リドルト邸にて
第二章・我が儘お嬢様
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リドルト邸にて
登場人物:
グラウリー:大柄な斧戦士
ラヴィ:女性鍛冶師
バニング:暗殺者
マチス:老練な短槍使い
トッティ:若い鈍器使い
ボケボケマン:オークマスクの魔導師
エイジ:蒼の魔導師
トム:商人
ギマル:部族出身の斧戦士
※
彼等はついにバルティモナに眠る「秘宝」を手に入れた。
バルティモナ山を支配していたはずの不死者リッチを殺した刺客が、なぜ秘宝を奪い去らなかったのか――。
それについてはパーティーで議論がなされた。だが、やがて一つの結論に達したのだった。
『刺客は、秘宝の隠された隠し部屋を発見できなかったのだろう』という事。
隠された秘宝達は秘宝の置かれた台座の文字から察するに、かの闇の王の弱点となるべき宝具だったはずだ。だから彼はその弱点となる秘宝を自らが封印する事で、自身を脅かすものをなくした。
だが秘宝を隠したとなると、次に心配なのはそれを発見する者が現われないかという事だ。
そうして考えを進めてゆくうちに、彼はその鍵となる『指輪』を自身で管理する事を思い立ったのではないだろうか――。
自らが常にそうして鍵を持っていれば秘宝を発見する事は事実上できないからである。
そのトリックに刺客はどうしても辿り着く事ができなかった――。
秘宝の封印された小部屋の脇に石の扉を隔ててもう一つの小部屋があり、そこに入ると、複雑な文様が円形に描かれた魔法陣の中央部分に、紅白く光を放つ楕円形の力場が宙に浮いているのだった。門――空間転移の『門』である。
「やっぱりだ。あったあった。さすが古から伝わるダンジョンだわ」
それは図らずもエイジの言うとおり、バルティモナ山の高層部から山の麓まで転送する古代の片側一方通行の空間転移力場であった。
「大丈夫みたいだ。ほーらなトッティ、俺様の言った通りだったべが!」
「ま、マジか……」トッティがあんぐりとして、だが安心した顔で言った。
エイジが罠がないか確認をすると、メンバーは各々発光体へと飛び込んで行った。
*
しかし謎は残った――。
何故、何者がバルティモナ山の闇の王、リッチをより深い暗黒の淵へ追いやったのか。
それは人であるのか、それとも人外の者のなした仕業であったのか――。
釈然としないわだかまりを残したまま――だが彼等はそのような事で脚を止めるいとまは無く――彼等は不夜城ルナシエーナへと脚を向けなくてはならなかった。元はと言えばルナシエーナの富豪リドルトからの依頼を果たす為の遠征であった。秘宝を手に入れた今、彼等が最優先すべきは依頼者に秘宝を手渡し報酬を受け取る事だった。
だが彼等、そして彼等の所属するギルド・ティルナノーグは今回その報酬以上の名声を得るだろう。
この時代名声というものの持つ価値は、あるいは純金以上に重いものであった。不法に人を殺めたり詐欺を働けば、冒険者、吟遊詩人、町に住む人々……あらゆる口から口へと伝わり、白い眼で見られる。時としてもう日向で暮らす事ができなくなってしまうほどの枷を、その身に背負ってしまうのであった。
反対に歴史的偉業を成し遂げた者や、伝説の怪物や魔物を駆逐した冒険者達は人々の尊敬の対象となっていった。その最もたる名声を得た者は 『アダマス 』や『卿』、『勇者』といった称号を頂くのだ。
ティルナノーグというギルドは決して一般に広く知られているギルドではない。だが名のある冒険者、情報通の依頼人などには『知る人ぞ知る』的な存在であり、今回の偉業はその存在に更なる信頼感と依頼の増量をもたらすに違いないのであった。
「あの時低層の大空洞にいた冒険者達は、やはり甚大な被害をこうむっていたそうですよ」
きれかけた食料を酒場で調達してきたトムが山肌にぽっかりと口を空ける空洞を見据えながら言った。
「不思議ですよね…闇の王はもういないというのに…鏡の呪いも、ハーピーの呪いも解けていない…」
