005 薄明
tacica 『latersong』
*a*
闇を秘めた城を前にして、私の中の賢明で冷静な部分は珍しく私の直感に同意している。
それが私にとって良いことなのか、それとも不都合なことなのかまでは、直感は答えてくれない。
けれど結局いつだって、最終的に私の行動を決めて来たのは私自身であって、他の何者でもない。誰かのおかげ、と云う事柄はあっても、誰かのせい、なんて我儘を言える強さは私には無い。
黒髪の少女は言った。『黒い世界の解体が秩序をもたらす』と。
唐突だった上に短時間しか接触できなかったから、結局何をどうすれば良いのか、それが何のためなのかはよく分からない。
そもそもあの少女が何者だったのかすらも。
世界。
ラグノ大陸が連立議会の結成によって纏まろうとしている、私の "世界"。
突如として現れたこの "黒い世界"。
少女が救いたい "世界" は、一体誰の世界だろう?
『運命を共にする』と少女は言ったけれど、対象は私の世界とも、私以外の世界とも受け取れる言い方だった気がする。
もしも私の世界が救われないなら、私の旅路に意味なんて無かったんだろうか?
ドラグラシルとの日々は、神かも知れない少女にとって些細な事象だったんだろうか?
城に対する選択肢は提示しなかったくせに、私の中の思慮深く冷徹な意識は私の自問自答に応じる。
『予定調和に終わるとしても、物語に組み込まれて初めて経過に関わる権利が得られるのよ。』
『傍観者を羨めるほど人任せが好きな訳ではないでしょう? それに薄々気付いていたはず。まだ終わりじゃない、って。』
『何度だって救えばいい。間違えたら、何度でも救い直せばいい。』
・・・いつも思う。これは本当に私自身に由来する言葉なんだろうか? と。
幼い頃両親に「アナザンは天啓が聞こえるんだね」と言われたけれど、幼いながら天啓とは違うと思っていた。
悪魔の囁きや虫の知らせのような、誰にも起こり得る類のモノとも違いそうだけれど、これが何かは分からなかった。
(ねぇ、その先で私は救われるの? 私は何になら満たされるの?)
『・・・。』
私自身の行く末について、いつだって私の中の意識は答えない。それはこの "意識" が私に由来する私と同一の存在のため、あるいは私とは別の存在で究極的な目的が異なるため・・・そのどちらとも解釈できる。
「別にいいけど。」
「何が? アナザン。」
独り言にドラグラシルが応えた。ごめん、何でもないよ。
「・・・行こう。」
ドラグラシルを体に装填し、意を決して扉を開く。
城の中は暗く、けれど何故か物の輪郭がよく分かる。だだっ広い空間の両脇には柱が立ち並んでいるけれど、柱の他にある物と言えば、内扉を開いた先、妙に背もたれの高い仰々しい玉座だけだった。
玉座には漆黒の仮面と外套を身に付けた人物が座り、この世の終わりを連想させる "黒" を漂わせている。
「あなたが根源の魔王?」
無意識のうちに私は問いかけていた。
"根源の魔王"。
自分で口にしたくせに、その呼び名を知るに至った記憶を思い出せない。
「そのようにも呼ばれているらしいな。」
案外若そうな男の声で答え、それから魔王は対話を求めた。
───魔王ワルドとのファースト・コンタクトだった。
*A*
私たちのバンド名はまだ決まっていない。軽音部のライブではいつも "〇〇のコピー" と云う適当過ぎるバンド名で登録していた。
けれど次のライブではオリジナル曲を披露するつもりなので、流石にバンド名を決めることになった。
「二人が決めてくれていいよ。私は見守る側って感じだから。」
「え〜。柚子先輩、そんなこと言わずに一緒に考えましょうよ〜。」
私としては歌詞がバンドの方向性に特に影響すると思っているから、歌詞を書いているメメがバンド名も提案してくれたらいい、と若干他人事だったりする。
「私、独創性がないって専らの噂なのよね。二人もそう思うでしょ?」
「誰の噂ですか誰の! 先輩のドラムに作曲で何度救われたことか!」
「・・・いやいや、まだ一曲もできてないよ? メメ。」
バンド名を考えるのは今日で 3 回目だけれど、毎回有耶無耶になっている。今回も決まらないかもしれない。
二人は全く本気に思えない提案をポンポンと挙げて、その都度ノートに書き出している。
"ソーダワイン"
"環状線の外"
"メガミーズ"
"空白に染まる"
"どうせ一人なら"
なんだかそれらしい言葉が並ぶけれど、二人が本気じゃないのは二人のやり取りで分かる・・・なんて思っていたら、矛先が私に向いた。
「ねぇ先輩。私思うですけど、案外茜が一番上手くまとめてくれそうじゃないですか?」
「え゛。」
「ふぅむ。メメ隊員、中々鋭い指摘でありますねぇ。」
「柚子少佐、お褒めに預かり光栄にございます。」
にんまりと頬を歪めた二つの表情が妙な圧力をかけてくる。
「メメも先輩も、私のこと良く知ってるくせに・・・。」
「まぁまぁ、そう言わずにメメ様の御意見を宣って下さいな。」
「肩肘張らなくていいじゃない。一つくらいあなたの案も聞きたいわ。」
そう言ったきり二人とも黙ってしまったので、私は諦めて暫くの間、腕を組み目を瞑って考えた。
「・・・よ。」
「「・・・よ?」」
「"夜明け前"、とか。」
メメと柚子先輩がうーんと唸る。
うん、はい、私の提案終わり。あぁもう妙に恥ずかしいな。早く本題に戻ろう。
「"夜明け前"。」
「"夜明け前"?」
「メメも先輩も、私の案はもういいからちゃんと考えましょうよ。」
「・・・茜!」
「何、メメ。」
「茜の案、採用! いいですよね? 柚子先輩!」
なっ・・・!
