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020 自覚

 はっぴぃえんど 『風をあつめて』

*-*




 ラグノ大陸中央、草原の "開かれた檻" に生まれたアナザン=アキは、特別変わった子供ではなかった。

 見た目も仕草も基本的な身体能力も周りの子供たちと大して差がなく、強いて言えばあまりドジを踏まないくらいだった。

 そんなアナザンが "迷宮" を目指すとなれば、当然誰もが止めに入ったことだろう。

 迷宮は命を呑み込む魔窟であり、ただの子供が挑むなど自殺行為以外の何物でもないのだから。



 アナザンが迷宮への挑戦を決意したのは彼女が 13 歳の時だった。

 周りの子供たち同様、街の集会所で武術や学術を教わっていたとはいえ、そのどれもが "それなり" だった。


 彼女が迷宮を目指すと決心した理由は二つある。

 一つは彼女が自分の聡さを自覚したこと。

 もう一つは、彼女の両親が死んだこと。


 アナザンは特別変わった子供ではなかったが、アナザン自身は自分のことを特別なのではないかと幼心に思って過ごしていた。

 "他の誰か" ではない "自分自身" の可能性が広がっていく過程で、子供は自己の拡大と延長を特別なことと錯覚するが、アナザンの思う "特別" は少し事情が違っていた。


「ねぇ、また "お導き" に助けられたの。」

「あらあら。アナザンは龍神様に愛されているのね。」

「お母さんは愛されてないの?」

「お母さんはもう大人だから、自分のことは自分で助けられるのよ。お父さんもね。」


 ・・・アナザンと両親のそんなやりとりは、年に数回ほどあった。

 龍脈の途絶えた "檻" での龍神信仰はある意味皮肉めいているが、縋るモノの無い人々が大地を支配する大いなる力に希望を見出すのは必然でもある。


「でも "お導き" は私みたいな声だよ?」

「女の龍神様もいるのよ、きっと。」

「そうかなぁ。」


 龍神。それすなわち龍脈の分枝を司る大精霊たちであり、龍脈の力の結晶たるドラグラシルが頂点に君臨している。

 しかし情報が制限された中、市井の人々は龍神という架空の存在をドラグラシルたちとは別に想定し、日々の幸運や実りを感謝していた。


 実際、龍脈には人の幸福に寄与する力があるため、信仰そのものは対象がズレていることを除けばあながち間違いとも言えず、実在の精霊の代わりに "龍神" を信仰する習慣は人々に違和感なく根付いていたのである。


 女の龍神様に助言をもらえる私は龍神様に愛されているのかもしれない・・・と、アナザンは両親の言葉を信じていたが、成長するにつれ違和感は募った。


 そして、両親の死をきっかけに違和感は確信に変わり、自分自身に宿る "聡明な意識" を自覚したのである。



「神様の言葉なんかじゃない。"これ" も私なんだわ。だってそうじゃないと・・・うぅっ・・・!」


 冷たくなった両親の前で踞り、慰めの言葉をかける内なる意識と向き合うアナザン。

 戦場と化した町外れの平野には "敵" が持ち込んだ龍脈の力がはっきりと残っており、それは内なる声とは明らかに別個の代物でしかありえなかった。

 本当に龍神の加護があったなら、龍脈の力が自分に味方してくれたはず。両親の死を避けられたはず・・・そんな思いも、力の自覚に繋がった。



 冷静で、思慮深く、時に冷徹で、時に慈悲深い内なる意識。好奇心旺盛だったり奔放だったり、けれど慎重さを促すもう一人の "私"。


「私は絶対に特別なんだ。」


 強くならなければ生きられないと、両親の死が脅迫観念的にアナザンを突き動かす。


「だから、絶対に大丈夫・・・。」



 大人たちが話す世界情勢のことも何となく分かり始めた年頃ではあったが、"檻" での生き方しか知らないアナザンにとって強さを求められる場所は迷宮以外になかった。

 目に焼き付いて離れない死を、見出した内なる自分という偶像への信頼で無理やり塗り替えるように。加えて、どうせ他に行くあても無いのだからという達観も相まって・・・アナザンは容易に決心に至ったのだった。



 散発的に生じていた中央平原への各国からの偵察と、それに伴う小規模な戦闘。

 元々龍脈の力に頼れない質素な生活をしていた "檻" の住人たちは、少しずつ確実に蓄積してゆく暮らしの疲労に苛まれ、他者への、特に病人や孤児への気配りは薄れていた。

