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007 関係性

 Lyu:Lyu 『アノニマス』

*a*




 ワルドの魔法が生み出した扉を通ると、黒い世界から迷宮最奥に帰還した。別の所に飛ばされる可能性を一抹の不安として考慮していたけれど、そうはならなかった。

 妙に鳴りを潜めていた私の中の冴えた意識は、まだ静かにしている様子。



 あの城は私に大きな悩みの種を植え付けた。

 龍脈から生まれ龍脈に還ると信じて疑わなかった私の人生観が、音を立てて崩れてしまったのだ。


 ドラグラシルの力はいつも通り使えたけれど、黒い世界を構成するすべての要素は龍脈とは別の力で成り立っていた。そしてあの空間での力の行使は、私と黒い世界の "力の形" を引き合わせた。


「ドラグラシル。」

「何? アナザン。」

「この世界がおかしいのかな? それとも、正しい形は世界の方から押しつけらるのかな?」

「どうだろう。分からないけれど、ボクの力は変質していないよ。」


 ドラグラシルがくるりと宙を舞って私に宿ると、元々の感覚そのままに私の両目は龍脈の流れをはっきりと捉えた。

 確かにドラグラシル装填による "力の視認" 効果は変わっていない。けれど、効果対象あるいは効果範囲の違いとでも言えば良いのか、私の目には龍脈以外の力が混ざって見える様にもなっている。


「この "力" は龍脈とは違うのかな・・・。」

「ボクにとっては変わりないんだけど、本質的には同じものなんじゃない?」


 装填中のドラグラシルは私の心に直接訴えかける様に答える。


 力そのものであるドラグラシルがそう言うとなると、私がこれまで感じていた力の形の方が間違っていた可能性も否めない。ただ、真偽を確かめる術は無い様に思う。

 いつだって私の感覚は私だけのもので、誰かと共有することも分け合うこともできないから。


『あぁそうか。そのための "扉" か。あれはフィルターの役目を担っていたのね。』

『クオリアの解釈は難しいから。』

『ただその場合、あの世界はこの世界と根源的に繋がっていることになるのかしら?』


 私の意識が応える。


 ・・・そうか、だから "根源の魔王"。妙に腑に落ちた。

 私はきっと心の奥底で、ワルドが私の世界や "力の本質" を同じくする未だ見ぬ世界と繋がっていることを察していたんだろう。

 その考えが私に "根源の魔王" と云う呼び名を想起させたわけだ。



 私はあの城てで、自分の世界に戻ることを最優先してワルドと接した。ワルドが本当に "敵" なのか、あるいは存在するだけでこちらから干渉しない限り無害な存在なのか、分からなかったから。

 元の世界に戻れた今、わざわざ不穏の種を芽吹かせに黒い世界に舞い戻る必要は無いと思う自分がいる。

 一方で、彼の言葉を素直に聞き入れたとして、魔王ワルドを救いたいと思う自分もいる。

 何となくだけど、ワルドを救うことは巡り巡って私の世界のためになる気がしている。


 ドラグラシルの装填を解き、再びドラグラシルが姿を現す。


「ボク思うんだけど。」

「うん?」

「アナザンはもう十分に戦ってきたよ。いつも誰かのために走り回って、けれど誰にも理解されないから、いつも一人で。」

「相性の問題はどうしようもないじゃない。」

「どうかな、結果論だと思うけれど。ともかくアナザンはこれまで頑張りすぎるくらいに身を削って生きてきた。

 ・・・だからそろそろ、自分のための人生を生きてもいいんじゃない?」


 ドラグラシルはサラッとした態度で言った。


 ・・・それをあなたが言うの? 世界の力そのものとして、延々と龍脈を管理してきたあなたが。


 まぁ "人" とは感覚が異なるドラグラシルの事はともかく、同年代の人たちが家庭を築き始める年齢になった今、私も人との関わりの中で私の人生を考えたいと思わなくもない。

 ただ、私は他の誰でもない私自身のために、まだ道を逸らす気になれない。

 私を助け、急かし、慰め、強くしてくれた内なる私と、本当の意味で手を取り合うためにも。


「ありがとうドラグラシル。でも私はいつだって、私のために生きてるのよ。」


 私は優しく微笑んだつもりだったけれど、ドラグラシルはどこか物悲しげな表情を返した。




*A*




 気付けば夏はジリジリと差す太陽と滲む汗の印象だけを微かに残して去り、私たちは長袖に身を包み長い冬の気配を感じ始めている。


 オリジナル曲はメメが納得いくのを待っていたらいつまでも人前に出せなさそうだったので、柚子先輩とどうにか説得して仮披露に漕ぎ着けた。

 人前で演奏したことで見えて来た改善点は修正中だけれど、感触は悪くなかったと思う。それは聞いてくれた人たちの感想だけの話じゃなくて、私たち 3 人が共通認識としてまとまりを強く感じたから。



