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029 歌が響くから

 榎本くるみ 『あなたに伝えたい』

*A*




 いつもと同じ舞台。

 いつもと同じ照明。

 いつもと同じ、そこそこ気合を入れた化粧と衣装。


 けれど、気持ちは全然違う。

 不安と期待が同じくらいで、それ以上に緊張が両手に張り付いている。


「・・・ありがとうございます。じゃ、最後はオリジナル曲です。随分時間がかかったけど、どうでしょう?」


 ステージ左前に立つメメが MC をしている。

 右側の私はベースのチューニング中。

 真ん中やや右の綾花は大人しくメメの MC を見守っていて、柚子先輩は最後の曲に向けた気持ちの調整なのか、目を瞑って俯いて、体でリズムを刻んでいる。


「"緩やかに溶ける"。」


 柚子先輩がスティックで拍をとって、最後の曲が始まる───



   感傷的になって 理由は思い出せなくて

   逃げるように夜の慰めを待って まだ沈んでいる途中


 少し長めのイントロから、ぎりぎり冗長じゃないゆったりしたメメの歌が始まる。


   曖昧な言葉 ひらひらと踊る様は綺麗

   僕に理由をください 僕に意味をください

   踊る様は綺麗 ただそれだけ


 私の意味はどこだろう。

 分からないけれど、ギターを手に精一杯 "踊る" メメは綺麗だと思う。


   夢を見たい 何ひとつ知らなかった透明な心で

   いずれ色に塗れるとしても 感情の原風景を見たい


 メメはこの曲が "自分らしい" と言うけれど、私はメメの言葉が本心なのか、それとも好きなバンドの真似を誤魔化すための照れ隠しなのか分からない。

 分かるのは、私はメメの作った歌詞が好きだと云うこと。


   新しい道を行こう 迷路に飛び込んで果てよう

   逃げるように夜の赦しを待って まだ選択肢は無い


   これがイイ あれはダメ フラフラと寄る方無い踊り手

   僕に正解をください 僕に真実をください

   踊る様は綺麗 ただそれだけ


   感傷の夢 積み重なって薄れた記憶は洗練された

   既に景色は鮮やかに汚れ 原風景を思い出せない



 実際には 2 分ほど演奏しているはずなのに、一瞬で 2 番のサビも終わってしまう。

 間奏はギターのソロこそないものの、メロディーの繰り返しを強調するパートに仕上げたので、あがり症の私も落ち着いて音に身を委ねられる。


 繰り返しと変化のバランスを確認するように私たちは顔を見合わせ、走り過ぎないよう演奏に集中する───



 私は期待していた。

 多分、メメも同じような心持ちだったんじゃないかと思う。先輩はどうだろう。



 ───ふっと気付くと私が演奏していたはずの間奏は遠くに霞んでいた。

 視界さえもぼんやりとしてしまったな、なんてゆっくり思う暇もなく、その "イメージ" は私の感覚を満たしていった。


 『この歌を届けよう この声を届けよう』

 『あなたが眠るまで 太陽も月も微笑むから』


 知らない歌詞が、間奏のコード進行に乗って私の脳裏に流れ始める。


 『この心をあなたに 声も心もあなたに』


 声はまだ幼い、けれどはっきり少年のものと分かる音色で響いている。


 『幻と踊ろう 幻に歌おう』




 ハッ、と見回す。


 全てが遠い感覚で満たされたこの空間で、私は “その少女” と二人きりだった。



「あら、どうしたの?」


 少女が不思議そうに私に問う。

 黒髪の少女は、一年以上ぶりの再会だったけれど、すぐに "あの少女" だと分かった。


「どうもしないけれど、久しぶりですね。」

「そうかしら?」

「そうですよ。」


 少女と話しつつ、流れ続けている少年の歌からも意識を逸らさない。


「どうもしないなら、どうして私のところに?」

「そこは、"どうやって" なのでは?」

「確かにそうね。けれど、あんまり驚いてはいないわ。」


 少女は落ち着いて私に応じている。私はと言うと、内心驚きで一杯だ。


「・・・ところでお礼を言わないといけないと思っていたのよ。」

「何のお礼ですか?」

「いつかのお礼。あなたは覚えていないはずだけれど。」


 少女が言うように、私には礼を言われる覚えが無い。


「ありがとう。彼女たちも彼も、うまくやってくれたわ。」

「彼女? それに彼って・・・?」


 少女は見た目にそぐわない慈母の笑みを浮かべて答えた。


「この歌声の主よ。・・・あぁ、そっか。そうなのね。あなたたちの心も覚えていたのね。」


 心が覚えている? どう云う意味だろう。


「この歌、誰が歌ってるんですか?」


 あどけなさ、寂しさ、切なさ、それから少しの勇気。

 少年の声が孕む感情は、穏やかな音の並びの中で心地よさとなって私の中で響く。


「機会があれば伝えられるかしら? でも今はまだ・・・。」


 教えてくれないらしい。神様? のルールだろうか?

