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019 多生の縁

 赤い公園 『交信』

*w*




 この世界の "正しさ" に辿り着くための手掛かりは私の中にある。問題はどうやってそれを選り分け、答えを導くか。


 ナミネが言ったように EMT とやらを介してこの世界の力が全て一つに集約されているとしても、それ以上に大きな力があれば無理やり世界をこじ開けられるだろう。

 一つの世界に匹敵する力がどこにあるのか? 当然、私の中に他ならない。

 これまでの旅では一度として力不足を感じなかったし、そもそもどれだけの力を城から持ち出せているのかすら知る機会が無かった。

 ・・・今こそがその時であり、私は私の最強を疑わない。



「私は散策でもしてる。できることは無いみたいだし。」


 アナザンはそう言って、ナミネから借りた服を着てドラグラシルと出歩いている。

 元の服装では変質者として通報されかねないとナミネが気を効かせ、似た背格好だったので服を貸したようだ。二人とも私の知識に照らせば、人族の女としては平均的な背丈である。


 どういう魂胆か分からないがナミネは宿無しの私たちを家に置き、本人は「あまり勝手なことをするな」とだけ言って毎日出かけている。

 私たちが世界に負の影響を及ぼさないか間近で監視するためだろうか? それにしては、アナザンの服のことといい、私たちを気に掛けている様子でもある。



 ・・・ナミネのことはともかく、私はおそらく最後の旅になるだろうこの世界で、絵面的にこんなに地味な戦いが待っているとは思わなかった。

 アナザンは早々に無力を自覚して離脱し、私は私で日夜ナミネの家の一角で魔剣ワルドや自分自身を理解するため瞑想している。



「お前は行かないのか?」


 ナミネ家に残り、鮮明な映像が鮮明な音と共に流れる道具の前で時間を潰すラムダ。


「やりたいこと、無いから・・・。それに、こんなに沢山歌を聴けて楽しいよ?」


 確かに道具からは、これまでの旅の経験だけでは想像もつかなかったような複雑な音楽が聞こえてくる。

 歌い手の種類も多岐に渡り、今まで私が "歌" と思っていたものが全くもって陳腐な何かでしかなかったのではないか? とすら思えてくる・・・そんなことをラムダに伝えてみた。


「それは違うと思うよ。」

「何が違うと言うのだ?」


 語気を強めてしまったせいか、ラムダが少し怯えた。


「あ、その・・・でも違うと思う。僕の歌は、僕だけの歌だもの。」


 言わんとすることは分からんでもない。


 まぁいい。ひたすらじっとしているラムダの様子が、不意に気になっただけのこと。

 本人が良いなら放っておくのが良かろう。



 さて、私もそろそろ魔剣と決着をつけなくては・・・。




*a*




「ねぇアナザン、探し物って言ってたけど、ブラブラ歩いているだけで見つかるの?」

「うん? うーん、多分ね。」


 ワルドにしか現状を打開できる可能性が無いと分かってから、私はドラグラシルをお供に街中を歩き回っている。

 私の中の好奇心旺盛な部分は、私が手にすべきものとして "それ" を強く意識させた。


「例の道具でも見た、あの楽器でしょう? ナミネに聞けば早いとボクは思うけれど。」

「居候の分際でそんなことはできないわ。それにお金が無いから、結局直接は手にできないじゃない。」

「それはそうかもしれないけど・・・。」



 何もできることが無くてモヤモヤするし、何もないままワルドが何らかの進展を見せるかもしれないと思って過ごすこと数日。私は案外あっさりお目当てを見つけた。幅の広い川の土手で見つけた。

