008 肯定一つ
LOST IN TIME 『誰かはいらない』
*w*
アナザンが去った後、相変わらず私の城には私を脅かす者たちが現れ、私は全てを闇に沈めた。外界の刺激に対する画一的な反応の様に、あるいは心無き機構の如く新たな敵を葬る私は、アナザンを城から帰した私と同一の存在なのだろうか?
勇者は私の孕む闇を糾弾し、聖女は業の精算を叫ぶ。誰もが私を根源的な悪と断じる中にあって、アナザンは異質だった。
ではアナザンと他の者たちで、何が異なると云うのか?
私は問う。解をもたらし得る唯一の方策に淡く期待して───
『お前たちの目に、私はどう見える。一個の独立した存在か・・・あるいは意識の皮を被った、単なる力の密在か。』
問い方が悪いのか、受け手側にそもそも理解する気が無いのか、一向に望む答えは得られない。
そして誰も彼も、自らが言い表した "私" の姿をした混沌に、予定調和の如く染まり掻き消えていった。
『黙れ、怨念を押し込めた怪物め! "次元斬"!』
『人の形も剣も仮面も、城でさえ同じ闇に染まっている・・・お前自身が、それを分かっていないとでも言うのか?』
『光を拒む限り、闇は己の闇を認知できないと知れ。いつだって光が形を授けるのだ───迸れ "グローリー・セイント"!』
・・・いや違う、そうじゃない。
彼らは私を一様に表現しているではないか。"空間全て、言葉を操る混沌こそがお前だ" と。
アナザンの前と後で、彼らの認識は変わらない。
ならば私は何故問うのか? 何故、"望む答え" を期待しているのか?
認めなければならないのだろう。私の心が一つの結論に至っていることを。
つまり───
「私は、救われたいのだな・・・。」
確かに私は闇で、混沌で、そしてあらゆる災厄の結晶であろう。しかしアナザンという一条の光は私に私自身の姿を見させ、私は幻影かも知れないその姿に心を奪われてしまった。
例え幾多の命を散らしてきたとしても、例え私が根源的に魔性でしかないとしても、魔剣ワルドの無い世界を生きる私を幻想してしまった。
はっ、馬鹿馬鹿しい。
歪な世界の崩壊を止める杭である私が、今更役割を降りられる理由などどこにもない。私が私を辞めたが最後、空想した世界は新たな旅路を待つ事なく瓦解することになるのだ。
それは私が一番良く理解している。私だからこそ、理解している。
だがしかし・・・理解の範疇を超えたところ、潜在的な気付きの相互作用が私に一縷の希望を見せたせいか、アナザンの解放という形で私は私の運命を否定する行動をとった。
消せない過去はいつまでも私に細かく絡み付き、魔剣から解放されるための手立ての模索と、その先の未知なる未来を願う心は日ごと嵩を増してゆく。
そしてふと思い出す。
『仮説の検証。』『あなたはこの世界そのもの、それは本当なの?』
アナザンは私の何に仮説を立て、何を証明しようとしていたのか。
彼女の言葉や行動全てが彼女のみに利するのではなく、言葉通り本当に私をも救おうとしていたとしたら・・・?
