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031 さよならの形

 APOGEE 『夜間飛行』

*a*




 精神世界で魔剣に打ち勝ち力を確立した魔王ワルドは、この世界での目的である EMT の改変を事もなげに達成してしまった。


「やはり力とはこうでなくては。」


 精神世界での不自由がよっぽど窮屈だったようで、アンベイル・ワールドに溶け込み EMT に向け飛んだワルドは楽しそうに見えた。


 アンベイル・ワールドには EMT が守護のために配置した、意志を抜き取られた "超人" たちが立ちはだかったけれど、世界に匹敵する力を魔剣から回収したワルドの敵ではなく、私もナミネも道すがらの殺風景な景色に散らばってゆく超人の欠片をただ見ているだけだった。


「私の想定と違う。」


 EMT を改造した張本人のナミネはアンベイル・ワールドや超人の様子がおかしいと指摘したけれど、元々異世界人である私たちには何がどう違うのか分からないし、そもそもワルドの力の前では些細なことでしかなかった。




 EMT には、回収される力の粒子を追えば辿り着けた。

 世界に匹敵する力の回収装置と聞いてどれだけ大きいんだろうと想像したけれど、実際には小屋くらいの大きさだった。まぁ、ワルドも人の大きさに到底収まると思えない力を宿しているわけだから、不思議ではないんだけれど。


