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004 エンドロールの後

 Marmalade butcher 『Anima』

*A*




 夏休みはベースを弾いているうちに気付けば終わっていた。

 振り返ってみると私はこの休みに一体何をしていたのかイマイチよく分からないけれど、漠然とベースを弾いていたら時間が過ぎ去ってしまったことは確かだ。


「また授業かぁ・・・。どうせなら全部一気に終わって欲しいんだけどね。」

「それは流石に困る。」


 メメはお勉強が得意だから苦にならないのかもしれないけれど、私は休暇前の怒涛のテストラッシュもしんどくて仕方なかった。

 とは言え次の試験期間までは猶予があるので、暫くは気楽でいられる。


「冬のライブまでにはオリジナル曲を完成させないとね!」

「うん、頑張ろう。」


 意気込むメメ、同調する私。

 休暇中唯一それらしく過ごしたこととして、私はメメが原案を持ってきた曲にベースをつけるべく奮闘していた。柚子先輩と相談しつつ、リズム隊であれこれと思案する日々はとても有意義だったと思う。

 だからカッコよく言えば、夏休みの間私はひたすらベースと向き合っていたのだ。



「先輩と茜が持ってきたパートが仕上がりすぎてて、自分の曲なのに自分のパートをどう修正すればいいか分からなくなっちゃった。」

「メメが主軸なんだから、気にせず引っ張ってくれたらいいんじゃない?」


 そもそも私たちは部の中でもオリジナル曲に関してド素人なんだから、とりあえず完成させて意見を聞く必要があると思う。

 私は完璧主義者ではないから、尚更そう思う。

 例えメメが妥協できない性質なのだとしても。


「・・・うん、冬のライブには間に合わせたいな。」

「うんうん。」


 そんな感じで作曲に脳の容量を割きつつ、まだまだ暑い日差しの下、私たちは次なる試験に向けた準備段階たる授業に紛れ込んでいった。




*-*





 アナザン=アキは概念存在ガイナが 5 つ目に創造した世界の人族である。

 世界最大の大陸 "ラグノ大陸" 中央の平野には "開かれた檻" と呼ばれる地域があり、アナザンは "檻" の庶民階級の家に生まれた。


 ラグノ大陸には人々の力の源 "龍脈" が流れ、特に檻を中心に五角形を形作る 5 つの地域には太い龍脈があったが、これらは各地の "王" に占拠され、人々の間には力の不均衡が生じていた。

 力の差は時間が経つにつれ確実に広がり、"五王" の他領地への侵攻が現実味を帯び始めた不穏な時代・・・そんな戦乱期直前の不安定な時代にアナザンは生を受けたのである。


 五大領地から各領地への侵攻を考えるとき、大陸中央の平野は必ず押さえるべき要地となるが、平野の "檻" が内包する "迷宮" を避けるかのように龍脈が途絶えているため、これまでは積極的な侵略対象になっていなかった。"開かれた檻" と云う呼称は龍脈の無い様子を端的に表したものだ。

 数々の挑戦者を呑み込んできた迷宮は不可侵が常識となって久しく、わざわざ迷宮を取り込んでまで他領地への侵攻を企てる王はいなかったのだが、時代が移り変わると占有する龍脈に由来する力の増大を背景に、王たちは大陸の統一を希求し始めた。



 ・・・しかし、五王は一人の女剣士に次々と敗北し、龍脈は大いなる循環を取り戻してゆくこととなった。

 その女剣士こそ、迷宮を踏破し、解放した龍脈の化身ドラグラシルをお供に連れた異才、アナザン=アキである。




「ドラグラシル、どう思う?」

「ボクにも分からない。何だろうね。」


 五王打倒後、各領地の融和派をまとめ上げた "連立議会" の結成が進む中、アナザンはドラグラシルと共にかつて踏破した迷宮の最奥を再び訪れていた。

 手乗りサイズのドラゴンの姿をしたドラグラシルは、アナザンの目線でふよふよと浮いている。


「何か分からないけど、扉に見えるわ。」

「見えると云うか、扉そのものだね。」


 以前ドラグラシルを解放した時には無かった未知の構造物。

 その扉は、見る者の興味を捉えて離さない不思議な雰囲気を漂わせている。


「ねぇドラグラシル。私、ずっと感じてきた違和感の答えがこの先にある・・・そんな気がするんだけど。」

「違和感?」

「そう、違和感。私が私でない感覚というか、どうにもこの世界と馴染めない感じというか・・・。」


 ドラグラシルはずっと一緒に旅を続けてきたアナザンが、今まで一度だって見せたことのない弱さを初めて言葉にしたことに驚いた。

 扉をじっくりと観察する彼女の横顔には、いつもの精悍さが張り付いている。


「アナザン。君、そんな悩みがあったの?」


 扉には記号とも紋様とも言い難い複雑な絵柄が刻まれており、絵柄は扉の向こうに閉じ込めた光が溢れるかの様に時折怪しく色を帯びている。


「・・・ねぇドラグラシル。貴方はこの先も、私の味方でいてくれる?」

「君が "ウロボロスの残滓" に魂を売りでもしない限り、ボクは君を信じるよ。」

「ふふっ、ありがとう。」


 そこはかとない不穏を孕む扉。

 終わりの見えた旅路に更に先があることを示す証拠。

 扉から不規則に漏れていた色はやがて絵柄全体を発光させ・・・アナザンがおもむろに発動した "ディストーテッド・ディメンション" に触れた瞬間、光の奔流が二人を呑み込んだ。