「そっか…大空洞のストーン族ハーピーは異常発生してるけど、奴等はバルティモナ山の外には出られないはずなんだ。眼の色変えて大空洞の中に入らなければ、冒険者が被害をこうむる事もないか…。俺、酒場のマスターにそれだけ伝えてくるよ」
マチスはそう言うと、小走りで酒場へと走っていった。
「教えた所で秘宝目当ての冒険者が後を絶つとは思えないが…さりとて俺達が今秘宝を持っているとは口には出せぬしな」
「ウム……マチスはそういうのはほっとけない性質だからな…」
ボケボケマンとギマルがそんな会話をしているとマチスが戻ってきた。
「待たせた。それじゃルナシエーナを目指そうか」
――こうして一向は一路、ルナシエーナへと再び脚を戻す。
バルティモナに脚を踏み入れる前は生きてもう一度この大地を踏みしめられるかどうかわからぬ決意であった。だが彼等は今こうして生命の鼓動を感じている。命がけで世界の謎に挑む、彼等冒険者が最も安堵し胸をなでおろす瞬間でもあった。
「――――ルゥ…」
ラヴィは、ふとバルティモナ山を見やり呟いた。彼女が大空洞で出会った、人語を解するブラウン族の小さなハーピー。彼とした約束をラヴィは気にしているようだった。しかしそれは彼女個人の私的な決意であり、依頼遂行中のメンバーの中に身を置くラヴィとしてはここでその解決を提案する事はできなかったのであった。
第一、闇の王が束縛していたはずの呪いがかの王が死してもなお解かれていないという事実――この謎が立ちはだかり、それを解く為のヒントさえも彼等にはあまりに不足していた。
しかし秘宝を見つけてからのラヴィの態度は以前と明らかに違いが見受けられた。
謎の水晶球と蒼く光る石を発見してからラヴィは考えにふけりがちになっていた。よく下を向いて黙っている事が多く、その紅い眼には何か力強い、ある意味執念のようなものをまとった異様なかぎろいを時に見て取る事ができたのだった。
今バルティモナ山を抜ける事ができてルナシエーナを目指そうという段になって、ふと大空洞の内部での出来事、ルゥには悪いが彼の事が刹那的によぎっただけにすぎなかった。彼女はもともと芯は強く正義感のある女性だったが、今の彼女を覆っているものはそのラヴィの基本人格を抑えてなお余りある圧倒的な質量の念なのであった。
その事に気付いた者、気付いていない者。それぞれがパーティーにはいるが、一番注意して見ていた者、それは黒衣に身を包んだバニングなのであった。
「……」だがバニングは何も言わぬ。視線を戻し彼もまた考え込むように顔を落とすと、パーティーは帰路の徒、街道の人となるのだった。
彼等がバルティモナ山に入ってから五日あまりが過ぎていた。
秋晴れの太陽は頭上に高々と輝いている――。
*
帰りは行きとは違い遠距離空間転移の力場である世界の門『転移門』は月の位置が変わった為、行きのように一足飛びでルナシエーナに向かうことは出来ぬ。彼等はバルティモナ山から大陸の海岸沿いに歩き、タリム・ナクで馬を数頭用立てるとはじめ西に、そして南へと下っていった。
王都ベルクフリートを南下し大河を超え、あやかしの森を抜ける。森のように開けていない、月の光の届かぬ暗い場所では真夜中は妖魔の跳梁跋扈する世界である。彼等は火を焚き見張りを立て幾度の夜を乗り越えていったのだった。
森を抜け日が沈みかけた頃、彼等は舞い戻ってきた。『不夜城』ルナシエーナに旅人を誘う甘い香と娼婦ギルドの客引きが立ち込める。聖なる騎士の守護する町から、不夜城へと変貌を遂げる瞬間だ。
バルティモナ山から2週間あまり、依頼を受けてから3週間が過ぎようとしていた。
リドルト邸――。
「よく――よくぞ秘宝を持ち帰って…くださった――」
リドルトは震える声で言いながら、グラウリーが机の上に置いた中くらいの箱を食い入るように見た。
でっぷりと肥え太った手が、ゆっくりと箱に伸ばされる。
箱を開けると眼には見えぬ、確かな波動が微かに駆け抜けて、ランプの明かりの下に水晶球と蒼い石がさらされるのだった。
「す…素晴らしい…――」
