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021 構造の違い

 米津玄師 『海の幽霊』

*a*




 ワルドの内なる戦いは本人が想定した以上に時間がかかりそうだった。

 ワルドは小難しい顔付きで多くの時間押し黙っている。少しくらい気分転換をすればいいのに、と思うけれど、ワルドはいずれ去るこの歪な世界に大して興味が無いのかもしれない。


 ワルドが梃子摺っていることは私たちにとってマイナスなんだけど、おかげで私のギター練習は捗っている。

 音楽なんて聞くもので自分が演奏する側になるとは思っていなかったけれど、いざ始めてみると楽しい。


『根気があるから、向いてるのね。』

『押指が上手いのは生来のものかしら?』

『それにしても良い曲。』


 音が上手く鳴ってくれると嬉しいし、単純にギターの音は好きだ。

 もちろんまだ全然うまく弾けなくて、とりあえず "コード" という和音を順にゆっくり鳴らしているだけではあるけれど、"私" の反応を窺うに私はセンスが良いらしい。


 ナミネは相変わらずギターを弾かないし、私に教えてもくれない。

 ラムダは例の道具で歌のレパートリーを増やしている。



 ・・・ギターの練習以上に重要なことがある。


 私はついに、私の中の孤立した意識を明確な "個" として認識するに至った。

 "彼女" は姿こそ無いものの、漠然と私とは違う存在と感じていたのが、実際に "別の私" なのだとはっきり分かった。


 思い返せば迷宮ではずっと "彼女" に助けられていたけれど、精神的にも身体的にも負荷が大きい上ずっと一人と云う特殊な環境下だったために、その後の旅では自然と "彼女" のことを錯覚か何かと思い込むようになっていたのだと気付いた。

 そして気付いたことで、私は "私" と、面と向かって対話ができるようになった。


(そもそもあなたはどういう存在なの?)

『私は私。それ以上でも以下でも無い。』

『名前のない自我。』

『アナザン=アキそのものでもあるわ。』


(けれど、あなたはどうしたって私ではないわ。そうとしか思えない。)

『私もそう思う。』

『果たすべき使命も違うわね。』

『でも私はあなたなのよ。』


(・・・使命?)

『指針と言ってもいい。』

『帰還の手掛かりかな。』

『あら、そうだったかしら?』


 どうにも "彼女" も自分自身がどういう存在なのか分かっていないようだけれど、彼女に私とは独立した意志があることは確かだ。



 彼女が言うには、彼女は私を導く存在で、そして世界の運命を託されているらしい。

 なるほど確かにそうなのかもしれない。でもそれは私の人生を振り返った時に、それ以外の役割では有り得ない単なる説明とも受け取れるので、微妙に納得いかない。

 そもそも誰に託されたんだろう? いつかの少女?


 彼女が託された世界は私の生まれた世界ではないらしいけれど、ワルドの黒い世界とそれに連なる幾多の世界のことなら管轄が私ではなくワルドになるのでは、とも思う。


『要するに正解を求め続けるあなたを、できるだけ正解に近付けようとしている存在ね。』

『正解そのものを押し付けているとも言える。』

『悪意は無いわ。それは知っているでしょう?』


 悪意は無い。確かにそうなんだと思う。

 ラグノ大陸の龍脈を鎮めた私とて、所詮ワルドの黒い世界、黒い力に連なる一個の矮小な力に過ぎないのだとワルドとの旅で思い知った。

 そんな私の力でできることなんて、たかが知れているから。

 私じゃなくてワルドの中に彼女のような存在がいたとしたら話は別だけど。


(ねぇ、あなたはどこにいるの?)

『ここにいるよ。』

『ここにいるね。』

『ここにしかいられない。今は。』


 そうじゃなくて、だってあなたは───




───




 ヨシノは私が少し上手くなったギターを披露すると、驚いていた。


「安芸さんホントに初心者? もしかして俺のことからかってる?」

「初めてよ。ナミネが教えてくれたら良いんだけど、教えてくれないし。」

「ま、今は習いに行かなくても動画でいくらでも勉強できるからなぁ。」


 例の道具はほとんどラムダが占拠しているので、私はナミネに借りた本を使ってギターを練習している。

 ナミネはラムダが道具の映像ばかり見ていることをあまり良く思っていないみたいだけど、道具はあまりにも魅力的で、いつ見ても新鮮で、ラムダの気持ちも分かる。


「そのラムダって、安芸さんの弟?」

「うん? そんなところね。」

「怪しいな。」


 ヨシノは気さくにしつつ、私のことを少なからず不審がっている。けれど高校でナミネから私のことを聞いたようで、私の不審な部分をあまり気にしていないようでもある。


 ヨシノが歌う曲は日によってバラバラで、ラムダの歌を聴きなれた私としてはお世辞にもあまり上手だとは思えなかったけれど、ギターはとても上手かった。


「人のためにやってるわけじゃないからね。」


 そういうものだろうか?