私の一部と信じて疑わない魔剣を柄から抜き、鈍く光る漆黒の剣身をじっと見つめる。
「・・・まさか、お前こそが、私の敵なのか?」
魔剣は答えない。
代わりに力の波動を私に送り込み、私との繋がりを強調するかの様に共振するのみ。
*a*
連立議会は始動までにまだ時間がかかる。私が引っ掻き回して各国に残った問題の後処理が、何んだかんだで時間を必要としているらしいから。
もどかしく思う気持ちが無いこともないけれど、むしろ都合よく思っている。何故って、私の中の勘の良い部分がこの時間を "ワルド救済の猶予" と判断しているから。
「アキ様、どうかされましたか?」
議会を束ねる 5 人のうち、精霊を代表するアクア=ロージーに声をかけられた。
定期的に設けている議会成立に向けた会議の後のタイミングだった。
「えっと? 私どこか変でした?」
「えぇ、心ここに在らずとお見受けしました。」
私としては普通にしていたつもりだったけれど。
代表たちの中でもロージーさんは機微に聡いところがあるから、ちょっとした仕草で私の内心の揺らぎを察したのかも知れない。
「・・・それと、毛色の違う力に目覚められた様子。」
ハッとして私は彼女を見る。
「ど───」
どうしてそれを、と言いかけて、思い留まった。
ロージーさんの言う "力" が、私がワルドの世界からの帰還以後感じている "力" と同じものか分からないし、仮に同じだとしたら、それはそれで私は彼女が既に世界を超えうる "力" の存在を把握していることを・・・彼女たち精霊がこの世界を統一し得る力を備えている可能性を、肯定することになる気がしたから。
「どうされましたか?」
私は答えず、彼女に流れる力を凝視する。
・・・龍脈の流れは彼女の性格を反映するかのように澄んで、異物の混在は見られない。
「毛色の違う、と言ったけれど、何が違って見えるんです?」
「端的に言ってしまえば "質" でしょうか。何か、根源的な力をアキ様から感じます。それが何かまでは判断しかねますが。」
「そう。」
鋭い指摘だけど、今は取り合わないことにする。完全な味方とは言えない議会の構成員たちの力を借りる気にはなれないし、そもそも彼女たちは他の事に手を回せるほど暇じゃないから。
「ドラグラシルの力が私に馴染んだせいかしら。ともかく、私は大丈夫。気遣ってくれてありがとう。」
笑顔を作って伝えると、ロージーさんは詮索することなく挨拶をして行ってしまった。
もう一度扉の少女と会えたら最善だろうけれど、全てが終わるまで彼女とは会えない気がしている。大体この手の勘は外したことがない。
そうすると私は私の力だけでワルドの世界を壊し、ワルドを救い出す必要があるようだ。
「ねぇアナザン。ボク思うんだけど、魔王ワルドを斃すだけじゃだめなのかな?」
それは私だって考えたし、むしろそうした方がいいと思う自分もいる。けれど。
「まともに戦って勝てる相手じゃない。ワルドは私と、文字通り次元の違うレベルにいると思うから。」
「ボクが付いていても? ・・・五大精霊を従えても?」
「うん。それに、いずれにしてもあの子達の力は借りられない。無駄に世界を混乱させるだけよ。」
倒せない敵。壊せない世界。
けれど私は知っている。世界を壊すのはいつだってその世界の住人で、そして黒い世界には担い手がいる。
「あの世界はきっと、ワルドだけが壊せるんだよ。ワルド自身が自分のことを "鍵" で "杭" だ、って言ってたじゃない。」
「アナザンが言うとそれらしく聞こえるから、反論しにくいなぁ。」
「だから私は、魔王ワルドを救うの。そしてあの世界を壊すの。」
「・・・ふぅん? 何となく分かった、かな。」
もしかすると黒い世界の崩壊は、数多の命を巻き込んで離さないかもしれない。あの神様かもしれない少女ですら、世界と運命を共にする立場にあるような言い方をしていたくらいだから。
私だって巻き添えを喰らうかもしれない。
けれど私の心はもう、定まっている。
「間違ってるかもしれない。失敗するかもしれない。・・・でも、やれることをやろう。」
いつだって私はそうやって生きてきた。私の意識全てで、私の理想に向かって歩んできた。
何故って、私を本当の意味で信じてあげられるのは、私だけだから。
「ボクもアナザンを信じるよ。」
私の言外の意図を察してか、それともたまたまか、ドラグラシルは明るく応えた。
───
暫くの間私は迷宮に籠って、ドラグラシルと共に新しい "力" に慣れるための修行に励んだ。
私が繰り返し認識することでドラグラシルにも "それ" と認識できる様になって、力の権化であるドラグラシルが認知したことで、新しい力の更なる取り込みの切っ掛けも得られた。
「"黒い力" は次元が違うというより、緻密さが違う感じね。」
「そうかもね。そのせいかボク、一回り以上体を小さくできる様になったし。」
"新しい力" だと言いにくいので "黒い力" と呼ぶ事にしたこの力は、ドラグラシルが言うように粒子状に感じられる力の結晶の最小単位が龍脈より小さく、密度は高い。
迷宮の魔物たちを相手に黒い力を取り込む日々は、自己研鑽好きな私にとって楽しかったけれど、いつまでも手段に囚われていても仕方ないのである程度で見切りをつけた。
久しぶりに訪れた迷宮の最奥では、ワルドが生み出した扉ではなく、少女と遭遇し黒い世界に飛ばされた扉が待ち構えていた。
「行こう。」
「うん。」
私たちはお互いに声を掛け合い、扉を開き光に吸い込まれた。
一応、大手サブスクで聴ける曲を選んでいます。