言葉にならぬといった様子で、ようやっとリドルトはそれだけ言った。
「この輝き!艶――まさに真の秘宝であるに違いありませんな!ティルナノーグの皆さんにお願いしてよかった…あなた達の力は本物だっ!」
鼻息荒くリドルトは言った。だが幾人かのメンバーは興味なさげにてんで違う方を見たり、何か考え事をしていたりしていた。
彼等にとって依頼を完遂するという事は命を懸けるだけの価値があるに違いなかったが、依頼を受けてから報酬を受けるまでというプロセスのどこに重きを置くかは、個々人によってバラバラであったのだ。
世界の謎を解き明かすという事、それ自体に興味を持つ者もいたし、依頼を遂行するという、一点のみの職人気質を持つ者もいた。また、報酬を受ける事に無類の安堵感、嬉しさを感じる現実主義者も当然いたのだった。
「報酬はギルドの方にきちんと納めますぞ――この秘宝を持ち帰って下さったのなら、いくら出しても惜しくないですわい」
「よろしくお願いしますね」
トムが眼鏡をずり上げながら言った。仕事を一つ達成した時に見せる、敏腕商人らしい、手抜かりはないですよ。という自信に満ちた顔。それでいて取引相手を決して不快にさせない、嬉しそうではあるが嫌味のない顔(一流の商人には必須の顔)をしてみせた。
「それでは皆さん、今日は私どもの館の方にささやかながら宴の仕度と、寝台の用意ができていますのでごゆるりと休息を取って――」
「――あのう…リドルトさん…実は――頼み…が――」
リドルトが隣の広間に通じるドアの方に手を指し示した時、ラヴィが何かを言いかけた。
そして、それと時を同じくして廊下をばたばたと走る音が聞こえ、ドーンという衝撃音と共に、何者かの黒い影が飛び込んできたのだった。
「ちょっと待ってええぇぇぇえっ!!」
影は彼等の眼の前でごろごろと転がると、ソファの側面にしたたかに体をぶつけて止まった!
「あ…――あたたたた……ううっ…」
それは、小柄な少年だった。居合わせた者達に背を向け、頭や肩をさすりながらよろよろと立ち上がる。
紅いマントに包まれた肩幅はやけに小さく、体をさする手を包む手袋もまた、紅い革だった。彼は後ろで一本にまとめた明るい金髪を首の後ろで手にかけると、それをフワッとはらった。少し恥ずかしげに振り向いた彼の顔を見て、一同は驚いた。
彼は――少年ではなく――少女であった。
「ベ、ベル!」
リドルトが唖然とした表情で呟いた。
「伯父さん、久しぶり」
ベルと呼ばれた少女は、少し照れくさそうな、ばつの悪そうな顔をしながらリドルトに挨拶した。
「知り合いですか?」
「私の弟の娘――姪です」トムの問いにリドルトが答える。
「今日はお願いがあって来たの!伯父さん!」
ベルはそう言うとつかつかとリドルトの方に駆け寄り、今にもリドルトを倒さんばかりのがぶりよりをしたのだった。
「な、なんだベル…欲しいものがあるなら、ジルに頼めばいいだろうに」
「違うの!そんなんじゃないのよ!」
ベルは必至な形相をしながらリドルトの襟をしめあげんばかりだった。苦しそうなリドルトの顔に、たちまち脂汗が浮かぶ。
「く、くる…しい…」
「まあ、まあ」トムが仲裁に入ると、リドルトはのどを押さえて咳をした。
「…ゴホッ、相変わらずの…馬鹿力だ…な…」
「聞いて伯父さん!お父様が、お父様が原因不明の高熱を出して倒れたのよっ!」
「…な、何?ジルが…?」
「そうなの!もう3週間前になるの!ある日突然…まるで今にもこときれてしまいそうな土気色の顔をして――おお――!嫌よ、こんな事、考えたくもないのに!」
「い、医者に見せればいいじゃないか――」
そうリドルトが言った途端――張り詰めていたものが切れたように、紅いマントをまとった少女は大粒の涙をそのエメラルド色の瞳に浮かべたのだった。
「見せたわよ!トールズ一の名医と言われる医者にも見せた。ベルクフリートで高名だという医者にも見てもらった。だけど誰一人として原因が何なのか、どうすれば治るのかわかる人はいなかった!日に日にやつれてゆくお父様を見ていて、何とかしようと色々な所を駆けずり回っている間に私聞いたの!伯父さんがバルティモナの秘宝の奪取を目論んでいるという事を!」
