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032 二次会

 緑黄色社会 『あのころ見た光』

*A*




 オリジナル曲の反応はそこそこ良かった。大学生の、それも部活のライブなんて殆ど身内だけしか聞かないから、よっぽど悪くない限り酷評されることは無いんだけど。


 ライブの打ち上げが深夜に終わった後、メンバーで私の部屋に移動して二次会になった。


「どっちかと言うと良い感想が多かったと思うわ。」

「神代さん本当に?」

「えぇ。」

「うーん、でもなぁ・・・。」


 既に "出来上がっている" メメと、意外にもまだ意識がはっきりしている綾花。

 まぁ綾花は元々部活の飲み会では殆どお酒を飲まないから、むしろうちでの酩酊状態の方が珍しいんだけど。


「ねぇ茜はどう思うぅ?」

「そうねぇ、正直自分では演奏し過ぎて、よく分からないかな。」

「それはそうだけどさぁ・・・。」


 酔っ払いにはあんまり真面目に返事しないのも一つの策だ。


「私は、他の曲は作らないの? って何人かに聞かれたから、そのことはバンドとして励みになると思ったよ。」


 柚子先輩が助け舟を出してくれた。流石先輩、絶妙な答えだった。


「そうですか? まぁそうですが。」



 それから暫く、何かから解き放たれた様にお酒を煽り始めた綾花を横目に、私たちは "夜明け前" だけでなく他のバンドの事なんかもわいわいと話して過ごした。

 春のライブでは 2 年生になった学年の上達具合が話題としては適当だったし、実際、一次会でも 2 年生が話題にされる場面が多かった。



 いつの間にか時計が 2 時を回り、綾花が起きているのか寝ているのか分からなくなった頃、私はおもむろに “あの事” を話題に上げた。


「・・・間奏の時なんだけどさ。」


 私の言葉に、4 人の中でも意識がはっきりしていそうな先輩だけでなく、随分酔っているはずのメメもスッと私を注視した。


「二人はどうだった?」


 敢えて何の事か言わずに探る。


「どう、って?」

「言葉通りですよ先輩。ただ漠然と、こう・・・。」


 先輩は目を細め頬杖をついて私を見ている。頼もしい先輩だけど、大抵何を考えているのか分からない。

 私は実際酔っている上に眠いこともあって、何でも無い風を装って続きを言う。


「私、間奏で例の不思議体験があって、何度か聴いた歌が聴こえたんです。それから、黒髪の少女に会いました。先輩とメメはどうだったのかな、と。」


 先輩はうんうんと頷くだけで何も答えてくれない。もしかしたら、実は殆ど寝かけなのかもしれない。

 一方でメメは答えてくれた。


「わたしも歌を聴いた気がした。ラララってハミングだったけど。それから女の子にも会った。」


 なるほど。メメも会ったのか。

 歌についても少女についても、話し合いたいことはたくさんあるけれど、記憶が新しいうちに確認しておかないといけないことを最初に聞く。


「・・・ハル、って、誰なんでしょう?」


 少女が告げた名前。少女との繋がり。

 それを突き止めた先で自分がどうしたいのかは分からない。でも、ともかくハルという人物と話したいと思う自分がいる。


「さぁ? そう云うあだ名の人は探せば幾らでもいそうだけど。」

「メメはハルって人の事を女の子から聞いた?」

「聞いてない。ぼんやりとしか覚えてないけど、歌声を覚えていたことを驚かれたよ。」

「そうなんだ。」


 不思議体験の深さは毎回バラバラだったけれど、全体的には私が一番深かった。

 今回も私が一番深かったらしい。


「私もメメと同じかなぁ。」


 先輩からも追加情報は無い。

 話を擦り合わせるに、遭遇した少女は同じ人物らしいのだけど。


   ラララ


 夢現で聴いた歌声を思い出そうとハミングを繰り返す。


   ラララ


   この心をあなたに 声も心もあなたに


 流石に夢現なだけあって、思い出せる歌詞はここだけ。


   ラララ───



 ・・・メメと先輩も一緒になって何度かメロディを繰り返していると、唐突に綾花が顔を上げた。目は半分以上寝ている。


「ねぇ茜、ハルって言った?」

「うん? 言ったけれど。」


 相当眠いだろうに、よっぽど好きなのかどこからか取り出した自前のウィスキーを注いだグラスを傾けつつ、綾花が言う。


「ハルって私のお父さんなんだけど、関係あるかなぁ?」

「・・・え、いや、どうだろうね?」


 えっと。流石に関係無い、んじゃないかなぁ・・・?


