そうなのか?」

「うん、でも俺が十六歳の頃、ある人から父さんは生きてる。って聞いてさ、えっ!って、思ったわけよ。だって小さい頃からずっといなくて当たり前と思っていた俺の父さんが、生きてるなんてさあ。で、その人に詳しく話を聞いたらさ、俺の父さんはティルナノーグっていうギルドにいるって言うんだよね。俺、そしたら俄然父さんを何とかして見つけ出したくなって、このギルドを探したね。色々な人の情報を集めて、危険な橋も何度も渡った。それでとうとうギルドの人間に会ったのさ。でもその人は、俺の父さんなんて人は知らないって言うんだ。がっかりしたよ。でもその人は言ったね。ティルナノーグは決して明るみに出るギルドじゃあないけれど、世界中の色々な場所に支部や、隠れ支部などが存在しているんだって。もしかしたらそういう場所に、多くのギルド員が知らないだけで俺の父さんはいるかもしれない、ってね。だから俺、決めたんだ。父さんを探し出す為にギルドに入ろうって。ギルドに入って色々な仕事をこなせば色々な人に会える、色々な事が知れる。そこに父さんの手がかりがあるかもしれないってね」

「お袋さんを一人残して、か?」

「――ああ、言い忘れたけど俺、弟が一人いるから。マルって言うんだけど、今はそいつが母さんの面倒を見てくれているから。気のいい奴でさ」

「それでもいいのか?いるかどうかわからない父親を探す方が、家族と一緒に暮らすより…」

「……ある日偶然見たんだよ。部屋に一人でいる母さんをさ。肖像画、見てた。見て、泣いてた。次の日母さんがいない時を見計らって、隠してあった肖像画見てみたんだ。そうしたら、若い母さんと、俺に似たような――きっと父さんの顔があったよ。だから俺思ったんだ。どうしても父さん見つけ出してさ、何で俺達の前からいなくなったのかわからないけど――母さんの前まで引きずり出してやらないとってさ!

……これでもちょくちょく家のあるベルクフリートには帰ってるんだからね」

「そうなのか…わかった。俺もできる限りお前の父親の事をギルド員に聞いてみよう」

「わお、ありがとう!――そうそう、バニングさん、強えーよなー。今度戦い方も教えてよ。手合わせお願いします!」

「………ああ、いいだろう…」

「ひゃっほ――!」

「…そういえば、トッティが初めて会ったギルド員というのは誰だったんだ?」

「え?バニングさんも知ってる人だよ」

「そうなのか?」

「うん、そうだよ、あの人――」



 森の中をひた進む彼等は、日が暮れて周囲が寂しくなるにつれて逆に、饒舌になっていた。

最早木々の間から見える狭い空は暗くなり、僅かに月明かりと星を覗かせた。森に入る時聞こえていた虫の音、鳥の鳴き声はいつしかホーッ、ホーッという妖しげな夜鳥の鳴く声、そしてどこからかずるり…ずるりと這い回るような音、何か大きなものが木々の間を飛び交うような、一種怪音とも取れる音にすりかわっており、それは彼等の眼の前に姿を現さないだけに、余計に不安を掻き立てるものとして聴こえてくるのであった。彼等はその不安を紛らわそうと、無意識の内に口を動かしたくなってしまったのかもしれなかった。


「ここがいいだろう」

 グラウリーはよく通る声でそう言うと、後方に止まれのハンドシグナルを指し示した。

そこは深い木々において僅かに森の開けた場所、砂漠でのオアシスのように闇空に広々と月を臨む事ができる円形の広場のような場所であった。

「もう時間も遅い。今日はここに野宿しよう。馬を木につないで火を焚くんだ」

トムが時計を見ると時刻は夜十時三十六分を指していた。旧道が通っているとはいえこれ以上夜の森を進むのは危険であり――ただでさえ急ぐ為に普通の旅人なら野宿をする時間を大幅に過ぎて進んでいた。――、明日の朝方まではここで火を囲み食事を取って体力を回復しなくてはいけないのだった。


「そろそろ真夜中の時間帯――気を抜いては休めないが…」

 彼等は火を囲んで暖を取り食事を取った。バルティモナからルナシエーナへ、そして今度の旅。と、殆ど連日馬に乗り続けたせいで、さしも旅なれた彼等も少しばかり内ももが痛い。グラウリーの提案で彼等は二時間ずつ交代で、五人ずつ仮眠を取る事にした。

 ベルなどは気を張り詰めていたものの相当疲れていたらしく、横になるとくぅ、くぅ、と音を立てて深い眠りに着いてしまった。

「二時間交代で」最初の仮眠に着いた者達も次々と横になる。円陣に火を囲み中央側に仮眠の者達を、その外周を見張り番が固める。もちろん火は絶対に絶やさぬようにする。周りを黒く覆う深い木々のお陰で広場の周囲はほとんど視界が利かぬ。得体の知れぬいななきが聞こえ、ここは外界と隔絶された魔の領域なのではと心細くなる中で、その焔の光だけが人間の住まう世界との唯々一つの繋がりであるかのように思えた。


 彼等は何度かの仮眠、そして交代を繰り返した。夜は刻々と――肉眼では変化を確認できないが――深けてゆき、夜零時を過ぎて二時に差し掛かろうという所だった。

グラウリーはベルにまとまった仮眠を取らせたいと考えていたので、ベルだけは起こさないでおいた。彼は火に薪をくべつつ、ふとベルの顔を覗いてみた。


「――!」


 グラウリーはぎょっとした。つい先程まですやすやと小気味良い寝息を立てていたベルの顔には滝のような汗が浮んでおり、眉間にしわを寄せて歯を固く食いしばっていたからであった。それは明らかにうなされた表情であり――それもただ事では無いほどのうなされようだったからであった。


「ベル――」

 起こそうかどうか迷った、その時。長年の戦いの勘はふいに彼の背後に気配を感じさせた。

それも一人、二人ではない――もっと多くの気配――。

はっとして振り向いた彼の目線の先には、闇夜の森の中に浮ぶ幾人もの人影があったのだった。



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