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022 予想と予感

 GALNERYUS 『DESTINY』

*m*




 ライブの前日、完成したオリジナル曲の最後の練習中、私たちは不思議な感覚に陥った。

 これまでも『緩やかに溶ける』の演奏に伴って何とも言い難い感覚はあったけれど、茜と先輩も同じ景色を見ていたのは初めてのことだった。



「ねぇ、今この辺に女の子いなかった?」

「芽吹さん、何のこと?」


 相変わらず神代さんにこの感覚は無いらしい。蚊帳の外で申し訳ないけれど、わざとじゃないのであまり気にしても仕方ないか。


「この辺・・・真ん中あたりに黒髪ストレートの女の子がいたように思ったんだけど。というかその子? を二人も見てたように思ったんだけど。」


 少女は私たちを見るでもなく、地に足が付いていないのかふわふわと佇んでいた。


「私にも見えたわ。はっきりとではなかったけれど、それらしい子。」

「メメだけじゃなくて先輩もですか。私にも美少女が見えました。」


 美少女? 顔はぼんやりしていてよく見えなかった。


「・・・それで、その子? は何をしてたの?」

「何してたんだろ。ただそこにいた、としか・・・。」


 見えていない神代さんに聞かれるけれど、見えただけなので何とも答えられない。


「私たちのことを見守ってる感じだったよ。それと、演奏を聞いてた。」

「へぇ。何のために見守ってたんだろうね?」


 茜にはそう見えたらしい。


「ま、悪いものじゃなさそうだし、とりあえず練習しよう。時間は有限だよ。」

「そうですね。とりあえず合わせましょう。」


 柚子先輩に促されて私たちは練習を再開して、その後はいつものように別々の不思議を体験した。




 練習後、時間も遅いし明日に備えて早々に解散しても良かったけれど、何となく少女のことが気になるので私たちは茜の部屋に移動してお茶をすることにした。


「ねぇ、これまでも不思議体験はあったんでしょう? それって、何か繋がりはないのかしら?」


 興味津々に神代さんが尋ねる。

 ・・・あの、神代さん? そのお酒はどこから? 明日ライブだけど・・・。


「繋がりなんてあるのかな? 怪奇現象とは違いそうだし、作曲で苦労したから色んな記憶が呼び起こされてるんだと思ったけれど。」

「でも芽吹さん、そもそもこんなこと、普通はあり得ないよ。」

「まぁ、確かに・・・。」


 茜が淹れてくれた紅茶を飲む私たちと、氷をもらってウィスキーの小瓶を傾ける神代さん。

 神代さん、何でそんなもの持ち歩いてるの?