 私は今まで、音楽は聴く人のために誰も演奏しているのだと思っていたのだけれど。


「もちろん共鳴も共振も、良いものだけどね。」


 そういうもの、なんだろうか・・・。

 私の中の "私" は、ヨシノの言葉にうんうんと頷いていた。




*w*




 ナミネの世界が孕む構造が私の力の顕在化を阻んでいることに気付いたことは、一つの進展であると同時に問題の複雑化も意味していた。


 魔剣ワルドの力は次第に私自身の力として、他の何者でもない私の自我との繋がりが強まっていたが、突き詰めるとどうも根幹部分に実権があるらしい。そして根幹は魔剣の一部でもある私の仮初の力では攻略できず、外的な要素が必要だった。

 しかし EMT による力の集約がこの世界の力を薄めているせいで、魔剣ワルドから制御権を奪うために必要な外的な力は得られないと分かった。


 黒い力。魔剣ワルドの力。


 黒い力はこれまで転移して来た様々な世界で上位体系として存在したが、所詮私の力ではない。

 ・・・魔剣と存在を分離しようとしている私自身もまた、実際のところは下位体系に属しているのかも知れない。



 煮詰まった感がありアナザンにそのことを話してみると、アナザンは「分かる気がする。」と言った。


「不思議だったのよね。」

「何がだ?」

「あなたがどうして自我を持っているのか。」


 よく分からないことを言う。


「私が私だからこそ魔剣の世界を壊せると言ったのは、アナザン、お前だったと記憶しているが?」

「もちろん覚えてる。けれどそうじゃなくて、どうしてわざわざ魔剣は魔剣それ自体が意思を持たずに、魔王ワルドに意思を持たせたのかが不思議だったの。」

「お前は俺が・・・。」


 いや、言いたいことは理解できるし、むしろそれは私が説明したことそのものでもある。

 つまり───


「ねぇワルド。あなたもアーカードと同じ、黒い世界に取り込まれた一人なんじゃないの?」

「・・・。」


 つまりそう云うことだ。

 私はこの結論をなんとなく避けていたが、第三者に指摘された上で否定の言葉が出てこないとなれば、無視し続けるわけにいかない。


 立ち聞きしていたナミネが口を挟む。


「フッ。結局 EMT の暴走は誰にも止められないのよ。例えあなたたちが・・・あなたが別世界の神だとしても、ね。」


 ナミネの言葉は邂逅時にも見せた拒絶だけでなく、少しの寂しさを交えている様に感じられた。

 態度とは裏腹に、私がナミネの世界の問題を解決する可能性に期待していたのかも知れない。


「そもそも EMT の現物はどこにあるの? 直接本体を壊す選択肢は無いのかしら。」


 アナザンがナミネに問う。


「前にも言ったけれど、EMT は超人たちの領域、アンベイル・ワールドで稼働しているの。領域間の交通も EMT に遮断されているから、例えすぐそこにあるとしても辿り着くことはできないわ。」


 理屈は分かるが、なんとかできそうにも思う。


「・・・ワルド、あなたと同じよ。」

「何のことだ?」

「大き過ぎる力は、大き過ぎるが故に小さな力の干渉を受けない。そして逆説的に、小さな力に干渉できない。」

「・・・何が言いたい、ナミネ。私の問題とは関係が無いだろう。」

「いえ、同じよ。EMT は私たちの都合を考えない。あなたの魔剣とやらも、あなたの都合は考えない。」


 だから何だと言うんだ?


「・・・いい? 私が言いたいのは、巨大すぎる構造はただ規模を小さくしただけの同じ構造体の影響を受けない、ってことよ。」


 珍しく少し声を荒げたナミネ。

 彼女がこの世界で何を思い過ごしてきたかなど分からないが、彼女の世界に対する達観の理由を垣間見た気がする。

 今私が行き詰まっている地点は、ナミネにとってとっくに不可能と明らかになった過去なのだ。



「・・・ちょっといいかな?」

「何だ。」


 人形のフリに慣れたドラグラシルが途切れた会話に割って入る。人形として見慣れてしまうと、急に喋り始めると若干気味が悪い。


「ナミネの言ってることって要するに、形の無い力そのものの構造体なら内側から EMT に干渉できるってことだよね? ボク間違ってるかな?」

「・・・それは可能性だけの話ね。そもそもそんな力、この世界には残っていないもの。」


 ドラグラシルとナミネの短いやり取りを聞いて、私とアナザンはハッとした。


「ボクなら、EMT に干渉できるんじゃない?」


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