「ど、どこでそんな事を――」
「バルティモナの秘宝っていうのは、一説によれば生命力を司る秘宝だっていうじゃないの!――だからわたし…」
「――まさか、頼みっていうのは――」
「そうなの!伯父さん、秘宝取ってこれたの?――だったら、わたしにそれを貸してよ!」
「馬――」
そう言いかけた時――。
「へっへ。リドルトさんよぉ、いいじゃねえか。バルティモナの秘宝とやらを貸してやってくださいよ」
いつの間にか部屋の入り口にもたれるようにして立っている二人の男。
皮の鎧を着込んだその体は、ほどほどに筋肉がついている。浅黒く日焼けした肌、無数の切り傷の痕を見れば一目でなにがしかの戦士だと知れる。だがその男達の眼はどこかずるそうな光をたたえていて――人を見下したような、馬鹿にしたような雰囲気は漂わせてはいるけれど、一流の戦士が身にまとうような、常に周りの味方には安堵感を与え、敵には迂闊に切り込めぬ気迫やオーラといったものは全くみることはできなかった。
「誰だ、そいつらは――ベル」
「へっへっへ。おいら達はこのベルさんに雇われた傭兵でしてね。なにせこんな女の子の一人旅は危険だ」二人組みのうちの一人のスキンヘッドの戦士がにやにやしながら答える。
「ベルクフリートの酒場で情報を集めている時に雇ったの」
「馬鹿な」リドルトはベルの疑いを持たぬ顔を見、そして二人組みの男達を見、最後にティルナノーグの面々を見やった。その顔には幾分不安げな表情が浮かんでいる。
ならず者――。彼は言外にそう言おうとしていた。それは、豪商として幾多もの人間を見てきた彼の洞察眼とも言うべきもの。使い切れぬほどの金を稼ぎ、肥え、そして各地の秘宝を集める事だけが人生の喜びとなってしまった今でも、この眼力、目利きだけは衰えを知らぬ。その眼が瞬時に姪を騙して金を巻き上げようと、最悪旅の途中でベルを殺して金品を強奪しかねない悪党なのだと見抜いたのだった。
「傭兵か――よく言うな。お前等、この娘を騙してんだろ?」
人を見下した顔では彼等に引けを取らぬ、エイジがニヤニヤしながら言った。
「な、何だと!テメエッ!」
二人組みは突然真っ赤になって腰の得物に剣をかけると――。
「フッ、じゃあその傭兵とやらの腕前、見せてみろよ。本当にこの娘を守れるのかどうかをな」
「ッテメエ、殺す!」二人の男は鞘から剣を抜き放った。
「ちょ、ちょっとぉ!」ベルが抗議の声を挙げるが、エイジは聞く耳を持たぬ。
「エイジって無駄な事するんだねえ、まあ別にいいけど、頑張ってよ」トッティがこともなげな顔をしてエイジを見やる。
「馬鹿、お前がやるんだよ」
「は?」トッティは怪訝な顔をした。
「俺様があんなのとやる必要ねーだろ。お前一人で十分だ。さあ行ってこいよ――はっはっは!手前ら、本性を現しやがったな!コイツが相手だぜ!表出な!」
「勝手に決めるなぁぁあ!!」絶叫がこだました。
「なに、どっこいやっこさんらやる気みたいだぜ。ホレ、お前も表に出ろよ」
エイジが指差すと男達は今にも血管がぶち切れそうな怒りの形相をして、剣をトッティの方に向けるのだった。
「…ああん…?テメエから死にてえのか…?いいだろう…こいつをぶっ殺したら次はテメエだぜ。リドルトさんよ、今から死人が出るかも知れねえが、こいつは私的な決闘だ。そこんところアンタらが証人だぜ」
男達は剣を舌なめずりしながら、表に出た。
「だ、大丈夫ですか?その戦士さん一人で…いくらティルナノーグの戦士といえど…」
「大丈夫大丈夫。さあ行け我が下僕よ!」
エイジはあさっての方向を指差しながら声を張り上げた。
「俺が殺す!俺がエイジを殺す!いいだろ?ボケボケマンさん」
トッティは憤慨した面持ちで言った。「ああ、いいぜ」と、ボケボケマンは半ば楽しんだ様子で流しただけだった。
*
「本当にそいつ一人なんだろうな」
男達は幅広の剣を手に持ちながら、エイジに聞いた。
「当たり前だろーが」