「あ、これ? この前仲枝くんがくれたの。理由はよく分からないけれど。」

「へぇ、仲枝くんが。」


 瓶を凝視していたら神代さんが教えてくれた。仲枝くんの意図は知らない。気にしないことにしよう。


「頻度的には私が一番少ないかな? 多分茜ちゃんが一番多くて、真ん中がメメ?」

「これまで話した様子だと、先輩が言う通りだと思います。今日も茜が一番はっきり見えてたみたいだし。」


 神代さんと情報を共有しつつ、私たちはこれまでの不思議を寄せ集めて、何か一貫性が見出せないか考えてみた。


 草原、荒地、沼地。

 西洋風の城、地中海風の街並み、東南アジア風の街並み。

 地平線、星空。

 男の子、外套の男、男の子の歌───


「纏まりが有るようで無いね。」

「登場人物は 2 人だけ?」

「私はそうかな。さっきの美少女が 3 人目。メメと先輩は?」

「私も二人。」

「私は男の子だけだった。」


 それぞれの景色は男の子か男と関係があるのかも知れない。


「ふぅん? ・・・どれも登場人物の見た景色とか? 男の子が旅した風景、なんてどうかしら。」

「旅、ね。神代さん、それはありかも。あんまりにもバラバラだから、むしろそう考えれば繋がって思える。」

「全然関係ないかもしれないけれどね。」


 記憶の中の男の子は、私たちの歌にコーラスを合わせていたようにも、一人で勝手に歌っていたようにも思う。フード男は私は一度しか遭遇したことがない。


「茜、フードの男の人はどんな様子だった?」

「そうね・・・ぼーっとしてることが多かったかな。何をしてるわけでもなくて。」

「ふぅん?」


 風景にも街並みにも時代を感じる。少なくとも現代ではないと思う。


「持ち寄ってみてもあんまり手掛かりがないなら、男の子の旅かも、くらいしか想像できないね。」

「仕方ないわ。そもそもこんなこと、普通じゃありえないんだもの。」

「そうだね・・・。」




 ・・・結局よく分からないまま話は終わった。

 茜宅を出る頃には一人でウィスキーを飲んでいた神代さんはかなり酔っていて、一人で帰れるか心配なくらいだった。


「あ、らい丈夫です。お迎えお願いしますから。」

「お迎え? 彼氏とか?」

「いえそんなのいませんよ。お父さんかお母さんに・・・。」


 そう言うと神代さんは電話をかけた後、誰かが迎えに来てくれるのだと私たちに伝えた。

 放っておくのも気が引けるので、一応一緒に迎えを待つ。



 待つこと数分。


「こんばんは。綾花ちゃん看ててくれたの? ありがとう。」

「あ、どうも、こんばんは。えっと・・・あなたは?」


 やって来たのは、暗がりの中でもオレンジに煌めく両眼が印象的な女性だった。

 美人なんだろうけど、そう言うには妙に印象が弱くて、それから背が低いこともあって幼げな雰囲気も混ざって感じられる。


「私? 綾花ちゃんの親戚だよ。たまたま神代家にいたから、代わりに来たの。ほら起きて綾花ちゃん。帰るよ。」

「あ、クレアちゃん久しぶり・・・ごめんねありがとう。」

「いいのいいの。」


 神代さんとのやりとりは自然で、何とも言えない不信感が取り越し苦労なのだと知る。


「じゃあ、また明日れす。芽吹さんも先輩も。」

「うん。気をつけて。」



 ヒラヒラと手を振っていた神代さんの姿が遠ざかると、柚子先輩がポツリと呟いた。


「来るの早すぎない?」


 ・・・それは私も思った。

 神代さんの実家はよっぽど近いんだろうか? それなら一人暮らしをわざわざしないと思うんだけど、家庭の事情は色々だから考えても仕方ないのかも知れない。

 近くだけど一人暮らしをしていて、けれど気軽に頼れるくらいの距離感の実家があるのは、とても羨ましいことだと思う。


「まぁ、気にしても仕方ないですよ。タイミングとかあるんでしょうし。」

「そうかなぁ。」

「それよりクレアさん、綺麗でしたね。本人は神代さんより年上っぽく接してましたけど、何歳に見えました?」


 人の年齢をあんまり詮索するものじゃないけれど。


「・・・せいぜい 25 歳。本音は 17 歳。」

「ですよね───」



 先輩と別れ、アパートを目指す。

 いっそクレアさんの存在の方が『緩やかに溶ける』の不思議よりも不可思議に思えたけれど、夜も遅いしあまり考えすぎないようにして、明日のライブに想いを馳せた。




*w*




 これまで大して気にしていなかったが、本人が言う通りドラグラシルは力の結晶とも呼ぶべき精霊だ。そして黒い力ともナミネの世界の力とも異なる "龍脈" を司っている。

 見た目こそ小さいドラゴンだが、最近はアナザンのペット的立ち位置が板について、そんなことは忘れていた。


「しかしお前一人で EMT を正しく制圧できるものだろうか?」

「む、魔王はボクのこと良く分かってないみたいだね。ボクはこれでも龍神なんだよ? ね、アナザン。」

「え、あぁうん、そうだけど・・・。」


 アナザンも心配そうだ。

 確かにドラグラシルならばナミネの言う条件・・・アンベイル・ワールドに存在する EMT に至る条件を満たせるだろうが、そもそも EMT がどのように作用し、どう扱えば望む方向に機能させることができるかは別問題だ。それをドラグラシルが理解しているのか、あるいは理解していたとしても望む通りに導けるかは分からない。

 むしろ、いっそ EMT の問題より私と魔剣の分離をドラグラシルを介しておこなった方が早いのではないかとすら思う。

 まぁ、ドラグラシルがそのきっかけになり得るなど、今の今まで考えもしなかったのだが。


「私は黒い力に馴染みきってしまったから、無理だと思うわ。もし行くならドラグラシルだけになる。」

「先に魔剣を攻略してしまうのはどうだ? 私の内包する力が純粋に私の力となれば、この世界にも干渉できよう。」

「でもそれも、方法はまだはっきりしていないんでしょう?」

「私が主導できる分マシだろう。」


 ・・・などと私とアナザンが話している間、私たちのことなどお構いなしにドラグラシルは何やら作業していた。


 そして不意に手を止め、私たちに向き直った。


「できたけど?」


 見ればドラグラシルの存在感が薄まり、人形の腹に亜空間への扉を思わせる穴が出現していた。


「え、ウソ・・・。」


 穴に視線を奪われたナミネが呟く。

 穴からは確かに、この世界のものらしき力の流れが感じられる。

 ナミネの反応も考慮すれば、つまりそれこそがナミネが以前持っていた力なのだろう。


「行けそうに思うけれど、どうする? ボクだけ行ってこようか。」

「え、ダメだよっ!」

「どうしてだい? アナザン。」


 アナザンは賛成するものと思ったが、私の予想とは異なる反応だった。


「・・・嫌な予感がするの。」

「へぇ。どんな?」


 数秒の間を置いて、全員を見回してからアナザンが答える。


「誰かが犠牲になる、そんな予感。」


 アナザンの言葉の後、ラムダが道具を停止していたこともあって、部屋は暫く静寂に包まれた。


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