「冬休みの予定は?」


 バンド練習の終わり、メメが私と柚子先輩に聞く。

 私は数日帰省するくらいで、殆ど予定がない。


「暇してると思うよ。」

「私は実習が始まるから、短いんだよね。」


 色んな理由で学科のプログラムが前倒しになって、実習期間が長くなっている事は私も聞いている。柚子先輩だけでなく、私たちも来年はそうなる。


 柚子先輩は普段から特別何かを厭う人ではないけれど、年明けから始まる実習に対しても身構えた様子は無い。私はそんな柚子先輩の自然体な雰囲気が好きで、翻って、大学生になっても相変わらず緊張しがちな自分をもどかしく思う。

 大学の 6 年間で、私はどれだけ "それらしく" なれるんだろう?

 卒業して働き始めないと結局のところ分からないのかもしれない。働き始めても案外、自分が担う役割と自己認識の差異を、今と同じように疑問に思うのかもしれない。


「・・・そうでなくても、今年は大人しくしてようと思ってたんだけど。」

「あぁ、やっぱりですか?」


 先輩が答えると、自分から話題を振ったくせにメメは消極的な方向に相槌を打った。

 不自然なほど触れてこなかった一年前の "あの出来事" を、実はメメも先輩も忘れてなんかいなかったらしい。


「うーん・・・私も帰省はしないし、茜のところでゴロゴロしようかなぁ。」

「別に構わないよ。」


 例え布団を持ち込まれて毎日入り浸られたとしても、私の生活に大きな影響はない。

 むしろ春先から付き合っていた相手と別れて次の相手を探しているメメの方が、私に時間を割くと不都合があるんじゃないかと思う。


「曲作りも進めたいから、ね。」

「そうだね。」


 もっとも私は今、冬休みのことなんて全然考えていなくて、無事に冬休みを迎えられるか否かの関門であるテストラッシュにひたすら怯えている。

 思い返せば去年、先輩は今の私と同じ状況だったのに率先して旅行の計画を立ててくれていたのか。流石先輩。



 時間になって次のバンドが来たので部室を出た。

 解散と思って挨拶しようとしたけれど、先輩は立ち止まっている。珍しく真面目な表情で私たちを交互に見て、それから聞かれた。


「ねぇ、二人はあの時のこと、どう思い出す?」


 私はどう返事するべきか迷って、言葉に詰まった。

 メメはいつもの様に何かしらをはっきり答えると思ったのに、メメも黙っている。


「・・・また今度にしよう。じゃ、また。」


 私もメメも何とも言えない相槌だけ返して、その日は解散した。




 先輩の問いかけに対する返事に迷ったのは、答えたくなかったからではない。

 私自身がまだ記憶に折り合いを付けられていなくて、加えて私の反応が二人の記憶にどう影響するか、大袈裟に言えば怖かったからだ。


 銀世界の白昼夢。朧げな記憶。嘘くさい記憶。

 何も変わらない日常。


 どうしてだろう、最近 "夜明け前" で曲を弾いていると、靄の掛かったそれらが少しずつ輪郭を取り戻していくような感覚を覚える。




*-*




 未だ紡がれない言の葉たち。それらの全ては既に存在し、しかし認識や閾値の違い、ほんの些細な偶然の折り合いで、形の無いまま漂っている。

 偶然の積み重ねは運命と呼ばれ、形を成した言葉は連鎖的に言葉を生み、幾つかの運命が奇跡の様に収束した先で真相が目を覚ます。


 過去が未来を導き、あるいは未来が過去を規定する。

 誰もが今と云う瞬間の連続を生きながら、殆どの時間を過去と未来のために費やしている。




「・・・形が無いなら自由でいられるよね。一度形が決まると無数の観測者に晒されて、解釈の殆どは形を正しく捉えずに歪めちゃうだろうから。」

「それは綾花の言葉?」


 "あの冬の日" 以来茜に付き纏う不思議な感覚について、かなり抽象化した内容で茜から相談を受けた綾花は、誰かの受け売りとも取れそうな答えを返した。


「まぁね。信じない?」

「いや、信じるけど。」


 両親の出身大学に進学した綾花は、慣れ親しんだピアノとギターをバンドで続けるため軽音部に所属している。

 同級生の中でも特に仲良くなった同学科の茜とは、バンドのことも含めてお互い相談事を持ち掛けることが少なくない。


「ともかく、話がイマイチ見えてこないけど・・・何でかな、私の親戚の人を思い出した。」

「親戚?」

「うん。親戚というか友達というか。」

「ふーん?」


 イトコかハトコなのかな? と茜は思ったが、綾花には適当にはぐらかされる。


 やがて話題は取り止めのない日々のことや試験に対する不安に移り、二人ともそれ以上深く追求しない。そんな距離感を、お互い丁度良く感じていた。


「ま、そのうち気が向いたら話してよ。」


 気さくな綾花の雰囲気に、茜は少し気が楽になった気がした。


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