 ナミネの想定外、私とワルドの想像の範囲内に、EMT にはラスボスと言い得る守護者が張り付いていた。

 ただ、相手が悪かったとしか言えないくらいあっさり、ワルドの "断界" によって数秒ともたず崩壊し EMT に吸収されてしまった。


「何だろ。呆気なさ過ぎて、今まで自分がずっと悩んできたのが馬鹿みたいに思えるわ。」


 護るもののなくなった EMT を前に涙を流したナミネは、笑っているのか後悔しているのか、何とも言えない顔をしていたと思う。


「術式は用意してあるから、起動をお願いするわね。」


 ひとしきり泣いた後、ナミネは EMT に細工を施すとワルドに告げた。


「任せるがいい。」



 ───ドゥオン───


 小屋が青緑色の光を纏い、展開した術式が光と共に網目状に広がってゆく。


 ───ウゥゥゥン、ココココ、ウゥン───


 内部で何かが動く音が続いて、カチン、と錠が開くような音を合図に、一条の光が天に奔った。


「綺麗・・・。」


 思わず感想を漏らす。

 青緑の光の柱は天空で四方に弾け、回収機能を失った EMT から解き放たれた力が拡散しているようだ。



「・・・終わりか。」

「えぇ、ありがとう。」


 術式が正しく発動されたかどうかワルドがナミネに問い、ナミネが答えた。


「帰りましょう。私は私の家に。あなたたちは、あなたたちの世界に。」

「そうだな。」

「そうね。」


 天高く登り続ける光を背に、私たちは帰還した。




 ナミネの家に戻った時、力の存在をそこかしこに感じたけれどそれ以外に変化は無かった。


「これからナミネはどうするの?」

「分からない。けれど、これまでずっと考えていたことだから、何とかするわ。」


 何を何とかするんだろう。裏の世界と表の世界の関係性が、閉じたままなのか、新しく超人が生まれるのか、EMT 前を知らない余所者の私には想像がつかない。

 けれどナミネは決意を固めた様子で、むしろ私たちのことを気遣ってくれた。


「だから、この世界のことは任せて。あなたたちの・・・ワルドの問題の方が、重要なのでしょう?」


 黒い力が支配する世界に連なるという意味では、ナミネの世界も私の世界も下位に相当する。

 ならばこそ、ワルドには完全に解決してもらわないといけない。

 黒い城に残る魔剣本体と、決着をつけてもらわないといけない。


「そうだな。世話になった。」


 ワルドはナミネに寄ると、これは身体を預かってもらった礼だ、と言って腕輪らしきリングを渡した。


「これは?」

「私との連絡に、一度だけ使える。使わないで済むことを願っているが、な。」

「・・・ありがとう。」



「では、帰るぞ、アナザン。」

「えぇ。」


 見慣れたゲートを前に、私は河原でのことを思い出していた。

 もうちょっとギターを弾きたかったなと思い、名残惜しさを紛らすように、見送りのナミネに伝える。


「ねぇナミネ。私の代わりにあなたがギターを弾いてね。河原で歌うの。きっと楽しいわよ。」


 ナミネは私の唐突な提案に一瞬ポカンとしていたけれど、そうね、と微笑んだ。




───




 黒い世界では、精神世界での敗北を機に魔王ワルドへの憎悪を最高潮に高めた魔剣が、完全に意識を乗っ取ったアーカードの身体で待ち構えていた。


「お前は帰れ。そして、成すべき事を成せ。」


 城の入口でワルドはそれだけ言うと、新たにゲートを創造して私を押し込み、私は私の世界へと送還されてしまった。


「ちょ、ちょっと! 私がいなくても良いって言うの?!」


 ゲートが閉まる間際に私は叫んだけれど、ワルドは答えなかった。

 それに、私も実際のところは理解していた。

 精神世界で魔剣から自身を分離し、持ち出していた力を全て自由に使えるようになった今のワルドなら、むしろ私の存在は足枷になるだろうと───



 十数秒の浮遊を経て、例の如く "扉" の前に降り立つ。

 ラグノ大陸中央、開かれた檻にある迷宮、その深奥だ。


「・・・アナザン、もしかして怒ってる?」

「怒ってないわ。」

「怒ってるでしょ。」


 そうかもしれない。けれど、怒りよりも寂しさの方が大きい。


 何故だか私も "私" も、ワルドとはもう逢えないのだろうと予感していた。

 だから、私を最後まで一緒に戦わせてくれなかった事への憤り以上に、これまでの旅での思いを語り合う時間が失われた事を寂しく感じたのだ。


「・・・まぁいいさ。さぁ、迷宮を抜けよう。」

「えぇ。」



 そして同時に、"私" との別れが迫っていることも、何となく感じていた。




*-*




「お久しぶりです、アキ様。」

「えぇ。ロージーさん、元気にしてました?」

「お陰様で。議会も漸く開始できるところまで漕ぎ着けましたよ。」


 大陸中央の草原の一角。完成した連立議会の庁舎で、アナザンは精霊代表であるアクア=ロージーに声をかけられた。


「そう。ごめんなさい、ずっと不在にしていて。」

「いえ、アキ様が我々の知らないところで我々以上に苦労なさっていることは、誰も承知しています。」


 代表たちが集まる会議室に向かいながら、取り留めのない話をする二人。

 アナザンは癒しの象徴でもある水を司どる精霊ロージーとの会話に心地よさを覚える。押し付けがましくない、けれど距離を取られている感じもしない。

 ・・・ロージーに対して寝慣れたベッドの様な安心感を覚えたのは、アナザンがなんだかんだで疲れていたからかもしれない。


 そうこうしているうちにアナザンは会議室に着き、扉の先には大陸を代表する全ての部族が集結していた。

 天使、人、海の民、龍、精霊。

 代表たちは各国の諸問題を片付けて来た事を窺わせる達成感に満ちた表情で、同時に、これから始まる連立議会の歴史に奮い立っていた。



 各代表が諸問題の解決と議会成立のための必要事項の確認を順番に済ませると、最後にアナザンに発言権が移る。


「・・・これは一つの始まりに過ぎないんです。議会は数多の可能性の中の一つ、暫定的な平和の形。そのことを忘れないで欲しい。」


 まさに始まりを迎える連立議会に水を差す様な言葉だが、誰もアナザンの発言に真摯に耳を傾けている。


「力は誰の内にも眠っています。力には善も悪も無い。」


 アナザンは旅の中で遭遇した異世界の覇者たちを思い出す。


「けれど人が人である以上、人は誰かと関係せずにはいられないから・・・だから忘れないでほしい。」


 アナザンは思いを馳せる。

 今まさに最後の戦いを戦い抜いているだろうワルドに。そしてラムダに。


「心は同じ方向を向ける。例え通じ合えなくても、同じ景色を見ることはできる。」


『そうだね。』

『きっとそう。』

『少なくとも、私たちはそう願っている。』


「連立議会がこの大陸に生きる全ての人にとって、等しく支えとなる事を願います。」


 わっ! と拍手が起こって会議室が湧き、祝福された雰囲気の中、長い準備を終えた連立議会が遂に開始されたのだった。


 平和の一つの形。

 アナザンの言葉通り、龍脈の寡占に始まった戦いの終着点は他にあったかもしれないが、力の循環は議会によって保たれ、世界が暗に孕む "情報群の浄化槽" の役目も達成される事だろう。




 庁舎を後にし、滅多に戻らなくなって久しい自宅に向かう途中。

 夕焼けに染まる草原に立ち、アナザンは別れの時が来たことを知った。


『さよならみたいね。』

『さよなら。楽しかった。』

『名残惜しいけれど。』


「そう、行ってしまうのね。」


『えぇ。魂が覚えていたなら、また逢いましょう。』

『あなたも私も、魂の共鳴を知っているのだから。』

『ほら、ラララ───』


 自分の中のもう一つの意識、もう一人の "私"。

 迷宮攻略で、龍脈を巡る戦いでアナザンを支え続けた親友。"私" もある意味アナザンの一部なのだが、アナザンはもう一人の自分を親友と思っていた。


 かけがえのない存在だった。



 親友のメロディに合わせるように、アナザンも口ずさむ。


「ラララ───」


 夕焼け色の溶けた涙でアナザンの視界は燃え、夜の帷はそのまま "私" の意識の眠りを暗示している様だった。


「この歌を届けよう この声を届けよう。」


 もう応える声はない。


「ラララ───」



 そしてアナザンはワルドに続き、内なるもう一人の自分との別れを終えた。




「大丈夫だよ。ボクは居なくならないから。」


 ドラグラシルの声が、アナザンの心に深く沁みていった。


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