「うん、私も好きだな。しっくりくる。」
「そういうわけで決定でーすっ!!」
なっ、ちょっ、えっ?
「ちょっと待って、私の案よりも・・・。」
「いやー、流石私の見込んだ茜様だわ。じゃ、今日はそんなところで解散ですね〜。」
そう言うとメメは荷物をさっと纏めて、部室使用予約表の次回の枠に "夜明け前" と書いてから部室を出て行ってしまった。
残った柚子先輩に精一杯のジト目を向ける。
「流石茜ちゃんだね。」
「むー、先輩まで・・・。」
「実際いい名前だと思うよ。ありがとね、茜ちゃん。」
先輩は柔らかく笑った。
私の意図はともかく、バンド名が決まったおかげかは分からないけれど、その後初めてのオリジナル曲はすんなり大まかな形ができて、私たちは次の曲の構想も練りつつ出来たての曲の練習に打ち込んだ。
短い曲だけど、ビギナーズラックあるいは贔屓目なのか、素人にしては悪くない仕上がりに思う。何より、メメの書いた歌詞が私は好きだ。
『緩やかに溶ける』 作詞:芽吹恵 作曲:夜明け前
感傷的になって 理由は思い出せなくて
逃げるように夜の慰めを待って まだ沈んでいる途中
曖昧な言葉 ひらひらと踊る様は綺麗
僕に理由をください 僕に意味をください
踊る様は綺麗 ただそれだけ
夢を見たい 何ひとつ知らなかった透明な心で
いずれ色に塗れるとしても 感情の原風景を見たい
新しい道を行こう 迷路に飛び込んで果てよう
逃げるように夜の赦しを待って まだ選択肢は無い
これがイイ あれはダメ フラフラと寄る方無い踊り手
僕に正解をください 僕に真実をください
踊る様は綺麗 ただそれだけ
感傷の夢 積み重なって薄れた記憶は洗練された
既に景色は鮮やかに汚れ 原風景を思い出せない
曖昧な言葉 ひらひらと踊る様は綺麗
僕に理由をください 僕に意味をください
僕にも 当たり前の一つをください
踊る様は綺麗 ただそれだけ
夢を見たい 何ひとつ知らなかった透明な心で
いずれ緩やかに溶け去るとしても
*a*
ワルドは私が想像する "魔王" とは様子が違っていた。
仮面と外套で本性を隠し、覆いきれず溢れ出す後ろ暗い闇の気配は魔王そのものだけれど、ワルドの語る言葉は私の弱い部分を巧妙にくすぐった。
「もはや私は知りたいだけなのだ。わたしが何者で、お前たちが何者なのかを。」
文字通り "悪魔の囁き" かもしれない。本当は言の葉のたった一片すら、ワルドの心を映していないのかもしれない。全て盤外戦術に過ぎない可能性だって、当然否定できない。
けれど私は聞き入ってしまった。内なる私と共に。
「どうせ死にゆくお前たちだからこそ、私は躊躇いなく語れる。・・・とは言えお前は少し様子が違うのだな。皆狂った様に私を滅すべく襲いかかるのだが───」
ワルドが言うには彼は世界に破滅をもたらす魔剣の所有者で、しかし魔剣と同化することによって終焉を食い止めているらしい。
魔剣の力が解き放たれた際に災厄の及ぶ範囲は分からないが、少なくともこれまで魔王に挑んだ悠に 100 を超える者たちの世界には、破滅が波及するだろうとワルドは考えている。
ともすれば、未だ城に到達していない者たちの世界にすら影響が及ぶかもしれない、と。
魔王の言葉は結局のところ、全て自己保身の裏返しでしかない・・・そう切り捨てるのは簡単だ。実際その通りかもしれない。
けれど私は、淡々と言葉を紡ぐ魔王の姿に悲哀を感じ、言外に語られる魔王の本心に触れた気がした。
「魔王ワルド。」
「何だ。」
「あなたも救われたいのね。」