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003 日々の泡

 School Food Punishment 『曖昧に逸れる』

*A*




 日常というものは、どうしてこんなにも "日常" でしかないんだろう。


 非日常を求める程に渇いていないとか、起伏の無い穏やかな人生だとか、そういう見方で片付けてしまえば楽なのかもしれない。

 けれど私にとって日常が日常であることは、"日常" に属する全てが薄皮一枚を隔てて、私を私の内に押し留めてしまうような不快感の原因になっている。



「茜、どうしたの?」

「え?」

「急に魂が抜けたみたいになってたけど。」

「あ、うん。寝不足のせいかな?」


 ふと我に返ると、既に講義は終わって皆席を立ち始めていた。


「これから試験続きかと思うとげんなりだよね・・・。また勉強会やる?」


 7 月の茹だるような暑さの中、試験が続々と迫っている。

 昨年度末はメメに誘われて一緒に勉強してみたけれど、誰かと勉強するのは案外悪くなかった。


「そうだね。私の部屋でやろっか。」

「さすが茜様。あ、ご飯もよろしくでーす!」

「はいはい。」



 私もメメも大学から軽音部に入って楽器を始め、今はバンドを組んでいる。

 私がベース、メメがギターとボーカル、それから柚子先輩がドラムの 3 ピースバンドで、コピーを中心にやってきたけれど最近はオリジナル曲を作ろうと奮闘している。主にメメが。


 メメは平均的な身長で、コンサバ系の格好がよく似合っている。私は背が低いからそういう服は選択肢に入れたこともない。

 見た目通りに裏表の少ないメメの性格は一緒にいて楽だ。メメの彼氏に立場を代わってもらいたいくらいに。


「ねぇ。メメはさ、大学楽しい?」


 一人暮らしのアパートにメメと帰りつつ、何となく聞いてみる。

 街路樹の落とす影は濃く、梅雨が明けたにも関わらずジメついた空気に汗が滲む。


「もちろん楽しいよ? だって今勉強してることって、直接仕事に繋がるわけでしょう? それにバンドも面白いし。」


 模範解答のようなメメの言葉に、日差し以上の眩しさを感じて私は目を細めてしまう。

 実際、仕事の糧にならないことは一つも無い。それは私も分かっている。

 けれどこの日常の延長にいるはずの、"働いている私" のための熱意は湧いてこない。


 最低限試験に合格して、最低限社会と関わって。

 そうやって相容れない日常をそれらしく取り繕う私は、未来に対して不誠実なんだろうか?


「茜は楽しくないの? バンドも?」

「楽しいよ。楽しいんだと思う。」


 横並びで歩く私たちとすれ違うたくさんの人。

 袖振り合っただけの一人一人も何処かで誰かと関わって、それぞれが未来のある人生を歩んでいるんだ・・・そんなことを考えると、このまま初夏の熱に溶けて消えたくなってくる。