 それに、もうこの少女とは会えないのではないかと、私は心の片隅で予感している。


「そうだ。ハルなら話せるかも知れない。だから、ハルに訊ねるといいわ───」


 ───そして黒髪の少女は、フェードアウトする少年の歌と共に私の浮世離れした感覚から去っていった。




 間奏がいつの間にか進み、あと 2 小節で最後のサビに戻る。

 ほんの 1 分ほどのはずの体験が、数分以上の長さに感じられた。

 メメの方を見ると、メメはマイクに向かっている。先輩とは目が合ったけれど、先輩が何を考えているのかまでは分からなかった。


 メメがエフェクターを踏み、間奏が終わる。


   曖昧な言葉 ひらひらと踊る様は綺麗

   僕に理由をください 僕に意味をください

   僕にも 当たり前の一つをください

   踊る様は綺麗 ただそれだけ


 練習したコーラスは流石に曲の完成前から続けているだけあって、心地よくハモれていると思う。

 メメの少しだけ粗野な声質が、歌詞を際立たせている気がする。単に聞きなれただけかもしれないけれど。


 長いようで短かった曲、完成したオリジナル曲のお披露目もあと 2 フレーズ。


   夢を見たい 何ひとつ知らなかった透明な心で


 夢を見た。何ひとつ分からない不思議の中で。


   いずれ緩やかに溶け去るとしても


 きっとこの非現実は、日常へと緩やかに溶けてしまうんだろう・・・。



 演奏後の余韻に浸りながら、私は戻らなければいけない日常の存在を早くも思い出し始めている自分がいることを、いつも以上に遣る瀬無く感じていた。




*w*




 ラムダを取り込んだからといって魔剣を倒す目標に変わりはない。

 薄々勘付いていたことをタイミング悪く魔剣に指摘され動揺した私を、わざわざ慮ってくれたアナザンに感謝こそすれ、目的を違えるほど弱い意志でスピリット・サークルを作ったはずなどない。


「ハハハッ! せいぜい抗ってみせるがいい! 所詮再誕の運命の前には、お前たちの些細な抵抗など何一つ意味など無いがな!」


 アーカードの声で高らかに叫ぶ魔剣。魔剣の目的である世界の再編が魔剣の思惑通りに起こるのなら、確かに私たちの抵抗など意味は無いのかもしれない。

 ・・・以前ならばそう思っていただろうし、実際私は自暴自棄の中で私と云う自我を崩壊させることを何度も考えていた。


 しかし今なら分かる。魔剣の目的は、偽らざる事実として今まさに存在する数多の世界を生きている命の、どれひとつとして肯定していないのだということが。


「その先にあるのは "お前の" 世界であって、私や "誰か" の世界ではないのだ!」

「何故分からない?! お前がお前として生まれ変わることを、俺が確実な未来として知っていると、お前も本心では理解しているだろう!」


 アナザンと剣を交え、アナザンに幾つもの傷を負わせつつ魔剣が喚き散らす。

 しかし魔剣の言葉には既に矛盾があると、私は気付いている。気付かせたのは他ならぬ魔剣なのだ。


「うぁッ、ぐ・・・!」


 私との遣り取りと並行して、力を増した魔剣の攻撃はアナザンを少しずつ押し込んでいく。

 この場では中途半端な力しか持っていない私は、足手纏いにならないようバフをアナザンに施すことくらいしかできない。


 理解しあえない魔剣と私、そして押されつつある戦況。

 もどかしい二つの状況の当事者でありながら脇に立つだけの私・・・。


 何か、何か出来ることはないか?

 ヤツを倒すため、"私" を奪い取るため、そして魔剣による世界の再編を阻止するため。

 何か無いのか? 私には、負けゆくアナザンの勝利を神か何かに祈ることしかできないのか・・・?


 馬鹿馬鹿しい。今更 "神" だなどと、旅先での経験が不要な影響を及ぼしている。



 ガガゴギギ! ドゥ・・・ゴ!! ガキャッ!!


 もはや剣が交わっているのかすら疑わしい音が城に響き渡り、ついに魔剣から迸った絶界がアナザンの足を掬おうとした時───



『ラララ』



 不意に、その歌声がどこからともなく聞こえてきた。


『ラララ』


「何だ? この声は。」


 突然のことに魔剣は手を止め、私を睨みつける。しかし私には、歌を歌う余裕など無い。


『ラララ───』


 歌詞のないメロディーが私の中で波打つ。


「は、ははっ。」

「何が可笑しい、魔王ラムダ!」


 私はつい笑っていた。今にも敗北しようとしているこの状況で。


「ははっ!」


 何故なら私は知っていたから。

 このメロディーの主を。

 そしてこのメロディーの続きと、歌が意味するところを。



『この歌を届けよう この声を届けよう』



 紛れもなく、それはラムダの歌だった。


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