 そんなこんなで夜は更に深まり、いつの間にか私たちは眠ってしまった。




 カーテンの隙間から差す陽光に起こされ、寝ぼけつつも、忘れないうちに綾花に確認する。


「綾花のお父さんって、ハルって名前なのね。」

「そうよ?」

「変なこと聞くけど、お父さんって不思議な体験を信じるような人?」


 ちょっとむくんで見える寝ぼけ眼の綾花は、うーん、と数秒考えて答えた。


「信じるも何も、不思議そのものみたいな存在とお友達だけど。」

「・・・?」


 そして私たちは、綾花から "彼女" を紹介された。




*-*




 春のライブから数週間後、バンド練習をしていた "夜明け前" のもとを一人の女性が訪ねた。


「こんにちは。あ、練習は続けて?」

「クレアちゃん! 久しぶりね。来てくれたの?」

「うん。お父さんから話を聞いて。」


 クレアと呼ばれた彼女は橙色に輝く瞳が目を引く、整っているくせに印象に残りにくい容姿の女性だ。

 クレアは綾花の父経由で "夜明け前" に起こった不思議体験の話を聞いて、バンドメンバーと会ってほしいと云う綾花のお願いを果たしに来たのだった。


「いえ、もう終わるところです。」

「そう? えっと───」

「芽吹恵です。以前一度お会いしましたよね。」

「あぁ、あの時の。芽吹さんね。よろしく。」


 ちょうど練習時間も終わりだったため、バンドの 4 人とクレアは茜の部屋に移動することにした。

 クレアは赤の他人ではあるが、メメと柚子の二人は以前一度面識があり、茜も綾花とクレアのやりとりからクレアに対する警戒心はすぐに解けた。そして、そうなるだけの穏やかな包容力がクレアにはあった。



 夕食時だったこともあって、スーパーに寄って食材は買い出し済みだ。

 クレアちゃんのご飯は美味しいんだよ! と嬉しそうに話す綾花の言葉を受けて夕食はクレアが作ることになり、そのことに誰も異を唱えなかった。


「お待たせ。そんなにお腹空いてなさそうだったから、おつまみだけだけど。足りなかったら言ってね。」


 そう言ってオイル煮やマリネなど簡単なオードブルをクレアが机に並べると、綾花は早速買ってきた赤ワインをグラスに注ぎ始めた。




「・・・それで、聞きたいことがあるんだって?」


 当たり障りのない会話が続いた後、綾花がいつもよりかなり早く酩酊状態になったタイミングでクレアが切り出す。

 見た目にそぐわない落ち着きを備えたクレアに、若干萎縮気味の 3 人が注目する。

 本来なら綾花の話ぶりでは既に 40 歳を超えているだろうクレアの年齢を考えれば、彼女の落ち着きは年齢相応なはずだが、見た目はどう考えても 10 代後半かせいぜい綾花と同い年くらいで、そのギャップは綾花が彼女を "不思議そのもの" と称するに相応しいと 3 人は思っていた。


「えぇ。その、とある不思議な体験のことなんです。もしクレアさんに関係なさそうなら、そう言ってください。」

「一応綾花のお父さんから話は聞いてる。けれど、直接あなたたちから聞くことにしようかな。」

「わかりました。」


 そして 3 人はクレアにバンドに起こった出来事を、お互いの経験を照らし合わせながら伝えた。

 あの冬の雪道に始まり、オリジナル曲の完成とお披露目に至るまでの出来事を。




「・・・という感じです。」

「なるほどね。」

「黒髪の少女が "ハル" を訪ねるように言って、けれど当てもなくて・・・。そしたら綾花が、お父さんとクレアさんの事を話題に上げたんです。」

「ふむふむ。」


 一通り話し終えてから茜たちは三者三様に、いざ纏めて話してみればやはり突拍子もない出来事を、ほとんど初対面の女性に伝えているこの状況が妙におかしく思えた。

 目の前に現実に存在する自分達よりも二回りは歳の離れた女性が、本人の見た目はともかく、オカルトもいいところの自分達の体験と関係あるはずなんてないのに、と。


 こんな話に付き合ってもらって悪かったかな? と、目を閉じ腕を組んで沈黙するクレアの様子に 3 人がソワソワし始めた頃、3 人の予想を裏切る言葉をクレアは口にした。


「・・・そうだね、うん、いいんじゃないかな?」

「あの、クレアさん? 何のことですか?」


 恐る恐る尋ねる茜に、クレアは悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。


「功労者には相応の報酬が必要ってことだよ。まぁ、どうせもう関わることもないし、白昼夢の一種とでも思って酒の肴にするといいよ。」

「「「・・・?」」」


 疑問符を浮かべてお互い顔を見合わせる茜と恵と柚子。

 

「ふぁぁ。何々? どうしたの?」


 むにゃむにゃと欠伸をして目を開けた綾花も話に加わる。



 そしてクレアは語り始めた。

 時代を超えて紡がれてきた、異なる世界の物語を───


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