033 巡る季節
millstones 『可能世界のロンド』
*A*
クレアさんの話は、完全に信じられるという点を除けば、信じ難いことだらけだった。
そして聞いた話はその性質上、クレアさんの言う通りせいぜい酒の肴くらいにしかならなそうだった。
何故って、例えそれが事実だとしても誰も証明出来ないし、誰かに話そうにも所詮妄想と言われるのがオチだと思えたから。
クレアさんが綾花のお父さんだった、という所からして意味不明で、当然綾花は「えっ? えっ??」と動揺していたけれど、話が進むにつれて綾花も聞き入っていた。
クレアさん自身の冒険譚は大分端折って説明されて、その後の本題、私たちが関わったところも、信じられはするけれど理解しにくいことが多かった。
「転生で埋め込める魂の容積は一定らしかったから、"リトライ" によって無かったことにされたはずの "失敗" の集合体である "黒い世界" 解決のための素体には、せめて多様性を持たせようとした。その結果が、君達 3 人。」
情報群、概念存在、異世界、世界の成功と失敗───
厨二病患者の設定集を披露されているような、けれど紛れもない事実と実感される物語の中で、私たちはかなり重要な役割を担わされていたらしい。
「容積が一定なら密度を稼げばいいし、恩恵を削げばいい。
だから君達からは記憶の伴わない経験だけを抽出して、力の操作技術も記憶も持ち返り不可にしたわけ。結果、上手くいった。」
クレアさんはある意味で私たちの死を、あるいは私たち以外の私たちのような存在の死を求めていたのだと申し訳なさそうに言った。
私としては本来あの冬の日に死ぬはずだったのなら、感謝しかないんだけど。
それから私たちが不思議体験の中で出会った少女は、概念存在の一人でガイナという名前らしい。
「"もう一つ救うべき世界がある" という刷り込みだけはしっかりさせてもらって、お陰で君達の素体アナザン=アキは不自然に干渉しすぎない君達と云うもう一つの自我の補助を受けて力をつけ、自らの世界だけでなく本来の目的である "黒い世界" も解決に導いた。」
話の端々からクレアさんの安堵が伝わってきたので、もしかすると失敗前提でやった 1 回目の試みがたまたま上手くいったのかもしれない。知る術は無いし、必要もないので聞かないけれど。
「・・・でもそれじゃあ、どうして私たちは不思議体験を覚えてるんですか?」
「いい質問だね、芽吹さん。ちなみにどうしてだと思う?」
メメは質問を返されて、うーんと考える。
「・・・魂が魂じゃなくて、でも魂が覚えてる・・・?」
うん?
どういうこと? と思ったけれど、メメの答えはクレアさん的に正解だったらしい。
「鋭いね。さすが私が見込んだだけある。」
「すみません、よく分からなんですが。」
「秋野さん、そう、私にもよく分からない。だからこそ答えになり得る。」
「?」
「つまりさ、情報群っていう世界の構成単位を私は今の所 "最小" と観測しているんだけど、魂がその範疇にあるのか、同次元にある別の構成要素からなるのか、そもそも魂なんてものがあるのかすら、実はよく分かってない。」
ふむ?
「逆説的に、すべての不可解は魂のせいにもできる。歌が魂に刻まれたんだろう、って。」
「分かるような、分からないような。」
むしろそこが知りたい、というポイントだけをブラックボックスに支配されているもどかしさがある。
もうちょっと踏み込んで正確なことが知りたいと思ってしまう私とは違って、メメも先輩も「あぁ、なるほどね。」と納得している。
多分私はこういう些細な事をさらっと流せないから、その積み重ねで毎日を窮屈に感じているんだろうな・・・なんて、今関係ないことが浮かんでくる始末。
それから私たちはいくつか質問して、クレアさんも分かる範囲で教えてくれた。
「───こんなところかな? わかってしまうと不思議が不思議じゃなくなって、ちょっと勿体無い気がする? そうでもない?」
何とも返答しにくい言葉でクレアさんは締め括って、その後は話が流れて他愛無い事をお酒を煽りつつ深夜まで喋った。
夢心地で楽しい夜だった。
衝撃的で、けれど心の片隅に掛かった靄を晴らしてくれるようなクレアさんの物語は、結局私に何を残したんだろう。
*w*
魔剣ワルドと融合した、第二の私とも言える魔剣士アーカードとの戦いから幾日も経った頃。
散り散りになった黒い世界から一人取り残され、無明の虚空を漂っていた私を一人の女が訪ねた。
私もゲートを生み出せなくなったのに、一体どこから? まず初めにそのことが気になったが、女は私の考えを知るはずも無く、何でもないことのように挨拶をした。
「こんにちは、魔王ワルド。」
「・・・誰だ、お前は。」
瞳の輝きが印象的なやや背の低い女は、アナザンと同年代か少し若く見える。
「私はクレア=ソロジー。アナザンの世界が落ち着いて干渉可能になったようだから、遅くなったけど迎えに来た。」
迎えに? どこから?