 本来は小規模ゆえに強みだった共同体の繋がりは、大した意味もない乱雑な侵略のせいで虫喰い状に途切れてしまっていた。

 それゆえ、アナザンが迷宮に踏み入ったことに誰も気付かず、そもそもアナザンが両親と違って存命であることすら認識されていなかった。




 ───迷宮に踏み入ってわずか 2 年。

 内なる声の導きを信じ、ゼロに近い生存確率をひたすらもぎ取って深部を目指したアナザンは、龍神の長ドラグラシルに辿り着く。


 あまりにも長く過酷な道のりの中、アナザンは半ば盲信的に "声" を人格化して認識するに至り、"彼女" の助言を着実に現実に反映することで力を付けていった。

 魔物への対処方法も、わずかに迷宮を流れる龍脈の力の使い方も、全て "彼女" に教わった。


 そして。


「やぁ、ボクはドラグラシル。君は?」

「・・・ぇ。」

「君の名前を聞いているんだけど。」

「ぁ・・・。」


 最深部で邂逅した龍脈の結晶たる大精霊の姿は、自身の内面を覗きすぎたアナザンには耐え難いほどに眩しく、言葉が出てこなかった。


「もう一度訊いてあげる。ボクはドラグラシル。君は?」

「ぁ・・・アナザン・・・。」


 アナザンは到達した。

 世界の理に。あるいはその端緒に。


「まぁいいさ。ボクの力が必要なんだろう? 行こう───」


 そして、アナザンとドラグラシルのラグノ大陸を巡る旅が始まった。



 多くの人と出会い別れることになる龍脈解放の旅は、ドラグラシルという最良の同伴者の存在もあって、次第にアナザンと彼女の内なる自我との距離を広げていった。


 そんなアナザンにとって、ワルドとの出会いは再び彼女の精神に閉鎖的な環境をもたらしていたのである。




*-*




 黒い世界の解体に必要な鍵を模索する概念世界の住人たち。しかし本来問題の解決を全て担うべき概念存在たちは、自らが創造した固有の世界の調整も忙しい・・・そんな経緯や背景はともかく、実情として中心的に事に当たっているクレア=ソロジーは解決案に至るボトルネックに立っていた。


「ねぇ、ガイナは音楽、聴く? というか "音楽" を司る概念存在っていないの?」


 自身の創造主でもある概念存在の親友ガイナにクレアが問う。


「"音楽" の概念存在は知らないわ。そもそも私たちの交友関係が狭いことは知ってるでしょう?」

「そうだね。それは知ってるけど。」

「それから音楽だけど、私は聴かないわね。聴いてもあんまり楽しく思えないのよ。"子供たち" が楽しそうなほどには、ね。」


 知っていたことを知っていた通り回答されたため、クレアはこれといった反応を示さない。


「そっか。でも、何か大事な要素だと思うんだよね・・・。」



 クレアは基本世界で久しぶりに聴いた曲のことが頭から離れないでいた。

 まだクレアがガイナの世界に転生する前、基本世界で大学生神代晴だった時代に仲間と演奏した "その曲" のことが。


「ねぇクレア、私はクレアが歌ったり楽器を演奏してるところ、見たことないわ。」

「あれ、そうだっけ?」


 クレアのパートナーであるペイネ=ボウェルが声をかける。


「そうよ。クレアが音楽が好きだなんて知らなかった。」

「確かに転生してからは強くなることにばかり専念してたけど・・・。」



 ペイネもクレアを答えに近付けるきっかけにはなりそうにない。


「・・・やっぱりもう少し、基本世界で調べないといけないか。」

「そっか。ごめんね、力になれなくて。」

「いや、いいんだ。いつもありがとう。」




「───で、俺のところに来たわけか。」

「まぁそう云うこと。」

「とは言え俺ももう若くないからなぁ。」


 存在を分割された "もう一人の自分" である基本世界の神代晴を、クレアは訪れた。

 時間の流れが歪な概念世界を生きるクレアと違い、基本世界のハルは既に娘が大学生になるほど年を重ねている。


「端的に聞くけど、今もまだ "音楽の力" を信じてる?」


 クレアの唐突かつ簡潔な問いに、ハルはリビングの椅子にもたれて腕を組む。


「なぁ、最近綾花とは話をしたか?」

「うん? 大学に行ってみたよ。新しくギターを買ってもらったって言ってた。」

「・・・俺はさ、今でこそギターも大して弾いてないが、綾花が楽しそうにしているのを見るだけでも楽しい。でもそれは多分、俺がそれなりに老いたからなんだろう。」


 クレアはハルの言葉を待つ。

 母親似だと思っていた “自分” は 50 歳も近くなった今、意外にも父親の面影を濃くしつつある。随分皺が増えた、腕を組み落ち着きの馴染んだハルの表情や仕草を、クレアは不思議な心持ちで見ていた。


「心まで老いたとは思いたくないが、どうにも、自分から手を動かしてまで楽しもうという気概が減った様に思う。お前はそんなことはないか?」

「どうかな。」

「一華や綾花の喜びだけで、十分に自分も嬉しいと思えるくらい自分を飼い慣らしたとも言えるかな。」

「・・・つまり?」

「お前が言う “あの頃” ほど、言葉通りには “音楽の力” を感じられなくなった。ただ、今でも信じてるよ、音楽の力を。」


 ハルは目を閉じ、綾花が弾き語るピアノやギターに合わせて自分も演奏した日を思い浮かべる。

 技術とか才能だとか、そういうものを超えたところで編み上げられる曲は心まで吸い上げ、響き渡る曲の一体感はそのまま演奏者や聞き手を一つのところへ導く───そういう体験が確かにあることを、ハルも忘れていない。


「そうか、ありがとう。」


 クレアはもう一人の自分の答えに満足し、進むべき道へと戻っていった。


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