 光で埋め尽くされた領域はもはや闇と同義であり、裸になった己の意思一つが唯一の存在として漂う───




 孤独な浮遊感に晒されることアナザンの体感で数分。どこからともなく現れた "彼女" は、唐突にアナザンに告げた。


「初めまして、"黒い世界" 救済の希望、アナザン=アキ。過分な負担を強いることを、どうか赦してください。そしてどうか、世界の秩序を取り戻してください。」


 次第に明瞭な輪郭を表した彼女は声から連想されたままの姿で、しかしアナザンは声だけで "黒髪の少女" という姿がなぜ想起されたのか、いつもの如く違和感を覚えた。


「もしかして、この世界の神様?」

「私は神ではありませんが、貴方の世界と運命を共にする立場にあります。」

「黒い世界、というのは?」

「失われた真実、あるいは破滅の結晶・・・。いずれ私の世界もそうなるかもしれない、望ましくない未来です。」


 具体性のない少女の言葉は、しかし本質そのものとしてアナザンに響き、アナザンは要点の抽出を図る。


「端的に聞きたいんだけど、貴方が言う "世界" の "秩序" はどうすれば得られるのかしら。」


 例え神だろうと物怖じしない豪胆さがアナザンにはある。それは生来の気質であり、しかし同時にアナザンの違和感の一因でもあった。


「ごめんなさい、方法論的な意味では、私は答えを知らないの。・・・けれど帰結すべき結末は一つだけ。」


 アナザンは少女の表情が、見た目にそぐわない覚悟に染まっているのを感じた。


「今から貴方が訪れる "黒い世界" の解体です───」


 その言葉を最後に闇の如き光は次第に晴れ、気付けばアナザンは禍々しい気配を放つ城の前に立っていた。




 霧が立ち込めているのか、黒一色の城以外の領域は見通せず、どこからともなく地鳴りの様な音が這っている。仄暗い中にあって、城の中には蝋燭を灯したものなのか、小さな灯りがポツポツと見受けられた。


 ふと視線を流せば、横にはドラグラシルがいる。


「あなたも聞いてた?」

「・・・何のこと?」


 どうやら少女の声を聞いたのは自分だけらしいとアナザンは把握し、すぐに話題を変える。


「五王とはまた別の力を感じるわね。」

「そうなの?ボクにはよく分からないけれど。」

「え、本当に? ・・・次元魔法との親和性の違いかしら。」


 アナザンの感覚は、城の中に無理矢理押し込められた様な禍々しい気配を捉えていた。


 城の中でも一際大きな建物の前で、選択肢は今扉を開けるか、時間を置いて開けるかの二択だけに思える。

 しかしアナザンもドラグラシルも、不可思議な扉に導かれて強制的にこの場に転移させられたに過ぎない。状況に呑まれて “それらしく提示された選択肢” を採るのは簡単だが、いつだってアナザンは考えてきた。


 改めて周囲を見回しても塀が連なるばかりで、アナザンとドラグラシル以外には城の敷地内だけでなく、薄らと見える塀の向こうにすら、生命の気配がない。

 むしろ生命どころか "ここ" には目の前の城一つしか存在しないのではないか・・・? 不気味なほどの静寂はそんな考えを浮かび上がらせ、それは次第に確信へと変わってゆく。


 アナザンたちを転移させた迷宮深奥の扉は影も形も無い。


 結局、確信が事実なら元の世界に帰るには唯一存在する気配の主に接触する必要があるだろう、とアナザンは結論付けた。


「いつもは自分の中にいくつもの道筋が浮かぶのに、どうしてだろう、今は城に挑むことが唯一の方法に思える。」


 アナザンの言葉にドラグラシルは応えない。ただじっと、彼女が見据える闇を閉じ込めた扉を見つめている。


「行こう。ドラグラシルは戦闘形態に。」

「・・・ボクは君を信じているよ。」

「ありがとう。」


 ドラグラシルは姿を溶かし龍脈そのものとなってアナザンに同化し、アナザンの瞳にはドラグラシルの紋様が刻まれる。


 そしてアナザンは扉に手をかけた。


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