 もちろん死にたいわけじゃない。

 死にたくなんか、全くない。


「そうよね。茜、バンド練習の時イキイキしてるもの。」

「え、そう?」

「うん。のめり込んでるっていうか・・・他のことを置き去りにしようとしてる、というか?」

「何それ。」


 メメは、何だろうね? と言って笑った。

 アパートの前で別れ、メメは立ち登る熱気の中を去って行った。




 楽器を練習していると、私は楽器そのもの以上に私のことがよく分かる気がする。

 このフレーズが弾けないとか、このコーラスがうまく歌えないとか、技術的な不足に気付く時、私は同時に自分の不足も見出してしまう。

 すぐに投げ出してしまいたくなる自分、音の細部にまでは拘りきれない自分。


 二十歳を過ぎて、今更性格を変えられるほど柔軟かつ強靭な精神を持ち合わせていないことは自覚している。

 現代では大人と子供の境界が曖昧になっているらしいけれど、変えられない私という性質を既に受け入れてしまった私は、きっともう大人なんだろう。


「はぁ・・・。」


 ソファの上、抱えたベースから手を離し天井を見上げると、白々しい蛍光灯の光に意識が吸い込まれそうになる。


 十秒と少しの停滞。

 私は私を取り戻し、またベースを弾き始める。


 日常から逃れるために。日常を演じるために。私の日常を作り出すために・・・。



 今日は早めに寝よう。




───




 始まってしまえば試験はあっという間に終わり、寝不足と緊張の連続から解放された清々しさはキツすぎる夏の日差しすら心地よく感じさせた。



「夏のライブまでもう少し・・・。コピー曲はいいとして、オリジナルを入れるのは無理かなぁ。」

「メメは拘りすぎなんだよ。初めてなんだから、失敗上等でとりあえず完成させないと。」

「柚子先輩はそう言いますけど〜。」


 メメよりも背が高くてすらっとした、大抵動きやすさ重視の服装をしている柚子先輩。ともすれば体育会系にも見えるけれど、実際運動神経は良いのだと他の先輩が言っていた。

 見た目姉御系な先輩は、凛々しい顔立ちのせいで初めとっつきにくく思っていたけれど、仲良くなった今は世話好きで甲斐甲斐しい性格と知っている。


 先輩は中高時代にもブラスバンド部でドラムをやっていたらしく、部の中でも特に上手い。

 そんな先輩が私たちとバンドを組んでくれた理由は先輩のみぞ知るところだ。


『何となく上手くいく気がして。私、勘は鋭い方なんだよね。』


 ・・・なんて言われても、初心者の私たちに期待できるものなど高が知れていると思ったし、今でも思っている。

 私としては演奏を指導してくれるから、有難さしかないんだけれど。


「なんだろう、やっぱり歌がなぁ。」

「私はメメの声、好きだよ?」

「それはありがとうだけど、私の書く歌詞とは合ってない気がするんだよね。」


 私は先輩と目を合わせる。先輩も同じことを思ったらしい。


「確かに歌詞の雰囲気、メメの性格とは違うなって思ってたけど、そのせいじゃない?」

「私はメメがドロップを意識してるのかと。歌声と合ってるかはともかく。」


 私と先輩が意見する。

 うん、言われてみればメメの好きなバンド "ドロップレイン" っぽい。ドロップが奏でる程に荒みきった雰囲気ではないけれど。


「うーん・・・。むしろこの歌詞の方が私らしいと、私は思うんだけど・・・。」


 そうなんだろうか?


 もしそうなら、私は自分で思っているほどメメのことを知らないのかもしれない。

 むしろどうして分かっているつもりになっているんだろう、と思う自分もいる。


「歌詞自体は気に入ってるんだ。」


 そう言ってメメはちらっと私を見る。私を見て、口をパクパクしている。

 ・・・え、私が歌うの? いやいや、無理だからね?


 私は何も言わなかったけれど、メメは私の無言を察して小さくため息をついて「仕方ない、私がやるか」と呟いた。

 別に悪くないと、私は思うけどなぁ。




*w*




 私はいつからか、私を斃そうとやってくる彼らのことを、敵でありながら友の様に感じ始めていた。

 彼らは皆別々の運命を背負って私の城に辿り着き、しかし何故か彼らの掲げる目的や使命は徐々に不明瞭になっていった。


『大魔王を倒すことこそが使命である!』 その使命の先には何もないのか?

『混沌を解き放ち、陰陽の中で正転させることが世界の掟。』 掟とお前の生はどう関係している?

『悪は倒される定め!』 私は誰にとって悪なのだ? お前たちの正義は、誰かが保証してくれたものなのか・・・?


 曖昧な言葉たち。

 彼ら自身、なぜ自分たちが戦いに身を投じているのかすら理解していないのではないか? そんな考えが次第に浮かんでくる。


 そしてある時、疑問と閉塞感が徐々に募りゆく中、一つの考えが一条の光のように私を照らした。


 ・・・そうか、私の探し求める答えと同じものを、彼らもまた探しているのだ、と。



 私の追い求める答えはおそらく、私と同化しているこの魔剣と共にある。

 そして彼らの答えは、答えを内包する魔剣を携えた私の先にある。


 目的を同じくした私たちは、ある意味で共闘関係にあるのだ、と。


『私もまた、真理を追い求める冒険者である。』


 天啓的な気付きを共有すべく私は彼らに言葉を投げたが・・・哀しいかな、私の中の "絶対" と彼らの中の "絶対" は完全に異なる方向にあった。

 だから結局、私は彼らと剣を交え、一人残らず ”絶界” の闇に呑み込んでいった。




 私は待ち望んでいる。

 私に答えを示してくれる者を。


 それは私の破滅かもしれない。あるいは予想もつかないような事柄かもしれない。そもそも私は私が思っているほど、大した役割を担わされていないのかもしれない。


 私は待ち望んでいる。

 私を圧倒的に殲滅してくれる者を。


 いや、待ち望んでなどいない。私は私を保持したい。

 しかしどうだろう? もしかすると隔絶した力の出現は、走馬灯の中で私に答えを押し付けてくれるかもしれない。

 私が死に際に納得できるような答えを───




 ・・・その日城に踏み入ったのは、いつか見たような格好の女だった。

 動きやすさを損なわない程度に、鈍く光る装甲がついた防具。それらを覆う外套。

 取り回しの良さそうな長剣。

 頭部や四肢に幾つかの宝飾品。最低限の荷物は入りそうな鞄。


 もちろん初めて見る女だ。

 一人で、というのは珍しいが、今までも何回かあった。


「あなたが根源の魔王?」 

「そのようにも呼ばれているらしいな。」


 妙に威勢が弱い。

 あまりにも多くの者が訪れたせいで、この城へと続く "道" が拡がって迷い込んだ、なんて可能性もあるだろうか?

 まぁいい。誰であろうと。


「あぁ、私に襲いかかるのは構わないが、幾つか聞かせてくれないか。」


 女が近付く。

 私は彼女が威勢の弱さに反して、繊細な力強さをその身に宿していることを察した。

 流石に私の心の臓腑を暴ける程とは思わないが。


「何を聞きたいの。」

「いい心掛けだな。対話は重要だ。」


 抜き身の剣はまだ私に向けられていない。



 ───これが私と、彼女アナザン=アキとの出逢いであった。


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