私の無言の問いに答えるように、クレア=ソロジーが続ける。
「複数の世界に匹敵する力を持ってしまった以上、どこかの世界に移り住むのは難しい。」
それはそうだろう。ゲートをくぐっての旅でさえ、仮初の器が持ち出せる程度しか力を伴わなかったのに、どの世界でも世界の側から排斥の圧力を受けたのだ。
黒い力の全てを手中に収めた今、どの世界とも馴染めないことは自明である。
「だから、まぁ初めからそうなる可能性は考慮していたけれど、概念世界の住人になるのが収まりがいいと思う。」
「概念世界?」
「そう。現状の最上位体系で、数多の世界の揺籠のようなところ。」
・・・唐突な話だったが、明らかに私よりも力に習熟しているであろう彼女の提案を無碍にすれば、私はすぐにも消滅させられるかもしれないと考え、私は彼女の言葉に迎合した。
「連れて行ってくれ。その概念世界とやらに。」
どうせここにいてもできることは無いだろう。ならば時間の流れの中で発狂して自我の崩壊を待つよりは、そこがどこであろうと移動した方が良いと直感で判断した。
「もちろん。」
こうして私は概念世界なる新たなステージに降り立ち、情報体系が孕む諸問題をクレアたちと解決に導く立場になったのである。
まずガイナという名の少女に引き合わされ、次にクレアのパートナーらしいペイネ=ボウェルを紹介された。
そしてガイナの部屋でいくつかの "世界" を前に、私は魔剣に端を発した一連の出来事の顛末を聞いた。
「ならば元凶は "リトライ" とやらを司どる概念存在ネルなのでは?」
「いや、そんな簡単な話じゃない。そもそも概念世界や情報群には分からないことが多いから、黎明期を明けて間もない今はまだ試行錯誤するしかない。」
クレアはクレアの出現以前を黎明期と呼んでいるようだ。傲慢に思えたが、後々ガイナたちに彼女についての話を聞いてしまってからは、なるほどそうなのだろうと考えを改めた。
兎にも角にも、私は浮き沈みの激しい情勢の中で、必要悪の如き位置付けで生まれたらしい。
「黒い世界は霧散してしまったけれど、暫くはまた結晶化しないか監視が必要だと思う。
・・・まぁそれはそれとして、今あなたに必要なことって何だと思う?」
問われ、数秒考えて答える。
「・・・知ること、だろうか。私とは何か、世界とは何かを。」
精神世界を乗り越えた経験は、自己認識の重要性を再認識させた。同様に、外界を知ることがいかに意義深いかを。
しかしクレアは私の答えをサラッと受け流した。
「うん、それは二の次でいい。」
「何故だ?」
「そんなもの、時代とか環境、周りの人間、そして主観の主体である自分自身の認識ですら何かのきかっけで変わりかねない "ここ" では、後から考えればいい。」
「・・・。」
「必要なのは結局のところ力だね。もちろんそれだけじゃないけど、真実でもあると、そう思わない?」
身も蓋も無い話だが、彼女の言葉を否定できるだけの理由を私は持ち合わせていなかった。
力不足の歯痒さを、有り余る力を得たはずの私はつい先頃知ったばかりである。
大雑把なやりとりの後クレアから、情報群の操作や各世界への顕現など、これからやることは沢山あると告げられた。
黒い世界にまつわる鬱屈に押し潰されそうだったのが嘘のような環境の変化に若干戸惑いはあるが、私が今ここにこうして生きている奇跡を思えば些細な感覚であろう。
赤橙色を帯び私を見据えるクレアの瞳。その穏やかな光に包まれて、私はこの先再び逢えるのか定かでないアナザンやドラグラシル、そして骸だけとはいえ私を肩代わりしてくれたアーカードへの感謝が溢れるのを感じた。
私は答えに至ったのだろうか?
それはこの先、いつかの私が判断するのだろう。
 