 吟遊詩人とでも言えばいいんだろうか? 私の中の貪欲な意思が妙に私に意識させる楽器を、男が弾き語っている。


 男はナミネの家にあった道具でもちらっと聞いた歌を歌っていた。



「こんにちは、ねぇ、それ、私に教えてくれない?」

「・・・あ? 何、お姉さん。それ、って、コレ?」

「そう、それ。」


 明らかに警戒心を露わに、けれど男は数秒逡巡してから楽器を私に突き出した。触らせてくれるらしい。


「ありがとう。」

「教えてくれって言われても、どっかに習いに行った方が早いんじゃない? ギター教室くらい街中探せばあるでしょ。」

「訳ありなのよ。」


 お金が無いから、とは、何となく言いたくない。


「お姉さんどこの人? 日本人・・・じゃないよね?」

「え、何て?」


 答えにくい質問なので聞こえないフリをする。


 私は楽器を受け取って、男がやっていたみたいに弦を弾いてみる。

 和音ではない何かが鳴って、そして───



『あ───』


 "私" の輪郭が、私の心に沸いた。



 ・・・心地よい日差しの中、川上から流れてきた風が髪を撫で、私は思い出した。

 "かつて川沿いでギターを弾き語った" 記憶を。



「ねぇ、聞いてる?」


 数瞬放心していた。男に声をかけられ、ハッとする。


「ごめん、聞いてなかった。」

「お姉さんさぁ、教えるって言ってもここじゃ無理だよ。それに自分のを一つは持ってないと。」

「そうかなぁ? あれ、その服って・・・。」


 今更ながら男の格好をよく見れば、ナミネが毎日出かけている高校とやらの制服に似ている気がする。


「あぁ、明星高校だけど。もしかして知り合いでもいる?」


 ナミネのことを言うべきか一瞬迷って、けれど興味が上回った。


「ナミネ=カザミチの親戚なの。知ってる?」

「ナミネ・・・あぁ、風道ね。同級生だよ。なんだ、それなら風道にギター借りればいいじゃん。」

「ナミネがコレを触ってるの、見たことないわ。」


 ナミネは家ではいつも、高校から持ち帰った課題や受験とやらのための勉強をしている。楽器を触っている姿どころか、勉強と身の回りのこと以外しているところを見ていない。


「あ、そっか。アレ以来、そうだよな・・・。」

「アレって?」

「お姉さん親戚なのに知らないの? なんか怪しいんだけど。」

「・・・私が聞いてるのと、外では様子が違うかもしれないじゃない。」


 咄嗟にそれらしいことを言ってみる。

 実際、男が疑うように私はナミネのことを何も知らない。


「"レッド・エンディング" 以後、大切なものに手をつけられないままの人って少なくないから。風道もそうなんじゃないかな。」


 レッド・エンディング? 初めて聞くけれど、ナミネが言っていた EMT が世界の力を吸い尽くした日のことだろうか?

 力を失った世界では多くのものが少しずつ変質してしまったと、ナミネは寂しげに呟いていたから。


「まぁ聞いてみなよ。あ、俺、芳野ね。お姉さんは?」

「私はアナザン=アキよ。」

「安芸さん? 珍しい名前だね。アナザンって、やっぱり外国人?」


 私は適当にはぐらかして、楽器をヨシノに返してから帰路についた。

 ヨシノは明日も土手にいるかも、とのことだった。




「全然躊躇わずに話しかけたから、ちょっとびっくりしたよ。」

「そう? これまでだって、大体そんな感じだったじゃない。」

「そうなんだけど、この世界は人と人の距離が遠い気がするから・・・。」


 ドラグラシルと同じことを私も感じているけれど、"私" の衝動を前にそんなことは気にならなかった。


「それで、何か変化があった?」


 ・・・ドラグラシルは流石に気付いていない。


「あったわ。とても大きな変化が。」


 ドラグラシルはそれが何か聞かないまま、けれどとても嬉しそうに笑ってくれた。




───




「芳野君に会ったのね。」

「うん。カザミチにギターを借りれば、って言ってたわ。」


 土手でのことを話すとナミネは溜息をついた。


「はぁ・・・。どうしてこう・・・いや、言っても仕方ないか。」 


 ちょっと待ってて、と言ってナミネは別の部屋に向かい、戻ってくると例の楽器を手にしていた。


「好きに使っていいわよ。練習も、ほら、適当に教本あげるから。」

「いいの?」

「えぇ、置きっぱなしにしてても仕方ないもの。」


 そう言うナミネは、私に手渡すギターを名残惜しそうな表情で見ていた。


「ありがとう。」

「何個か、ラムダ君が覚えた曲も練習楽曲にあるから、それから練習したら?」


 道具の前でじっとしていたラムダが振り返る。


「アナザン、弾けるの?」

「今から練習するのよ。ワルドが解決するまでに、モノになるかは分からないけどね。」


 私が答えると、ラムダは覚えたばかりの曲を幾つか、盛り上がりのところだけ歌った。

 この世界の音楽のくせに、ラムダが歌うと何故か懐かしく思えた。



 そういえばナミネは二階建ての一軒家に一人で住んでいる。

 ナミネの家以外の様子を知っているわけではないけれど、街を歩いて観察した限りでは、ナミネくらいの年齢だと一人暮らしは一般的ではなさそうだった。


 ナミネが多くを語らない "レッド・エンディング" のせいかもしれない。

 それ以前の、超人と戦っていた頃の影響かもしれないし、また別の理由かもしれない。


 いずれ去る世界だからと、ナミネが世界の鍵となる人物だと認識してはいても、私は彼女のことを軽んじていた。

 "私" を追い求めるための一連の流れで私はそのことに気付いて、居た堪れない気持ちになる。


「・・・ねぇ、あなたが教えてくれない?」

「嫌よ。」


 どれだけこの世界での時間が残されているかは分からない。

 けれど、私は彼女のこともできるだけ知りたいと、そう思った。


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