「ううっ」トッティはまるで悪い夢でも見たかのように、青ざめた顔をして眼を細めた。眼の前の男達に恐れをなしたのではなく、どう考えても理不尽なエイジの扱いに腹が立って立って仕方がなかったのだった。
「…そんじゃ――いくぜ、死ねや!」
男の一人、スキンヘッドの男は間合いを詰めざま剣を右から左へと薙いだ。遠心力とその重さを利用してダメージを与える鈍器使いの戦士の武器にはえてして長い得物が多い。近距離で自由を奪い、一気に仕留める作戦だった。だがトッティはそれを左手に装備した盾で防ぐと、盾を相手に押し付け右下にその力を受け流した。
「おっ」と言いながら、スキンヘッドの男の剣先が街のタイルに落ちる。その瞬間を見逃さず、トッティは剣の腹に向かって垂直にメイスを振り下ろした。カーンという音が響いて剣が叩き折られる。右方向から側面を突こうとしたもう一人のならず者は、相方が自分の方に体勢を崩された、その瞬間を狙って突きを繰り出した。だがトッティはその突きをメイスの柄でかち上げる。そこに、左手の盾の固い側面部分を男のこめかみに思い切りぶち当てたのだった。
「ぎゃああ!」男は悲鳴を上げて吹っ飛んだ。トッティはすかさずスキンヘッドの男のみぞおちに蹴りを入れる。つま先に鉄板の仕込まれた冒険者用の靴は、男の腹を貫くかのような衝撃をもたらした。
「げえ!」
「――て、てめえら覚えてやがれよ!」
陳腐な捨て台詞を残して気を失った相方を担いだスキンヘッドの男は、苦しそうな顔をしながら尻尾をまいて逃げていった。
「ベル――見てわからんのか。あれはならず者の類だったんだぞ――どうしてそんな事も――ジルは少し甘やかしすぎていたんじゃないのか…」
リドルトはならず者達の背中を見ながら言った。
「そ――そんな事は!どうだっていいのよ!とにかく、秘宝!秘宝を一刻も早く貸して欲しいの!」
「まあ、待ちなさい。ベル――困ったな…ジルとは――弟とは、とうの昔に袂をわかつているというのに」
「おお――なんて、何て酷い!血を分けた弟が今にも死にそうだと言うのに!伯父さんは悪魔!そう、悪魔よ!伯父さんなんか灼熱の業火の滾るエルヴァルの地獄に落ちてしまえばいいんだわ!わたし、絶対秘宝を持ち帰る!持ち帰ると決めたのよ!さあ!秘宝はどこなの!?」
決闘の行方も我知らず、ベルは執拗に騒ぎ立てた。だがそれも無理からぬ事であったかもしれなかった。
ティルナノーグの面々達は…と言うと、その言いあいには口を挟めずにいた。彼等がリドルトに依頼を受けたのはバルティモナの秘宝を持ち帰る。という所までであり、またその秘宝がリドルトの手から、どこへ行くとしてもそれは彼等の関与しえる所ではなかったからである。
何となくどうしたらよいかと考えていると、リドルトはこう言った。
「とにかく私はもう少しベルの話を詳しく聞いてみます。皆さんは長旅でお疲れでしょうから、先ほど申しましたように宴席で飲み食いをし、寝室でゆっくりと疲れを癒してください」
そうして、彼等は言われたように宴席で食事を取り、杯を重ねて生命の喜び分かち合った。
謎は残り、リドルトに秘宝を渡すとベルという少女が現われ――ならず者との決闘騒ぎがあり――。確かに幾らかの予想外の出来事はあったが――それでも彼等は課せられた任務を確実にこなすプロなのだった。何がしかの自分の考えに沈む者も数人いるにはいたが、基本的には大きな任務を達成しバルティモナの謎の一端を暴いたという喜びと安堵が彼等の心にあったのだ。
だが――、そうして夜が更けてゆき――。
グラウリーは、あてがわれた寝室の窓から夜空を眺めていた。
星があまり見えぬ、真っ暗な空。しかし月だけはいやに紅い色をたたえて輝きに満ちている。
「…終わらない――?まだ――何かが――…」
彼は無意識にそう呟いていた。
彼の寝室の灯火が消えた時――。
闇にうごめく無数の双眸が、奇妙な唸りをあげてリドルト邸を凝視したのだった。
ティルナノーグの戦士達は未だ知らぬ。
彼等は今より、初めて大きな運命の流れに身を乗せてしまった事を――。




